« 岩室駅(越後線) | トップページ | 越後須原駅(只見線) »

2010年5月 5日 (水)

越後下関駅(米坂線)

本日の駅紹介は、米坂線・越後下関駅。

Echigoshimoseki101

新潟県岩船郡関川村に所在する有人駅で、昭和6年(1931年)8月10日の開業です。
かつて新潟-仙台(後に山形)間に二往復運行されていた急行「あさひ」(のち「べにばな」と改称)の停車駅でした。
開業当時は同郡関谷村の所在で、その後関谷村は昭和29年8月に荒川を越えた先の女川村と合併して関川村となって今日に至ります。
「下関」は駅の所在する地名で、合併を機に駅名も「関川」に変えてしまえば良かったのに・・・と、無責任な部外者は思うところでありますが。

関川村は粟島浦村と共に、平成の大合併において岩船郡内で村上市との合併に応じず独立独歩を貫く土地柄でありますけれど(岩船郡の他の町村・・・荒川町、神林村、朝日村、山北町は2008年4月1日をもって村上市と合併)、粟島浦村が合併によって島が埋没してしまうのを怖れた為などと言われているのと異なり、村上市との間に昔からの感情的なモノがあるやに、知人から聞いた事があります・・・。
また関川村は「平成の村八分」訴訟という、いささか不名誉な問題で全国にその名を知らしめたのは記憶に新しいところ。

越後下関駅は単線上の二面二線で列車交換可能駅です。
2008年あたりは交換設備撤去の噂がネット上で見られましたけれど、幸い2010年現在でも最終列車同士の列車交換が見られました。
ただ、米坂線・坂町-小国間32.4kmは一日六往復という新潟県内では只見線に次ぐ過疎ダイヤでありながら、中間の列車交換可能駅は当駅と越後金丸駅があります。
一日五往復運行の只見線・小出-大白川間26.0kmは列車交換可能な中間駅無し。
それを考えるといずれは当駅と越後金丸のどちらか、最悪の場合は両駅とも棒線化されても不思議ではありません。
実際、2016年3月改正では越後金丸駅での定期列車の交換は無くなり、小国-坂町間の交換は当駅に集約されました。
雪害時のダイヤ調整時の必要性についても、昨今ではダイヤを調整しなければならない程の降雪時は運休ですからね(困ったモンだまったく)。

Echigoshimoseki08
一番ホームの駅舎周り、2005年8月撮影。

Echigoshimoseki09
同じく、越後大島駅方から越後下関駅構内を見る。

Echigoshimoseki10
同じく、越後片貝駅方の旧貨物ホームから駅構内を見る。

Echigoshimoseki11
二番ホームの越後片貝駅方から越後下関構内を見る、2008年4月撮影
ホーム上には小さな待合室があります。

Echigoshimoseki1050613
二番ホーム上の待合室内部、2013年6月撮影。
建築財産票によると、完成は昭和12年5月。

Echigoshimoseki12
2005年8月撮影、二番ホーム越後大島駅方を望む。
二本のホームはご覧のように千鳥配置です。

Echigoshimoseki1060613
跨線橋内部の様子、2013年6月撮影。
米坂線では主要駅の一つに数えられる越後下関駅ですけれど、跨線橋内は凡百の無人駅と変わらない狭さです。

Echigoshimoseki13
2008年4月撮影、跨線橋から越後片貝方を望む。
坂町-越後下関間は平野部を進む米坂線は、当駅発車後すぐに勾配区間に入ります。

Echigoshimoseki14
同じく跨線橋から越後大島駅方を望む。
駅裏手は一面の田圃です。

Echigoshimoseki15
同じく越後片貝駅方の踏切から越後下関駅を望む。

Echigoshimoseki16
同じく踏切の先の陸橋から俯瞰で見た越後下関駅全景。

Echigoshimoseki17
2005年8月撮影、2009年春に引退したキハ52形気動車を先頭にした坂町行普通列車が二番線に進入。

Echigoshimoseki1021103
今では思い出の彼方のキハ58系気動車主体の坂町行快速「べにばな」、2003年11月撮影。

Echigoshimoseki1030613
越後下関駅一番線に到着したキハ110単行の米沢行、2013年6月撮影。

Echigoshimoseki1040613
越後下関駅二番線から出発するキハ110+キハE120二連の坂町行、2013年6月撮影。
このような単線上の交換駅では、列車交換時以外は乗降の便を図る為に上下共に駅舎に面したホームに入るケースがよくありますが、当駅の場合は上下の発着ホームが厳格に守られていました。


Echigoshimoseki05
越後下関駅駅舎の様子、2003年11月撮影。
建築財産票によれば昭和49年11月8日の竣工で、横長の長方形平屋です。
横長で駅前広場が狭く駅前通りも道幅狭の為、駅舎全体を画像一枚に収めるのは至難です。
なお駅前にはタクシーが待機しておりました。

Echigoshimoseki06
Echigoshimoseki07
越後下関駅駅舎内部の様子、2008年4月撮影。
駅舎内は吹き抜けで、無人駅定番タイプのベンチが広い室内に3脚肩を寄せ合うように置かれております。
窓口営業時間は2008年4月現在で06:45~18:15。
券売機は設置されておりませんでした
また最終列車発着後の夜21時以降は駅舎内立ち入り禁止になるので駅寝は出来ません。
トイレは駅舎駅前広場側に男女共用の水洗式があります。

駅窓口は関川村の簡易委託という形で営業しているそうですが、一日六往復ではうーむ・・・、しかし村の玄関駅としての面子もあるでしょうし、
米坂線新潟県内区間で有人駅は当駅のみなので、周辺無人駅利用者の定期購入の需要もあるでしょうし・・・。
JR東日本によると当駅の2015年度一日平均乗車人員は98人で、同社新潟県内有人67駅中66位と振るいません。
しかし単に運行本数や利用客数で斬って捨てるわけにもいかない面があるのは確かでしょう。

Echigoshimoseki01
越後下関駅前通り、2008年4月撮影。
画像中央が駅舎です。

駅前通りには旅館の看板が一軒。
路線バスの通る村のメインストリートには郵便局と銀行、昔ながらの医薬品店がある程度で、2008年4月時点では坂町方面に少し歩いた新潟交通観光バス下関営業所の先にスーパーが一軒ありました。

Echigoshimoseki02
2008年4月撮影、駅前広場から見た駅前通り。

Echigoshimoseki03
同じく、バス営業所側から駅方面を望む。

Echigoshimoseki04
同じく、後述する「渡辺邸」に面するメインストリートの米沢方。

この営業所から国道290号線経由村上線、米坂線に並行する坂町線、米沢方面に4km程進む鷹ノ巣温泉線の新潟交通観光バスの路線バスが運行しています。

Echigoshimoseki21
新潟交通観光バスの下関営業所、2008年4月撮影。

村上線は三角形の二辺を往く鉄道の坂町経由と異なり、一辺をダイレクトに結ぶので利用価値が高いのですが(私は二回乗車しましたが、旧女川村域を進む山間路線でなかなか味があります)、残念な事に運行本数は少なく、2008年当時は平日4往復、土休日2往復。
坂町線もこの当時、土休日は2往復で2016年現在では全便土休日運休。
営業所構内も手持ち無沙汰の感強しです。

人口6千人強の村の中心街としては少々寂しくも感じられますが、駅から米沢方面に500mも歩けば国道113号線上の「道の駅関川」があり、食堂やみやげ物店、温泉が併設されて賑やかです。
国道は交通量が多く、過疎ダイヤの米坂線とは明暗くっきり・・・。

越後下関駅至近の観光スポットとして有名なのが「渡辺邸」(入場料¥500ナリ)。
岩船・村上に広く覇を唱えた豪農の館であります。→渡辺邸HPはこちら
映画「蔵」のロケ地なのがキャッチコピーですけれど、「蔵」といってももう随分昔の話・・・。
私がここを訪れたのは2008年4月末ののGW初日でしたが、朝イチ(AM0900)とはいえ、見学者は私の他に二名。

・・・ぶっちゃけて書いてしまうと、県内の他の豪農の館・笹川邸」や「目黒邸」に比べて見せ場がないというか何というか情緒に訴えるトコロが無いというか・・・。
笹川邸のような華やかさ(何しろ小大名に匹敵する経済力ですから)も、目黒邸の山間の素朴さも無いんですよねぇ・・・。
国道至近で道の駅も近く、温泉も車であればごく近いという立地条件には恵まれているので、邸公開に当たってのコンセプトを明確にすれば・・・とシロウトは感じるところ大なのです。

Echigoshimoseki18
Echigoshimoseki19
上が渡辺邸の母屋、下が座敷。

Echigoshimoseki20
「荒川峡温泉郷」に至る橋から見た荒川の流れ。
この先蛇行しながら小国へ至ります。

|

« 岩室駅(越後線) | トップページ | 越後須原駅(只見線) »

R013 米坂線の駅」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 岩室駅(越後線) | トップページ | 越後須原駅(只見線) »