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2010年12月18日 (土)

長鳥駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・長鳥駅。

2016年7月24日記、画像張替えを実施しました。

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新潟県柏崎市の東端に所在する無人駅で、新潟県内の幹線系線区では屈指の秘境度と思われる山間の小駅です。
県内JR幹線系線区で当駅を上回る秘境駅は上越線・土樽駅ぐらいでしょう。
新潟福島県境の磐越西線・豊実駅も当駅周辺ほどには鄙びていませんしね。
当駅の正式な開業日は昭和28年(1953年)12月15日。
開業当時の所在は刈羽郡北条村の所在。
北条村はその後昭和32年に町制を施行し、昭和46年に柏崎市に編入され今日に至ります。

当駅の前身である「長鳥信号場」が開設されたのは戦時下の昭和19年9月1日。
決戦が叫ばれた切迫した時局における信越本線輸送力増強の為で、単なる列車交換場と
しての機能のみでした。
そんな「長鳥信号場」が「長鳥駅」へと格上げされた経緯については、県立図書館で閲覧する機会を得た「親たちの長鳥駅」(伊部武彦著、この方は長鳥駅昇格の請願委員会委員長の御子息です)という本に詳細が述べられておりますので、大約してご紹介致したく存じます。

「親たちの長鳥駅」によると、信号場の駅昇格への最初の動きがあったのは昭和21年春で、新潟鉄道管理局に駅昇格の為の現地総合調査請願が行なわれました。
実はそれ以前に信号場の仮乗降場化請願が認められて、昭和20年11月に一日上下各二本の旅客列車停車が始まっています。

さてこの「総合調査」とは、該当駅を建設工費全額を請願者(つまり駅周辺地区住民)が負担する前提で、駅の立地が営業・技術的に適地かどうかを当局に判断してもらいたいというものです。
これなくして長鳥信号場の駅昇格は有得ません。
しかし当局はなかなか調査に応じようとしませんでした。
その理由は駅予定地の勾配が10/1000と急でまた線形的に長編成の列車はカーブにかかってしまい、当時の蒸機の性能上あまり宜しく無い事と、駅周辺人口が少ない事、そして駅用地造成には山を削り谷を埋めるような大工事が必要で、その工費を地元が負担できるか疑問であるという三点だったそうです。
また地元住民は必ずしも一枚岩では無く、地元負担の問題や当地が農業地域で特に通勤者の絶対数が少なくて鉄道利用層に限りがある事もマイナスに働きました。

しかしそれでも請願委員会が粘り強く働きかけた努力が実って調査が実施され、昭和26年7月に長鳥信号場の駅昇格が新潟鉄道管理局長から請願委員長に通知されました。
しかし駅建設工費は実に680万円強、今日換算で一億6千万円以上の巨費で、到底地元が負担出来る金額ではありません。
しかしこの金額は、当時の国鉄駅標準のインフラ整備を基準としたもので、駅機能の縮小によって減額が可能でした。
そこで地元出身の新潟鉄道管理局員が知恵を絞って設計変更案を委員会に提案します。
それは

相対式ホーム2本を島式ホーム1本として、ホームも全鉄筋ではなく半分を木造としてホーム上の待合室は無し。(当時の幹線系線区新駅は相対式ホームが標準仕様でした)
既設信号場の建物を活用して事務室等に充て、更に物置なども無しとする。
駅用地の盛土を縮小する。

というもので、最終的に地元負担は約230万円まで圧縮出来、ようやく駅開業の日を迎えたのです。
実現に向けての一途な努力と地元負担を惜しまぬ(しかし住民負担は十二分に考慮して少しでも負担額を軽減しようと智謀をめぐらす)姿勢、これによって初めて長鳥駅はその産声をこの山峡にあげたのです。
以前紹介した北陸本線・浦本駅の事例同様、今日の新駅設置運動も大いに参考にするべき話だと思います。
ただ「新駅作ってクレクレ」とおねだり声を上げているだけでは何事も前に進まないのですからね。
新潟市の場合、越後線「上所」駅や信越・白新線「紫竹」駅はまさにそうです。

さてこのような経緯で誕生した長鳥駅ですが、昭和46年12月に無人化、昭和51年3月に現駅舎(待合室)が竣工して今日の姿になり現在に至っております。
「北条町史」によると、当駅の昭和43年一日当たり乗車人員は約260人。
同年と平成18年度比で隣の越後広田駅は85%減なので、それをそのまま当てはめれば当駅の推定一日当たり乗車人員は約40人という計算になりますが・・・。

さて、長鳥駅待合室は線路築堤の下にあって、室内は殺風景。

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築堤下に置かれている長鳥駅駅舎、2006年11月撮影。
建築財産票によると昭和51年3月の完成。
トイレは駅舎の向かって右側の白っぽい小屋ですが、この時点では非水洗で使用には少々勇気が必要なレベルでした。

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長鳥駅駅舎内の様子、2006年11月撮影。
色彩の薄い内部は晩秋の空気も相まって、実に冷え冷えとしておりました・・・。
長鳥駅開業に際しての関係各位のご努力を知った今ではこの有様が空しい・・・。
室内には無人駅定番の朱色ベンチが三脚と飲料・可燃のゴミ箱が各一個。
この当時、券売機及び乗車証明発行機は無し。

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待合室と島式ホームを結ぶ幅狭の地下道、2013年6月撮影。

駅舎は改築されていて開業当時を偲ぶ事は叶いませんけれど、地下道を進み階段を上って出たホームは昔ながらの極めて特徴的な佇まいです。
島式ホームのその幅は極めて狭く、当駅に停車する普通列車を待ち受けるのでさえ圧力を感じます。
まして通過列車などはホーム上ではとてもとても・・・。
親不知駅の島式ホームの狭さも通過列車に切迫した危険を感じたものですが、当駅のホーム幅から生じる危険度はそれを凌ぎます。
ホーム上での通過列車撮影は勿論、単に乗車待ちで通過列車をやり過ごすのでさえ危険なレベルですので、当駅訪問の際はくれぐれもご注意ください。

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その危険性を象徴するのが、ホーム上に設置された列車接近警告機です。

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長鳥駅島式ホーム側の地下道出入り口付近の様子、2013年6月撮影。
白線間の人が安全に立てる空間は人一人分です。

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地下道出入り口付近から塚山駅方を見る、2013年6月撮影。

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塚山駅方から見た長鳥駅島式ホームの様子、2013年6月撮影。
前述のように建設費用低減の為にスペックを大幅に落として完成した当駅のホームは、現在に至っても実に簡素です。
上屋もベンチも一切ありません。
まぁホーム幅のこの狭さでは置くのは無理かもしれませんが。

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島式ホーム端から塚山駅方を見る、2013年6月撮影。
塚山-長鳥間は信越本線新潟-直江津間で、最も人口密度の小さい区間と言えましょう。

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塚山駅方の踏切から見た長鳥駅の様子、2013年6月撮影。

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長鳥駅を出発する115系電車長岡行、2013年6月撮影。

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長鳥駅に停車中の115系電車直江津行、2014年5月撮影。

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長鳥駅に進入する485系電車T編成の特急「北越」新潟行、2014年5月撮影。

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長鳥駅を通過する新潟行特急「北越」、2014年5月撮影。
前述したように幅の狭いホーム上で通過列車を撮るのは危険なので、出入り口で待機して去り行くところを一枚。

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高速で遠ざかる新潟行特急「北越」、2014年5月撮影。

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長鳥駅を通過する485系電車国鉄色の特急「北越」金沢行、2014年5月撮影。

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待合室を出て左手に少し進むと踊り場のようなところに出ます、2006年11月撮影。
もしかしたらここにかつての駅舎が建っていたのかも?

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長鳥駅を通過するEF81形電気機関車牽引の上り貨物列車、2006年11月撮影。

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長鳥駅前通り(県道)の様子、2006年11月撮影。
画像右側に見える小さな黄色い案内表示の先を進んだところが駅舎になります。
駅前には酒屋がありましたが、訪問した日曜昼は閉まっていました。
駅至近の商店はここだけで、飲料自販機が一台設置されておりました。
長鳥地区は長岡市と柏崎市の狭間にあるエアポケットのような地域と言えましょうか。

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集落は県道沿いにあって、道路を外れるとやや寂れた里山になっており、
鄙びた農村小集落の雰囲気が満点。
長鳥駅最寄のバス停は、駅前通りの県道柏崎小国線を柏崎方面に1km弱進んで県道柏崎越路線と合流したところにある「中村十字路」のようです。
越後柏崎観光バス運行の路線バス柏崎駅前-杉平線のバス停で、この路線は柏崎から茨目安田北条越後広田の各駅付近を経由します。
ただし過疎ダイヤで平日上下9本、土休日上下7本ですので、ご利用の際はダイヤをあらかじめ確認するのが吉でしょう。

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コメント

たまたまこのサイトに流れ着いたのですが、
実家の近辺がこんな特集されてると恥ずかしいですね。もうすこし長岡よりに行った踏切は鉄道ファンの撮影スポットらしく、大雪の降る中三脚を立てて待っている方には寒い中ご苦労様と思いましたね。
長鳥駅にはいろんな思い出があります。東京のいとこを迎えて見送って。ばあちゃんに駅舎までおんぶされて登った記憶が。

投稿: ふぐ | 2014年4月 6日 (日) 12時04分

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