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2010年11月の記事

2010年11月28日 (日)

西中通駅(越後線)

本日の駅紹介は越後線・西中通駅。

荒浜駅はこちらへ← →東柏崎駅はこちらへ

2017年3月20日記、画像貼り替えと加筆修正を実施しました。


西中通駅の駅名標

新潟県柏崎市に所在する無人駅で、越後線の前身である越後鉄道の駅として、1912年(大正元年)11月11日に開業しました。
ウィキペディアによれば、開業当時の駅名は「荒浜」だったとの事(現・荒浜駅は「新荒浜」)で、三年後の大正4年に現駅名に改称しております。
西中通駅の当時の所在は刈羽郡西中通村でしたので、開業時に何故「荒浜」と命名されたのかは疑問に感じるところです。
荒浜村は当駅から北方2km強の日本海沿い(現在の国道352号線沿い)に中心集落のある村で、当駅がその村名をあえて名乗る意味は一体何なのか?
考えられるとすれば、荒浜漁港の存在ぐらいでしょうか。
漁港から運ばれて来た漁獲物を当駅から貨物で出荷していたというのなら、貨物営業での大得意様の顔を立てる為に「荒浜」の名を当駅に冠したとか?
うーむ、これはそのいわれが益々興味深い。

ともあれ当駅の「荒浜」時代は三年で終わり、現在の荒浜駅が荒浜村の玄関駅としての役割を受け持つようになります。
とは言え荒浜駅もその立地自体は刈羽村なのが少々ややこしいところ。
そして戦後の昭和29年には西中通村、荒浜村は相次いで柏崎市に編入されて今日に至っています。

西中通駅駅舎
西中通駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
建築財産票によると昭和59年3月30日の完成。
最初から無人前提の待合室のみの機能で簡素な作りです。
前回訪問の2006年11月と異なっているのは、以前の立体文字の駅名表示がJR東日本標準型の駅名板に変わっていたことぐらい。
画像右側に上屋付きの駐輪場を有していて、その色合いから駅舎よりも目立って見えます

駐輪場に印象負けしそうな駅舎というのもそうはありませんな。

西中通駅前その1
西中通駅前その2
駅前の様子、2013年6月撮影。
上の画像の駐輪場の手前が駐車空間になっています。
駅周辺は住宅街で、駅はその中に埋もれているような地味なものです。

西中通駅付近の国道116号線
駅付近の国道116号線の様子、2013年10月撮影。
駅から国道までは直線距離で300m程ですが、道は直進していないので実際の距離はその倍は見ておいた方がいいでしょう。
画像奥にローソンの看板が見えますが、この時点で駅周辺の食料調達ポイントはそこだけです。
画像左側の見えるバス停は「山本」で、越後交通運行の路線バス長岡柏崎線のバス停です。
この路線はここから荒浜方面に2つ先のバス停から、曽地経由と西山経由に分かれています。
刈羽西山礼拝各駅付近の場合、利用できる路線バスは西山経由便のみになるので本数も少なくなってしまいますけれど、当駅付近の場合は二つの路線の合流部なので本数も比較的多く、柏崎駅との行き来には過疎ダイヤの越後線よりも便利です。
なお東柏崎駅へは曽地経由便が便利で、「諏訪町三丁目」バス停発着になります。
西山経由便だと東柏崎駅から約1km南の「日吉町」バス停発着になるので要注意。

西中通駅駅舎内部その1
駅舎出入り口の様子、2013年6月撮影。
通路の右側がトイレで、この時点では男女共用。
この時は確認しませんでしたが、2006年11月訪問時は非水洗型でした。
通路の左側が待合室です。

西中通駅駅舎内部その2
西中通駅駅舎内部その3
駅舎待合室内部の様子、上の画像は2006年11月、下の画像は2013年6月撮影。
上の画では退色した朱色の長物ベンチだったのが、6年半後ではJR東日本定番のベンチに換装されていました。
2013年6月時点では自動券売機、乗車証明書自動発行機共に未配置です。
全面ワンマン区間ではない越後線の南部区間の出雲崎-柏崎間の中間8駅で、自動券売機を設置しているのは東柏崎駅と刈羽駅、礼拝駅の3駅のみです。
その3駅以外は、定期客以外の利用は僅少と会社に割り切られているのでしょうかね。

西中通駅のホームその1
棒ホームの柏崎方から見た西中通駅構内、2013年6月撮影。

西中通駅のホームその2
ホーム端から柏崎方を見通す、2013年6月撮影。

西中通駅のホームその3
ホーム側の駅舎と上屋廻りの様子、2013年10月撮影。
自動券売機が未設置で、当局からその程度と見切られているような当駅ですが、ホームに架かる上屋は比較的長いのです。

西中通駅のホームその4
棒ホームの吉田方から見た構内、2013年6月撮影。
この時点では現在のホーム有効長を示す黄色の太線は引かれていません。
つらつら見るに、太線を引くのも利用の多い駅から優先してやっているようでした。
この時期、自動券売機を置いてある駅のホームには概ね引いてありましたから。

西中通駅のホームその5
ホーム端から吉田方を見る、2013年6月撮影。
画像左側の空間は、かつての列車交換設備と対面式ホーム跡と思われます。
架線柱の建てられ方から見て、遅くとも越後線電化工事開始時に撤去されて更地になったのでしょう。

踏切から見た西中通駅構内
荒浜駅方の踏切から見た構内の様子、2013年6月撮影。

西中通駅を出発する115系電車その1
西中通駅を出発する115系電車その2
出発する115系電車吉田行、2013年6月撮影。

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2010年11月23日 (火)

荒浜駅(越後線)

本日の駅紹介は越後線・荒浜駅。

西中通駅はこちらへ← →刈羽駅はこちらへ

2017年3月12日記、中越沖地震被災前の旧記事と統合して加筆修正しました。

荒浜駅の駅名標

新潟県刈羽郡刈羽村に所在する無人駅で、開業は大正4年(1915年)6月15日。
開業当時の駅名は「新荒浜」で、「荒浜」駅は現在の西中通駅でした。
西中通駅の記事でも触れましたが、あちらの当時の所在は西中通村です。
それなのに駅名は「荒浜」。
色々と面倒な大人の事情がありそうな感じですけれど、駅開業翌月の7月1日に「新荒浜」駅は「荒浜」駅に改称され、当初の「荒浜」駅は「西中通」駅に改称されて今日に至ります。
しかし「荒浜」を名乗っていた西中通駅のことをとやかく言える立場にないのが当駅で、当駅は刈羽村の所在です。
「荒浜」村は当駅から北に1km半の日本海に面する村なのです。
それなのに何故当駅が「荒浜」を名乗るようになったのかについては、資料が全く無いので残念ながら不明なのですけれど、私見を述べさせていただくと当駅から海岸沿いの荒浜村までは道一本で繋がっていて、村の産物特に荒浜漁港に水揚げされた魚を出荷するには、当駅を使うのが便利であったであろうことが関係しているのではと考えるところです。
当駅が開業した当時、越後線は私鉄の越後鉄道であり、私鉄の場合は駅設置に当たって費用負担と引き換えに自治体の意向が強く反映されるのはよくある事で、当駅の場合も荒浜村が駅設置に当たって寄附金等を出す代わりに駅名を村名にさせて・・・などと妄想を廻らせておるところですが果たして?

荒浜駅の旧駅舎
中越沖地震発災前の旧駅舎、2004年5月撮影。
当時は建築財産票の確認をしていなかったので、建物の竣工年は実に遺憾ながら不明です。
ただ建物の造りから見て比較的新しい駅舎であろうと思われ、昭和59年4月の越後線電化開業と同時期の竣工かもしれません。
その時期には近隣の桐原駅、刈羽駅、西中通駅が改築されています。

荒浜駅の新駅舎
地震で大きな被害を受けた駅舎は改築され、新駅舎は2008年3月から供用を開始しています、2010年5月撮影。

荒浜駅駅舎内部
新駅舎は待合室のみの機能で、壁に作り付けのベンチがあります。
2010年5月撮影。
トイレは男女別で水洗、ただしトイレットペーパーは無し。
また被災前同様に自動券売機・乗車証明発行機いずれも未設置でした。
室内は完成後二年強を経た2010年5月時でも、完成仕立てのようにまだまだ綺麗で居住性すこぶる高しなのですが、これは集落の方々の意識が高く清掃を欠かさないからなのか、はたまたそもそも利用者が少ないから汚れないだけなのでしょうか・・・?


荒浜駅のホームその1
構内の被災前後の比較その一。
ホームの吉田方から見た荒浜駅構内。
上は2004年5月、下が2010年5月(比較画は全て同じ組み合わせです)。
地震で崩落・流出など大被害を受けたホームは全長に渡ってリニューアルされておりました。
以前の国鉄時代の面影を濃厚に留めたホームは近年の新駅の簡素なそれに様変わり・・・。

荒浜駅のホームその2
構内の被災前後の比較その二。
ホームの柏崎方から見た構内。
ホームの柵も以前の国鉄ローカル仕様から安全性過剰に思える仰々しいものに。

荒浜駅のホームその3
被災前後の比較その三。
駅舎横から吉田方に伸びる側線跡。
被災前はかつての島式ホーム時代の雰囲気を濃厚に留めていましたが、現在は完全に対向式ホームへと改築されてしまい、野ざらしの短い廃レールのみが僅かな痕跡に。

荒浜駅のホームその4
駅舎のホーム側周りの様子。
頑丈そうな駅舎屋根の許容積雪量は130cm。
流石は原発マネーで潤う金持ち刈羽村の面目躍如といったところ。
ちなみに隣の刈羽駅の許容積雪量は170cmで豪雪地帯に準じる水準です。

荒浜駅のホームその5
駅被災前後の比較その四。
ホームの吉田方終端からの画。
被災以前の錆付いたレールと雑草の絶妙な寂れのイメージも今はありません・・・。

荒浜駅に到着した115系電車
被災前の駅を出発する115系電車柏崎行、2004年5月撮影。

荒浜駅を出発した115系電車
被災復旧後の駅を出発する115系電車吉田行、2010年5月撮影。

荒浜駅前
駅前の様子、2010年5月撮影。
集落の佇まいに大きな変化はないようで何よりでした。
しかしこの集落も駅同様に液状化現象で被害を生じたお宅が多かったとの事。
私の住まいも大地震が来れば液状化確実の土地ですから、とても他人事とは思えません・・・。

荒浜駅前通り
駅前通りから駅方向を見る、2010年5月撮影。
画像中央左側が荒浜駅です。
駅周辺には商店はありません。


踏切から見た荒浜駅構内
駅被災前後の比較その五。
吉田方踏切から見た駅全景。
新ホームの柵がいかに仰々しいかがよく解ります。

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2010年11月21日 (日)

青海川駅その二(信越本線)

前回エントリーで笠島駅を扱ったその関連で、今回の駅紹介は信越本線・青海川駅その二です。
中越沖地震被災前を紹介したエントリーはこちらへ
なお画像は特記無い場合は2010年5月撮影です。

鯨波駅はこちらへ← →笠島駅はこちらへ

快速「越乃Shu*Kura」用の青海川駅駅名標
快速「越乃Shu*Kura」の停車駅である証のスペシャル駅名標、2014年7月撮影。
この列車の停車駅の基準は「付近に酒蔵があるか否か」ですが、当駅の場合は「日本一海に近い駅」ゆえの事です。
しかし中越沖地震からの復旧に伴う構内改修で、その異名の輝きもだいぶ薄れていると思うのです。
私が当局者なら、笠島駅への停車を強く進言しますね。

青海川駅の下りホームその1
下りホームの直江津方から見た青海川駅構内。
こちら側は中越沖地震において大きなダメージは受けなかった為、印象は以前とさほど変わっておりません。

青海川駅の下りホームその2
下りホームの柏崎方から見た構内。
地震で画像左側の崖が大きく崩落して、ホーム下の海岸まで達する大被害でした。

青海川駅の上りホームその1
上りホームの直江津方から見た構内。
画像撮影地点あたりは、地震による土砂崩落で完全に埋まってしまっていました。

青海川駅の上りホームその2
上りホームの柏崎方から見た構内。
春の夕陽に照らされた海からの照り返しで冴えない画像で恐縮です(汗)。

青海川駅の跨線橋
跨線橋内部の様子。
被災前と変化はありません。
駅舎を改築したのだし、せっかくなのですからここもお色直ししてイメチェンしても良かったのではと思うところ。
「越乃Shu*Kura」が停車するようになった今では尚更です。

跨線橋上から見た構内
跨線橋から構内の柏崎方を望む。
こちら側は地震による大きな影響は受けていません。

青海川駅駅舎
2008年3月から供用開始の青海川駅新駅舎。
遠目からは灯台のようにも交番のようにも見えるやや不思議なデザイン。

青海川駅駅舎内部
新駅舎の内部。
待合室は旧駅舎と比べて随分狭くなりました・・・。
旧駅舎では待合室の奥にあったトイレは別室化されていました。
画像中央の出入り口の向こうの茶色のドアがそれです。

駅前通り
駅前通りの様子。

青海川駅の被災前後の比較その一
青海川駅の被災前後の比較その一。
跨線橋からの撮影。

青海川駅の被災前後の比較その二
青海川駅の被災前後の比較その二。
最も様相の変化したところです。
復旧に併せてホームの遊休部分は残らず撤去。

青海川駅の被災前後の比較その三
青海川駅の被災前後の比較その三。
鯨波方高台から撮影。
崩落した崖壁面の大規模な補強具合がよくわかります。

被災前の当駅エントリーで触れた、直上の国道への最短ルートである人道にも行ってみましたが、途中までは大丈夫でした。
しかし中腹の家で飼われている犬が、鎖を引き千切らんばかりの凄い剣幕で吠え掛かってくるので、犬恐怖症のビビリな私は先に進めず調査断念・・・。
行かれる方がいらっしゃいましたらその先の調査をお願いします・・・。
青海川駅に停車中の115系電車その1
下りホームに停車中の115系電車長岡行。

青海川駅に停車中の115系電車その2
上りホームに停車中の直江津行115系普通列車。

青海川駅を通過する485系電車特急「北越」その1
構内下り線を通過する485系電車国鉄特急色の特急「北越」新潟行、2014年5月撮影。

青海川駅を通過する485系電車特急「北越」その2
構内上り線を通過する485系電車R編成の金沢行特急「北越」、2014年7月撮影。

青海川駅を通過する485系電車快速「くびき野」
上り線を通過し去り往く485系電車T編成の快速「くびき野」新井行、2014年5月撮影。

青海川駅近くの海岸
駅から信越本線をくぐり抜けて、海岸側に出てみました。
この辺りに被災の痕跡は見られません。

駅近くの信越本線の廃トンネルその1
駅近くの信越本線の廃トンネルその2
崖の壁面に土砂崩落の顕著な跡は見られず、健在だった信越本線の廃トンネル。
近くまで行ってみたかったのですが、これ以上は藪コギになるので断念。
鬱蒼としていてナニが潜んでいるかわかったもんじゃありません。

青海川の海岸その1
駅裏手の青海川の海岸。
線路の築堤下にへばりついているような感じで、美しい響きの地名に名前負けの感強し。

青海川の海岸その2
初夏に向かう美しい日本海。
この時はここで持参したおにぎりで昼食。
痩せぎすのおっさんがはむはむとメシを頬張りながら、飽きることなく海を眺めつつ小一時間過ごしたのであります。

被災から取材時点で三年弱、復旧完了から二年強・・・、駅及び周辺の風景は、旧来からの駅のイメージとまだ融合していない、違和感を生じるものでしたけれど、これも時間の経過と共に次第に薄れていく事でしょう。
これからこの駅を初めて訪れる方々にとっては、この風景が当たり前のものとして心中に根付いていくのでしょうし、かつての駅の様子は良き思い出として、初めて駅を訪れる方々同様の視線でこの海辺の良駅のこれからの幸多からん事を願い見守っていきたく思う次第です。

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2010年11月14日 (日)

笠島駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・笠島駅。

青海川駅はこちらへ← →米山駅はこちらへ

2017年2月24日記、画像入れ替え及び加筆修正しました。

笠島駅の駅名標

新潟県柏崎市に所在する無人駅で、昭和27年7月1日の開業です。
開業当時の所在は中頚城郡米山村で、同村は昭和31年に柏崎市に編入されています。
ウィキペディアによると開業前年の3月から仮乗降場として設置されていたとの事です。

笠島駅駅舎
笠島駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
建築財産票によると、竣工は平成16年2月19日。
ホームの高さに合わせた二階建ての駅舎(待合室)で、一階部分はトイレと下りホーム(長岡方面乗り場)との連絡地下道になっています。
降雪時を考えているのかはたまた単に美観だけの目的なのか、屋根が緩やかに傾斜していて角は曲線を描く女性的なデザイン。

笠島駅駅舎内部その1
待合室内部の様子、2013年6月撮影。
室内には木製のベンチ。
前回訪問の2006年11月もこの時も、木の香り漂う居心地の良いところです。
窓から下りホームの向こうの海岸もよく見えます。
また当駅にはこの時点で自動券売機も乗車証明書発行機も未設置です。
信越本線の新潟-直江津間でこのような何もない駅は他に長鳥駅のみでした。
朝夕に利用する学生諸君は当然定期利用でしょうし、これからは日中の普通列車はE129系電車のワンマン運転になります。
従って当駅に券売機を今更置くメリットはなさそうな気がしますな。

待合室内の掲示板は「笠島っ子コーナー」になっていて、2006年10月に訪れた時は集落の児童による、駅周辺のゴミ拾いの報告書が児童の手書きで張ってありました。
それによると最も多かったゴミは鉄クズ。
どういった類のものなのかは書かれておりませんでしたが、漁業関係のものでしょうか?
「あるとこまるごみ」に挙げられていたのが飲みかけのペットボトルで、中身が臭くて分別の為洗うのが大変だったとか・・・、
児童諸君ご苦労様です、そして皆さんくれぐれもゴミのポイ捨てはやめましょうね!
・・・しかしあれから10年半、当時小学一年生だった子は今年高校3年生、六年生だった子はもう社会人ですよ。
月日が経つのは早い。

笠島駅駅舎内部その2
駅舎から上りホームへの通路、2005年10月撮影。
画像右側が待合室です。

笠島駅の上りホームその1
上りホーム(直江津方面乗り場)の柏崎方から見た笠島駅構内、2014年6月撮影。

笠島駅の上りホームその2
上りホーム端から柏崎方を見る、2013年6月撮影。
トンネルを出たらすぐ海辺の小駅というシチュエーションです。
ホームのこの辺りは今日では遊休化しています。

笠島駅の上りホームその3
上りホーム中央部の様子、2013年6月撮影。

笠島駅の上りホームその4
上りホームの直江津方から見た構内、2013年6月撮影。
トンネルを抜け減速しながら、ゆるやかに曲線を描きつつ進入する列車の姿は眼福。
ご覧のように上りホームに上屋はありません。
ただし後述のように通過列車に対しては少々危険を感じるレベルなのです。

笠島駅の上りホームその5
上りホーム端から米山駅方を見通す、2013年6月撮影。
ここ笠島駅は、日本海の手前までせり出す山地と海岸の間に僅かに開けた土地に立地していて、両方向共にトンネルを至近に望んでいます。

構内連絡地下道その1
駅舎の一階にある下りホームへの連絡地下道出入り口、2013年6月撮影。

構内連絡地下道その2
地下道内部の様子、2013年6月撮影。
海辺の駅らしく、壁には魚のイラストが。
画像中央に掲げてあるのは注意書で、ホームがカーブしている上に非常に狭いので、特に子供連れは通過列車には注意との事。
信越本線・新潟-直江津間の諸駅でこの注意喚起があるのはこの駅と長鳥駅ぐらいです。
当駅の構内は場所によっては見通しが悪く、ホームも実際狭いので、通過列車の駅撮りは対面で行うのを強くお勧めします。

笠島駅の下りホームその1
下りホーム(長岡方面乗り場)の柏崎方から見た構内、2013年6月撮影。
こちらからの画はあまり見映えがしないかも。

笠島駅の下りホームその2
下りホーム端から柏崎方を見る、2013年6月撮影。

笠島駅の下りホームその3
下りホーム上の、駅舎との連絡地下道出入り口、2013年10月撮影。

笠島駅の下りホームその4
下りホームから見た構内中央部、2013年6月撮影。

下りホームの待合室その1
下りホームの待合室その2
下りホームの連絡地下道出入り口の柏崎方には、小さいながら待合室があります、2013年6月撮影。

Kasashima1250613
下りホームの直江津方から見た構内、2013年6月撮影。
当駅のホーム配置は顕著な千鳥型です。

笠島駅の下りホームその5
下りホーム端から直江津方を見る、2013年6月撮影。

笠島駅を出発する115系電車その1
上りホームを出発する直江津行115系電車、2013年6月撮影。

笠島駅を出発する115系電車その2
米山駅に向け加速する湘南色115系電車直江津行、2014年6月撮影。
画像右側に見えるトンネルは、信越本線の旧線廃トンネルです。

笠島駅に停車中の115系電車
下りホームに停車中の115系電車長岡行、2013年6月撮影。

笠島駅を通過する485系電車特急「北越」
上り線を通過する485系電車T編成の金沢行485系特急「北越」、2013年6月撮影。

笠島駅を通過する485系電車快速「くびき野」
朝の下り線を颯爽通過する485系電車国鉄特急色の新潟行485系快速「くびき野」、2014年6月撮影。

笠島駅を通過するEF510形電気機関車牽引の貨物列車
笠島の海辺の朝に轟音を奏でて疾走するEF510形電気機関車牽引の下り貨物列車、2014年6月撮影。

笠島駅を通過するEF81形電気機関車牽引の貨物列車
曇天の冴えない空の下、上り線を通過するEF81形電気機関車牽引の貨物列車、2013年6月撮影。

笠島駅前通りその1
駅前通りの様子、2013年6月撮影。
画像右側に見える階段が駅への出入り口です。
駅前通りと言っても自動車一台通るのがやっとの生活道路。
路地沿いには酒屋が一軒あるきりの静かな小漁村の素朴な風情です。
柏崎、柿崎両方向とも、坂を上っていくと普通の幅員の生活道路に出ます。
2006年11月時点では、柿崎方の生活道路には漁港集落にふさわしく魚料理店が一軒ありましたが、当駅周辺で食事が出来るのはこの店だけのようでした。

笠島駅前通りその2
笠島駅前通りその3
駅前の生活道路を柿崎方に進み坂を上ると、笠島駅とその周辺を俯瞰で一望できます。
上は2006年11月、下は2013年6月撮影の海辺の小駅の風情。
隣の青海川駅が中越沖地震のもたらした被害によってその景観を大きく損なってしまった現在、新潟県内の海沿い駅の中では個人的に最高と思える風景です!

笠島地区の国道8号線
笠島地区の鄙びた風情を楽しんだ後、さらに進むと国道8号線に出ます、2006年11月撮影。
クルマの往来は多い一方、人影は無し。
なお、この地区には路線バスの運行は無く、公共交通アクセスは信越線のみです。

笠島駅前通りその4
今度は駅前の生活道路を柏崎方に坂を上って、俯瞰で構内を観察、2013年6月撮影。
狭隘な土地の上下に家々が密集しているのがよくわかります。

笠島港と海水浴場
信越本線のガード下をくぐり、海岸に出るとそこは笠島漁港と笠島海水浴場です、2006年11月撮影。
この漁港は15~6世紀には既に存在していたようですし、駅周辺の集落もそれに付随して形成されてものであるならば、当地への鉄道敷設時にもこの地区に相応の人口もあったはずで、それにも関わらず駅設置が戦後まで見送られたというのも少々疑問に感じるところ。
隣の青海川駅との距離の近さ(2.2km)は、加減速性能の劣る蒸気機関車時代には問題だったのでしょうけれど。
なおこの界隈は、春と秋は釣り人で、盛夏には海水浴客で賑わっていて、近隣の青海川米山の各駅付近よりも人気が多く明らかに雰囲気が異なります。

笠島駅近くの廃トンネルその1
漁港前の通りの柏崎方にはご覧のように信越本線の廃トンネルが残っていました、2006年11月撮影。

笠島海岸その1
笠島海岸その2
笠島海岸その3
晩秋冬間近の笠島海岸、2006年11月撮影。
ここで海をホゲーと眺めつつ、信越本線を行き交う列車を日がな一日見物するのも良いですなぁ。

笠島海岸の弁財天その1
笠島海岸の弁財天その2
笠島海岸の弁財天、2006年11月撮影。

Kasashima1381106
海岸から柿崎方面に少し進むと、行く手にはこれまた信越本線の廃トンネル、2011年6月撮影。

笠島駅近くの廃トンネルその2
柿崎方の信越本線廃トンネルの様子、2005年10月撮影。
この当時は遊歩道で自由に出入り出来ました。
この時は入って歩いてみようかどうしようかかなり迷ったものです。
結局、他の撮影を優先して翌年11月訪問時も入らず仕舞い。
その後の2007年7月の中越沖地震の影響で、トンネルは通行出来ないという話を聞きましたが、2013年、14年に当駅を訪ねた際は海岸まで足を伸ばす時間的余裕が無かったのでトンネル再訪確認は叶わず。
海岸にももう10年半後無沙汰ですし、そろそろ行ってみなければなるまいと、行動日程検討中の今日この頃なのです。

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2010年11月 7日 (日)

21世紀に甦るミスアメリカ!?

早いもので今年も霜月、日暮れもすっかり早くなってこれを書き始めた午後
四時半は既に夕暮れ深き晩秋の少々物悲しい風情なのであります。
後は憂鬱な冬に向かうばかりの寂しい11月・・・、しかしこの月の声を聞
くと、毎年気にかかる、おふぇち心を熱く滾らせる一大関心事が一つ。
それは来年度の新戦隊は果たしてどのようなモノになるのか!?という事な
のであります。
もっと言えば、私の関心事は

女性は一人なのか二人なのか、そして変身後の彼女たちを演じるのは
誰なのか?

ということなのであります。

私は特段いわゆる「特ヲタ」ではございませんので、三歳までの幼児をメイ
ンターゲットにしていると聞き及ぶ戦隊モノに関して、ストーリーがどうの
こうのとか、テーマ性がどーのこーのなどと野暮な事は言うつもりもありま
せんし興味もありません。
ただただその関心は戦隊女性メンバー変身後にのみ向いているのであります。
真のエロ事とは、健全な肉体演舞の中にあり!

今年度のゴセイジャーは女性二人をアクトレスと女形が演じるという、メガ
レンジャー以来13年ぶりの快挙でありました(変身前のキャラ設定がイマ
イチなので二人の個性を強く出しあぐねている感が少々残念ですが)。
それを受けての来年度作品として噂に上っているのが、

「海賊戦隊ゴーカイジャー」!?

・・・ホンマか!?と思わず突っ込まずにはおられないナイスなネーミング
なのでありますが、更に凄いのはその内容。
噂では仮面ライダーディケイドばりの設定で、ゴーカイジャーが歴代戦隊の
戦士に変身するだとかいわゆるリ・イマジネーションというやつで歴代戦隊
が登場するだとか・・・俄かには信じがたいものなのです・・・。

しかしこれがもし本当だとしたら凄い話です。
戦隊ヒロイン変身後専門フェチの変態紳士諸君、考えてもみなさい。
ミスアメリカを筆頭に、私がおぼこな紅顔の美少年のみぎり(おほほほほほ
っ!)にテレビの前に釘付けになったピンクファイブもチェンジマーメイド
もこの21世紀に華麗に甦るという物凄い話になるのですよ!
諸君をかつて決して後戻り出来ぬ因業魔道に引きずり込んだブルードルフィン
なども当然復活でしょう。
蜂須賀祐一さんを筆頭に、歴代女戦士を演じた面々の多くは現在もなお現役
バリバリですから、彼ら(彼女ら)によるかつて演じた戦士の再演が大いに
期待できます。
蜂須賀祐一さんが戦隊初レギュラーだった初々しいチェンジフェニックスを
現在の巧の技で再演とか、中川素州さんが戦隊初女形だったピンクレーサー
を磨きのかかった演技力でまた賑々しく再演とか、蜂須賀兄弟揃い踏みでフ
ァイブイエロー&ピンクやホワイトスワン&ブルースワロー再演などなど、
ぜひとも見たい映像が脳内から次から次へと溢れ出てヘンなお汁がびっちょ
びちょに溢れる有様なのであります。

さてリ・イマジネーションとなると・・・
ダイナマン以降の戦隊スーツは現在の素材で作れるので、当時の再現は充分
に可能でしょう。
問題はそれ以前・・・ゴーグルピンク、デンジピンク、そしてミスアメリカ
のスーツをどう再現するかという点。
当時の素材に拘って・・・などと贅沢な事は流石に言えないのではと思いま
す。
となれば現在の素材でゴーグルピンクやミスアメリカのスーツを作るのでし
ょうか。
全身光沢ピンクの全身タイツのゴーグルピンクや光沢ピンクレオタードのミ
スアメリカとか・・・。
いやミスアメリカの場合、電波人間タックルのように大幅にイメージ改変
(改悪?)が行なわれてハイレグレオタ自体無くなるかもしれませんな。
そうなるとかつてのミスアメリカとは完全に別キャラとして捉えるべきでし
ょう。
その時、私のような者は時代の流れを痛切に感じる事になるのでしょうねぇ
、昭和の匂い、どこか日陰のイメージ、加減を知らない無謀な大胆さ、それ
らが混然一体となったミスアメリカはもう戻ってくる事はないのだと・・・。
うーむ見たいような見たくないよーな・・・でも結局、そういった理屈の下
のほの暗い栗の花のお花畑から噴きあがる、因果なフェチの白い血潮が狂い
勃ち、録画して目を皿のようにして画面に食い入るという、餓鬼奴の世界も
かくやと思われる浅ましきミスアメリカ魔道の虜と成り果てるのでしょう。

肝心の演者は・・・個人的には橋本恵子さんにやってほしいなぁ。
ゴーグルピンクやイエローフォーなんかも。
またデンジピンクとピンクファイブは竹田道弘さんに再演していただきたい。
チェンジマーメイドやイエローフラッシュあたりはメズール役の藤田慧さんに
戦隊女形初挑戦という事でやってもらいたいですなぁ。
もし祐一さんが相手役なら現場で共演するうちに色々と得るものもあるでし
ょうし。
アクトレスが長続きしない現状では、次代を担う女形の最有力候補なので
しょうからね。

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2010年11月 6日 (土)

前川駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・前川駅。

来迎寺駅はこちらへ← →宮内駅はこちらへ

前川駅の駅名標

新潟県長岡市に所在する無人駅で、平成の大合併以前は旧長岡市の西端に位置しておりました。
開業は昭和39年(1964年)8月15日で、前年9月に設けられた信号場からの昇格になります。
信越本線の前身である北越鉄道は元々この地に停車場を開設する考えだったそうですが、地元の反対で駅開設は流れてしまい結局宮内駅が明治31年(1898年)に開業し、上越線との接続で運転上の要衝として存在感を示し続けたのに対し、この地に新駅
が開業したのは宮内駅に遅れる事実に66年!・・・。
鉄道忌避が珍しく無い時代の判断だったとは言え、地域の発展にとっては結果的にかなり損な事だったかも知れません。

当駅の南方1km弱に長岡運転免許センターがあり、当駅は一応その最寄り駅という触れ込みになっておりますけれど(駅から徒歩15分)、実際にはデータイム毎時一本に満たない過疎ダイヤで利便性が高いとはとても言えず、公共交通機関利用者は長岡駅前
発の越後交通の路線バスで訪れているようです。
なお路線バスは前川駅前を経由するので、当駅-長岡駅間の移動に使えます。
また来迎寺方面へは運転免許センター入口バス停から急行片貝経由小千谷行に乗れば移動できます。
「浦」バス停は信濃川を渡った先のバス停で、免許センター入口バス停はその一つ手前になっていて、浦バス停との距離は橋を挟んで1.5kmほどです。

さて前川駅周辺は半農半住といった佇まいで、駅舎側が昔からの集落のようです。
長岡市近郊であるにも関わらず、2006年時点では本格的な宅地開発はこれからという感じでしたけれど、その後開発が進展して新興住宅地化が進行しているところです。
平成20年度長岡市統計年鑑によると、前川駅の平成19年度乗車人員数は10,600人、一日平均では約30人と極めて少なかったのですが、宅地化が進行した今日、どのような数字になっているのか興味の湧くところなのです。

前川駅駅舎その1
前川駅駅舎その2
前川駅駅舎全景、2006年11月撮影。
建築財産票が見当たらなかった為、竣工日時は残念ながら不明です。

前川駅前
駅舎から集落側を見る、2006年11月撮影。
駅から直進すぐに墓地があります・・・
私は信心深い方ではないので平気ですが、特に夜は抵抗を感じる方もおられるかと。

前川駅周辺その1
駅周辺の様子、2006年11月撮影。
駅舎右手に見えるのは線路横断地下道の入口です。
駅構内には跨線橋・地下道共にありませんので、ホーム間の行き来はこの地下道を使わねばならず、駅撮りには少々面倒。

前川駅周辺その2
駅舎反対側の県道、2006年11月撮影。
この県道に前述のバス路線が設定されています。
この道路を長岡方に少し進むとコンビニのセーブオンがあり、取材時には当駅周辺で唯一のめぼしい商店でした。

前川駅駅舎内部
駅舎内部の様子、2006年11月撮影。
小さなベンチ一脚と乗車証明書発行機が一台あるきりで、なんとも殺風景。
朝陽の差し込む室内に、カメラを構える駅フェチな好事家のおっさんの人影が映り込んでいます・・・

下りホームの待合室
下りホーム(長岡方面乗り場)の待合室を駅舎側から見る、2006年11月撮影。
こちらの竣工は昭和54年3月です。
室内のベンチは新しく、駅舎よりも居住性は良さそう。
旅客流動から考えて、電車を待つ人は圧倒的にこちらの待合室を使うからでしょうか。
なお、こちら側にも自動券売機は未設置で乗車証明書発行機が一台ありました。

トイレ使用禁止の張り紙
2006年11月取材時に駅舎内掲示板に貼ってあったもの。
前川駅のトイレは駅舎ホーム側に男女兼用が設置されていますが、
「井戸の具合が悪く水を汲み上げる事が出来ない」ので使用不可との事。
トイレは施錠されていた為、内部を見る事は出来ませんでしたが、アレって簡易水洗なのだろーか? そういう雰囲気は感じられませんでしたが・・・。
それとも「汲み上げる」水は手洗い用?
現状はどうなのか知りたいところなのであります。

前川駅の上りホームその1
駅舎ホーム側の様子、2005年9月撮影。
画像右側にくだんのトイレが確認出来ます。
ホームの国鉄以来の白線はしっかり刻印されてなかなか良い感じ。

前川駅の上りホームその2
駅舎に接する上りホーム(直江津方面乗り場)を長岡方から見る、2006年11月撮影。
線路はこの先右に大きくカーブして信濃川を渡ります。
上りホームには上屋は架かっていませんが、画像右側の下りホームには上屋なのか遮風板なのかよくわからないモノが建っているのに注目。

前川駅の下りホーム
下りホームの柏崎方から見た前川駅構内、2005年9月撮影。
こちら側は気持ちのいい直線が延びております。
ご覧のようにホーム幅は狭いので、通過列車を駅撮りされる際は充分にご注意の程を。

前川駅を出発する115系電車
下りホームを出発する下り115系長岡行普通列車、2014年5月撮影。

前川駅を通過する485系電車特急「北越」
上り線を通過する485系T編成の特急「北越」金沢行、2014年5月撮影。

前川駅を通過する快速「越乃Shu*Kura」
上り線を通過する上り臨時快速「越乃Shu*Kura」、2014年5月撮影。

踏切から見た構内
柏崎方踏切から見た構内、2005年9月撮影。
当駅はご覧の通りの複線上の簡素な棒駅です。

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