« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010年11月の記事

2010年11月28日 (日)

西中通駅(越後線)

本日の駅紹介は越後線・西中通駅。

2017年3月20日記、画像貼り替えと加筆修正を実施しました。


Nishinakadori1010505

新潟県柏崎市に所在する無人駅で、越後線の前身である越後鉄道の駅として、1912年(大正元年)11月11日に開業しました。
ウィキペディアによれば、開業当時の駅名は「荒浜」だったとの事(現・荒浜駅は「新荒浜」)で、三年後の大正4年に現駅名に改称しております。
西中通駅の当時の所在は刈羽郡西中通村でしたので、開業時に何故「荒浜」と命名されたのかは疑問に感じるところです。
荒浜村は当駅から北方2km強の日本海沿い(現在の国道352号線沿い)に中心集落のある村で、当駅がその村名をあえて名乗る意味は一体何なのか?
考えられるとすれば、荒浜漁港の存在ぐらいでしょうか。
漁港から運ばれて来た漁獲物を当駅から貨物で出荷していたというのなら、貨物営業での大得意様の顔を立てる為に「荒浜」の名を当駅に冠したとか?
うーむ、これはそのいわれが益々興味深い。

ともあれ当駅の「荒浜」時代は三年で終わり、現在の荒浜駅が荒浜村の玄関駅としての役割を受け持つようになります。
とは言え荒浜駅もその立地自体は刈羽村なのが少々ややこしいところ。
そして戦後の昭和29年には西中通村、荒浜村は相次いで柏崎市に編入されて今日に至っています。

Nishinakadori1020613
西中通駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
建築財産票によると昭和59年3月30日の完成。
最初から無人前提の待合室のみの機能で簡素な作りです。
前回訪問の2006年11月と異なっているのは、以前の立体文字の駅名表示がJR東日本標準型の駅名板に変わっていたことぐらい。
画像右側に上屋付きの駐輪場を有していて、その色合いから駅舎よりも目立って見えます

駐輪場に印象負けしそうな駅舎というのもそうはありませんな。

Nishinakadori1030613
Nishinakadori1140613
西中通駅前の様子、2013年6月撮影。
上の画像の駐輪場の手前が駐車空間になっています。
駅周辺は住宅街で、駅はその中に埋もれているような地味なものです。

Nishinakadori1150613
西中通駅付近の国道116号線の様子、2013年10月撮影。
駅から国道までは直線距離で300m程ですが、道は直進していないので実際の距離はその倍は見ておいた方がいいでしょう。
画像奥にローソンの看板が見えますが、この時点で駅周辺の食料調達ポイントはそこだけです。
画像左側の見えるバス停は「山本」で、越後交通運行の路線バス長岡柏崎線のバス停です。
この路線はここから荒浜方面に2つ先のバス停から、曽地経由と西山経由に分かれています。
刈羽西山礼拝各駅付近の場合、利用できる路線バスは西山経由便のみになるので本数も少なくなってしまいますけれど、当駅付近の場合は二つの路線の合流部なので本数も比較的多く、柏崎駅との行き来には過疎ダイヤの越後線よりも便利です。
なお東柏崎駅へは曽地経由便が便利で、「諏訪町三丁目」バス停発着になります。
西山経由便だと東柏崎駅から約1km南の「日吉町」バス停発着になるので要注意。

Nishinakadori1040613
西中通駅駅舎出入り口の様子、2013年6月撮影。
通路の右側がトイレで、この時点では男女共用。
この時は確認しませんでしたが、2006年11月訪問時は非水洗型でした。
通路の左側が待合室です。

Nishinakadori03
Nishinakadori1050613
西中通駅待合室内部の様子、上の画像は2006年11月、下の画像は2013年6月撮影。
上の画では退色した朱色の長物ベンチだったのが、6年半後ではJR東日本定番のベンチに換装されていました。
2013年6月時点では自動券売機、乗車証明書自動発行機共に未配置です。
全面ワンマン区間ではない越後線の南部区間の出雲崎-柏崎間の中間8駅で、自動券売機を設置しているのは東柏崎駅と刈羽駅、礼拝駅の3駅のみです。
その3駅以外は、定期客以外の利用は僅少と会社に割り切られているのでしょうかね。

Nishinakadori1060613
棒ホームの東柏崎駅方から見た西中通駅構内、2013年6月撮影。

Nishinakadori1070613
ホーム端から東柏崎駅方を見通す、2013年6月撮影。

Nishinakadori1080613
ホーム側の駅舎と上屋廻りの様子、2013年10月撮影。
自動券売機が未設置で、当局からその程度と見切られているような西中通駅ですが、上屋は比較的長いのです。

Nishinakadori1090613
棒ホームの荒浜駅方から見た西中通駅構内、2013年6月撮影。
この時点では現在のホーム有効長を示す黄色の太線は引かれていません。
つらつら見るに、太線を引くのも利用の多い駅から優先してやっているようでした。
この時期、自動券売機を置いてある駅のホームには概ね引いてありましたから。

Nishinakadori1100613
ホーム端から荒浜駅方を見る、2013年6月撮影。
画像左側の空間は、かつての列車交換設備と対面式ホーム跡と思われます。
架線柱の建てられ方から見て、遅くとも越後線電化工事開始時に撤去されて更地になったのでしょう。

Nishinakadori1130613
荒浜駅方の踏切から見た西中通駅構内の様子、2013年6月撮影。

Nishinakadori1110613
Nishinakadori1120613
西中通駅を出発する115系電車吉田行、2013年6月撮影。

| | コメント (0)

2010年11月23日 (火)

荒浜駅(越後線)

本日の駅紹介は越後線・荒浜駅。

2017年3月12日記、中越沖地震被災前の旧記事と統合して加筆修正しました。

Arahama2010504

新潟県刈羽郡刈羽村に所在する無人駅で、開業は大正4年(1915年)6月15日。
開業当時の駅名は「新荒浜」で、「荒浜」駅は現在の西中通駅でした。
西中通駅の記事でも触れましたが、あちらの当時の所在は西中通村です。
それなのに駅名は「荒浜」。
色々と面倒な大人の事情がありそうな感じですけれど、駅開業翌月の7月1日に「新荒浜」駅は「荒浜」駅に改称され、当初の「荒浜」駅は「西中通」駅に改称されて今日に至ります。
しかし「荒浜」を名乗っていた西中通駅のことをとやかく言える立場にないのが当駅で、当駅は刈羽村の所在です。
「荒浜」村は当駅から北に1km半の日本海に面する村なのです。
それなのに何故当駅が「荒浜」を名乗るようになったのかについては、資料が全く無いので残念ながら不明なのですけれど、私見を述べさせていただくと当駅から海岸沿いの荒浜村までは道一本で繋がっていて、村の産物特に荒浜漁港に水揚げされた魚を出荷するには、当駅を使うのが便利であったであろうことが関係しているのではと考えるところです。
当駅が開業した当時、越後線は私鉄の越後鉄道であり、私鉄の場合は駅設置に当たって費用負担と引き換えに自治体の意向が強く反映されるのはよくある事で、当駅の場合も荒浜村が駅設置に当たって寄附金等を出す代わりに駅名を村名にさせて・・・などと妄想を廻らせておるところですが果たして?

Arahama2020504
中越沖地震発災前の荒浜駅旧駅舎、2004年5月撮影。
当時は建築財産票の確認をしていなかったので、建物の竣工年は実に遺憾ながら不明です。
ただ建物の造りから見て比較的新しい駅舎であろうと思われ、昭和59年4月の越後線電化開業と同時期の竣工かもしれません。
その時期には近隣の桐原駅、刈羽駅、西中通駅が改築されています。

Arahamanew02
地震で大きな被害を受けた駅舎は改築され、新駅舎は2008年3月から供用を開始しています、2010年5月撮影。

Arahamanew03
荒浜駅の新駅舎は待合室のみの機能で、壁に作り付けのベンチがあります。
2010年5月撮影。
トイレは男女別で水洗、ただしトイレットペーパーは無し。
また被災前同様に自動券売機・乗車証明発行機いずれも未設置でした。
室内は完成後二年強を経た2010年5月時でも、完成仕立てのようにまだまだ綺麗で居住性すこぶる高しなのですが、これは集落の方々の意識が高く清掃を欠かさないからなのか、はたまたそもそも利用者が少ないから汚れないだけなのでしょうか・・・?


Arahamanew04
荒浜駅構内の被災前後の比較その一。
ホームの刈羽駅方から見た駅構内。
上は2004年5月、下が2010年5月(比較画は全て同じ組み合わせです)。
地震で崩落・流出など大被害を受けたホームは全長に渡ってリニューアルされておりました。
以前の国鉄時代の面影を濃厚に留めたホームは近年の新駅の簡素なそれに様変わり・・・。

Arahamanew05
荒浜駅構内の被災前後の比較その二。
ホーム西中通駅方から見た構内。
ホームの柵も以前の国鉄ローカル仕様から安全性過剰に思える仰々しいものに。

Arahamanew06
荒浜駅被災前後の比較その三。
駅舎横から吉田方面に伸びる側線跡。
被災前はかつての島式ホーム時代の雰囲気を濃厚に留めていましたが、現在は完全に対向式ホームへと改築されてしまい、野ざらしの短い廃レールのみが僅かな痕跡に。

Arahamanew07
荒浜駅のホーム側駅舎周りの様子。
頑丈そうな駅舎屋根と上屋の許容積雪量は130cm。
流石は原発マネーで潤う金持ち刈羽村の面目躍如といったところ。
ちなみに隣の刈羽駅の許容積雪量は170cmで豪雪地帯に準じる水準です。

Arahamanew08
荒浜駅被災前後の比較その四。
ホームの刈羽駅方終端からの画。
被災以前の錆付いたレールと雑草の絶妙な寂れのイメージも今はありません・・・。

Arahama2030504
被災前の荒浜駅を出発する115系電車柏崎行、2004年5月撮影。

Arahamanew01
被災復旧後の荒浜駅を出発する115系電車吉田行、2010年5月撮影。

Arahamanew09
荒浜駅前の様子、2010年5月撮影。
集落の佇まいに大きな変化はないようで何よりでした。
しかしこの集落も駅同様に液状化現象で被害を生じたお宅が多かったとの事。
私の住まいも大地震が来れば液状化確実の土地ですから、とても他人事とは思えません・・・。

Arahamanew11
駅前通りから駅方向を見る、2010年5月撮影。
画像中央左側が荒浜駅です。
駅周辺には商店はありません。


Arahamanew12
荒浜駅被災前後の比較その五。
刈羽駅方踏切から見た駅全景。
新ホームの柵がいかに仰々しいかがよく解ります。

| | コメント (0)

2010年11月21日 (日)

青海川駅その二(信越本線)

前回エントリーで笠島駅を扱ったその関連で、今回の駅紹介は信越本線・青海川駅その二です。

Oumiga01

画像は特記無い場合は2010年5月撮影です。
中越沖地震被災前を紹介したエントリーはこちらへ

Oumiga02
下りホーム柿崎駅方から見た青海川駅構内。
こちら側は中越沖地震において大きなダメージは受けなかった為、印象は以前とさほど変わっておりません。

Oumiga03
下りホーム鯨波駅方から見た駅構内。
地震で画像左側の崖が大きく崩落して、ホーム下の海岸まで達する大被害でした。

Oumiga04
上りホーム笠島駅方から見た青海川駅構内。
画像撮影地点あたりは地震で完全に埋まってしまっていました。

Oumiga05
上りホーム鯨波駅方から見た駅構内。
春の夕陽に照らされた海からの照り返しで冴えない画像で恐縮です(汗)。

Oumiga06
跨線橋から鯨波駅方を望む。

Oumiga07
2008年3月から供用開始の青海川駅新駅舎。
遠目からは灯台のようにも交番のようにも見えるやや不思議なデザイン。

Oumiga08
青海川駅新駅舎の内部。
待合室は旧駅舎と比べて随分狭くなりました・・・。
旧駅舎では待合室の奥にあったトイレは別室化されていました。

Oumiga09
海水浴場への道から駅を見る。

Oumiga11
青海川駅の被災前後の比較その一。
跨線橋からの撮影。

Oumiga12
青海川駅の被災前後の比較その二。
最も様相の変化したところです。
復旧に併せてホームの遊休部分は残らず撤去。

Oumiga13
青海川駅の被災前後の比較その三。
鯨波方高台から撮影。
崩落した崖壁面の大規模な補強具合がよくわかります。

被災前青海川駅エントリーで触れた、直上の国道への最短ルートである人道にも行ってみましたが、途中までは大丈夫でした。
しかし中腹の家で飼われている犬が、鎖を引き千切らんばかりの凄い剣幕で吠え掛かってくるので、犬恐怖症のビビリな私は先に進めず調査断念・・・。
行かれる方がいらっしゃいましたらその先の調査をお願いします・・・。

Oumiga10
青海川駅に停車中の直江津行115系普通列車。

Oumigawa2010514
青海川駅を通過する新潟行485系電車国鉄特急色の特急「北越」、2014年5月撮影。

Oumigawa2030714
青海川駅を通過する485系電車R編成の金沢行特急「北越」、2014年7月撮影。

Oumigawa2020514
青海川駅を通過し去り往く485系電車T編成の快速「くびき野」新井行、2014年5月撮影。

被災から取材時点で三年弱、復旧完了から二年強・・・、駅及び周辺の風景は、旧来からの駅のイメージとまだ融合していない、違和感を生じるものでしたけれど、これも時間の経過と共に次第に薄れていく事でしょう。
これからこの駅を初めて訪れる方々にとっては、この風景が当たり前のものとして心中に根付いていくのでしょうし、かつての駅の様子は良き思い出として、初めて駅を訪れる方々同様の視線でこの海辺の良駅のこれからの幸多からん事を願い見守っていきたく思う次第です。

| | コメント (0)

2010年11月14日 (日)

笠島駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・笠島駅。

2017年2月24日記、画像入れ替え及び加筆修正しました。

Kasashima1011005

新潟県柏崎市に所在する無人駅で、昭和27年7月1日の開業です。
開業当時の所在は中頚城郡米山村で、同村は昭和31年に柏崎市に編入されています。
ウィキペディアによると開業前年の3月から仮乗降場として設置されていたとの事です。

Kasashima1110613
笠島駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
建築財産票によると、竣工は平成16年2月19日。
ホームの高さに合わせた二階建ての駅舎(待合室)で、一階部分はトイレと下りホーム(長岡方面乗り場)との連絡地下道になっています。
降雪時を考えているのかはたまた単に美観だけの目的なのか、屋根が緩やかに傾斜していて角は曲線を描く女性的なデザイン。

Kasashima1120613
待合室内の様子、2013年6月撮影。
室内には木製のベンチ。
前回訪問の2006年11月もこの時も、木の香り漂う居心地の良いところです。
窓から下りホームの向こうの海岸もよく見えます。
また当駅にはこの時点で自動券売機も乗車証明書発行機も未設置です。
信越線・新潟-直江津間でこのような何もない駅は他に長鳥駅のみでした。
朝夕に利用する学生諸君は当然定期利用でしょうし、これからは日中の普通列車はE129系電車のワンマン運転になります。
従って当駅に券売機を今更置くメリットはなさそうな気がしますな。

待合室内の掲示板は「笠島っ子コーナー」になっていて、2006年10月に訪れた時は集落の児童による、駅周辺のゴミ拾いの報告書が児童の手書きで張ってありました。
それによると最も多かったゴミは鉄クズ。
どういった類のものなのかは書かれておりませんでしたが、漁業関係のものでしょうか?
「あるとこまるごみ」に挙げられていたのが飲みかけのペットボトルで、中身が臭くて分別の為洗うのが大変だったとか・・・、
児童諸君ご苦労様です、そして皆さんくれぐれもゴミのポイ捨てはやめましょうね!
・・・しかしあれから10年半、当時小学一年生だった子は今年高校3年生、六年生だった子はもう社会人ですよ。
月日が経つのは早い。

Kasashima1321005
駅舎から上りホームへの通路、2005年10月撮影。
画像右側が待合室です。

Kasashima1130614
上りホーム(直江津方面乗り場)の青海川駅方から見た笠島駅構内、2014年6月撮影。

Kasashima1140613
上りホーム端から青海川駅方を見る、2013年6月撮影。
トンネルを出たらすぐ海辺の小駅というシチュエーションです。
ホームのこの辺りは今日では遊休化しています。

Kasashima1150613
上りホーム中央部の様子、2013年6月撮影。

Kasashima1160613
上りホームの米山駅方から見た笠島駅構内、2013年6月撮影。
トンネルを抜け減速しながら、ゆるやかに曲線を描きつつ進入する列車の姿は眼福。
ご覧のように上りホームに上屋はありません。
ただし後述のように通過列車に対しては少々危険を感じるレベルなのです。

Kasashima1170613
上りホーム端から米山駅方を見通す、2013年6月撮影。
ここ笠島駅は、日本海の手前までせり出す山地と海岸の間に僅かに開けた土地に立地していて、両方向共にトンネルを至近に望んでいます。

Kasashima1180613
笠島駅駅舎の一階にある下りホームへの連絡地下道出入り口、2013年6月撮影。

Kasashima1190613
地下道内部の様子、2013年6月撮影。
海辺の駅らしく、壁には魚のイラストが。
画像中央に掲げてあるのは注意書で、ホームがカーブしている上に非常に狭いので、特に子供連れは通過列車には注意との事。
信越本線・新潟-直江津間の諸駅でこの注意喚起があるのはここ笠島駅と長鳥駅ぐらいです。
当駅の構内は場所によっては見通しが悪く、ホームも実際狭いので、通過列車の駅撮りは対面で行うのを強くお勧めします。

Kasashima1200613
下りホーム(長岡方面乗り場)の青海川駅方から見た笠島駅構内、2013年6月撮影。
こちらからの画はあまり見映えがしないかも。

Kasashima1210613
下りホーム端から青海川駅方を見る、2013年6月撮影。

Kasashima1230613
下りホーム上の、駅舎との連絡地下道出入り口、2013年10月撮影。

Kasashima1240613
下りホームから見た笠島駅構内中央部、2013年6月撮影。

Kasashima1300613
Kasashima1220613
下りホームの連絡地下道出入り口の柏崎方には、小さいながら待合室があります、2013年6月撮影。

Kasashima1250613
下りホームの米山駅方から見た笠島駅構内、2013年6月撮影。
当駅のホーム配置は顕著な千鳥型です。

Kasashima1260613
下りホーム端から米山駅方を見る、2013年6月撮影。

Kasashima1010613
笠島駅を出発する上り直江津行115系電車、2013年6月撮影。

Kasashima1020614
米山駅に向け加速する湘南色115系電車直江津行、2014年6月撮影。
画像右側に見えるトンネルは、信越線の旧線廃トンネルです。

Kasashima1060613
笠島駅に到着した115系電車長岡行、2013年6月撮影。

Kasashima1040613
笠島駅を通過する485系電車T編成の上り金沢行485系特急「北越」、2013年6月撮影。

Kasashima1030614
笠島駅を颯爽通過する朝の485系電車国鉄特急色の下り新潟行485系快速「くびき野」、2014年6月撮影。

Kasashima1050614
笠島の海辺の朝に轟音を奏でて疾走するEF510形電気機関車牽引の下り貨物列車、2014年6月撮影。

Kasashima1310613
曇天の冴えない空の下、笠島駅を通過するEF81形電気機関車牽引の上り貨物列車、2013年6月撮影。

Kasashima1270613
笠島駅前通りの様子、2013年6月撮影。
画像右側に見える階段が駅への出入り口です。
駅前通りと言っても自動車一台通るのがやっとの生活道路。
路地沿いには酒屋が一軒あるきりの静かな小漁村の素朴な風情です。
柏崎、柿崎両方向とも、坂を上っていくと普通の幅員の生活道路に出ます。
2006年11月時点では、柿崎方の生活道路には漁港集落にふさわしく魚料理店が一軒ありましたが、当駅周辺で食事が出来るのはこの店だけのようでした。

Kasashima1431106
Kasashima1290613
駅前の生活道路を柿崎方に進み坂を上ると、笠島駅とその周辺を俯瞰で一望できます。
上は2006年11月、下は2013年6月撮影の海辺の小駅の風情。
隣の青海川駅が中越沖地震のもたらした被害によってその景観を大きく損なってしまった現在、新潟県内の海沿い駅の中では個人的に最高と思える風景です!

Kasashima1421106
笠島地区の鄙びた風情を楽しんだ後、さらに進むと国道8号線に出ます、2006年11月撮影。
クルマの往来は多い一方、人影は無し。
なお、笠島地区には路線バスの運行は無く、公共交通アクセスは信越線のみです。

Kasashima1280613
今度は駅前の生活道路を柏崎方に坂を上って、俯瞰で笠島駅構内を観察、2013年6月撮影。
狭隘な土地の上下に家々が密集しているのがよくわかります。

Kasashima1411106
信越線のガード下をくぐり、海岸に出るとそこは笠島漁港と笠島海水浴場です、2006年11月撮影。
笠島漁港は15~6世紀には既に存在していたようですし、駅周辺の集落もそれに付随して形成されてものであるならば、当地への鉄道敷設時にもこの地区に相応の人口もあったはずで、それにも関わらず駅設置が戦後まで見送られたというのも少々疑問に感じるところ。
隣の青海川駅との距離の近さ(2.2km)は、加減速性能の劣る蒸気機関車時代には問題だったのでしょうけれど。
なおこの界隈は、春と秋は釣り人で、盛夏には海水浴客で賑わっていて、近隣の青海川米山の各駅付近よりも人気が多く明らかに雰囲気が異なります。

Kasashima1331106
漁港前の通りの柏崎方にはご覧のように信越線の廃トンネルが残っていました、2006年11月撮影。

Kasashima1351106
Kasashima1361106
Kasashima1371106
晩秋冬間近の笠島海岸、2006年11月撮影。
ここで海をホゲーと眺めつつ、信越線を行き交う列車を日がな一日見物するのも良いですなぁ。

Kasashima1391106
Kasashima1401106
笠島海岸の弁財天、2006年11月撮影。

Kasashima1381106
海岸から柿崎方面に少し進むと、行く手にはこれまた信越線の廃トンネル、2011年6月撮影。

Kasashima1341005
柿崎方の信越線廃トンネルの様子、2005年10月撮影。
この当時は遊歩道で自由に出入り出来ました。
この時は入って歩いてみようかどうしようかかなり迷ったものです。
結局、他の撮影を優先して翌年11月訪問時も入らず仕舞い。
その後の2007年7月の中越沖地震の影響で、トンネルは通行出来ないという話を聞きましたが、2013年、14年に笠島駅を訪ねた際は海岸まで足を伸ばす時間的余裕が無かったのでトンネル再訪確認は叶わず。
海岸にももう10年半後無沙汰ですし、そろそろ行ってみなければなるまいと、行動日程検討中の今日この頃なのです。

| | コメント (2)

2010年11月 7日 (日)

21世紀に甦るミスアメリカ!?

早いもので今年も霜月、日暮れもすっかり早くなってこれを書き始めた午後
四時半は既に夕暮れ深き晩秋の少々物悲しい風情なのであります。
後は憂鬱な冬に向かうばかりの寂しい11月・・・、しかしこの月の声を聞
くと、毎年気にかかる、おふぇち心を熱く滾らせる一大関心事が一つ。
それは来年度の新戦隊は果たしてどのようなモノになるのか!?という事な
のであります。
もっと言えば、私の関心事は

女性は一人なのか二人なのか、そして変身後の彼女たちを演じるのは
誰なのか?

ということなのであります。

私は特段いわゆる「特ヲタ」ではございませんので、三歳までの幼児をメイ
ンターゲットにしていると聞き及ぶ戦隊モノに関して、ストーリーがどうの
こうのとか、テーマ性がどーのこーのなどと野暮な事は言うつもりもありま
せんし興味もありません。
ただただその関心は戦隊女性メンバー変身後にのみ向いているのであります。
真のエロ事とは、健全な肉体演舞の中にあり!

今年度のゴセイジャーは女性二人をアクトレスと女形が演じるという、メガ
レンジャー以来13年ぶりの快挙でありました(変身前のキャラ設定がイマ
イチなので二人の個性を強く出しあぐねている感が少々残念ですが)。
それを受けての来年度作品として噂に上っているのが、

「海賊戦隊ゴーカイジャー」!?

・・・ホンマか!?と思わず突っ込まずにはおられないナイスなネーミング
なのでありますが、更に凄いのはその内容。
噂では仮面ライダーディケイドばりの設定で、ゴーカイジャーが歴代戦隊の
戦士に変身するだとかいわゆるリ・イマジネーションというやつで歴代戦隊
が登場するだとか・・・俄かには信じがたいものなのです・・・。

しかしこれがもし本当だとしたら凄い話です。
戦隊ヒロイン変身後専門フェチの変態紳士諸君、考えてもみなさい。
ミスアメリカを筆頭に、私がおぼこな紅顔の美少年のみぎり(おほほほほほ
っ!)にテレビの前に釘付けになったピンクファイブもチェンジマーメイド
もこの21世紀に華麗に甦るという物凄い話になるのですよ!
諸君をかつて決して後戻り出来ぬ因業魔道に引きずり込んだブルードルフィン
なども当然復活でしょう。
蜂須賀祐一さんを筆頭に、歴代女戦士を演じた面々の多くは現在もなお現役
バリバリですから、彼ら(彼女ら)によるかつて演じた戦士の再演が大いに
期待できます。
蜂須賀祐一さんが戦隊初レギュラーだった初々しいチェンジフェニックスを
現在の巧の技で再演とか、中川素州さんが戦隊初女形だったピンクレーサー
を磨きのかかった演技力でまた賑々しく再演とか、蜂須賀兄弟揃い踏みでフ
ァイブイエロー&ピンクやホワイトスワン&ブルースワロー再演などなど、
ぜひとも見たい映像が脳内から次から次へと溢れ出てヘンなお汁がびっちょ
びちょに溢れる有様なのであります。

さてリ・イマジネーションとなると・・・
ダイナマン以降の戦隊スーツは現在の素材で作れるので、当時の再現は充分
に可能でしょう。
問題はそれ以前・・・ゴーグルピンク、デンジピンク、そしてミスアメリカ
のスーツをどう再現するかという点。
当時の素材に拘って・・・などと贅沢な事は流石に言えないのではと思いま
す。
となれば現在の素材でゴーグルピンクやミスアメリカのスーツを作るのでし
ょうか。
全身光沢ピンクの全身タイツのゴーグルピンクや光沢ピンクレオタードのミ
スアメリカとか・・・。
いやミスアメリカの場合、電波人間タックルのように大幅にイメージ改変
(改悪?)が行なわれてハイレグレオタ自体無くなるかもしれませんな。
そうなるとかつてのミスアメリカとは完全に別キャラとして捉えるべきでし
ょう。
その時、私のような者は時代の流れを痛切に感じる事になるのでしょうねぇ
、昭和の匂い、どこか日陰のイメージ、加減を知らない無謀な大胆さ、それ
らが混然一体となったミスアメリカはもう戻ってくる事はないのだと・・・。
うーむ見たいような見たくないよーな・・・でも結局、そういった理屈の下
のほの暗い栗の花のお花畑から噴きあがる、因果なフェチの白い血潮が狂い
勃ち、録画して目を皿のようにして画面に食い入るという、餓鬼奴の世界も
かくやと思われる浅ましきミスアメリカ魔道の虜と成り果てるのでしょう。

肝心の演者は・・・個人的には橋本恵子さんにやってほしいなぁ。
ゴーグルピンクやイエローフォーなんかも。
またデンジピンクとピンクファイブは竹田道弘さんに再演していただきたい。
チェンジマーメイドやイエローフラッシュあたりはメズール役の藤田慧さんに
戦隊女形初挑戦という事でやってもらいたいですなぁ。
もし祐一さんが相手役なら現場で共演するうちに色々と得るものもあるでし
ょうし。
アクトレスが長続きしない現状では、次代を担う女形の最有力候補なので
しょうからね。

| | コメント (0)

2010年11月 6日 (土)

前川駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・前川駅。

Maekawa1000905

新潟県長岡市に所在する無人駅で、平成の大合併以前は旧長岡市の西端に位置しておりました。
開業は昭和39年(1964年)8月15日で、前年9月に設けられた信号場からの昇格になります。
信越本線の前身である北越鉄道は元々この地に停車場を開設する考えだったそうですが、地元の反対で駅開設は流れてしまい結局宮内駅が明治31年(1898年)に開業し、上越線との接続で運転上の要衝として存在感を示し続けたのに対し、この地に新駅
が開業したのは宮内駅に遅れる事実に66年!・・・。
鉄道忌避が珍しく無い時代の判断だったとは言え、地域の発展にとっては結果的にかなり損な事だったかも知れません。

前川駅の南方1km弱に長岡運転免許センターがあり、当駅は一応その最寄り駅という触れ込みになっておりますけれど(駅から徒歩15分)、実際にはデータイム毎時一本に満たない過疎ダイヤで利便性が高いとはとても言えず、公共交通機関利用者は長岡駅前
発の越後交通の路線バスで訪れているようです。
なお路線バスは前川駅前を経由するので、当駅-長岡駅間の移動に使えます。また来迎寺駅方面へは運転免許センター入口バス停から急行片貝
経由小千谷行に乗れば移動できます。
「浦」バス停は信濃川を渡った先のバス停で、免許センター入口バス停はその一つ手前になっていて、浦バス停との距離は橋を挟んで1.5kmほどです。

前川駅周辺は半農半住といった佇まいで、駅舎側が昔からの集落のようです。
長岡市近郊であるにも関わらず、2006年時点では本格的な宅地開発はこれからという感じでしたけれど、その後開発が進展して新興住宅地化が進行しているところです。
平成20年度長岡市統計年鑑によると、前川駅の平成19年度乗車人員数は10,600人、一日平均では約30人と極めて少なかったのですが、宅地化が進行した今日、どのような数字になっているのか興味の湧くところなのです。

Maekawa01
Maekawa02
前川駅駅舎全景、2006年11月撮影。
建築財産票が見当たらなかった為、竣工日時は残念ながら不明。

Maekawa03
駅舎から集落側を見る、2006年11月撮影。
駅から直進すぐに墓地があります・・・
私は信心深い方ではないので平気ですが、特に夜は抵抗を感じる方もおられるかと。

Maekawa04
前川駅舎周辺の様子、2006年11月撮影。
駅舎右手に見えるのは線路横断地下道の入口です。
駅構内には跨線橋・地下道共にありませんので、ホーム間の行き来はこの地下道を使わねばならず、駅撮りには少々面倒。

Maekawa05
駅舎反対側の県道、2006年11月撮影。
この県道に前述のバス路線が設定されております。
この道路を長岡方に少し進むとコンビニのセーブオンがあり、取材時には前川駅周辺で唯一のめぼしい商店でした。

Maekawa09
前川駅駅舎内の様子、2006年11月撮影。
小さなベンチ一脚と乗車証明書発行機が一台あるきりで、なんとも殺風景。

Maekawa10
長岡方面ホーム上の待合室。、2006年11月撮影。
こちらの竣工は昭和54年3月です。
室内のベンチは新しく、駅舎よりも居住性は良さそう。
旅客流動から考えて、電車を待つ人は圧倒的にこちらの待合室を使うからでしょうか。
なお、こちら側にも自動券売機は未設置で乗車証明書発行機が一台ありました。

Maekawa11
2006年11月取材時に駅舎内掲示板に貼ってあったもの。
前川駅のトイレは駅舎ホーム側に男女兼用が設置されておりますが、
「井戸の具合が悪く水を汲み上げる事が出来ない」ので使用不可との事。
トイレは施錠されていた為、内部を見る事は出来ませんでしたが、アレって簡易水洗なのだろーか? そういう雰囲気は感じられませんでしたが・・・。
それとも「汲み上げる」水は手洗い用?
現状はどうなのか知りたいところなのであります。

Maekawa12
駅舎ホーム側の様子、2005年9月撮影。
くだんのトイレが確認出来ます。

Maekawa07
駅舎に接する柏崎方面ホームを長岡方から見る、2006年11月撮影。
線路はこの先右に大きくカーブして信濃川を渡ります。

Maekawa08
長岡方面ホーム来迎寺方から見た前川駅構内、2005年9月撮影。
こちら側は気持ちのいい直線が延びております。
ご覧のようにホーム幅は狭いので、通過列車を駅撮りされる際は充分にご注意の程を。

Maekawa1010514
前川駅を出発する下り115系長岡行普通列車、2014年5月撮影。

Maekawa1020514
前川駅を通過する上り485系特急「北越」、2014年5月撮影。

Maekawa1030514
前川駅を通過する上り臨時快速「越乃Shu*Kura」、
2014年5月撮影。

Maekawa06
来迎寺方踏切から見た前川駅構内、2005年9月撮影。
当駅はご覧の通りの複線上の簡素な棒駅です。

| | コメント (0)

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »