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2010年4月の記事

2010年4月29日 (木)

内野西が丘駅(越後線)

本日の駅紹介は越後線・内野西が丘駅。

越後赤塚駅はこちらへ← →内野駅はこちらへ

内野西が丘駅の駅名標

平成17年(2005年)3月1日に開業した無人駅で、新潟市西区の所在。
新潟県内鉄道200駅(ガーラ湯沢およびほくほく線を含む)中、最も新しい駅です。
駅西側には「パレットタウン新潟西」が造成されており、この開発事業の一環として駅が設置された経緯があります。
さつき野駅同様、郊外にこうして新駅が設置される一方、越後線の「上所」新駅(新潟-白山間)や信越・白新線の「紫竹」新駅(新潟-越後石山東新潟間)が遅々として進まないのは実に釈然としないところではありますけれど・・・。
まぁ、当駅は宅地開発の当事者(組合)の出資、一方新潟市中心部の新駅は市の出資無しには事はJRは全く動かず、その市も掛け声だけで身銭を切るつもり無しですからねぇ・・・。

内野西が丘駅駅舎
2008年5月撮影、GW夕刻の内野西が丘駅前。
駅東側は宅地造成も未だで後背に建物が殆ど無い為に、真新しい駅舎の姿は事の外目立ちます。


自由通路上から見た内野西が丘駅西口
駅の自由通路から見た駅西口。
駅前はロータリーになっています。
駅前の一等地?は未だ手付かず。
画像左手奥には「新潟西高校」があり、ここの通学生には当駅の存在は大いなる福音。
私がお受験の頃は最寄の内野駅から2kmほど離れていて路線バスも便利とは言えず、学校のレベルは「中の上」で市内の中堅高でありながら、交通不便の為に事実上新潟市西地区の生徒しか通えない学校でしたなぁ・・・。
おかげで私のような東地区の受験生で成績「中の上」レベルは「新潟江南高」に殺到というイヤな展開にw
なおこの通りを進むと500m強進むと県道に行き当たります。
2008年5月現在では県道にはコンビニが一軒有り。

自由通路上から見た内野西が丘駅東口
2006年10月撮影、自由通路から駅東口を見る。
こちらは道路すらまだ未整備。

内野西が丘駅駅舎内部その1
2008年5月撮影、ホームから改札を見る。
Suikaの簡易改札機が一本にょっきりと。
画像右のシャッターは明らかに窓口用ですな。
ウィキペディアによれば事務室も予め設置されているとの事。
将来は自動改札導入とそれに伴う有人化も視野に入れているのでしょう。
シヤッターの向う側には券売機が二台設置。
なお画像左手は待合室です。
トイレはホーム側に男女別で設置。

内野西が丘駅駅舎内部その2
同じく、出入り口側から改札周りを見る。
新潟駅から越後線吉田行に乗車して、うっかり寝過ごした粗忽者の新大生諸君がハッと気づいて慌てて下車するとこの内野西が丘駅だったりするわけですな。
電車は一時間に一本、講義には確実に遅刻。
ぜーつぼうにィイイ!身をよじれぇぇい!新大生どもぉおおおおお!(爆)

内野西が丘駅駅舎内部その3
同じく、待合室内はこんな感じ。
築3年(当時)で内部はまだまだ綺麗。
ゴミ箱も時流に乗ってしっかり分別です。

自由通路上から見た内野西が丘駅構内その1
自由通路から新潟方を望む、2005年8月撮影。
本線から線路が分岐しており、ホーム増設を最初から配慮した設計のようです。
ただ架線柱は外側に移設が必要な気もしますが果たして?
新潟-間のデータイム3本/1時間を実現となれば(現在は1本/1時間)、当駅への列車交換設備増設は必要になろうかと存じます。
この点は新潟市の「にいがた交通戦略プラン 重点プロジェクトその1」でも言及されておりました。

なお自由通路にはバリアフリー時代に相応しくエレベーターが設置されていますけれど、駅東口が未開発とあっては東西の行き来も無く宝の持ち腐れ間強し。
ホーム増設に伴い橋上駅舎化されればこのエレベーターにも真のいのちが吹き込まれるのでしょうか。

自由通路上から見た内野西が丘駅構内その2
自由通路上から吉田方を望む、2005年8月撮影。
ご覧のようにここから先は新潟平野の田圃の海の真っ只中を突き進みます。
遮蔽物が全く無いのでただでさえ強い風はより一層その猛威を振るい、おかげで冬場の運休遅延は日常茶飯事。

新潟方から分岐した線路はホーム中央部で途切れており、こちら側は全くの手付かず。
現在データイム3本/1時間の終点を内野駅から当駅までとりあえず移す可能性が高いのかもしれません、それでこちら側は用地だけ押さえて分岐器等は未着手と。
・・・それにしてはレールの長さがいかにも中途半端なんですが。

内野西が丘駅のホームその1
ホームの新潟方から見た構内、2005年8月撮影。
果たして画像左側にホームが設置される日は来るのでしょうか。

内野西が丘駅のホームその2
ホームの吉田方から構内を望む、2005年8月撮影。
左右架線柱の幅は、新潟方より明らかに狭くなっているのがよくわかります。
従って当駅を列車交換可能な構造にするには、ホームの増設や信号の設置以外にこちら側の架線柱にも手を付けなければなりません。
なかなかおカネのかかる話なので、新潟市が余程積極的に動かないと話は進まないでしょうね。

内野西が丘駅に到着した115系電車
真夏のホームに到着した115系電車新潟行、2005年8月撮影。

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2010年4月25日 (日)

さつき野駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・さつき野駅。

新津駅はこちらへ← →荻川駅はこちらへ

2017年3月20日記、画像貼り替えと加筆修正を実施しました。

さつき野駅の駅名標

新潟県新潟市秋葉区(旧新津市)に所在する有人駅で、平成3年(1991年)3月16日の開業です。
新潟県内200駅(ガーラ湯沢及びほくほく線を含む)中、三番目に若い駅なのが当駅。
(最若は越後線・内野西が丘駅、二番目は上越線・上越国際スキー場前駅
当駅西方にニュータウンが造成され、その交通利便性を図っての地元の請願に基づく駅設置なのですが、さつき野駅と新津駅のその距離は1.5km。
新津駅から歩いてもせいぜい二十分というところです。
まぁ都会ではこの程度の駅間距離は当たり前なのですが、田舎の政令指定都市新潟では人口集積地域を通っているのに、色んなオトナの事情で駅間距離が5kmあったりしますので・・・。
そんな田舎の車社会の地域性を考えると、そう性急に駅設置をせずとも・・・との思いも抱くところであります。
駅設置と新津駅西口へのJR利用客用駐車場設置(市街地裏手なので用地取得は比較的容易かと)の損得勘定はどんなものなのかと興味あるところ。
なお、JR東日本によると2015年度のさつき野駅一日平均乗車人員は978人で、同社新潟県内有人67駅中41位です。
2006年度が829人なので、9年間で約18%増という堅調な伸び率なのです。
新津駅(2015年度の一日平均乗車人員4,250人)と荻川駅(2015年度の一日平均乗車人員1,892人)に挟まれ、いたって地味な印象のこの駅。
しかしこれら2駅の利用状況は横這いもしくは微減傾向ですので、当駅の健闘ぶりは特筆に価する話なのであります。
2016年度の数字は四桁に到達しているかもしれず、JR東日本のデータ公表が楽しみなところです。

さつき野駅橋上駅舎西口
さつき野駅橋上駅舎の様子、2015年12月撮影。
こちらは西口で、当駅設置の要因であるニュータウンに面しています。

西口駅前ロータリー
西口駅前ロータリーの様子、2015年10月撮影。
2010年3月訪問時と比べると、歩道が大幅に拡幅された代わりに、送迎用の車の一時駐車場が無くなってしまっています。
駅出入り口の向こうの駐車場は月極駐車場です。

西口駅前通り
西口からニュータウン側を見る、2010年3月撮影。
こちら側は新興のベットタウンで、大量集客を見込む店舗は出店していません。

さつき野駅東口その一
さつき野駅東口その二
さつき野駅東口の様子、2010年3月撮影。
こちら側は昔からの旧新津市住宅街です。
こちら側から東に500m程行くと県道に出ますが、その道には新潟交通運行の路線バス新潟新津線が走っています。
最寄バス停は「北上二丁目」で、鉄道補完では新津、亀田、新潟の各駅に移動できます。
荻川と越後石山両駅に関しては、バス停と駅がやや離れているので利用の際はご注意を。

さつき野駅橋上駅舎内部その1
橋上駅舎自由通路の様子、2015年12月撮影。
当駅は開業以来無人駅でしたが、2005年3月に自動改札が導入されたのを機に有人化されました。
同様の例に白新線・大形駅と越後線・青山駅があります。
しかし本来、駅業務の合理化の為に設置する自動改札の為に、従来は無人だった駅に人を配置するのは本末転倒な気がしないでもないのです。

さつき野駅橋上駅舎内部その2
さつき野駅橋上駅舎内部その3
自動改札口周りの様子、2015年12月撮影。
下の画像左側が待合室で、室内のベンチ着席定員は12人。

さつき野駅橋上駅舎内部その4
橋上駅舎構内通路の様子、2015年12月撮影。
構内通路から待合室への出入りはできません。

さつき野駅橋上駅舎内部その5
構内通路上から見た構内の新津方、2015年12月撮影。
せっかくの橋上駅舎なのに、開閉可能な窓は天井近く。
したがってアミ越しのこんな画しか撮れないのは俯瞰マニアとして極めて残念也。

さつき野駅橋上駅舎内部その6
橋上駅舎の構内通路から見た構内の新潟方端の様子、2010年3月撮影。

さつき野駅の上りホームその1
上りホーム(長岡方面乗り場)の新津方から見たさつき野駅構内、2015年12月撮影。
当駅は信越本線の複線直線区間に設置された対面式ホームの構内で、新しい駅だけに遺構も無く、特筆すべきことは何もありません。

さつき野駅の上りホームその2
下りホーム(新潟方面乗り場)の新津方から見た構内、2015年12月撮影。
ホームは9両編成に対応しています。


さつき野駅の下りホームその1
下りホームの新潟方から見た構内、2010年3月撮影。
トイレはこのホームの橋上駅舎直下に男女別で設置されています。

踏切から見たさつき野駅構内その1

踏切から見たさつき野駅構内その2
新潟方の踏切から見た構内、2010年3月撮影。

さつき野駅を出発したE129系電車その1
さつき野駅を出発したE129系電車その2
上りホームを出発し加速するE129系電車新津行、2015年12月撮影。

さつき野駅に停車中の115系電車
上りホームに停車中の115系電車長岡行、2015年12月撮影。

さつき野駅に停車中のE127系電車
上りホームに停車中のE127系電車新津行、2014年8月撮影。
信越本線の新潟近郊区間では過去帳入りの電車の最後の夏の姿です。

さつき野駅に停車中のキハ40系気動車
上りホームに停車中のキハ40系気動車馬下行、2014年8月撮影。
新潟地区において、115系電車の次に過去帳入り確実なのがこの気動車。
あと3年もすれば、オサレな電気式気動車に置き換わっているのでしょうな。
信越線の新潟-新津間は、今まで多種多様な種類の車両が走っていました。
例えば2005年当時は、特急「北越」と快速「くびき野」用の485系電車のT編成とR編成、急行「きたぐに」用の583系電車、普通列車用の115系電車とE127系電車、キハ110系、キハ40系、キハ52気動車という面々で計8種類。
これが近い将来は特急「しらゆき」用のE653系電車、普通列車用のE129系電車とキハ110系、キハE120及び新型気動車の計5種類。
キハ110系とキハE120はヨソへ転属してしまうかもしれず、そうなると3種類の車両だけが走る、何とも面白味の無い話になってしまうのですよ。

さつき野駅に停車中のキハ110系気動車
下りホームに停車中のキハ110系気動車新潟行、2005年3月撮影。
画像左端の駅構外にJR東日本傘下の「トッキー にいつストア」が写っていますが、ウィキペディアによるとその後間もなく閉店したそうです。


さつき野駅を通過するE653系電車特急「しらゆき」その1
さつき野駅を通過するE653系電車特急「しらゆき」その2
上り線を通過するE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行、2015年12月撮影。
うーむやはりカジュアルな雰囲気の電車です。
京成電鉄あたりの特急みたい。

さつき野駅を通過する485系電車特急「北越」その1
上り線を通過する485系電車R編成の特急「北越」金沢行、2014年8月撮影。
特急「北越」の最後の夏の日であります。

さつき野駅を通過する485系電車特急「北越」その2
下り線を通過する485系電車T編成の特急「北越」新潟行、2005年3月撮影。
これを撮った時は、12年後に485系電車がいなくなってしまうとは夢想だにしませんでした。

番越自動車道の川口バス停
さつき野駅に関するのマメ知識としては、駅から新潟方に1km弱歩くと行き当たる磐越
自動車道「川口」バス停です、2010年3月撮影。
この撮影時点では、磐越自動車道経由の新潟-五泉・村松便と新潟-津川・上川便、新潟-会津若松便が停車していました。
2017年3月時点では、乗降共に可能なのが新潟-五泉・村松便で1日6往復。
新潟-会津若松便は乗車が会津若松行きのみ、下車が新潟行きのみです。
新潟-津川・上川便は2016年9月末で廃止されてしまいました。
その後、阿賀町が社会実験としてこの路線を引き続き運行しているそうですけれど、ネットで調べてもハッキリしたことは出てこないですな。

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2010年4月 3日 (土)

三条駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・三条駅。

東光寺駅はこちらへ← →東三条駅はこちらへ

2017年4月15日記、画像の貼り替えと加筆修正を実施しました。

三条駅の駅名標

新潟県三条市に所在する有人駅で、開業は1898年(明治31年)6月16日。
開業当時の所在は南蒲原郡三条町で、その後周辺諸村と合併して昭和9年に市制を施行し、今日に至ります。
今日、三条市の玄関駅と言えば誰に聞いても当駅の東隣にある東三条駅と答えますけれど、旧来の三条市街地最寄は当駅であって鉄道開設当初、当駅が「三条」と名付けられたのも当然なのです。
(現在は弥彦線・北三条駅が市役所最寄であり、また僅かではありますが当駅よりも旧市街地に近いです)

上野-新潟間に信越本線(長野)経由で急行列車が運転を開始したのは大正11年ですが、その2年後にはこの急行が当駅に停車するようになって、この駅の発展もいよいよ始まるかに思えました。
しかしその翌年、東隣の一ノ木戸駅に越後鉄道参宮線(現・弥彦線)が乗り入れるようになると、次第に立場は逆転。
その後程無くして、越後鉄道は国有化され一ノ木戸駅は東三条駅と改名され、信越本線急行列車の停車駅の座も三条駅から東三条駅に移ってこの地域の玄関駅として発展を遂げていく一方、当駅は旧市街地に近い立地ながら地域輸送に徹する、けして廃れてはいないものの急行が停車しない地味な駅として地味に歩んでいく事になります。
JR東日本によると、2015年度の三条駅一日平均乗車人員は1,660人で、同社新潟県内有人67駅中27位。
東三条駅のそれは2,870人(第10位)ですから、当駅の利用はその約6割。
優等列車通過と他線との接続無しというハンデがありながら、この数字はなかなか侮れないものと言えます。
なにしろ新潟都市圏外で優等列車通過で他線との接続も無いJR東日本新潟県内有人駅で最も乗車人員が多いのは、この三条駅なのですから。

三条駅の駅舎その1
三条駅の駅舎その2
三条駅の駅舎その3
三条駅駅舎の様子、上は2012年6月、中は2008年3月、下は2005年9月撮影。
大正15年の改築で、新潟県内のJR駅有数の古豪であります。
瓦葺の屋根に、上屋付きの出入り口などなど非常の味のある、私のような駅フェチにはもう辛抱たまらん風格なのであります。
駅前広場にはタクシー待機スペースは三台分、ただし常時待機というわけではないようです。
一般車用には「お客様駐車場」が数台分、30分以内の時間制限付きになっていました。
駅構外のトイレは駅舎左側の別棟がそれです。

三条駅前
駅前の様子、2012年6月撮影。
駅前には派出所と旅館兼食堂、それにボウリング場。
この当時は通りを少し進むとコンビニのセーブオンがありました。
信越本線の新津-長岡間はデータイム毎時一本の過疎ダイヤですので、とりあえずの時間潰しにはボウリングで少し体を動かすのも気分転換になって吉でしょう。
ちなみに私は恐縮ながらハウスボール・ハウスシューズで最高235の猛者です、わはは!

自由通路の東口その1
駅自由通路の東口出入り口、2013年6月撮影。
駅舎の経年を考えるといずれは改築が必要ですが、この自由通路がある以上、橋上駅舎化という選択は取らないかもしれませんね。
過剰に二重投資だもの。

自由通路の東口その2
自由通路東口から先を見通す、2013年6月撮影。
画像左奥に見えるのは広大な駐車場を持つスーパーウオロクです。
きょうびの田舎のスーパー出店に際しては広い駐車場が必須で、ゆえに古くからの市街地には出店できず、商圏は郊外に移って駅前通りは衰退してしまうのです。

自由通路の東口その3
少し歩いてから振り返って自由通路東口を見る、2013年6月撮影。
こちら側はまだまだ田圃も多く、特に長岡方はそれが顕著。
当駅と東光寺駅間は、信越本線の新潟-長岡間で沿線人口密度が最も少ないのでは?と思うところ。
土曜朝の上り普通列車に乗ると、当駅で学生たちがごっそり降りて車内は閑散化。
見附駅到着までその状態が続くのです。

三条駅駅舎内部その1
三条駅駅舎内部その2
三条駅駅舎内部その3
駅舎内部の様子、2013年6月撮影。
駅舎内は天井が高く広いコンコースと仕切られた待合室。
自動券売機は一台設置。
前述したように古い建物ですけれど、内部には手が入れられて近代化されています。
自動改札機が導入されているので、駅構内撮影に改札開始を辛抱強く待つ必要は無いのが精神衛生的に非常に良いのです。

三条駅の下りホームその1
駅舎のホーム側とその先の跨線橋出入り口の位置関係、2012年6月撮影。

三条駅の下りホームその2
下りホームの長岡方から見た構内の中枢部、2012年6月撮影。

三条駅の下りホームその3
下りホームの長岡方から見た三条駅構内、2012年6月撮影。
明治期に作られた主要駅の貫禄十分な面構えと言えましょう。
古い駅の常として構内のホーム配置は千鳥型。

三条駅の下りホームその4
下りホームの新津方から見た構内、2005年9月撮影。
自由通路が視界を大きく遮っているので、ここからの眺めは宜しくありません。

三条駅の跨線橋
跨線橋内部の様子、2013年6月撮影。
地方幹線の主要駅とローカル駅の中間的形態です。
壁面がポスターで埋め尽くされているのは、当駅が管理の行き届く有人駅である証です。

跨線橋から見た構内
跨線橋上から見た構内の長岡方の様子、2012年6月撮影。
新潟方は自由通路が視界を塞いでいるので、跨線橋からの眺めはよくありません。

三条駅の自由通路
駅の東西を連絡する自由通路内部、2013年6月撮影。
2005年4月の完成で、バリアフリー時代に相応しくエレベーターを有します。
駅舎があるのは西側で、東側は発展途上。

自由通路から見た構内
自由通路上から見た構内の新津方、2013年6月撮影。
窓が開かないのでやむを得ない画なのです。

三条駅の旧島式ホームその1
同じく構内の長岡方を見る、2013年6月撮影。

三条駅の旧島式ホームその2
旧島式ホーム上屋下の様子、2012年6月撮影。
画像右側が上り長岡方面乗り場です。
かつては中線の2番線を擁して、当駅で普通列車の優等列車退避も行われていました。
昭和55年10月改正ダイヤを見ると、当駅では普通列車の優等退避が上り1本、下り2本ありました。
当時は信越本線長岡-新津間を走る昼行優等列車は29往復(特急21往復、急行8往復)で、同区間の中間駅では当駅の他にも押切見附、帯織、東三条、羽生田、矢代田の各駅で普通の優等退避、急行の特急退避が設定されていたのです。

旧島式ホームから見た1番ホーム
旧島式ホームから下りホームの駅舎側を見る、2005年9月撮影。
両ホーム共に上屋は短めで、優等列車の停車しない当駅の立ち位置を象徴しているよう。

三条駅の旧島式ホームその3
旧島式ホームの新津方から見た構内、2012年6月撮影。
画像中央が駅の東西を連絡する自由通路です。
ホームのこの辺りは、今日では完全に遊休化。

三条駅の旧島式ホームその4
旧島式ホーム端から新津方を見通す、2012年6月撮影。
私が当駅で本格的に構内撮影をした2005年9月点で、本線との接続は切れていました。
当駅の場合は隣が中線を有する大駅の東三条駅ですし、中線が切られるのは素人目に見ても已む無しでしょう。

三条駅の旧島式ホームその5
旧島式ホームの長岡方から見た構内、2012年6月撮影。
旧2番線の線路は廃線そのものの様相で残存。

三条駅の旧島式ホームその6
旧島式ホームの端から長岡方を見通す、2012年6月撮影。
中線と上下本線の合流はしばらく先で、構内有効長は相当に広いのです。

構内の煉瓦製ランプ小屋
下りホームに建つ、駅開業以来の煉瓦製ランプ小屋、2012年6月撮影。

三条駅に到着した115系電車
1番線に到着した115系電車新潟行、2013年6月撮影。

三条駅を出発する115系電車その1
3番線を出発する115系電車長岡行、2012年6月撮影。

三条駅を出発する115系電車その2
三条駅を出発して東光寺駅に向け加速する115系電車長岡行、2012年6月撮影。

三条駅を通過する485系電車特急「北越」その1
1番線を通過する485系電車T編成の新潟行特急「北越」、2013年6月撮影。

三条駅を通過する485系電車特急「北越」その2
3番線を通過する485系電車T編成の金沢行特急「北越」、2013年6月撮影。

さて三条駅周辺の見所として押さえておきたいのが本成寺。
法華宗陣門流の総本山で、節分の鬼踊りで新潟県内で有名なところです。
本成寺正門
本成寺正門の威容、2012年6月撮影。

本成寺の本堂
本成寺の本堂、2012年6月撮影。

本成寺の鐘楼堂
本成寺境内の豪壮な鐘楼堂、2012年6月撮影。
こういう建物のミニチュアが欲しいところです。

本成寺境内の千仏堂
本成寺境内の千仏堂、2012年6月撮影。
またの名を六角堂と言い、六角形のこうしたお堂は他に例が無いんだとか。

本成寺は弥彦線の北三条駅からも約1.5kmで、三条駅-本成寺-北三条駅のルートで三角形の二辺を往くことになります。
三条駅と北三条駅は最短でその距離1.5km。
三条駅を出て右手(ボウリング場側)を進むと、平成16年7月新潟・福島豪雨で決壊し、大きな被害をもたらした五十嵐川を橋で越え、三条の旧市街地に入ります。
旧市街地を通る県道に出て左折しつつ進み、通りを二つほど越えて右折し直進すると高架駅である北三条駅に着きます。
私は二度、それぞれ三条駅と北三条駅から出発して歩いてみましたが、三条駅から歩いたほうが迷わず行けてベストかと。
北三条駅は高架駅の為に両方向に道が開けていて、うっかり進む方向を間違えるとトンでもないところに行ってしまいます。
私はそれで迷ってパニくって大汗掻いた苦い経験があるのです。

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