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2010年3月の記事

2010年3月21日 (日)

加茂駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・加茂駅。

保内駅はこちらへ →羽生田駅はこちらへ

2018年6月24日記、画像の入れ換えと加筆修正を実施しました。

加茂駅の駅名標

加茂駅は新潟県加茂市に所在する有人駅で、明治30年(1897年)11月20日の開業です。
加茂市は人口3万人強で、その人口規模は新潟県の19市中最下位。
但し、面積は17位で人口密度は第8位です。
開業当時は南蒲原郡加茂町の所在で、加茂町は戦後の昭和29年3月に市制を施行し今日に至ります。
平成の大合併後、加茂市は北隣の田上町と共に、北東側からは大膨張を遂げた新潟市、西側からは県央地域の中心である三条市に挟まれた形になりました。
商圏では完全に三条市側に傾斜しているものの、現市長(1995年から現職)の方針によって三条を含む周辺市町村とは合併せずに、現在まで独立独歩の姿勢を崩しておりません。
現市長については色々と話が聞こえておりますけれど、まぁ良くも悪くも押しの強い方なのは確かです。
この加茂市の方針の影響をモロに受けているのが前述の田上町で、三条市との合併は間に加茂市が有る為に飛び地になってしまいイマイチ、また新潟市が北隣の旧小須戸町と広域合併して境を接するようになった為にその影響を強く受けるようにもなって、中々難しい立場に置かれているのです。

ここ加茂の地に鉄道敷設が計画された当初、駅設置に当初考えられたのは、現駅から1km強離れた石川地区(加茂市役所の少し先辺りか?)だったそうです。
しかし当時の町長以下関係者は町の中心寄りへの設置を陳情し、軟弱地盤という不利も克服して現在位置への設置に漕ぎ着けたという経緯があったとの事で、鉄道忌避から駅を町外れに設置した柏崎駅とは対極の行き方ですね。

JR東日本によると2016年度の加茂駅一日平均乗車人員は2,851人。
隣町で加茂市の約三倍の人口の三条市の玄関駅である東三条駅よりも多い数字で、同社新潟県内有人67駅中第10位を誇ります。
人口約3万人という市の人口規模を考えると異常にも思える賑わいですが、加茂駅は高校と大学の最寄り駅であることに加えて、公共交通機関を使用した県都新潟市との往来が鉄道に限られているのもこの数字に寄与しているのではないかと思うところです。
新潟市と加茂市を結ぶ高速バスは、2017年10月現在設定されていません。
北陸道のインターから加茂の中心部まで相当に離れているのが未設定の要因でしょうか。
しかし、そのようにライバル不在で鉄道にとって有利な条件にも関わらず(有利だからこそ殿様商売をしていると言った方が適切でしょうか)、信越線の新津-長岡間は普通列車データイム毎時一本に特急がプラスアルファという不便なダイヤ・・・。
新潟-東三条間(加茂駅では折り返し不可)を増発して、せめてデータイム毎時二本にすれば利便性も・・・と私のような素人は考えがちですが、費用対効果を考えると増発は会社に優しくないと判断しての現行ダイヤなのでしょうね。
万事保守的で現状維持一刀流なのが新潟支社の真骨頂ですので。

さて加茂駅駅舎は東口と西口にそれぞれ置かれていて、街の中心部に面しているのは東口です。

加茂駅の東口駅舎
加茂駅の東口駅舎の様子、2017年5月撮影。
建築財産票によると完成は昭和34年1月。
その時期の国鉄地方駅特有の平屋で横長の建物です。
鉄道がまだまだ労働集約産業であった時代の産物で往時は駅員も多く、それゆえこのような広い空間を必要としたのでしょう。
しかし省力化合理化の進んだ今日では内科のクリニックが入っていたりして、鉄道駅舎としてのスペースは建物全体の六割程度です。
つまり改築するとなれば、駅舎は現在よりも随分とこじんまりとしたものになってしまうのは確実。
近年では信越本線の柿崎駅や磐越西線の津川駅などがそういう事例に当たります。

加茂駅東口駅前広場その1
地方都市の中心駅らしく、東口駅前広場にはタクシーが多数待機中、2017年5月撮影。
この街は交通不便な山間地域の縦深が大きいので、タクシーの利用度が高いのかもしれませんな。

加茂駅東口駅舎正面の様子その1
加茂駅東口駅舎正面の様子その2
駅舎東口正面の様子、2017年5月撮影。
駅舎の経年が相当のものであることを考えると、近い将来の駅舎改築は不可避でしょう。
その場合は橋上駅舎化するのがベストであると思いますが、その辺を加茂市はどう考えているのか。

加茂駅東口駅舎内部の様子その1
加茂駅東口駅舎内部の様子その2
加茂駅東口駅舎内部の様子その3
加茂駅東口駅舎内部の様子、上は2008年5月、下2枚は2017年5月撮影。
この9年間の変化は駅舎内案内板と列車案内の電光掲示板が取り付けられた事。
内部のレイアウトに変化はありません。
余談ですがJR東日本からの公式のアナウンス無しに駅舎がリニューアルされている事が間々あるので、駅廻りをして記録を取っている者としては油断が出来ず頭を悩ませるところなのです。
例えば上越線の小千谷駅は内部のレイアウトがガラリと変わっていたり、上越線の越後堀之内駅や信越本線の安田駅で待合室空間が仕切られてエアコンの入った部屋になっていたり。
こういうのは現地の方以外は容易にわからない情報で、こちらは数年ぶりに訪れて驚愕したりするのです。
駅舎のリニューアルや改築、跨線橋、構内配線の変更が無ければ再訪する意義はないかなぁと思う一方で、こちらの知らぬ間に大きく手が加えられていたケースを考えるとやはり数年おきに行ってみる必要があるのかなぁと、熟慮している最近なのでございます。
しかしうーむ、下越地方の駅であれば行くのも比較的容易ですけれど、大糸線や只見線となると話はそう簡単ではないし・・・。

加茂駅東口駅舎内部の様子その4
画像左手の待合室にはキオスクが出店しています、2017年5月撮影。
ここ十年で駅のキオスクもめっきり数が減ってしまいましたなぁ・・・。
ちなみに撮影時点の営業時間は朝7時10分から夜19時40分(昼12時から14時まで休憩)で、営業承認票を見ると一年毎の契約更新のようです(4月1日から翌年3月31日)。
この日はうっかりハンカチを忘れてきてしまったので、キオスクでミニハンカチを購入。
このようなちょっとした買い物に便利な存在であります。
なおキオスクの入る待合室の開放時間は朝6時40分から夜19時40分でした。
待合室は駅の利用者の多さを考えると手狭です。
これまた余談ですが、私が取材目的で駅廻りを始めた2003年夏以降に撤退したキオスクというと羽越本線の坂町、中条両駅、越後線の白山、内野、巻、吉田の各駅、弥彦線の燕駅、上越線の小千谷、小出、六日町の各駅、信越本線の新井駅、磐越西線の五泉駅といったところです。
羽越本線の村上駅や新発田駅もそうだったかもしれませんが、遺憾ながら記録があやふやでお恥ずかしい限り。

加茂駅東口駅前広場その2
加茂駅東口駅前広場の様子、2017年5月撮影。
広場はロータリーになっています。
画像右手の建物は当駅至近で唯一の商業施設で、スーパー他のテナントが入っています。
加茂の中心商店街はこの駅東口を起点に形成されていて、駅の出自が地元の熱心な誘致で街の中心部に作られた事と密接に関連しているようです。
なおこのロータリーには路線バスが乗り入れています。
鉄道補完関連では、越後交通運行の加茂-地場産センター線(保内駅付近と東三条駅経由、平日上下6本・土休日上下3本)と、加茂市営コミニュティバス(蒲原鉄道廃線跡に沿って運行する便有り)です。
また駅前には立ち寄らず駅付近の中心街を通る加茂-湯っ多里線(新潟交通観光バス運行で羽生田、田上両駅付近経由、平日上下19本・土休日上下14本)もあります。

加茂駅東口駅前通りの様子その1加茂駅東口駅前通りの様子その2
加茂駅東口駅前通りの様子、2017年5月撮影。
加茂市のメインストリートでアーケード街になっています。
おかげで天候をあまり気にせずに街歩きが出来るのですが、車道の道幅は狭く、また路上駐車が非常に多いのでごちゃごちゃと狭苦しい印象を否めません。

市内を流れる加茂川
市内を流れる加茂川の流れ、2017年5月撮影。
商店街のすぐ東側には信濃川の支流である加茂川が流れていて、川には幾つもの橋が架けられています。
橋から川を、そして特に南東方面(旧蒲原鉄道の村松方面)に山並みを望む様子は、流石「北越の小京都」と言われるだけの風情と情緒を感じさせます。

青海神社入口と社殿その1
青海神社入口と社殿その2
青海神社入口と社殿、2006年10月撮影。
駅東口近くの加茂山公園とその中にあるこの青海神社は、列車の待ち時間に見学する価値有りな観光スポットですけれど、こちらも境内駐車禁止の看板が出ているそばから平気な顔で路上駐車、参道にも路駐・・・。
外部からの訪問者の目には、少々ルーズに思えますです・・・。
こういう街の雰囲気から来るものなのか、加茂駅を利用する学生のマナーも正直な話相当にアレで困りモノです。
体の大きい体育会系の学生たちがホーム上に車座で座り込み、周りを睥睨。
自動改札化されて列車がない時間帯でも出入り可能になった為に、ホーム上で飲み食い奇声。
加茂-東三条間の車中では、満員でも向かいの座席に土足を上げながらギャハギャハとバカ笑いをしつつ座席を激しく蹴り続けるとか、お菓子を食べては良心の咎めなど全く感じていない様子でゴミを文字通りポイ捨てとか。
羞恥心が無いのかなんなのか理解不能。
それも一度や二度ではありません。
あくまで私の主観ですが、新潟県内有人駅の中では学生のマナーの悪さは断トツでトップです。

加茂駅西口駅舎
元は蒲原鉄道の駅舎であった加茂駅の西口駅舎、2017年5月撮影。
建築財産票が見当たらないので完成年月は残念ながら不明。
国鉄様式の駅舎とは明らかに異なる設計の、地方小私鉄の拠点駅駅舎の小品であります。
1999年に廃止された蒲原鉄道線の施設で現在も使用されているのは、ここと旧村松駅(現在はバスターミナル)だけです。

加茂駅西口駅舎内部の様子
西口駅舎内部の様子、2017年5月撮影。
撮影時点でこちらの窓口の営業時間は午前7時から9時までと、午後3時半から6時半までと、学生の利用する時間帯に特化しています。
自動券売機は無人駅仕様で、近年導入されている箱型の新型に更新されています。
画像左側には待合室があるのですが、いつ行っても必ず人がいるので撮影は残念ながら不可。
列車のこない時間帯を狙って行ってもやはりいるので、近所の人の休憩空間になっているのでしょうな。
無人駅ではよくある事です。

加茂駅西口駅前の様子その1
加茂駅西口駅前の様子その2
西口駅前の様子、2017年5月撮影。
駅前は小さなロータリーになっています。
こちら側は住宅街になっていて、特記する事はありません。

旧蒲原鉄道のホーム跡の駐輪場
蒲原鉄道の線路とホーム跡は駐輪場になっています、2017年5月撮影。
加茂-村松間が廃止されて既に30年以上を経過しています。

加茂駅の1番ホームその1
1番線の新潟方から見た加茂駅構内全景、2017年5月撮影。
こちらは長岡方面乗り場です。
古い時代の駅の常として、当駅のホーム配置も千鳥式。
かつては上下の通過線も備えた堂々たる構内でしたが、不要の線路の大半が外された構内の空間はガランとして寂寥感を覚えます。
しかしその一方で、前述したように駅の利用状況はなかなか良いのが余剰空間の余りに多い構内との大きなギャップなのです。

加茂駅の1番ホームその2
1番ホーム端から新潟方を見る、2017年5月撮影。
画像中央の旧通過線はこちら側から構内中央まで残存していて、上下の本線と接続しています。
線路を跨ぐ陸橋上から駅の俯瞰画を思うさま撮れるはずなのですが、生憎歩道が付属していないので立ち入って撮影するのは危険に付き断念。
もし歩道が付属していたとしても、あのフェンスの高さでは腕を目一杯伸ばしても撮れるかどうか怪しいところです。
なお、歩行者の線路横断は構外の連絡地下道になります。

加茂駅の1番ホームその3
1番ホームと駅舎の接する上屋下、2017年5月撮影。
駅舎は新潟方に偏って置かれていて、短編成の列車がこの辺りに停車することもあり学生の利用する時間帯は激しく混雑するところです。

加茂駅の1番ホームその4
当駅のホーム上屋は長大で、現在当駅に停車する定期旅客列車(最大で6両編成)を完全にフォローできます、2017年5月撮影。
無骨な作りの上屋は国鉄時代以来のもののようです。

加茂駅の1番ホームその5
1番ホームの中程から長岡方を望む、2008年5月撮影。
旧通過線には保線車両が停車中。
構内に光量のある有人駅は、夜の方が風情を感じさせます。

加茂駅の1番ホームその6
1番線の長岡方から見た加茂駅構内、2017年5月撮影。
こちら側の旧通過線は完全に撤去されていて、上下本線間の空所は今となっては全く無意味なものになっています。

加茂駅の1番ホームその7
1番ホーム端部から長岡方を見る、2017年5月撮影。
画像右側の2番ホームははるか前方まで伸びていて、長大ホームの顕著な千鳥配置が当駅構内観察の最大のポイントと言えます。
2番ホームで緑の生い茂っている辺りは、2005年夏に訪れた時はオオスズメバチのテリトリーになっていて非常に恐怖を感じたところ。

構内連絡地下道の様子その1
構内連絡地下道の様子、2017年5月撮影。
跨線橋も無く近くに立ち入れられる高台もない当駅は俯瞰で観察することが出来ず、私のような俯瞰マニアにとっては実に残念な限りです。
それにしてもこの地下道、随分年季が入っていますけれど果たしていつまで使い続けるのやら。

構内連絡地下道の様子その2
上の画の奥手の右手を進むと、西口駅舎の出入り口に行き着きます、2017年5月撮影。

加茂駅の2番ホームその1
2番線の新潟方から見た構内の様子、2017年5月撮影。
画像右手の構造物は待合室ではなく、構内連絡地下道の出入り口です。
左隣の1番ホームの上屋の長さにも注目。

加茂駅の2番ホームその2
2番ホーム端から新潟方を見る、2017年5月撮影。

加茂駅の2番ホームその3
2番ホームの構内連絡地下道付近から新潟方を見る、2005年9月撮影。
1番線には早くも試運転の除雪用ディーゼル機関車が停車中です。

加茂駅の2番ホームその8
加茂駅の2番ホームその4
2番ホームの上屋下の様子、上は2005年9月、下は2012年5月撮影。
2005年時点ではホームの番線案内や行き先表示が昔のモノでしたが、それから7年後には電光掲示板に変わっていました。
一般の利用客にとっては些細な変化なのでしょうけれど、私のようなマニアにとってはこういう変化に思わず「あー・・・」と声を上げたくなるのですよ。
なおこのホーム上に待合室は設置されていません。
その代わりにベンチは多数置かれています。

加茂駅の2番ホームその5
2番ホームの長岡方から見た加茂駅構内、2017年5月撮影。
ここから見ると北海道の幹線のやや寂れた特急停車駅のような趣。
やはり上下本線の間の廃線然とした空間が、そのような思いに至るのでしょう。

加茂駅の2番ホームその6
2005年に訪れた時は前述のオオスズメバチが怖くて立ち入れなかった、2番ホームの端部から改めて構内を見る、2017年9月撮影。
画像右側の1番ホームははるか彼方です。
夏は暑く、秋は太陽光線過多に加えてハチ類の脅威、冬は寒くて毎日雨か雪。
新潟の駅巡りはやはり春が一番ですな。
まだ凶暴なハチの活動時期ではないし。

加茂駅の2番ホームその7
2番ホーム端から長岡方を見る、2017年5月撮影。

2番線に停車中の115系電車新潟行
2番線に停車中の115系電車新潟行、2017年5月撮影。
2018年3月改正ダイヤで信越本線の新潟県内における115系運用は快速を残すのみとなりました。

115系電車の快速新潟行が加茂駅に発着その1

115系電車の快速新潟行が加茂駅に発着その2
115系電車の快速新潟行が加茂駅に発着、2017年5月撮影。
この日は長岡の変電所の故障でダイヤが乱れていました。
この快速も1時間10分遅れでやって来て、運転再開後最初に当駅に入ってきた下り列車なので車内はさぞや大混雑ではと構えて待ち構えていましたが、乗車率は100%強というところで拍子抜けでしたっけ。

2番ホームに停車中のE129系電車6連新潟行
2番ホームに停車中のE129系電車6連新潟行、2017年5月撮影。
新潟都市圏の日中は2連が多くカジュアルな印象の強いE129系電車ですが、6両編成ともなるとさすがにボリューム感があります。

1番線に停車中のE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行
1番線に停車中のE653系電車特急「しらゆき」上越妙高行、2005年5月撮影。
この日はこの列車で当駅に降り立ったのですが、降りた途端に停電でこの先は東三条駅でしばらく抑止という構内アナウンス。
特急の車内ではそんな事一言も言ってなかったのに。

1番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」金沢行
1番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」金沢行、2012年6月撮影。
この記事のリニューアル時点で丁度6年前の撮影ですが、なんだか随分昔の話という感じ。

2番線に停車中の485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行
2番線に停車中の485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2012年5月撮影。
この列車は便利で快適で思い出が尽きません。
指定席に乗った時の大名気分は格別のものでした。

2番線に停車中の583系電車急行「きたぐに」新潟行
春の早朝の2番線に停車中の583系電車急行「きたぐに」新潟行、2008年3月撮影。
古き良き鉄道全盛時代に作られた長大なホームに負けていない貫禄の長編成であります。
新潟地区の在来線でこのような長大編成の定期旅客列車はもう現れないでしょうね。

蒲原鉄道の旧陣ヶ峰駅跡その1
蒲原鉄道の旧陣ヶ峰駅跡その2
県道から見た蒲原鉄道の旧陣ヶ峰駅跡(画像右側の築堤状の場所)、2008年3月撮影。
蒲原鉄道の加茂駅周辺の、西口駅舎を除けば唯一の遺構がこの駅跡です。
加茂駅から新潟方面に1km強のところにあり、県立病院を目標に進めば道に迷う事無く辿り着けるでしょう。
信越本線の車中からも、旧駅跡直前のオーバークロスの古びた橋脚を確認出来ます。
立ち入り禁止の看板等が無かったので行ってみましたけれど、旧駅入口には近所の小学校の注意喚起の看板はありましたので、何かしらの危険が無いとは言いかねます。
行く場合はくれぐれもご注意の上、自己責任にてお願い致します。

蒲原鉄道の旧陣ヶ峰駅跡その3
陣ヶ峰駅の旧ホームから加茂側を望む、2008年3月撮影。
すぐ下には信越本線の複線が通っています。

蒲原鉄道の旧陣ヶ峰駅跡その4
同じく村松側を望む、2008年3月撮影。
築堤は旧東加茂駅方面に向かってしばらく残っていました。

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2010年3月19日 (金)

水原駅(羽越本線)

本日の駅紹介は、羽越本線・水原駅。

神山駅はこちらへ← →京ヶ瀬駅はこちらへ

2017年3月12日記、画像の貼り替え及び加筆修正しました。

水原駅の駅名標

新潟県阿賀野市に所在する有人駅で、同市の玄関駅であります。
大正元年(1912年)9月2日の開業で、当時の所在は北蒲原郡水原町。
同町は平成16年(2004年)4月1日をもって周辺3町村と合併して新自治体の阿賀野市となり現在に至ります。

水原駅は新潟都市圏のエアポケットとも言える羽越本線・新津-新発田間の中間駅で唯一の有人駅であり、また単線の当該区間において月岡駅と並び定期列車の行き違いも行われていて、営業及び運転上の中心として存在感を大いに示しています。
JR東日本によると2015年度の水原駅一日平均乗車人員は805人で、同社新潟県内友人67駅中45位です。
2006年度は972人だったので、九年間で約19%減。
当駅は県立水原高校の最寄り駅でしたが、同校は2007年に閉校。
同校と近隣の安田高校を合併した形で県立阿賀野高校が開校して当駅が最寄り駅になりましたが、同校は11クラスで旧水原高校の最盛期よりは定員が少なくなっていて、学生の集中がその分減っているのが当駅の利用状況に反映されているのかもしれません。

さて、当地は江戸時代には代官所が置かれ、明治初期には極僅かな期間ではありますが「水原県」の県都であった輝かしい歴史を誇り、阿賀野市を共に形成する旧町村(安田町・笹神村・京ヶ瀬村)とは街の造りも明らかに異なっていて「格の違い」を感じさせます。
しかしながら水原駅はそのかつての威光にあやかる事もなく、その歩みはいたって地味と申せましょうか・・・。
羽越本線の新津-新発田間にはかつて特急「白鳥」(大阪-青森間)が、更に特急「いなほ」(上野-秋田・青森間)が、また上越新幹線大宮暫定開業後暫くの間は特急「鳥海」(上野-青森間)が昼行列車として走っておりましたけれど、当駅への停車は皆無。
寝台特急の定期停車実績もありません。
羽越本線の前述の区間を通る昼行急行列車は、昭和47年8月の羽越本線電化完成ダイヤ改正で廃止された不定期の気動車急行「鳥海」が最後で、当駅への停車実績は果たしてあったのかどうか。
昼間便廃止後も残存した夜行の「鳥海」は当駅を通過していて、70年代半ば以降はお盆に運行される大阪-青森間の臨時夜行急行以外の停車は無かったと記憶しております。
かつての町の「格」を考えると、当駅に優等列車が停車しなかったのは気の毒に思えるところなのであります。

水原駅駅舎の様子その一
水原駅駅舎の様子その二
水原駅駅舎の様子、2013年10月撮影。
建築財産票によると昭和40年10月の竣工。
横長平屋で窓がやたら大きい、この時期の国鉄駅舎共通の仕様です。
トイレは構内外にあって、構外のそれは駅舎向かって右側です。

水原駅前通り
駅前広場から駅前通りを見る、2009年7月撮影。
道路はこの先二股に分かれていて、約1km直進すると国道49号線に、左を進むと旧町そして阿賀野市の中心街に出ます。
駅前には阿賀野市営バスが発着していて、鉄道補完では両隣の神山駅と京ヶ瀬駅に移動できます。
ただし平日のみの運行で、残念ながら土休日の駅廻りに活用することは出来ません。

水原駅駅舎内部の様子その一
水原駅駅舎内部の様子その二
駅舎内部の様子、2013年10月撮影。
新潟県内で優等列車の停車実績が無いか僅少な駅としては、弥彦線の燕駅と並んで広い内部です。
撮影したのは窓口が営業を始める前なので、待合室は閉鎖されていてまだ利用出来ません。

水原駅駅舎内部の様子その三
水原駅駅舎内部の様子その四
2009年7月時点の駅舎内部の様子。
窓口の前にベンチが置かれ、待合室の中はベンチがぎっしり。
駅舎内部のベンチ着席人数は2013年10月時点の倍以上です。
2009年7月から2013年10月までの間にベンチの交換があって、その際にごっそり減らしたのでしょうな。
前述した当駅の右肩下がりな利用状態を見切られた感強しです。
新潟都市圏の駅に自動改札機が導入された頃には、当駅の乗車人員は設置基準の下限ギリギリでもしかしたら・・・というレベルでしたけれど、今日ではまず無理なところまで低落してしまっているのです。

水原駅の1番ホームその一
1番ホームの上屋下廻りの様子、2013年10月撮影。
1番ホームの上屋は駅舎に接する部分とその延長部で、旅客車2両分程度と短め。
この辺はやはり優等列車の停車しない駅の造りで、広々とした駅舎内部とは好対照です。

水原駅の1番ホームその二
1番ホームの新発田方から見た水原駅構内、2013年10月撮影。
この辺りが現在のホーム使用長の端で、6両編成がこの黄色い太線に収まります。

水原駅の1番ホームその三
1番ホーム端から新発田方を見通す、2013年10月撮影。
こちら側は現在のホーム使用長とホームの終端との差があまりありません。
構内の有効長は広く、ホームが途切れても構内の終端まではなお相当の距離があります。
また当駅は開業から百年を経た古い駅ですけれど、現在のホーム配置は古い駅のホーム配置の定番であった千鳥形でないのが特徴と言えましょうか。
電化前のホームはもっと長くて千鳥形だったのではないか?と、そんな想像をさせるのですよ。

水原駅の1番ホームその三
1番ホームの新津方から見た構内、2013年10月撮影。
こちら側のホーム使用長は跨線橋直後辺りまで。

かつての貨物線跡の様子その一
かつての貨物線跡の様子その二
かつての貨物線跡の様子、上は2006年10月、下は2013年10月撮影。
下の画では線路跡も完全に草に埋もれています。

水原駅の跨線橋兼自由通路内部
構内の跨線橋兼自由通路内部の様子、2013年10月撮影。
こちらは跨線橋部で、画像右の仕切りの向こうが自由通路になっています。
当駅付近の踏切は駅から距離があるので、この措置は妥当なものと言えましょう。
この措置で跨線橋通路の幅は半分になってしまいましたけれど、ここを通る必要がある2番線発着の列車は僅少なので、左程の問題ではないのです。

跨線橋上から見た構内の新発田方の様子
跨線橋上から見た構内の新発田方の様子、2013年10月撮影。

自由通路上から見た構内の新津方の様子
自由通路上から見た構内の新津方の様子、2013年10月撮影。

水原駅の2番ホームその一
2番ホームの新発田方から見た構内、2013年10月撮影。
2番線は列車行き違い時のみに列車が発着していて、2017年3月改正ダイヤでは、このホームに出入りする定期旅客列車は1日2本。
昔の時刻表を紐解くと、昭和55年10月改正ダイヤでは当駅で普通列車2本(いずれも上り列車)が下りの特急「いなほ」2本の通過を退避していたようです。
「いなほ」2本のうち1本は秋田行最終便で、当駅通過は19:20過ぎ。
この界隈の人が東京から帰ってくる丁度良い便なのですし、普通列車を退避させるだけではなく自らも停車してみればよかったのにと、この駅の冷遇ぶりに同情するマニアとしては強く思うわけであります。

水原駅の2番ホームその二
2番ホーム端から新発田方を見通す、2013年10月撮影。
元々は島式であったというこのホームは幅広です。

水原駅の2番ホームその三
2番ホームの上屋辺りの様子、2013年10月撮影。
上屋の造りは島式ホーム用のもので、当駅の元々のホーム配置を表す遺構のようになっています。

水原駅の2番ホームその四
2番ホームの上屋下の様子、2013年10月撮影。
待合室は無く、ベンチの着席定員は8人です。
昔の時刻表を見ると、当駅で列車交換が行われるのは元々少なかったようです。
まぁその当時は現在と違って、上下できっちりホームを使い分けていたのでしょうけれど。

2番ホームから見た1番ホーム
2番ホーム上から1番ホームの上屋部分を観察、2013年10月撮影。

水原駅の2番ホームその五
2番ホームの新津方から見た構内、2013年10月撮影。
こちら側の方が、このホームがかつて島式であったことをより強く実感できます。

水原駅の2番ホームその六
2番ホーム端から新津方を見る、2013年10月撮影。
画像右手のかつての3番線跡は市道に転用されています。
同様の例は信越本線の来迎寺駅にも見られます。

駅裏の市道
駅裏の旧3番線跡を転用した市道、2013年10月撮影。
駅舎とは跨線橋兼用の自由通路で連絡しています。
上屋付きの駐輪場が整備されていて、相応の利用があるのでしょう。
しかし付近には工場があるなど宅地化はまだまだの様子。
駅舎の経年を考えると、それほど遠くない将来に日程化されるであろう改築にあたって橋上駅舎化が選択肢に上るか否かが、私の当駅に関する最大の関心事なのであります。

踏切から見た水原駅構内
新津方の踏切から見た構内、2013年10月撮影。
跨線橋が自由通路兼用になる前は、線路の反対側に行くにはこの踏切まで歩く必要があったのです。

水原駅に停車中の115系電車
1番線に停車中の115系電車新津行、2013年10月撮影。
当駅の現在のホーム使用長一杯の6両編成で、羽越本線の新津-新発田間には朝晩のみの乗り入れでした。
電化路線だというのに普通列車の大半は気動車というところが、この区間の過疎化を如実に表しているよう。
なお現在(2017年3月現在)、この列車はE129系電車に置き換えられているそうです。

水原駅で列車交換するキハ40系気動車とキハE120とキハ110気動車
早朝の水原駅で列車交換する、キハ40系気動車の新津行とキハE120とキハ110気動車酒田行、2013年10月。
当駅構内で行われる1日2回の列車交換のひとつがコレ。
もう1回は夜なので、陽の下で撮影できるのはこの交換のみです。
私もこの撮影をしに当駅を訪れるには、信越線の朝イチの列車に乗る必要があって少々キツいのです。

水原駅を出発したキハ110
列車交換を終えて2番線を出発した朝イチの酒田行気動車、2013年10月撮影。
土曜日にこの列車に乗ると、新発田駅から村上駅まで学生で立錐の余地無しの満員。
公立高校が全県一区制になって通学距離が広がった結果なのでしょう。
青春18きっぷが関係無い時期では、村上駅で学生たちがごっそりと降りて先ほどまでの喧騒が嘘のようなガーラガラで、酒田駅に向かって出発するのが常です。

水原駅での列車交換
2005年5月時点の朝の列車交換はこうでした。
新津行の先頭車は懐かしのキハ52形。

水原駅を出発したキハ47
列車交換を終えて新津駅に向けて出発したキハ52とキハ47の気動車列車、2005年5月撮影。

旧水原町中心商店街の様子
駅から徒歩10分弱の旧町中心商店街の様子、2009年7月撮影。
昔からの町並みですが道幅は広くすっきりしていて、流石は水原県都の風格であります。
なお新潟交通運行の路線バス・新潟-水原線はこの界隈を経由しています。
この路線は上下合わせて平日51本(うち急行便19本)、土休日43本(うち急行便14本)が運行されて、水原駅から新津駅乗換えの鉄道利用よりも乗車機会が圧倒的に多いのが特徴です。
運賃も水原-新潟間で鉄道が500円に対してバスは530円、所要時間は鉄道が新津駅での乗り換え時間がまちまちで一定していないのに対してバスは亀田駅界隈を経由する一般便で一時間強、亀田界隈を通過するバイパス経由の急行便で50分強。
この地域と新潟市中心部の公共交通アクセスは路線バスが完全に上位なのです。
通勤者ではここから豊栄まで自家用車で出て、そこから頻発運転の白新線列車に乗るという方を知っていますが、朝晩だけでも新潟-水原間直通運転の列車があれば、そういう方の通勤も楽になると思うのですけれどね。
そういう需要は少ないと見切っているからやらないのか、はたまた新津駅でのスイッチバックが面倒でやらないのかは分かりかねますが・・・。

瓢湖の記念碑
駅から東へ約2kmに所在する瓢湖の記念碑、2003年11月撮影。

梅雨明け間近の瓢湖
梅雨明け間近の瓢湖の様子、2009年7月撮影。
瓢湖は冬季の白鳥飛来地として有名ですが、近隣の福島潟と共にオニバスの北限群生地でもあるのです。

晩秋の瓢湖
晩秋の瓢湖の様子、2003年11月撮影。
白鳥や水鳥で既に盛況です。

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2010年3月13日 (土)

柏崎駅(信越本線)

本日の駅紹介は、信越本線及び越後線・柏崎駅。

茨目駅はこちらへ←信越本線→鯨波駅はこちらへ
東柏崎駅はこちらへ←越後線

2017年2月24日記、リニューアルを実施しました。

柏崎駅の駅名標

新潟県柏崎市に所在する有人駅です。
柏崎市は新潟県内30市町村(平成28年12月現在)中、第6位の8万5千人強の人口を持ち、新潟県中越地方において重きを成す主要都市の一つです。
JR東日本によると2015年度の柏崎駅一日平均乗車人員は1,739人で、JR東日本新潟県内有人67駅中25位で、県北の中心都市である村上市(人口6万人強)の玄関駅村上と同レベルにあります。
2008年度が2,102人なので、この七年間で約二割減少していて、街の人口規模を考えるとかなり寂しい数字になってしまっています。
ちなみに柏崎市の人口は2008年当時で約9万2千人で、七年で約8%減なのです。
柏崎刈羽原発が中越沖地震発生以降の長期運転休止が続いていて市の経済に影響が出ていることと、広域合併した旧町村部の過疎化によるものなのでしょう。

当駅は旧市街地の南端に位置しておりますが、これは日本の鉄道創成期によく見られた地元の「鉄道忌避」事情によるものだそうです。
日本海からの北風が強く吹き付けるここ柏崎は、昔から大火の多い土地で知られており、それゆえ火の粉を吐き出す汽車は火事の誘発因子と見られてしまいます。
しかし街のこれからの発展を考えれば鉄道敷設を拒み通すわけにもいかず、結局住民の感情論と鉄道のもたらす実利との折り合いから、当時街外れであったこの地に駅が設置されたとの事です。
こうした事情の下、柏崎駅は1897年(明治30年)8月1日に当時の北越鉄道の駅として開業し、1912年(大正元年)11月11日に越後線の前身である越後鉄道の駅としても開業しました。

リニューアル前の柏崎駅駅舎その1
リニューアル前の柏崎駅駅舎その2
リニューアル前の柏崎駅駅舎、上は2008年4月、下は2005年5月撮影。
建築財産票を確認できなかったのですが、昭和42年の改築だそうです。
屋根の上に掲げられた「越の誉」の看板がトレードマーク。
「越の誉」は当市に所在する原酒造の誇る日本酒であります。
横長二階建ての駅舎は国鉄地方幹線主要駅の典型というべきスタイルで、茶色のシブい色使いでした。

リニューアル後の柏崎駅駅舎その1
リニューアル後の柏崎駅駅舎その2
リニューアルされた駅舎、2014年5月撮影。
2013年10月に改装が完了しています。
外壁の改修と色の変更がメインで、建物自体に大きく手を加えたものではありません。
外壁は隣の鯨波駅同様に、盛夏の日本海を想起させる鮮やかな青色に変わりました。
駅前広場にはご覧のようにタクシー多数が待機中です。
しかしここまでリニューアルしたということは、築半世紀のこの建物をまだまだ使い続ける意思の表れということに他ならず、この東側よりも近年は栄えている駅南側との連絡は地下道のままということです。
利用の実態に即した、コンパクトな橋上駅舎に改築するのがベストだと思うのですけれど、問題は現在の当市にそれを実行できるだけの余裕があるかどうかですね。
柏崎刈羽原発が再稼動すれば街の実入りも増えて、実行する余裕も生まれるのかもしれませんが・・・。

柏崎バスターミナルその1

柏崎バスターミナルその2
駅横のバスターミナル、上は2008年4月、下は2016年9月撮影。
2008年4月時点ではターミナル内に「柏崎災害ボランティアセンター」の真新しい張り紙がありました。
地震から九ヶ月後の事でありますが、表面上はすっかり日常に復帰した様子です。
しかしまだまだ被災の傷は癒えていないのだ表層だけを見て物事判断しちゃいけないなぁと痛感したものです。
またこの8年間、私が危惧していた路線の大規模な廃止再編は幸い無く、今日でも鉄道補完に足る路線が健在なのは何よりです。
このターミナルからは、いずれも北越後観光バス運行の谷根線(鯨波駅)、杉平線(茨目安田北条越後広田各駅)、宮平北線(茨目、安田両駅)、岡野町車庫線(茨目駅)、市内循環線(東柏崎駅)、越後交通運行の長岡柏崎線(西中通刈羽西山礼拝各駅)が出ています。
ちなみに路線バスの乗り場は駅南側にもあって、そちらからはフロンティアパーク線と新潟産業大学線(いずれも茨目駅)が出ています。
バスターミナルの向こう側は、2008年4月時点では一面広大な更地になっていました。
これは日本石油加工柏崎工場の跡地で、新市民会館用地への転用が決まり、柏崎市文化会館アルフォーレが2012年7月に開館しています。

柏崎東口公園のUH-1Hヘリコプターその1柏崎東口公園のUH-1Hヘリコプターその2
柏崎東口公園のD51
そのアルフォーレ開館に関連しての駅東口整備で割を食ったのが、柏崎東口公園のこれら展示物です。
いずれも2005年8月撮影で、上二枚は陸上自衛隊の汎用ヘリコプター「UH-1H」、一番下はD51形蒸気機関車。
D51形の正面撮影は晩夏の西日がきつくて逆光になってしまい、画にならないので断念したのが心残りでした。
その後、この辺りにはすっかりご無沙汰で、2012年6月に七年ぶりに足を運んだ時は、公園はすっかり様変わりしてしまっていてこれら展示物は影も形もありませんでした。
リサーチ不足でその事を全く知らず、昼間の順光でD51形の正面の画を撮ろうと思っていたのでガッカリという顛末。

柏崎駅前通りその1
駅前通りの様子、2014年5月撮影。
駅前の様子は駅舎リニューアル後もこれといった変化はありません。

柏崎駅前通りその2
夕刻の駅前通り、2006年10月撮影。
しかし地方都市駅前の常として、人通りは決して多いとは言えません。
この時点では駅から約500mのイトーヨーカドー丸大柏崎店が駅前通り唯一の集客力を
持つ店舗で、他は昔からの個人商店が多数を占めます。
実を言うと、この後この駅には何度も訪れていますけれど、徘徊するのはいずれも駅周辺のみ。
駅前通り歩きはご無沙汰で、いずれ現在の街の様子をディープに見に行かなければならんと痛感しておるところです。
南口などは行っただけで撮影していませんしね。

柏崎駅駅舎内部その1
リニューアル前の駅舎内部、2008年4月撮影。
自動改札機は既に導入済みです。
ビジネスライクで少々殺風景な感じ。

柏崎駅駅舎内部その2
柏崎駅駅舎内部その3
リニューアル後の駅舎内部、2016年9月撮影。
案内表示板が新設され、内壁その他の色使いもカラフルになり、賑やかな印象。
下の画像左側の待合室のさらに向こうに、エキナカコンビニのNew Daysが出店。

柏崎駅駅舎内部その4
ホーム側から見た駅舎内部の様子、2016年9月撮影。

柏崎駅の1番線その1
0-1番線の長岡方から見た柏崎駅構内、2011年6月撮影。
島式ホームの右側の0番線は頭端型で越後線用、左側の1番線は主に信越本線と越後線の一部の普通列車が発着します。
1番線は中線としての機能も持ち、2016年3月改正ダイヤでは上り普通列車3本が特急「しらゆき」を1番線で退避しています。
0番線の右側には側線が数本ありますが、草生して永らく使われていないようですね。
今となっては活用のアテもないのでしょう。

柏崎駅の1番線その2
0-1番ホーム端から長岡方を望む、2012年6月撮影。
幅の狭いホームの両側には、国鉄以来の白線がしっかりと残存。

柏崎駅の1番線その3
1番線の直江津方から見た構内、2016年9月撮影。
駅舎はリニューアルされましたが、構内は以前と変わらず。
地方幹線の主要駅らしく、右隣の本線ホームの上屋は長大です。
跨線橋も昔のままの風情ですけれど、バリアフリー化の波には抗えずにエレベーターが追加装備されています。
当駅に限った話ではありませんが、見ていると健常者のオバサンたちのエレベーターの利用が実に多いですな。
まだまだ若いのにアレでは、歳を取ると足腰にガタがくるのは確実。

柏崎駅の1番線その4
1番線端から直江津方を望む、2016年9月撮影。
画像右側のコンテナの辺りはJR貨物の柏崎オフレールステーションです。

柏崎駅の跨線橋
跨線橋内部の様子、2016年9月撮影。
前述のようにエレベーターが追加装備されています。
過去の撮影画像を確認すると、2006年10月時点ではエレベーターはまだ未装備。
その次に当駅を訪れた2008年4月時点では装備済みです。
中越沖地震が起きたのが2007年7月ですから、震災復旧に加えてバリアフリー対策のエレベーター設置を行ったのでしょうか。

跨線橋上から見た構内その1
跨線橋上から見た構内の直江津方を見る、2016年9月撮影。
画像右側の駅舎のホーム側の外壁は以前のままの茶色で、リニューアルもここまで手が回らなかったのでしょうね。

跨線橋上から見た構内その2
同じく構内の長岡方の様子、2012年6月撮影。
退避線と本線の間の二本の線路が印象的。
時々電車が留置されていました。
以前は画像左手の線路脇に、「上越-柏崎-長岡ミニ新幹線実現を!」の看板が立っていました。
上越新幹線長岡駅と北陸新幹線上越駅間の信越本線を標準軌化してミニ新幹線を運行する構想ですが、実現の目処が立たずに柏崎市長も「将来の夢」と語るまでに大きく後退してしまいました。
柏崎から東京まで新幹線で直行できるようにしよう!というのは、上越新幹線開業後に上野直通の特急「はくたか」と急行「よねやま」を相次いで失った街の悲願なのでありましょう。
また新潟県としても、新潟-関西間をミニ新幹線電車で乗り換えなしに行き来できれば、関西との交流活性化に大きくプラスになりそうです。
しかし何分、自治体のフトコロと、そして市民県民とよくよく相談しなければならない、大変におカネのかかる話なのであります。

柏崎駅の島式ホームその1
信越本線用の2-3番島式ホームの3番線(直江津方面乗り場)の長岡方から見た構内、2016年9月撮影。
ホームの有効長を示す黄色い線がホームの端まで伸びています。
長編成の急行きたぐにや、迂回運転時の特急「はくたか」収容の名残でしょうか。

柏崎駅の島式ホームその2
島式ホームの端から長岡方を見る、2014年5月撮影。

柏崎駅の島式ホームその3
柏崎駅の島式ホームその4
島式ホームの長大な上屋周り、上は2016年9月、下は2011年6月撮影。
国鉄の地方幹線主要駅の典型と言える無骨なスタイル。
ホーム上には待合室が置かれていて、撮影画像を確認すると2008年4月時点ではまだ国鉄時代の建物でした。
その次に当駅を訪ねた2011年6月には現在のJR東日本定番型に変わっています。

柏崎駅の島式ホームその5
島式ホームの2番線(長岡方面乗り場)の直江津方から見た構内、2011年6月撮影。
島式ホームは2番が直江津方に、3番が長岡方にそれぞれ張り出した形状になっています。

柏崎駅の島式ホームその6
島式ホーム端から直江津方を見る、2016年9月撮影。
画像右側のJR貨物柏崎オフレールステーションにはコンテナで一杯。

柏崎駅の島式ホームその7
柏崎駅の島式ホームその8
島式ホームの3番から側線群を見る、2011年6月撮影。
この時点で活用しているのは3番の隣の線路だけのようでした。
残りは緑に覆われつつある状況。
当駅も橋上化が当面無理なのであれば、東三条駅のように自動改札機と自動券売機のみの簡易な南口を造るという手もあると思うのですよ。
ただ、この側線群の為に既存の跨線橋から伸ばす延長部が相当の長さになってしまうのが問題ですねぇ。
それに今の跨線橋も相当の経年のはずで、そんな古い構造物に今更手を加えても費用対効果は宜しくないのかも。
さらに島式ホーム側のエレベーターの移設の必要も生じそうなのが痛いところ。

「越乃Shu*Kura」の駅名標
快速「越乃Shu*Kura」停車駅の証である駅名標、2016年9月撮影。
信越本線の主要駅にして、前述の原酒造の最寄である当駅が停車駅に選ばれるのは至極当然の話でありましょう。

柏崎駅に停車中の115系電車その1
1番線に停車中の115系電車直江津行、2016年9月撮影。
上り特急「しらゆき2号」を退避中です。

柏崎駅に到着したE129系電車
0番線に到着した朝の越後線吉田発のE129系電車、2016年9月撮影。
このまま次の吉田行までの約二時間半をここで折り返し待機するのかと思っていたら、間もなく長岡方に引き上げていきました。

柏崎駅で待機中の115系電車
黄昏時の0番線で客待ち中の115系電車吉田行、2005年8月撮影。

柏崎駅に到着した115系電車
1番線に到着した越後線吉田発の115系電車、2011年6月撮影。

柏崎駅に停車中の115系電車その2
3番線に停車中の115系電車直江津行、2016年9月撮影。

柏崎駅に停車中の快速「越乃Shu*Kura」
2番線で快速「越乃Shu*Kura」が客待ち中、2014年5月撮影。
留置中の115系電車との競演であります。

柏崎駅を出発する485系電車快速「くびき野」
2番線を出発する485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2014年5月撮影。

柏崎駅に停車中の485系電車特急「北越」
3番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」金沢行、2008年4月撮影。

柏崎駅を出発するE653系電車特急「しらゆき」
2番線から出発するE653系電車の特急「しらゆき」新潟行、2016年9月撮影。
デザインといい色合いといい四連という短さといい、大手私鉄の特急列車のようです。
国鉄時代の上越新幹線開業前の昭和55年10月改正時点では、当駅に出入りする優等列車も色とりどりでした。
特急列車は485系電車の大阪直通の「雷鳥」3往復と「白鳥」1往復、上野直通の「はくたか」2往復、金沢へは「北越」1往復、大阪直通の寝台「つるぎ」が1往復で計8往復。
急行列車は大阪直通の客車夜行「きたぐに」1往復と長野・名古屋直通の気動車「赤倉」1往復、金沢-青森間の気動車「しらゆき」1往復、長野へは電車の「とがくし」2往復、上野直通の電車「よねやま」と夜行客車の「能登」各1往復、新潟県内ローカルの気動車「ひめかわ」が1往復で計8往復。
合計16往復の優等列車が発着していたのです。
しかしそれから40年近く経った今日、たった四両の特急「しらゆき」が5往復顔を出すのみ。
上越新幹線と北陸新幹線の開業で最も割を食い埋没してしまっているのが、この柏崎駅なのです。

柏崎駅に進入するEF510形電気機関車牽引の貨物列車
EF510形電気機関車牽引の貨物列車が3番線に進入、2016年9月撮影。
今なおJR貨物の駅が所在するこの駅も、今では貨物列車はこうして素通りです。

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2010年3月 6日 (土)

南小谷駅(大糸線)

今回の駅紹介は大糸線・南小谷駅。

中土駅はこちらへ

南小谷駅の駅名標

長野県北安曇郡小谷村に所在する有人駅で、昭和10年(1935年)11月29日の開業です。

南小谷駅に関しては、訪問した2004年3月、2009年6月の二回共に大糸線北部区間の終点である当駅折り返し時間中に駅前をざっと見た程度ですので多くを語れないのが残念です。
いずれ大糸線南部区間も含めて、腰を据えて見聞したいと念願している次第ですが、南小谷はここ県都新潟から約200km離れた遠隔の地に加えて、特急の本数が少なくて玄関口の糸魚川駅まで出るのでさえ面倒な交通の不便さなのであります。

なお、特記無い画像の撮影日は2009年6月です。

南小谷駅駅舎
南小谷駅駅舎の様子。

南小谷駅駅舎内部その1
南小谷駅駅舎内部その2
駅舎内部の様子。
待合スペースには畳敷きの一角があってお年寄りに人気が高そう。
木製の一人掛けベンチにも敷物が置かれてアメニティな待ち時間を提供しています。
これまで大糸線北部区間各駅を見て来た目には全てが眩しい・・・。

南小谷駅前の駐車場
駅前の駐車場。
駐車スペースのすぐ下が姫川で、アクセルとブレーキを踏み間違えたら大変な事になります(恐)。

南小谷駅前通り
駅前通り(国道148号線)の様子。
南小谷駅は公共交通の結節点としての役割が高いようで、周囲に住宅も少なく、駅前にはみやげ物店がある程度です。

踏切から見た南小谷駅構内
信濃大町方の踏切から構内を見る。

踏切から見た大糸線の信濃大町方
同じ踏切から信濃大町方を望む。
電化はされていますが、雰囲気はまだまだローカル然とした大糸線です。

跨線橋上から見た構内その1
駅跨線橋上から構内の糸魚川方を望む。
ここから先はJR西日本管内です。

跨線橋上から見た構内その2
同じく構内の信濃大町方を望む。
ここから先はJR東日本管内になります。

南小谷駅の1番線その1
1番線の信濃大町方跨線橋下から見た構内。

南小谷駅の1番線その2
1番線の糸魚川方から構内を望む。

南小谷駅の島式ホーム
2番線から糸魚川方を望む。

南小谷駅で折り返し待機中のキハ52形気動車その1
南小谷駅で折り返し待機中のキハ52形気動車その2
南小谷駅で折り返し待機中のキハ52形気動車その3
3番線で折り返し待機中の国鉄色キハ52形気動車。

南小谷駅で折り返し待機中のE127系電車
新潟都市圏ですっかり見飽きた日常の足・E127系電車も、こういうロケーションで水色のラインを身に纏っていると、随分印象が違います。

南小谷駅で折り返し待機中のキハ52形気動車その4
南小谷駅で折り返し待機中のキハ52形気動車その5
南小谷駅で折り返し待機中の特急「あずさ」その1
南小谷駅で折り返し待機中の特急「あずさ」その2 
これらの画像は2004年3月撮影。
大糸線のキハ52形気動車が2番線に停車中。
1番線に停車中なのは新宿行きのE257系電車特急あずさ。

さて、一月から集中連載してきた大糸線北部区間各駅紹介も、今回で一応の終了です。
キハ52の定期運行も残すところあと一週間!
沿線の賑わいもこれから絶頂に達すると思われますが、乗る人も撮る人もくれぐれもマナーを守りまた事故の無い様ご注意を!
地元沿線の方々も来訪者の方々も、みんな気持ち良くキハ52の最後の花道を見送って頂きたく、心より願っている次第です。

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2010年3月 3日 (水)

上越新幹線開業前の日本海縦貫線優等ダイヤその一

今年の1月13日及び14日にアップした「上越新幹線開業以前」列車ダイヤ
シリーズ第二回その一、日本海縦貫線・富山-新潟間の優等列車ダイヤ
その一です。
昭和55年10月改正ダイヤと鉄道ジャーナル社刊「国鉄の花形列車1981」
を参考に作成しております。
なお、長岡-新潟間の上越線直通列車は省略しております。

現在のダイヤと比較して最も異なるのは、柏崎駅に停車する優等列車の数!
現在は新潟-金沢間の特急「北越」五往復と新潟-大阪間の夜行急行「きた
ぐに」一往復、グリーン及び指定席車連結で準優等とも言える快速「くびき野」
三往復。
それに対して上越新幹線開業前のこの時期、特急「雷鳥」三往復、「はくたか」
二往復、「白鳥」「北越」各一往復、寝台特急「つるぎ」一往復、急行は「とがく
し」二往復と「赤倉」「しらゆき」「よねやま」「ひめかわ」「きたぐに」「能登」の
合計16往復!
市の盛衰とは全く関係無く、新幹線とほくほく線に挟まれた気の毒な立地で
この痩せ細り様・・・。
4年後の北陸新幹線金沢延伸改正では、最悪の場合「北越」「きたぐに」の
運転区間短縮と快速格下げも有り得ます。
市として特急運行継続を強く希望しているのも痛い程わかりますです
・・・。

列車名 ひめ
かわ
とが
くし
1号
白山
2号
よね
やま
北越
使用車両 キハ
58系
165
489
165
485
編成内容 自 x 2 指 x 1
自 x 6
G x 2
指 x 7
自 x 3
G x 2
指 x 3
自 x 7
G x 2
指 x 6
自 x 3
食 x 1
始発駅  - 上田
0609
金沢
0656
 - 金沢
0743
富山  - 上田

長野間
普通
列車
 
  
0744  - 0831
滑川  -  レ  -  レ
魚津  - 0803  - 0850
黒部  -  レ  -  レ
入善  -  レ  -  レ
 -  レ  -  レ
青海 0637  レ  -  レ
糸魚川 0645 0843  - 0930
能生 0657  レ  -  レ
名立 0707  レ  -  レ
直江津着 0720 0828 0911  - 0958
直江津発 0722 0830 0917 0921 1000
潟町 0735  レ 信越線
経由
 レ  レ
柿崎 0743 0845 0936  レ
柏崎 0812 0902 0953 1028
来迎寺 越後線
経由
柏崎

新潟間
自 x 2
増結
 レ 1014  レ
長岡 0935 1031 1056
見附 0944 上越線
経由
1105
東三条 0954 1114
加茂 1001 1121
新津 1016 1135
新潟 1002 1028 1147
終着  -  - 上野
1400
上野
1453
 -
列車名 はく
たか
2号
しら
ゆき
白山
4号
雷鳥
3号
快速
使用車両 489
キハ
58系
489
485
475
編成内容 G x 2
指 x 7
自 x 3
G x 1
指 x 1
自 x 7
G x 2
指 x 7
自 x 3
G x 2
指 x 6
自 x 3
食 x 1
自Gx1
自 x 9
始発駅 金沢
0842
金沢
0949
金沢
0955
大阪
0735
大阪
0725
富山 0931 1050 1044 1137 1239
滑川 0944 1103  レ  レ 1253
魚津 0951 1111 1103 1156 1301
黒部  レ 1117  レ  レ 1307
入善  レ 1127  レ  レ 1317
 レ 1133  レ  レ 1322
青海  レ  レ  レ  レ 1340
糸魚川 1031 1202 1143 1236 1348
能生  レ  レ  レ  レ 大阪

富山間
急行
立山
1号


G x 1
指 x 3
自 x 6
名立  レ  レ  レ  レ
直江津着 1100 1230 1211 1305
直江津発 1102 1232 1217 1307
潟町  レ  レ 信越線
経由
 レ
柿崎  レ  レ  レ
柏崎 1131 1302 1335
来迎寺  レ  レ  レ
長岡 1207 1332 1403
見附 上越線
経由
 レ  レ
東三条 1351 1420
加茂  レ  レ
新津 1413 1441
新潟 1426 1454
終着 上野
1533
青森
2218
上野
1700
 -  -
列車名 白鳥 赤倉 白山
6号
雷鳥
13号
とが
くし
3号
使用車両 485
キハ
58系
489
485
165
編成内容 G x 1
指 x 7
自 x 3
食 x 1
G x 2
指 x 2
自 x 6
G x 2
指 x 7
自 x 3
G x 2
指 x 6
自 x 3
食 x 1
指 x 1
自 x 6
始発駅 大阪
1018
名古屋
1003
金沢
1353
大阪
1135
上田
1538
富山 1418 中央・
信越線
経由
1440 1537  -
滑川  レ  レ  レ  -
魚津  レ 1500 1556  -
黒部  レ  レ  レ  -
入善  レ  レ  レ  -
 レ  レ  レ  -
青海  レ  レ  レ  -
糸魚川 1514 1541 1636  -
能生  レ  レ  レ  -
名立  レ  レ  レ  -
直江津着 1542 1606 1610 1705 1740
直江津発 1544 1608 1616 1707 1742
潟町  レ  レ 信越線
経由
 レ  レ
柿崎  レ 1625  レ 1757
柏崎  レ 1644 1735 1814
来迎寺  レ  レ  レ  レ
長岡 1638 1719 1803 1848
見附  レ  レ  レ 1859
東三条 1654 1740 1819 1912
加茂  レ  レ 1827 1919
新津  レ 1803 1841 1935
新潟 1724 1817 1854 1948
終着 青森
2350
 - 上野
2059
 -  -
列車名 はく
たか
4号
雷鳥
21号
日本海
1号
北陸 能登
使用車両 489
485
24系
25形
14系 旧客

10系
編成内容 G x 2
指 x 7
自 x 3
G x 2
指 x 6
自 x 3
食 x 1
B x 11 A x 1
B x 11
A x 1
B x 5
G x 1
自 x 5
始発駅 金沢
1546
大阪
1435
大阪
1715
金沢
2100
金沢
2130
富山 1632 1837 2145 2154 2235
滑川  レ  レ  レ  レ 2251
魚津 1651 1856 2207 2216 2300
黒部 1656  レ  レ  レ 2307
入善  レ  レ  レ  レ 2318
 レ  レ  レ  レ 2325
青海  レ  レ  レ  レ  レ
糸魚川 1733 1936  レ 2301 2351
能生  レ  レ  レ  レ  レ
名立  レ  レ  レ  レ  レ
直江津着 1802 2005 2321 2334 0023
直江津発 1804 2007 2323 2337 0025
潟町  レ  レ  レ  レ  レ
柿崎  レ  レ  レ  レ  レ
柏崎 1832 2035  レ  レ 0058
来迎寺  レ  レ  レ  レ  レ
長岡 1907 2103  レ  レ 0145
見附 上越線
経由
2112  レ 上越線
経由
上越線
経由
東三条 2121  レ
加茂  レ  レ
新津 2141 0115
新潟 2154  -
終着 上野
2233
 - 青森
0841
上野
0545
上野
0638
列車名 越前 日本海
3号
つるぎ きた
ぐに
快速
使用車両 旧客

10系
24系
25形
24系
25形
12系

10系
475
編成内容 A x 1
B x 2
G x 1
自 x 5
B x 11 B x 11 A x 1
B x 4
自 x 6
自Gx1
自 x 9
始発駅 福井
2034
大阪
2015
大阪
2200
大阪
2210
大阪
2320
富山 2250 0059  レ 0430 0602
滑川 2305  レ  レ  レ 0615
魚津 2314  レ  レ 0452 0623
黒部 2320  レ  レ  レ 0628
入善 2331  レ  レ  レ 0638
2338  レ  レ 0512 0643
青海  レ  レ  レ  レ 0701
糸魚川 0005  レ 0405 0541 0708
能生  レ  レ  レ  レ 大阪

富山間
急行
立山
5号


G x 1
指 x 3
自 x 6
名立  レ  レ  レ  レ
直江津着 0037 0239 0439 0613
直江津発 0046 0241 0441 0622
潟町 信越線
経由
 レ  レ  レ
柿崎  レ  レ 0639
柏崎  レ 0514 0659
来迎寺  レ  レ  レ
長岡  レ 0548 0741
見附  レ  レ 0753
東三条  レ 0609 0806
加茂  レ 0617  レ
新津 0426 0633 0838
新潟  - 0647 0855
終着 上野
0705
青森
1145
 - 青森
1710
 -

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