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2010年3月の記事

2010年3月21日 (日)

加茂駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・加茂駅。
新潟県加茂市に所在する有人駅で、明治30年(1897年)11月20日の開業です。
加茂市は人口3万人強で、その人口規模は新潟県の19市中最下位。
但し、面積は17位で人口密度は第8位です。
開業当時は南蒲原郡加茂町の所在で、加茂町は戦後の昭和29年3月に市制を施行し今日に至ります。
平成の大合併後、加茂市は北隣の田上町と共に、北東側からは大膨張を遂げた新潟市、西側からは県央地域の中心である三条市に挟まれた形になりました。
商圏では完全に三条市側に傾斜しているものの、現市長(1995年から現職)の方針によって三条を含む周辺市町村とは合併せずに、現在まで独立独歩の姿勢を崩しておりません。
現市長については色々と話が聞こえておりますけれど、まぁ良くも悪くも押しの強い方なのは確かです。
この加茂市の方針の影響をモロに受けているのが前述の田上町で、三条市との合併は間に加茂市が有る為に飛び地になってしまいイマイチ、また新潟市が北隣の旧小須戸町と広域合併して境を接するようになった為にその影響を強く受けるようにもなって、中々難しい立場に置かれているのです。

ここ加茂の地に鉄道敷設が計画された当初、駅設置に当初考えられたのは、現駅から1km強離れた石川地区(加茂市役所の少し先辺りか?)だったそうです。
しかし当時の町長以下関係者は町の中心寄りへの設置を陳情し、軟弱地盤という不利も克服して現在位置への設置に漕ぎ着けたという経緯があったとの事で、鉄道忌避から駅を町外れに設置した柏崎駅とは対極の行き方ですね。

JR東日本によると、2008年度の加茂駅一日平均乗車人員は3,063人。
同社新潟県内有人77駅中第10位を誇ります。
当駅より上位9駅のうち、六日町駅と犀潟駅はほくほく線特急旅客通過分も併せているので、実質的には加茂駅は第8位と言っても差し支えないでしょう。
市の人口規模を考えると異常にも思える賑わいですが、ウィキペディアで触れられているように、加茂市と県都新潟を結ぶ高速バスは2010年3月時点で設定されておりません。
高速北陸道のインターから相当に離れているのが未設定の要因でしょう。
その結果、新潟市との往来は自家用車と信越線の二択になる為にこのような利用状況になっているものと思われます。
しかしながら信越線の新津-長岡間は普通列車データイム毎時一本に特急と快速がプラスアルファという不便なダイヤ・・・。
新潟-東三条間(加茂駅では折り返し不可)を増発して、せめてデータイム毎時二本にすれば利便性も・・・と私のような素人は考えがちですが、費用対効果を考えると増発は会社に優しくないと判断しての現行ダイヤなのでしょうね。
万事保守的で現状維持一刀流なのが新潟支社の真骨頂ですので。

さて加茂駅駅舎は東側と西側にそれぞれ置かれていて、街の中心部に面しているのは東側です。

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加茂駅の東側駅舎の様子、2006年10月撮影。
建築財産票を確認出来なかったのですが、資料によると昭和34年1月の改築です。
駅舎は平屋の横長で長大ですけれど、内科のクリニックが入っているので鉄道駅舎として
のスペースは実はそれほど広くありません。
駅舎内にはコンコースと仕切られた待合室があり、2008年3月時点ではキオスクが営業しておりました。
(日曜も営業していて、営業時間は昼の休憩を挟んだ0710~2000)
待合室の開放時間につていの表示はなかったものの、2008年5月の日曜20時過ぎに立ち寄った際は既に待合室は閉鎖されておりましたので、窓口営業終了(訪問当時は2000、現在は1930)と共に閉められているものと思われます。
現在もキオスクが健在ならば、営業時間も短縮されている事でしょう。
コンコースにベンチはありませんので、窓口開放時間外はホームのベンチに座って待つ事になります。
トイレは駅構内外共に設置されています。

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日曜夜の加茂駅駅舎内、2008年5月撮影

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加茂駅西側駅舎の様子、2008年3月撮影。
この駅舎は元々蒲原鉄道(1985年3月に加茂-村松間廃止)のものだったそうで、正調国鉄式の東側とは趣も異なるこじんまりとしたもの。
なんとなく大都市部の私鉄の小駅のような雰囲気です。
人が数人いたので撮影は遠慮しましたが、その内部は自動改札機2台と券売機が一台。
待合スペースは人工皮革張りの一人掛けベンチ8脚が置かれて、2008年3月時点ではストーブを使用中。
また、こちら側にも男女別のトイレがあります。
なお西側駅前は住宅街になっていて、面白味はありません。

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加茂駅西口駅前の様子、2008年3月撮影。

加茂駅構内は二面二線で、両ホーム間は地下道で連絡しております。
本線の間にかつての通過線の名残が一本残存。
2008年3月現在、この線は上下線の新潟方とのみ繋がっていて、長岡方へは構内中程で切れております。
対向式のホームは千鳥形で、一番ホームは新潟方に、二番ホームは長岡方に張り出す形になっていて、二番ホームの張り出し部が曲線を描いているのが構内最大の特徴と言えましょう。
私が当駅の構内を撮りまくった2005年9月、この張り出し部分にはそれは見事なオオスズメバチが多数出没しておりまして・・・(恐)。
構内写真を骨までしゃぶり尽くすがごとく撮りたい身としては、列車の短編成化ですっかり余剰になった張り出し部もフォローしたかったところ、しかしあのスズメバチの群れを目の前にしてはそれは無謀というものでした(マジで生命が幾つあっても足りなひ・・・)。

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1番ホーム(長岡方面乗り場)の羽生田駅方から加茂駅構内を望む、2005年9月撮影。

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1番ホームの保内駅端から先を見通す、2005年9月撮影。
2番ホームの大きな張り出し具合がわかります。

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1番ホームの中程から長岡方を望む。
旧通過線には保線車両が停車中。
構内に光量のある有人駅は、夜の方が風情があります。
2008年5月撮影。

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1番ホーム駅舎寄りの様子、2005年9月撮影。

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加茂駅2番ホーム地下道直前から長岡方を望む。
ホーム上屋の面積は大です、2005年9月撮影。

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同じく新潟方を望む。
早くも除雪用DLが試運転中でした、2005年9月撮影。





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2番ホーム中程から新潟方を望む、2005年9月撮影

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2番ホームの羽生田駅方から加茂駅構内を望む、2005年9月撮影



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加茂駅二番ホームに停車中の115系電車新潟行、2005年9月撮影。
このポジションから長岡寄りは、恐怖のスズメバチ出没ゾーンなのですよ。

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加茂駅2番ホームに停車中の583系電車急行「きたぐに」、2008年3月撮影

前述したように、かつて当駅には蒲原鉄道も発着していて、2番ホーム裏手に専用ホームがありました。
旧ホーム跡は現在西側駅舎横の駐輪場になっていて、かつての面影は見られません。

加茂駅東口は商店街の起点ともいうべき立地で、駅前広場はロータリーになっており、2008年3月春分の日の午前中に数えたところ、タクシーは11台も待機!
実質第8位という駅の利用実態も伊達ではないというところでしょうか。
駅前すぐにスーパーと他テナントが入っている商業施設があり、2008年3月時点ではそこから商店街を僅かに進むとヤマザキデイリー(早朝から深夜までの営業)がありました。
他は昔ながらの個人商店が連なります。

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駅舎から見た加茂駅東口駅前の様子、2008年3月撮影

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日曜夜の深閑とした加茂駅前商店街、2008年5月撮影

商店街のすぐ東側には信濃川の支流である加茂川が流れていて、川には幾つもの橋が架けられております。
橋から川を、そして特に南東方面(旧蒲鉄線村松方面)に山並みを望む様子は、流石「北越の小京都」と言われるだけの風情と情緒を感じさせます。

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加茂川に架かる橋から南東方向を望む、2008年3月撮影

・・・しかし商店街の日中は路駐が目に付き、あまり誉められたものではありません。
駅近くの加茂山公園とその中にある青海神社は、列車の待ち時間に見学する価値有りですけれど、こちらも境内駐車禁止の看板が出ているそばから平気な顔で路駐、参道にも路駐・・・。
外部からの訪問者の目には、少々ルーズに思えますです・・・。

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青海神社入口と社殿、2006年10月撮影

こういう街の雰囲気から来るものなのか、加茂駅を利用する学生のマナーも正直な話相当にアレで困りモノです。
体の大きい体育会系の学生たちがホーム上に車座で座り込み、周りを睥睨。
自動改札化されて列車がない時間帯でも出入り可能になった為に、ホーム上で飲み食い奇声。
加茂-東三条間の車中では、満員でも向かいの座席に土足を上げながらギャハギャハとバカ笑いをしつつ座席を激しく蹴り続けるとか、お菓子を食べては良心の咎めなど全く感じていない様子でゴミを文字通りポイ捨てとか。
羞恥心が無いのかなんなのか理解不能。
それも一度や二度ではありません。
あくまで私の主観ですが、新潟県内有人駅の中では学生のマナーの悪さは断トツトップです。

前述の蒲原鉄道の、当駅周辺の唯一の遺構が旧陣ヶ峰駅跡。
加茂駅から新潟方面に1km強のところにあり、県立病院を目標に進めば道に迷う事無く辿り着けるでしょう。
信越線車中からも、旧駅跡直前のオーバークロスの古びた橋脚を確認出来ます。
下の画像はいずれも2008年3月撮影。
立ち入り禁止の看板等が無かったので行ってみましたけれど、旧駅入口には近所の小学校の注意喚起の看板はありましたので、何かしらの危険が無いとは言いかねます。
行く場合はくれぐれもご注意の上、自己責任にてお願い致します。

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県道から見た旧陣ヶ峰駅跡。

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旧ホームから加茂側を望む。

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同じく村松側を望む。

最後に動画を二本。

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2010年3月19日 (金)

水原駅(羽越本線)

本日の駅紹介は、羽越本線・水原駅。

2017年3月12日記、画像の貼り替え及び加筆修正しました。

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新潟県阿賀野市に所在する有人駅で、同市の玄関駅であります。
大正元年(1912年)9月2日の開業で、当時の所在は北蒲原郡水原町。
水原町は平成16年(2004年)4月1日をもって周辺3町村と合併して新自治体の阿賀野市となり現在に至ります。

水原駅は新潟都市圏のエアポケットとも言える羽越本線・新津-新発田間の中間駅で唯一の有人駅であり、また単線の当該区間において月岡駅と並び定期列車の行き違いも行われていて、営業及び運転上の中心として存在感を大いに示しています。
JR東日本によると2015年度の水原駅一日平均乗車人員は805人で、同社新潟県内友人67駅中45位です。
2006年度は972人だったので、九年間で約19%減。
当駅は県立水原高校の最寄り駅でしたが、同校は2007年に閉校。
同校と近隣の安田高校を合併した形で県立阿賀野高校が開校して当駅が最寄り駅になりましたが、同校は11クラスで旧水原高校の最盛期よりは定員が少なくなっていて、学生の集中がその分減っているのが水原駅の利用状況に反映されているのかもしれません。

さて、ここ水原の地は江戸時代には代官所が置かれ、明治初期には極僅かな期間ではありますが「水原県」の県都であった輝かしい歴史を誇り、阿賀野市を共に形成する旧町村(安田町・笹神村・京ヶ瀬村)とは街の造りも明らかに異なっていて「格の違い」を感じさせます。
しかしながら水原駅はそのかつての威光にあやかる事もなく、その歩みはいたって地味と申せましょうか・・・。
羽越本線の新津-新発田間にはかつて特急「白鳥」(大阪-青森間)が、更に特急「いなほ」(上野-秋田・青森間)が、また上越新幹線大宮暫定開業後暫くの間は特急「鳥海」(上野-青森間)が昼行列車として走っておりましたけれど、水原駅への停車は皆無。
寝台特急の定期停車実績もありません。
羽越本線の前述の区間を通る昼行急行列車は、昭和47年8月の羽越本線電化完成ダイヤ改正で廃止された不定期の気動車急行「鳥海」が最後で、当駅への停車実績は果たしてあったのかどうか。
昼間便廃止後も残存した夜行の「鳥海」は当駅を通過していて、70年代半ば以降はお盆に運行される大阪-青森間の臨時夜行急行以外の停車は無かったと記憶しております。
かつての町の「格」を考えると、水原駅に優等列車が停車しなかったのは気の毒に思えるところなのであります。

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水原駅駅舎の様子、2013年10月撮影。
建築財産票によると昭和40年10月の竣工。
横長平屋で窓がやたら大きい、この時期の国鉄駅舎共通の仕様です。
トイレは構内外にあって、構外のそれは駅舎向かって右側です。

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水原駅前広場から駅前通りを見る、2009年7月撮影。
道路はこの先二股に分かれていて、約1km直進すると国道49号線に、左を進むと旧水原町の中心商店街に出ます。
駅前には阿賀野市営バスが発着していて、鉄道補完では両隣の神山駅と京ヶ瀬駅に移動できます。
ただし平日のみの運行で、残念ながら土休日の駅廻りに活用することは出来ません。

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水原駅駅舎内部の様子、2013年10月撮影。
新潟県内で優等列車の停車実績が無いか僅少な駅としては、弥彦線の燕駅と並んで広い内部です。
撮影したのは窓口が営業を始める前なので、待合室は閉鎖されていてまだ利用出来ません。

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2009年7月時点の水原駅駅舎内部の様子。
窓口の前にベンチが置かれ、待合室の中はベンチがぎっしり。
駅舎内部のベンチ着席人数は2013年10月時点の倍以上です。
2009年7月から2013年10月までの間にベンチの交換があって、その際にごっそり減らしたのでしょうな。
前述した当駅の右肩下がりな利用状態を見切られた感強しです。
新潟都市圏の駅に自動改札機が導入された頃には、水原駅の乗車人員は設置基準の下限ギリギリでもしかしたら・・・というレベルでしたけれど、今日ではまず無理なところまで低落してしまっているのです。

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1番ホームの上屋下廻りの様子、2013年10月撮影。
1番ホームの上屋は駅舎に接する部分とその延長部で、旅客車2両分程度と短め。
この辺はやはり優等列車の停車しない駅の造りで、広々とした駅舎内部とは好対照です。

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1番ホームの神山駅方から見た水原駅構内の様子、2013年10月撮影。
この辺りが現在のホーム使用長の端で、6両編成がこの黄色い太線に収まります。

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1番ホーム端から神山駅方を見通す、2013年10月撮影。
こちら側は現在のホーム使用長とホームの終端との差があまりありません。
構内の有効長は広く、ホームが途切れても構内の終端まではなお相当の距離があります。
また水原駅は開業から百年を経た古い駅ですけれど、現在のホーム配置は古い駅のホーム配置の定番であった千鳥形でないのが特徴と言えましょうか。
電化前のホームはもっと長くて千鳥形だったのではないか?と、そんな想像をさせるのですよ。

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1番ホームの京ヶ瀬駅方から見た水原駅構内、2013年10月撮影。
こちら側のホーム使用長は跨線橋直後辺りまで。

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かつての貨物線跡の様子、上は2006年10月、下は2013年10月撮影。
下の画では線路跡も完全に草に埋もれています。

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水原駅構内の跨線橋兼自由通路内部の様子、2013年10月撮影。
こちらは跨線橋部で、画像右の仕切りの向こうが自由通路になっています。
当駅付近の踏切は駅から距離があるので、この措置は妥当なものと言えましょう。
この措置で跨線橋通路の幅は半分になってしまいましたけれど、ここを通る必要がある2番線発着の列車は僅少なので、左程の問題ではないのです。

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跨線橋上から見た水原駅構内の新発田方の様子、2013年10月撮影。

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自由通路上から見た水原駅構内の新津方の様子、2013年10月撮影。

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2番ホームの神山駅方から見た水原駅構内、2013年10月撮影。
2番線は列車行き違い時のみに列車が発着していて、2017年3月改正ダイヤでは、このホームに出入りする定期旅客列車は1日2本。
昔の時刻表を紐解くと、昭和55年10月改正ダイヤでは当駅で普通列車2本(いずれも上り列車)が下りの特急「いなほ」2本の通過を退避していたようです。
「いなほ」2本のうち1本は秋田行最終便で、当駅通過は19:20過ぎ。
水原界隈の人が東京から帰ってくる丁度良い便なのですし、普通列車を退避させるだけではなく自らも停車してみればよかったのにと、この駅の冷遇ぶりに同情するマニアとしては強く思うわけであります。

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2番ホーム端から神山駅方を見通す、2013年10月撮影。
元々は島式であったというこのホームは幅広です。

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2番ホームの上屋辺りの様子、2013年10月撮影。
上屋の造りは島式ホーム用のもので、当駅の元々のホーム配置を表す遺構のようになっています。

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2番ホームの上屋下の様子、2013年10月撮影。
待合室は無く、ベンチの着席定員は8人です。
昔の時刻表を見ると、当駅で列車交換が行われるのは元々少なかったようです。
まぁその当時は現在と違って、上下できっちりホームを使い分けていたのでしょうけれど。

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2番ホーム上から1番ホームの上屋部分を観察、2013年10月撮影。

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2番ホームの京ヶ瀬駅方から見た水原駅構内、2013年10月撮影。
こちら側の方が、このホームがかつて島式であったことをより強く実感できます。

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2番ホーム端から京ヶ瀬駅方を見る、2013年10月撮影。
画像右手のかつての3番線跡は市道に転用されています。
同様の例は信越本線の来迎寺駅にも見られます。

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水原駅裏の旧3番線跡を転用した市道、2013年10月撮影。
駅舎とは跨線橋兼用の自由通路で連絡しています。
上屋付きの駐輪場が整備されていて、相応の利用があるのでしょう。
しかし付近には工場があるなど宅地化はまだまだの様子。
駅舎の経年を考えると、それほど遠くない将来に日程化されるであろう改築にあたって橋上駅舎化が選択肢に上るか否かが、私の当駅に関する最大の関心事なのであります。

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京ヶ瀬駅方の踏切から見た水原駅構内、2013年10月撮影。
跨線橋が自由通路兼用になる前は、線路の反対側に行くにはこの踏切まで歩く必要があったのです。

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水原駅1番線に停車中の115系電車新津行、2013年10月撮影。
当駅の現在のホーム使用長一杯の6両編成で、羽越本線の新津-新発田間には朝晩のみの乗り入れでした。
電化路線だというのに普通列車の大半は気動車というところが、この区間の過疎化を如実に表しているよう。
なお現在(2017年3月現在)、この列車はE129系電車に置き換えられているそうです。

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早朝の水原駅で列車交換する、キハ40系気動車の新津行とキハE120とキハ110気動車酒田行、2013年10月。
当駅構内で行われる1日2回の列車交換のひとつがコレ。
もう1回は夜なので、陽の下で撮影できるのはこの交換のみです。
私もこの撮影をしに水原駅を訪れるには、信越線の朝イチの列車に乗る必要があって少々キツいのです。

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列車交換を終えて水原駅を出発した朝イチの酒田行気動車、2013年10月撮影。
土曜日にこの列車に乗ると、新発田駅から村上駅まで学生で立錐の余地無しの満員。
公立高校が全県一区制になって通学距離が広がった結果なのでしょう。
青春18きっぷが関係無い時期では、村上駅で学生たちがごっそりと降りて先ほどまでの喧騒が嘘のようなガーラガラで、酒田駅に向かって出発するのが常です。

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2005年5月時点の朝の列車交換はこうでした。
新津行の先頭車は懐かしのキハ52形。

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列車交換を終えて新津駅に向けて出発したキハ52とキハ47の気動車列車、2005年5月撮影。

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水原駅から10分弱で旧水原町中心商店街の様子、2009年7月撮影。
昔からの町並みですが道幅は広くすっきりしていて、流石は水原県都の風格であります。
なお新潟交通運行の路線バス・新潟-水原線はこの界隈を経由しています。
この路線は上下合わせて平日51本(うち急行便19本)、土休日43本(うち急行便14本)が運行されて、水原駅から新津駅乗換えの鉄道利用よりも乗車機会が圧倒的に多いのが特徴です。
運賃も水原-新潟間で鉄道が500円に対してバスは530円、所要時間は鉄道が新津駅での乗り換え時間がまちまちで一定していないのに対してバスは亀田駅界隈を経由する一般便で一時間強、亀田界隈を通過するバイパス経由の急行便で50分強。
水原地域と新潟市中心部の公共交通アクセスは路線バスが完全に上位なのです。
通勤者では水原から豊栄まで自家用車で出て、そこから頻発運転の白新線列車に乗るという方を知っていますが、朝晩だけでも新潟-水原間直通運転の列車があれば、そういう方の通勤も楽になると思うのですけれどね。
そういう需要は少ないと見切っているからやらないのか、はたまた新津駅でのスイッチバックが面倒でやらないのかは分かりかねますが・・・。

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水原駅から東へ約2kmに所在する瓢湖の記念碑、2003年11月撮影。

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梅雨明け間近の瓢湖の様子、2009年7月撮影。
瓢湖は冬季の白鳥飛来地として有名ですが、近隣の福島潟と共にオニバスの北限群生地でもあるのです。

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晩秋の瓢湖の様子、2003年11月撮影。
白鳥や水鳥で既に盛況です。

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2010年3月13日 (土)

柏崎駅(信越本線)

本日の駅紹介は、信越本線及び越後線・柏崎駅。

2017年2月24日記、リニューアルを実施しました。

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新潟県柏崎市に所在する有人駅です。
柏崎市は新潟県内30市町村(平成28年12月現在)中、第6位の8万5千人強の人口を持ち、新潟県中越地方において重きを成す主要都市の一つです。
JR東日本によると2015年度の柏崎駅一日平均乗車人員は1,739人で、JR東日本新潟県内有人67駅中25位で、県北の中心都市である村上市(人口6万人強)の玄関駅村上と同レベルにあります。
2008年度が2,102人なので、この七年間で約二割減少していて、街の人口規模を考えるとかなり寂しい数字になってしまっています。
ちなみに柏崎市の人口は2008年当時で約9万2千人で、七年で約8%減なのです。
柏崎刈羽原発が中越沖地震発生以降の長期運転休止が続いていて市の経済に影響が出ていることと、広域合併した旧町村部の過疎化によるものなのでしょう。

柏崎駅は柏崎旧市街地の南端に位置しておりますが、これは日本の鉄道創成期によく見られた地元の「鉄道忌避」事情によるものだそうです。
日本海からの北風が強く吹き付けるここ柏崎は、昔から大火の多い土地で知られており、それゆえ火の粉を吐き出す汽車は火事の誘発因子と見られてしまいます。
しかし街のこれからの発展を考えれば鉄道敷設を拒み通すわけにもいかず、結局住民の感情論と鉄道のもたらす実利との折り合いから、当時街外れであったこの地に駅が設置されたとの事です。
こうした事情の下、柏崎駅は1897年(明治30年)8月1日に当時の北越鉄道の駅として開業し、1912年(大正元年)11月11日に越後線の前身である越後鉄道の駅としても開業しました。

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リニューアル前の柏崎駅駅舎、上は2008年4月、下は2005年5月撮影。
建築財産票を確認できなかったのですが、昭和42年の改築だそうです。
屋根の上に掲げられた「越の誉」の看板がトレードマーク。
「越の誉」は柏崎市に所在する原酒造の誇る日本酒であります。
横長二階建ての駅舎は国鉄地方幹線主要駅の典型というべきスタイルで、茶色のシブい色使いでした。

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リニューアルされた柏崎駅舎、2014年5月撮影。
2013年10月に改装が完了しています。
外壁の改修と色の変更がメインで、建物自体に大きく手を加えたものではありません。
外壁は隣の鯨波駅同様に、盛夏の日本海を想起させる鮮やかな青色に変わりました。
駅前広場にはご覧のようにタクシー多数が待機中です。
しかしここまでリニューアルしたということは、築半世紀のこの建物をまだまだ使い続ける意思の表れということに他ならず、この東側よりも近年は栄えている駅南側との連絡は地下道のままということです。
利用の実態に即した、コンパクトな橋上駅舎に改築するのがベストだと思うのですけれど、問題は現在の柏崎市にそれを実行できるだけの余裕があるかどうかですね。
柏崎刈羽原発が再稼動すれば街の実入りも増えて、実行する余裕も生まれるのかもしれませんが・・・。

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駅横の柏崎駅前バスターミナル、上は2008年4月、下は2016年9月撮影。
2008年4月時点ではターミナル内に「柏崎災害ボランティアセンター」の真新しい張り紙がありました。
地震から九ヶ月後の事でありますが、表面上はすっかり日常に復帰した様子です。
しかしまだまだ被災の傷は癒えていないのだ表層だけを見て物事判断しちゃいけないなぁと痛感したものです。
またこの8年間、私が危惧していた路線の大規模な廃止再編は幸い無く、今日でも鉄道補完に足る路線が健在なのは何よりです。
このターミナルからは、いずれも北越後観光バス運行の谷根線(鯨波駅)、杉平線(茨目安田北条越後広田各駅)、宮平北線(茨目、安田両駅)、岡野町車庫線(茨目駅)、市内循環線(東柏崎駅)、越後交通運行の長岡柏崎線(西中通刈羽西山礼拝各駅)が出ています。
ちなみに路線バスの乗り場は駅南側にもあって、そちらからはフロンティアパーク線と新潟産業大学線(いずれも茨目駅)が出ています。
バスターミナルの向こう側は、2008年4月時点では一面広大な更地になっていました。
これは日本石油加工柏崎工場の跡地で、新市民会館用地への転用が決まり、柏崎市文化会館アルフォーレが2012年7月に開館しています。

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そのアルフォーレ開館に関連しての柏崎東口整備で割を食ったのが、柏崎東口公園のこれら展示物です。
いずれも2005年8月撮影で、上二枚は陸上自衛隊の汎用ヘリコプター「UH-1H」、一番下はD51形蒸気機関車。
D51形の正面撮影は晩夏の西日がきつくて逆光になってしまい、画にならないので断念したのが心残りでした。
その後、この辺りにはすっかりご無沙汰で、2012年6月に七年ぶりに足を運んだ時は、公園はすっかり様変わりしてしまっていてこれら展示物は影も形もありませんでした。
リサーチ不足でその事を全く知らず、昼間の順光でD51形の正面の画を撮ろうと思っていたのでガッカリという顛末。

Kashiwazaki0040514
柏崎駅前通りの様子、2014年5月撮影。
駅前の様子は駅舎リニューアル後もこれといった変化はありません。

Kashiwazaki05
夕刻の柏崎駅前通り、2006年10月撮影。
しかし地方都市駅前の常として、人通りは決して多いとは言えません。
この時点では駅から約500mのイトーヨーカドー丸大柏崎店が駅前通り唯一の集客力を
持つ店舗で、他は昔からの個人商店が多数を占めます。
実を言うと、この後柏崎駅には何度も訪れていますけれど、徘徊するのはいずれも駅周辺のみ。
駅前通り歩きはご無沙汰で、いずれ現在の街の様子をディープに見に行かなければならんと痛感しておるところです。
南口などは行っただけで撮影していませんしね。

Kashiwazaki0350408
リニューアル前の柏崎駅駅舎内部、2008年4月撮影。
自動改札機は既に導入済みです。
ビジネスライクで少々殺風景な感じ。

Kashiwazaki0050916
Kashiwazaki0060916
リニューアル後の柏崎駅駅舎内部、2016年9月撮影。
案内表示板が新設され、内壁その他の色使いもカラフルになり、賑やかな印象。
下の画像左側の待合室のさらに向こうに、エキナカコンビニのNew Daysが出店。

Kashiwazaki0070916
ホーム側から見た柏崎駅駅舎内の様子、2016年9月撮影。

Kashiwazaki0080611
0-1番線の東柏崎・茨目駅方から見た柏崎駅構内、2011年6月撮影。
島式ホームの右側の0番線は頭端型で越後線用、左側の1番線は主に信越線と越後線の一部の普通列車が発着します。
1番線は中線としての機能も持ち、2016年3月改正ダイヤでは上り普通列車3本が特急「しらゆき」を1番線で退避しています。
0番線の右側には側線が数本ありますが、草生して永らく使われていないようですね。
今となっては活用のアテもないのでしょう。

Kashiwazaki0090612
0-1番ホーム端から東柏崎・茨目駅方を望む、2012年6月撮影。

Kashiwazaki0100916
1番線鯨波駅方から見た柏崎駅構内、2016年9月撮影。
駅舎はリニューアルされましたが、構内は以前と変わらず。
地方幹線の主要駅らしく、右隣の本線ホームの上屋は長大です。
跨線橋も昔のままの風情ですけれど、バリアフリー化の波には抗えずにエレベーターが追加装備されています。
当駅に限った話ではありませんが、見ていると健常者のオバサンたちのエレベーターの利用が実に多いですな。
まだまだ若いのにアレでは、歳を取ると足腰にガタがくるのは確実。

Kashiwazaki0110916
1番線端から鯨波駅方を望む、2016年9月撮影。
画像右側のコンテナの辺りはJR貨物の柏崎オフレールステーションです。

Kashiwazaki0120916
柏崎駅跨線橋内部の様子、2016年9月撮影。
前述のようにエレベーターが追加装備されています。
過去の撮影画像を確認すると、2006年10月時点ではエレベーターはまだ未装備。
その次に当駅を訪れた2008年4月時点では装備済みです。
中越沖地震が起きたのが2007年7月ですから、震災復旧に加えてバリアフリー対策のエレベーター設置を行ったのでしょうか。

Kashiwazaki0130916
跨線橋上から見た柏崎駅構内の直江津方、2016年9月撮影。
画像右側の駅舎のホーム側の外壁は以前のままの茶色で、リニューアルもここまで手が回らなかったのでしょうね。

Kashiwazaki0140612
同じく長岡方の様子、2012年6月撮影。退避線と本線の間の二本の線路が印象的。
時々電車が留置されていました。
以前は画像左手の線路脇に、「上越-柏崎-長岡ミニ新幹線実現を!」の看板が立っていました。
上越新幹線長岡駅と北陸新幹線上越駅間の信越本線を標準軌化してミニ新幹線を運行する構想ですが、実現の目処が立たずに柏崎市長も「将来の夢」と語るまでに大きく後退してしまいました。
柏崎から東京まで新幹線で直行できるようにしよう!というのは、上越新幹線開業後に上野直通の特急「はくたか」と急行「よねやま」を相次いで失った街の悲願なのでありましょう。
また新潟県としても、新潟-関西間をミニ新幹線電車で乗り換えなしに行き来できれば、関西との交流活性化に大きくプラスになりそうです。
しかし何分、自治体のフトコロと、そして市民県民とよくよく相談しなければならない、大変におカネのかかる話なのであります。

Kashiwazaki0150916
信越線用の2-3番島式ホームの3番線(直江津方面乗り場)端から見た柏崎駅構内、2016年9月撮影。
ホームの有効長を示す黄色い線がホームの端まで伸びています。
長編成の急行きたぐにや、迂回運転時の特急「はくたか」収容の名残でしょうか。

Kashiwazaki0160514
島式ホームの端から茨目駅方を見る、2014年5月撮影。

Kashiwazaki0170916
Kashiwazaki0200611
島式ホームの長大な上屋周り、上は2016年9月、下は2011年6月撮影。
国鉄の地方幹線主要駅の典型と言える無骨なスタイル。
ホーム上には待合室が置かれていて、撮影画像を確認すると2008年4月時点ではまだ国鉄時代の建物でした。
その次に当駅を訪ねた2011年6月には現在のJR東日本定番型に変わっています。

Kashiwazaki0180611
島式ホームの2番線(長岡方面乗り場)の鯨波駅方から見た柏崎駅構内、2011年6月撮影。
島式ホームは2番が鯨波駅方に、3番が茨目駅方にそれぞれ張り出した形状になっています。

Kashiwazaki0190916
島式ホーム端から鯨波駅方を見る、2016年9月撮影。
画像右側のJR貨物柏崎オフレールステーションにはコンテナで一杯。

Kashiwazaki0210611
Kashiwazaki0220611
島式ホームの3番から側線群を見る、2011年6月撮影。
この時点で活用しているのは3番の隣の線路だけのようでした。
残りは緑に覆われつつある状況。
柏崎駅も橋上化が当面無理なのであれば、東三条駅のように自動改札機と自動券売機のみの簡易な南口を造るという手もあると思うのですよ。
ただ、この側線群の為に既存の跨線橋から伸ばす延長部が相当の長さになってしまうのが問題ですねぇ。
それに今の跨線橋も相当の経年のはずで、そんな古い構造物に今更手を加えても費用対効果は宜しくないのかも。
さらに島式ホーム側のエレベーターの移設の必要も生じそうなのが痛いところ。

Kashiwazaki0340916
快速「越乃Shu*Kura」停車駅の証である駅名標、2016年9月撮影。
信越線の主要駅にして、前述の原酒造の最寄である柏崎駅が停車駅に選ばれるのは至極当然の話でありましょう。

Kashiwazaki0230916
柏崎駅1番線に停車中の115系電車直江津行、2016年9月撮影。
上り特急「しらゆき2号」を退避中です。

Kashiwazaki0240916
柏崎駅0番線に到着した朝の越後線吉田発のE129系電車、2016年9月撮影。
このまま次の吉田行までの約二時間半をここで折り返し待機するのかと思っていたら、間もなく長岡方に引き上げていきました。

Kashiwazaki0270805
黄昏時の柏崎駅0番線で客待ち中の115系電車吉田行、2005年8月撮影。

Kashiwazaki0260611
柏崎駅1番線に到着した越後線吉田発の115系電車、2011年6月撮影。

Kashiwazaki0250916
柏崎駅3番線に停車中の115系電車直江津行、2016年9月撮影。

Kashiwazaki0310514
柏崎駅2番線で快速「越乃Shu*Kura」が客待ち中、2014年5月撮影。
留置中の115系電車との競演であります。

Kashiwazaki0300514
柏崎駅2番線を出発する485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2014年5月撮影。

Kashiwazaki0290408
柏崎駅3番線に停車中の485系電車R編成の特急「北越」金沢行、2008年4月撮影。

Kashiwazaki0320916
柏崎駅2番線から出発するE653系電車の特急「しらゆき」新潟行、2016年9月撮影。
デザインといい色合いといい四連という短さといい、大手私鉄の特急列車のようです。
国鉄時代の上越新幹線開業前の昭和55年10月改正時点では、当駅に出入りする優等列車も色とりどりでした。
特急列車は485系電車の大阪直通の「雷鳥」3往復と「白鳥」1往復、上野直通の「はくたか」2往復、金沢へは「北越」1往復、大阪直通の寝台「つるぎ」が1往復で計8往復。
急行列車は大阪直通の客車夜行「きたぐに」1往復と長野・名古屋直通の気動車「赤倉」1往復、金沢-青森間の気動車「しらゆき」1往復、長野へは電車の「とがくし」2往復、上野直通の電車「よねやま」と夜行客車の「能登」各1往復、新潟県内ローカルの気動車「ひめかわ」が1往復で計8往復。
合計16往復の優等列車が発着していたのです。
しかしそれから40年近く経った今日、たった四両の特急「しらゆき」が5往復顔を出すのみ。
上越新幹線と北陸新幹線の開業で最も割を食い埋没してしまっているのが、この柏崎駅なのですよ。

Kashiwazaki0330916
EF510形電気機関車牽引の貨物列車が柏崎駅3番線に進入、2016年9月撮影。
今なおJR貨物の駅が所在するここ柏崎も、今では貨物列車はこうして素通りです。

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2010年3月 6日 (土)

南小谷駅(大糸線)

今回の駅紹介は大糸線・南小谷駅。

Minamiotari101

長野県北安曇郡小谷村に所在する有人駅で、昭和10年(1935年)11月29日の開業です。

南小谷駅に関しては、訪問した2004年3月、2009年6月の二回共に大糸線北部区間の終点である当駅折り返し時間中に駅前をざっと見た程度ですので多くを語れないのが残念です。
いずれ大糸線南部区間も含めて、腰を据えて見聞したいと念願している次第ですが、南小谷はここ県都新潟から約200km離れた遠隔の地に加えて、特急の本数が少なくて玄関口の糸魚川駅まで出るのでさえ面倒な交通の不便さなのであります。

なお、特記無い画像の撮影日は2009年6月です。

Minamiotari01
南小谷駅駅舎の様子。

Minamiotari02
Minamiotari03
南小谷駅駅舎内の様子。
待合スペースには畳敷きの一角があってお年寄りに人気が高そう。
木製の一人掛けベンチにも敷物が置かれてアメニティな待ち時間を提供しています。
これまで大糸線北部区間各駅を見て来た目には全てが眩しい・・・。

Minamiotari04
南小谷駅前の駐車場。
駐車スペースのすぐ下が姫川で、アクセルとブレーキを踏み間違えたら大変な事になります(恐)。

Minamiotari05
駅前通り(国道148号線)の様子。
南小谷駅は公共交通の結節点としての役割が高いようで、周囲に住宅も少なく、駅前にはみやげ物店がある程度です。

Minamiotari06
信濃大町方の踏切から南小谷駅構内を見る。

Minamiotari07
同じ踏切から信濃大町方を望む。
電化はされていますが、雰囲気はまだまだローカル然。

Minamiotari08
駅跨線橋から中土駅方を望む。

Minamiotari09
同じく信濃大町方を望む。

Minamiotari10
1番線信濃大町方から南小谷駅構内を望む。

Minamiotari11
1番線中土駅方から南小谷駅構内を望む。

Minamiotari12
2番線から中土駅方面を望む。

Minamiotari13
Minamiotari14
Minamiotari15
3番線で折り返し待機中の国鉄色キハ52形気動車。

Minamiotari16
新潟都市圏ですっかり見飽きた日常の足・E127系電車も、こういうロケーションで水色のラインを身に纏っていると、随分印象が違います。

Minamiotari17
Minamiotari18
Minamiotari19
Minamiotari20 
これらの画像は2004年3月撮影。
大糸線のキハ52形気動車が2番線に停車中。
1番線に停車中なのは新宿行き特急あずさ。

さて、一月から集中連載してきた大糸線北部区間各駅紹介も、今回で一応の終了です。
キハ52の定期運行も残すところあと一週間!
沿線の賑わいもこれから絶頂に達すると思われますが、乗る人も撮る人もくれぐれもマナーを守りまた事故の無い様ご注意を!
地元沿線の方々も来訪者の方々も、みんな気持ち良くキハ52の最後の花道を見送って頂きたく、心より願っている次第です。

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2010年3月 3日 (水)

上越新幹線開業前の日本海縦貫線優等ダイヤその一

今年の1月13日及び14日にアップした「上越新幹線開業以前」列車ダイヤ
シリーズ第二回その一、日本海縦貫線・富山-新潟間の優等列車ダイヤ
その一です。
昭和55年10月改正ダイヤと鉄道ジャーナル社刊「国鉄の花形列車1981」
を参考に作成しております。
なお、長岡-新潟間の上越線直通列車は省略しております。

現在のダイヤと比較して最も異なるのは、柏崎駅に停車する優等列車の数!
現在は新潟-金沢間の特急「北越」五往復と新潟-大阪間の夜行急行「きた
ぐに」一往復、グリーン及び指定席車連結で準優等とも言える快速「くびき野」
三往復。
それに対して上越新幹線開業前のこの時期、特急「雷鳥」三往復、「はくたか」
二往復、「白鳥」「北越」各一往復、寝台特急「つるぎ」一往復、急行は「とがく
し」二往復と「赤倉」「しらゆき」「よねやま」「ひめかわ」「きたぐに」「能登」の
合計16往復!
市の盛衰とは全く関係無く、新幹線とほくほく線に挟まれた気の毒な立地で
この痩せ細り様・・・。
4年後の北陸新幹線金沢延伸改正では、最悪の場合「北越」「きたぐに」の
運転区間短縮と快速格下げも有り得ます。
市として特急運行継続を強く希望しているのも痛い程わかりますです
・・・。

列車名 ひめ
かわ
とが
くし
1号
白山
2号
よね
やま
北越
使用車両 キハ
58系
165
489
165
485
編成内容 自 x 2 指 x 1
自 x 6
G x 2
指 x 7
自 x 3
G x 2
指 x 3
自 x 7
G x 2
指 x 6
自 x 3
食 x 1
始発駅  - 上田
0609
金沢
0656
 - 金沢
0743
富山  - 上田

長野間
普通
列車
 
  
0744  - 0831
滑川  -  レ  -  レ
魚津  - 0803  - 0850
黒部  -  レ  -  レ
入善  -  レ  -  レ
 -  レ  -  レ
青海 0637  レ  -  レ
糸魚川 0645 0843  - 0930
能生 0657  レ  -  レ
名立 0707  レ  -  レ
直江津着 0720 0828 0911  - 0958
直江津発 0722 0830 0917 0921 1000
潟町 0735  レ 信越線
経由
 レ  レ
柿崎 0743 0845 0936  レ
柏崎 0812 0902 0953 1028
来迎寺 越後線
経由
柏崎

新潟間
自 x 2
増結
 レ 1014  レ
長岡 0935 1031 1056
見附 0944 上越線
経由
1105
東三条 0954 1114
加茂 1001 1121
新津 1016 1135
新潟 1002 1028 1147
終着  -  - 上野
1400
上野
1453
 -
列車名 はく
たか
2号
しら
ゆき
白山
4号
雷鳥
3号
快速
使用車両 489
キハ
58系
489
485
475
編成内容 G x 2
指 x 7
自 x 3
G x 1
指 x 1
自 x 7
G x 2
指 x 7
自 x 3
G x 2
指 x 6
自 x 3
食 x 1
自Gx1
自 x 9
始発駅 金沢
0842
金沢
0949
金沢
0955
大阪
0735
大阪
0725
富山 0931 1050 1044 1137 1239
滑川 0944 1103  レ  レ 1253
魚津 0951 1111 1103 1156 1301
黒部  レ 1117  レ  レ 1307
入善  レ 1127  レ  レ 1317
 レ 1133  レ  レ 1322
青海  レ  レ  レ  レ 1340
糸魚川 1031 1202 1143 1236 1348
能生  レ  レ  レ  レ 大阪

富山間
急行
立山
1号


G x 1
指 x 3
自 x 6
名立  レ  レ  レ  レ
直江津着 1100 1230 1211 1305
直江津発 1102 1232 1217 1307
潟町  レ  レ 信越線
経由
 レ
柿崎  レ  レ  レ
柏崎 1131 1302 1335
来迎寺  レ  レ  レ
長岡 1207 1332 1403
見附 上越線
経由
 レ  レ
東三条 1351 1420
加茂  レ  レ
新津 1413 1441
新潟 1426 1454
終着 上野
1533
青森
2218
上野
1700
 -  -
列車名 白鳥 赤倉 白山
6号
雷鳥
13号
とが
くし
3号
使用車両 485
キハ
58系
489
485
165
編成内容 G x 1
指 x 7
自 x 3
食 x 1
G x 2
指 x 2
自 x 6
G x 2
指 x 7
自 x 3
G x 2
指 x 6
自 x 3
食 x 1
指 x 1
自 x 6
始発駅 大阪
1018
名古屋
1003
金沢
1353
大阪
1135
上田
1538
富山 1418 中央・
信越線
経由
1440 1537  -
滑川  レ  レ  レ  -
魚津  レ 1500 1556  -
黒部  レ  レ  レ  -
入善  レ  レ  レ  -
 レ  レ  レ  -
青海  レ  レ  レ  -
糸魚川 1514 1541 1636  -
能生  レ  レ  レ  -
名立  レ  レ  レ  -
直江津着 1542 1606 1610 1705 1740
直江津発 1544 1608 1616 1707 1742
潟町  レ  レ 信越線
経由
 レ  レ
柿崎  レ 1625  レ 1757
柏崎  レ 1644 1735 1814
来迎寺  レ  レ  レ  レ
長岡 1638 1719 1803 1848
見附  レ  レ  レ 1859
東三条 1654 1740 1819 1912
加茂  レ  レ 1827 1919
新津  レ 1803 1841 1935
新潟 1724 1817 1854 1948
終着 青森
2350
 - 上野
2059
 -  -
列車名 はく
たか
4号
雷鳥
21号
日本海
1号
北陸 能登
使用車両 489
485
24系
25形
14系 旧客

10系
編成内容 G x 2
指 x 7
自 x 3
G x 2
指 x 6
自 x 3
食 x 1
B x 11 A x 1
B x 11
A x 1
B x 5
G x 1
自 x 5
始発駅 金沢
1546
大阪
1435
大阪
1715
金沢
2100
金沢
2130
富山 1632 1837 2145 2154 2235
滑川  レ  レ  レ  レ 2251
魚津 1651 1856 2207 2216 2300
黒部 1656  レ  レ  レ 2307
入善  レ  レ  レ  レ 2318
 レ  レ  レ  レ 2325
青海  レ  レ  レ  レ  レ
糸魚川 1733 1936  レ 2301 2351
能生  レ  レ  レ  レ  レ
名立  レ  レ  レ  レ  レ
直江津着 1802 2005 2321 2334 0023
直江津発 1804 2007 2323 2337 0025
潟町  レ  レ  レ  レ  レ
柿崎  レ  レ  レ  レ  レ
柏崎 1832 2035  レ  レ 0058
来迎寺  レ  レ  レ  レ  レ
長岡 1907 2103  レ  レ 0145
見附 上越線
経由
2112  レ 上越線
経由
上越線
経由
東三条 2121  レ
加茂  レ  レ
新津 2141 0115
新潟 2154  -
終着 上野
2233
 - 青森
0841
上野
0545
上野
0638
列車名 越前 日本海
3号
つるぎ きた
ぐに
快速
使用車両 旧客

10系
24系
25形
24系
25形
12系

10系
475
編成内容 A x 1
B x 2
G x 1
自 x 5
B x 11 B x 11 A x 1
B x 4
自 x 6
自Gx1
自 x 9
始発駅 福井
2034
大阪
2015
大阪
2200
大阪
2210
大阪
2320
富山 2250 0059  レ 0430 0602
滑川 2305  レ  レ  レ 0615
魚津 2314  レ  レ 0452 0623
黒部 2320  レ  レ  レ 0628
入善 2331  レ  レ  レ 0638
2338  レ  レ 0512 0643
青海  レ  レ  レ  レ 0701
糸魚川 0005  レ 0405 0541 0708
能生  レ  レ  レ  レ 大阪

富山間
急行
立山
5号


G x 1
指 x 3
自 x 6
名立  レ  レ  レ  レ
直江津着 0037 0239 0439 0613
直江津発 0046 0241 0441 0622
潟町 信越線
経由
 レ  レ  レ
柿崎  レ  レ 0639
柏崎  レ 0514 0659
来迎寺  レ  レ  レ
長岡  レ 0548 0741
見附  レ  レ 0753
東三条  レ 0609 0806
加茂  レ 0617  レ
新津 0426 0633 0838
新潟  - 0647 0855
終着 上野
0705
青森
1145
 - 青森
1710
 -

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