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2010年9月の記事

2010年9月23日 (木)

矢作駅(弥彦線)

本日の駅紹介は弥彦線・矢作駅。

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新潟県西蒲原郡弥彦村に所在する無人駅で、開業は当時の越後鉄道吉田-弥彦間開通と同時の大正五年(1916年)10月16日。
駅名は周辺の旧村名「矢作」から。
時刻表を見て受ける印象は前回紹介の西燕駅と同じように非常に地味に感じられるのでしょうけれど、戦後生まれのドライな西燕駅とは異なり、今年で開業94年という歴とした古豪なのであります。

矢作駅は新潟平野から弥彦の山々に分け入るその端境に位置しており、南及び西には遠浅の田圃の海を、北へは山峡へ分け入る風情を感じさせる好対照な独特の雰囲気を漂わせます。
弥彦線内6駅(東三条及び吉田駅は除く)の中では良い意味での田舎の情緒を最も感じさせてくれる、個人的にはかなりツボの駅ですよ!

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矢作駅駅舎の昼と夜、昼は2005年8月、夜は2006年11月撮影。
恐らくは近所にある大鳥居をイメージしていると思われる朱色の色使いが印象的な駅舎は、建築財産票によれば昭和59年3月31日竣工で許容積雪量は120cm。


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県道から見た矢作駅前、2006年11月撮影。
路地をちょっと入ったらすぐ駅という立地です。
駅前広場は車数台分のスペースと駐輪場を備えた相応の広さです。

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県道駅入口から吉田方面を見る、2006年11月撮影。
前述の大鳥居が見えます。
なお当時は県道を弥彦方に少し進むとボウリング場、吉田方に少し歩いた弥彦村役場界隈にセブンイレブンとツタヤがあって、電車の待ち時間の暇つぶしにうってつけ。

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矢作駅駅舎内の様子、2006年11月撮影。
旧窓口らしきものが残っております。
このクラスの駅としては内部は広めでゆったりした造りです。
駅舎改築が地元負担によるものだとすると、この造りは弥彦村の財力の証でしょうか?
なにしろ平成の大合併の中にあって今なお孤高を貫ける余裕のある村です。
弥彦村は戦後二度、周辺町村との合併話がありましたけれど、その二度とも新自治体の主導権を巡り交渉決裂で交渉の席を立つという誇りある村柄なのです。

閑話休題、駅舎内には自動券売機一台と無人駅定番朱色ベンチが二脚、ゴミ箱二つ。
現在はsuica用簡易改札機が設置されているとの事で、朱色ベンチも恐らく茶色の荷物置きスペース付き一人掛けのものに変わっていることと思われます。
トイレはホーム側に男女兼用非水洗があります。
内部は大体予想される通り(お察しください・・・)。

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ホームから吉田方面を望む、2005年8月撮影。

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同じく弥彦方面を望む、2005年8月撮影。
矢作駅を発車して右にカーブしつつ山峡に分け入る雰囲気が良い感じ。
とはいえ実際には電車は淡々と進みトンネルをくぐるでもなくあっさりと弥彦駅に至ります。
ウィキによれば、昭和二年の越後鉄道国有化から昭和35年まで貨物取扱いがあったとの事で、画像右側の木が生えている空間が貨物線跡なのでしょうか?

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晩秋夜の矢作駅ホーム、2006年11月撮影。

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矢作駅を出発する115系Y編成吉田行、2005年8月撮影。


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当駅至近の見所がこの「日本一の大鳥居」、2005年8月及び
2006年11月撮影。
霊峰弥彦と俗世を分かつ分水嶺といった趣。
案内板によれば弥彦神社による奉建で、昭和57年11月吉日の落成。
特殊鋼製で高さ30m、柱径2.2m、柱間20mです。

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2010年9月18日 (土)

西燕駅(弥彦線)

本日の駅紹介は弥彦線・西燕駅。

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当ブログで新潟県の駅紹介を始めて四年七ヶ月経ちますが、弥彦線の駅を扱うのは今回が初めてになります。

さて西燕駅は新潟県燕市に所在する無人駅で、開業は昭和29年12月25日。
単線上の棒駅です。
当駅に関しては正直特記すべきエピソードが無く、なんとも書き手泣かせの駅(汗)。
弥彦線内6駅(東三条と吉田を除く)の中でも最も地味で目立たない駅・・・。
高架駅の北三条駅、新幹線接続駅の燕三条駅、かつては新潟交通電車線も乗り入れていた燕駅、田園にあって弥彦山を望むローカル度満点の矢作駅、知名度抜群の弥彦駅・・・。
そんな個性派達の中にあっては埋没感大も致し方なしか。
実際に降り立ち見聞してもその印象は非常に地味です・・・。
しかし弥彦線という線区が通学メインのはなはだ地味なカラーでありますから、西燕駅の地味さは弥彦線のある意味象徴であるとも言えるのです。

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西燕駅駅舎の様子、2004年9月撮影。
建築財産票によると竣工は昭和30年3月。
駅開業後三ヶ月間は駅舎未完だったのか、はたまた書類上の数字に過ぎないのか?

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西燕駅の駅前通りを吉田方から見る、2006年11月撮影。
上屋付きの駐輪場と酒屋が目を惹く程度です。

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駅前通りを吉田方に進み、踏切の手前で振り返る、2006年11月撮影。
西燕駅周辺は住宅の間に田圃や畑が点在する、地方小都市の郊外の典型です。

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西燕駅駅舎内の様子、2006年11月撮影。
自動券売機一台と無人駅定番の朱色ベンチが二脚。
トイレは画像の右側(掲示板の右側)に男女兼用で設置されていました。
内部の様子は未検分に付き不明(汗)。
券売機右手の掲示スペース周りは何となくかつての窓口跡に見えなくも無い・・・と思っているのですが、当駅が有人だった時期は果たしてあったのでしょうか?
なお現在は簡易suica改札機が設置されているとの事。
朱色ベンチも恐らく茶色の一人掛けのものに変えられているでしょう。


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ホームの燕駅方より西燕駅構内を見る、2006年11月撮影。
ホームが中程から吉田方に緩やかなカーブを描いているのがわかります。

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ホームの吉田駅方から構内を見る、2006年11月撮影。
ホームの上屋は電車2~3両分といったところで、弥彦線データイムの列車編成はその程度です。
朝夕ラッシュ時には比較的長編成の列車があり、ホーム上の黄色いラインはそれに対応しているようです。

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吉田方踏切より見た西燕駅構内、2006年11月撮影。
この踏切を越えると食堂があり、当駅至近でお腹を満たせるのはこの店のみでした。
2006年11月訪問時点では、この先約300mに進んで行き当たる
国道289号線を視認出来る範囲ではコンビニ・スーパー共にありません。
ちなみにこの時点では当駅至近経由の路線バスは燕市のコミニュテイバスのみで、本数も僅少でした。
公共交通機関で当駅に降り立つのは、実質的に弥彦線利用以外ありません。
ただ燕駅までは40分も歩けば楽勝の至近距離で道もわかりやすいので、天気が良ければてくてく歩くのもまた一興かと。

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西燕駅に進入する東三条行115系電車、2004年9月撮影。


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西燕駅に停車中の115系電車吉田行、2004年9月撮影。

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西燕駅を出発する115系電車Y編成吉田行、2013年10月撮影。

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