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2010年2月の記事

2010年2月28日 (日)

天装戦隊ゴセイジャー・ゴセイイエロー見敵必殺大暴走!

ども。
天装戦隊ゴセイジャー、本日放送の第三話「ランディックパワー、分裂」は、
ゴセイイエロー主役回です。
今回は「中の人は♀」至上主義の方々には大変見ごたえのある回かと。
五人の中で一番未熟でかつ無鉄砲なゴセイイエローが大暴れですっ!

野川瑞穂さん演じるゴセイイエロー
本日大暴走の、野川瑞穂さん演じるゴセイイエロー、敵をひとりで倒す!と
息巻いておりますが・・・

ゴセイイエローに駆け寄るゴセイピンク
ゴセイイエローの必殺キックも敵には通じず、あえなく返り討ちに。
心配して駆け寄る、蜂須賀祐一さん演じるゴセイピンクに目もくれずに悔しがります。

返り討ちに遭いそうなゴセイイエロー
脚を負傷しているにも関わらず、リベンジに挑むゴセイイエローですが、
再び返り討ちの危機!
ヒロインピンチ、略してヒロピンフェチの方々には垂涎の展開でしょうか。

ゴセイピンクの可愛らしい仕草
仲間の大切さを説かれて我に変えるゴセイイエロー。
左の蜂須賀ゴセイピンクの人差し指を立てた仕草が可愛いですなぁ~。
中川素州さんも女形の時はよくこういう仕草をしていたような・・・。
これも伝承の巧の技と言えましょうか。
しかしそれにしてもイエローは少年ぽい。
一話から感じていたところですが、今日は見敵必殺直情キャラが全面に
押し出されていたのでますますその感を強くしました。
女性よりも女性らしい演技の蜂須賀ゴセイピンクと無鉄砲な熱血少年風の
野川ゴセイイエローの、ある意味倒錯的とも感じられるコンビに今後も要チェック!

ちょっと不満そうなゴセイピンク
本日は援護射撃の役回りで、ちょっと不満そうなゴセイピンク。

ゴセイイエローのゴーグルに映る大勢の人影
ゴセイイエローのゴーグルに映る大勢の人影。

さて、次回予告を見ると待望のピンク主役回にも思えますが・・・?
来週の今頃は萌え萌えなレビューが出来るように今からお祈りしましょう。

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中土駅(大糸線)

本日の駅紹介は、大糸線・中土駅。
長野県北安曇郡小谷村に所在する無人駅で、昭和10年(1935年)11月29日の開業です。
開業当時は信濃大町駅から逐次延伸した大糸南線の終着駅であり、その当時は北安曇郡中土村の所在であったと思われます。
その後、大糸南線は昭和32年(1957年)8月15日に再延伸されて大糸北線小滝駅と接続して、現在の大糸線として全通しました。

中土駅はかつては一面二線構造で、前述の小滝駅と同じレイアウトです。
当時の国有ローカル盲腸線終端駅は皆このようなスタイルだったのでしょうか。

私が当駅を最初に訪れた2004年3月時点では島式ホーム両側と駅舎反対側に側線が一本あり、信号機も健在でした。

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中土駅駅舎の様子、2009年6月撮影。

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南小谷方から見た中土駅構内、2004年3月撮影。
私が当駅を最初に訪れた2004年3月時点では島式ホーム両側と駅舎反対側に側線が一本あり、信号機も健在でした。

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北小谷駅方から見た中土駅構内、2004年3月撮影。

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中土駅構内南小谷方の線路の状態、2004年3月撮影。

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中土駅周辺(距離は若干ありますが)は意外?に名所が多いのです、2004年3月撮影。

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冬の名残の白い世界とキハ52形気動車、2004年3月撮影。

駅舎側の線路は雪に埋もれて、この時点で完全に遊休化していた事は明らかです。
一方、側線は糸魚川、南小谷側双方共に本線と繋がっていて除雪も完璧。
この側線には昭和末期~平成初期のスキーブーム全盛時代には、シュプール号が運転停車して定期列車を退避してたのかもしれません。

中土駅への二度目の訪問となった2009年6月、側線と信号機は撤去されていて、駅舎側の線路は本線南小谷方とは繋がっているものの、草生して完全に廃線の様相。

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北小谷方から見た初夏の中土駅構内、2009年6月撮影。

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南小谷方から見た中土駅構内、2009年6月撮影。

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北小谷方の線路の状態。、2009年6月撮影。

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中土駅に停車中の国鉄色キハ52形気動車、2009年6月撮影。

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中土駅駅舎も根知駅や北小谷駅同様、ホームより低い地面にあります。

建築財産票が見当たらなかったので、当駅舎の正確な竣工年月は不明ですが、大糸線北部区間の他駅同様に開業当時からのものなのでしょう。
駅舎の造りは同時期開業の頸城大野、根知、小滝各駅とはやや異なるデザインで、こちらの方がやや垢抜けているようにも個人的には見えます。
駅舎内部はまず疑いなくリニューアルされているので、その際に外部にも手を入れた可能性はありますけれど・・・。
駅舎の塗装は内外共に茶色一色で、木造建築の暖かみを生かしたなかなか良いセンス。
これなら雪に覆われる冬でも存在感は抜群でしょう。

駅舎内部はログハウス風で、四脚置かれている長ベンチも木製で駅舎内部とよく調和しております。

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中土駅駅舎内部の様子、2009年6月撮影。

室内の除湿用かはたまた冬期の融雪用か、塩化カルシウムの袋が2つ無造作に置かれていたのは少々いただけませんでしたが・・・。
旧窓口跡は板貼りもカーテンもなく内部の様子を見れますが、見事なまでに何も無い空っぽの空間・・・、ただ虫の死骸が転がっているのみの廃屋の寒々しい光景です。
リニューアルはされていてもやはり無人駅であるという事を如実に物語っておりました。
トイレはホーム出入り口横にあって小X1個と個室X2個で非水洗です。
内部は広く比較的綺麗でした。
集落の中にある立地から、集落の方々がこまめに清掃をされているのかもしれません。
公共物の荒廃は周辺の治安状況の指標にもなりますし、その点で中土駅の周囲の方々の意識は高いのだなぁと嬉しくもありまた日々の努力に頭の下がる思いなのであります。

前述のように当駅は中土集落の中にあり、また国道旧道に面して立地しております。
駅舎の北側すぐに道路の上に架かる鉄骨製の柱があって、そこには「ゆっくりゆこう」の標語があります。
この道路が国道として機能していた当時は、集落住民の安全の為に必要であっただろうこの標語・・・、現在は行き交う車もごく僅かで、標語が場違いに思えるほど長閑な風景です。

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中土駅前旧道を北小谷方から望む、2009年6月撮影。

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集落を抜けた旧道の北小谷方、国道だったとは思えない狭さです・・・、2009年6月撮影。

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中土駅前旧道を南小谷方から望む、画像左の大きな建物は発電所、2009年6月撮影。

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2010年2月21日 (日)

天装戦隊ゴセイジャー・ゴセイジャーマスクのゴーグルに要チェック!

ども。
「天装戦隊ゴセイジャー」、本日放送の第二話「ファンタスティック・ゴセイジャー」
であります。
今回は前回に比べてアクションはいささかパワーダウンの感あり。
戦いの舞台(ロケ地)が一箇所なのを見るに、この時点では「シンケン
ジャー」終盤と撮影が重なって大変なんだろうなぁと、舞台裏を
チラ見した気分なのであります。
第一話ではかなり気合入れてやっていたし、同時進行の二話が時間的
・物理的制約からこうなるのは仕方無いところですね、ロボ初登場回でも
あるしメイン視聴者の幼児の関心はそこでしょう。

さて今回の蜂須賀祐一さん演じるゴセイピンクの活躍は・・・!?

蜂須賀祐一さん演じるゴセイピンクの可愛らしさ
ゴセイレッドやゴセイイエローのピンチに颯爽登場のゴセイピンク!
「うふっ♪」
小首を傾げるところが可愛いっす、私がビービなら、こんな彼女に
トドメを刺されても本望ですっ!w

お姉さんキャラのゴセイピンク
「アラタ~、ひとつ貸しねぇ~♪」
お姉さんキャラなゴセイピンク、そして蜂須賀さんの戦隊ヒロイン女形としての
演技力本領発揮と言えましょう。

ゴセイピンクの名乗りポーズ
「ゴセイピンク!」の名乗り。
このポーズの直前、手首をくるりんと回すのがなんとも柔らかくて優雅。
戦場のプリマドンナ降臨と言わせてください。

ゴセイピンクのゴーグルに映るゴセイイエロー
ゴセイピンクのゴーグルに手前のゴセイイエローが映ってます。
ゴセイジャーマスクのゴーグルは、マスクデザイン同様昭和に戻ったような
感じ。
ゴーグルV~チェンジマンの頃によくあった「透け面」になりそうな、危険な予感w
地デジ&BDでますます危ないですな。

ゴセイピンクのゴーグルに映る人影
ゴセイピンクのゴーグルに、スタッフらしき人影や撮影機材が結構映ってます。

小造りな印象のゴセイジャーのマスク
こうして見ると、ゴセイジャーのマスクは以外と小造りのようです。
マスクマンの次ぐらいに小さいのでは?
余計な装飾が無いので余計にそう見えるのでしょうけれど。

撫肩のゴセイピンク
ゴセイグレートに初合体成功、乙女ちっくに両手を合わせて喜ぶゴセイピンク。
それにしても蜂須賀さんは撫肩ですなぁ~。
現代演劇女形の篠井英介さんが、「おんなの肩の作り方」を実演しているのを
見た事がありますけど、こういう「静」の芝居の時は蜂須賀さんも同じような事を
されているのでしょうか?
両肩を回して肩の力を抜き、ラインを柔らかく見せるやり方なんですけど。
私も試みてみる事しきりなのですが、うまくいきませんなぁ・・・。
そもそもウエストや首回りに比べて肩幅が明らかに過大なので、仕方が無い
事ではあるのですが・・・。
ウエストはダイエットで細く出来ても、肩幅はどうしようもないですもんね。

さて、来週の「ゴセイジャー」はブラック&イエローコンビがメインの話のようです。
我らがゴセイピンクメインの話はしばらく先ですかねぇ~。
蜂須賀さんがゴセイピンク・姫レッド・薄皮太夫兼任状態なのはあと撮影2パッ
ケージ(4本)ぐらいはありそう。
変身前のさとう里香嬢も五人の中では一番お忙氏ですからねぇ。
あと一ヶ月ぐらいは辛抱の要有りかなぁ・・・。

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2010年2月20日 (土)

北小谷駅(大糸線)

本日の駅紹介は大糸線・北小谷駅。

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長野県北安曇郡小谷村に所在する無人駅で、昭和32年(1957年)8月15日の開業です。
新潟住まいの身では、長野県自治体について詳細に調べる術が無く推測になりますが、ウィキペディアを見ると北小谷駅開業当時には「北安曇郡北小谷村」が存在していたようですので、当駅も同村の所在ではなかったかと思われます。
なお北小谷村は翌昭和33年4月1日に中土村、南小谷村と合併して小谷村となり今日に至っているようです。

当駅は西側の姫川と東側の山に挟まれた狭隘な地形上にあり、野趣に富むダイナミックな風景が広がります。
私が当駅を訪問したのは2004年3月と2009年6月の二回ですが、早春と初夏とでは周囲の印象がまるで異なるのには驚かされます。
早春はまさに「荒涼」、初夏は「盛緑」。

北小谷駅は平岩駅と同時期の開業ですが、その駅舎は戦後の新世代を象徴するかのような平岩駅舎とはガラリと趣を変えて、戦前と戦後の折衷型とも言えそうなデザイン。
その造りもコンパクトで、頸城大野根知小滝各駅のような今日の目から見ると過剰設備に思われるところはありません。
部外の駅舎ウオッチャーから見ると今ひとつ物足りない印象ではありますが、この小造りさ加減が大糸北線に対する当局の戦後の「評価」の指標にも見えて、その点では興味深いものを感じます。

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北小谷駅駅舎の様子、2009年6月撮影。
建築財産票が見当たらなかったので正確な竣工時期は残念ながら不明。

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北小谷駅駅舎内部の様子、2009年6月撮影。
旧窓口跡は板で塞がれる事も無く、有人時代の名残を充分に残しています。
内部は比較的綺麗で、茶色の一人掛けベンチ八脚と壁に沿った木製の長ベンチ。
分別ゴミ箱が設置されているのはこういう駅でのんびりと軽食を摂るのが好きな私のような輩には嬉しいところ。
トイレは駅舎内に古い造りのものがあります。
古めかしいのは仕方無いのですが、内部はそれはもう・・・(お察しください)。
個室と朝顔が一つずつで非水洗、勿論ペーパー無しです・・・。

駅舎とホームの位置関係は根知駅同様に地平に対して同一レベルではなく、階段を上がってホームに出る形になっています。

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北小谷駅ホームと駅舎の位置関係、2004年3月撮影。

駅舎のホーム側の上屋を支える柱に付けてある「指差確認」が、窓口跡と並ぶかつての有人時代の雰囲気を漂わせていて個人的に丸。
またホーム側出入り口の上には「風吹大池 風吹岳登山下車駅」の標札。
風吹大池は北アルプス最大の湖で海抜1780mにあるとの事で、風吹岳は湖から少し登った辺りの、乗鞍岳の北東に位置する山々の総称のようなものなんだとか。
駅から姫川の対岸の様子を見るに、相当に険しいところではないかと素人は感じたところですけれど、アクセスは比較的容易なようです。
かつては当駅で下車して風吹岳に赴く登山客も多かったのかもしれません。(駅前の観光案内板によると、駅から風吹大池まで徒歩四時間)

駅舎はホーム平岩方端部にあり、一本棒のホームは南小谷側へ2/3ほど進んだ辺りからゆるやかに曲線を描いています。

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平岩駅方から見た北小谷駅構内、2009年6月撮影。

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中土駅方から見た北小谷駅構内、2009年6月撮影。

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ホームの平岩方を望む、2004年3月撮影

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同じく南小谷方から望む、2004年3月撮影。

国道橋下の曲線に入った部分は、2009年6月時点では立ち入り禁止なのは残念なところ。
2004年3月に訪問した際は何の規制も無かったのですが・・・。
ホーム下部を見ると、使用部分と立ち入り禁止部分の南小谷方先端とではホームを支える構造が異なるので、その辺の安全上の問題があるのか、それとも当駅停車列車は最大二両であるので列車がかからない余剰部の保守が単に面倒臭いからなのか、はたまた頭上の国道橋が関係しているのか・・・?
その国道橋の圧迫感が少々邪魔ではありますが、左手の山陰から車体を振りつつ出入りする気動車を見るのはなかなかの画なのであります。
また平岩方もホームを出るとすぐ左カーブでトンネルへ。
こちらはヘッドライトの光も爛々とトンネルを抜け目前のカーブに身をきしませながら北小谷駅に出入りする気動車を間近に見る事が出来ます。

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北小谷駅北側のトンネル前後の様子、2004年3月撮影。

また2004年3月訪問時点では、臨時列車用と思われる待避線と信号機が残存していました。
2009年6月時点では最早影も形もありません。
冬季のシュプール号運行が終わった事で、この待避線も役割を終えたのでしょう。

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旧国道から見た北小谷駅入口、2009年6月撮影。

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同じく駅前広場南端から見た様子、2009年6月撮影。
駅前広場は大きいものの、それは駅舎南隣の「小谷村営授産所北小谷事業所」の入口も兼ねているからのようで、停まっている車も事業所で働く方々の通勤用なのでしょう。
駅を出てすぐに行き当たる道は国道148号線の旧道で、姫川の川幅が狭い北側に橋を架けたかったからなのか、北小谷駅の手前から二等辺三角形の二辺を行くような迂回路になっています。

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旧国道駅前付近の様子、青色のバス停は小谷村営バスのもの。
2009年6月撮影。


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古びた旧国道橋と、その上を往く現国道橋。2009年6月撮影。

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現国道橋から見た旧国道橋。2009年6月撮影。

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旧国道橋から糸魚川方の姫川を望む。2009年6月撮影。

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姫川対岸から見た北小谷駅、2004年3月撮影。

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現国道橋から見た北小谷駅周辺、上が2004年3月、下が2009年6月撮影。

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現国道橋から見た北小谷駅南小谷方、2004年3月撮影。

南小谷-平岩間の小谷村営バス北小谷線はこの旧道に入ってきますが、平岩駅のエントリーで述べたように土日祝日は全便運休なのが、外来の訪問者には痛いところ。

現在は姫川の対岸へ、二等辺三角形の一辺を行くが如しの立派な橋が架けられていて、それがホーム上の国道橋です。
北小谷地区の中心はこの橋を進んだ先にあって、沿線には道の駅や郵便局があります。
道の駅へは北小谷駅から1km弱というところです。

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北小谷駅に進入するキハ52形気動車糸魚川行、2004年3月撮影。

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北小谷駅に停車中の首都圏色キハ52形気動車、2009年6月撮影。

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2010年2月14日 (日)

天装戦隊ゴセイジャー・蜂須賀ピンクを一年間見られる幸せ

せ本日より、スーパー戦隊シリーズ第34弾「天装戦隊ゴセイジャー」がスタートしま
した。
私はこのところ戦隊にはとんとご無沙汰で、2006-07年放送の「轟轟戦隊
ボウケンジャー」以降は視聴皆無だったのですが、今度の「ゴセイジャー」はぜひ
とも第一話は見なければと昨晩は録画に抜かりが無いか入念にチェックしておった
次第。

では何故そんなに「ゴセイジャー」を見たかったのか?
その理由はただ一つ!
それは日本アクション界の名女形・蜂須賀祐一さんが”ゴセイピンク”を演じるから
なのであります!

戦隊ヒロイン女形については本宅の「戦隊ヒロイン女形の系譜その一
その二」で、拙いながら解説しておりますが、蜂須賀さんこそは戦隊女形キャリア
25年の大ベテランにしてその「おんな」の表現力や演技力は抜群な、「着ぐるみで
おんなを演じる」スペシャリストなのであります。
恐らく世界を見渡しても彼に比肩する力量を持つ同業者はいないでしょうね。

特に若い層にとっては、ここ十年の傾向から「変身後も女性が演じる」のが当然に
思えて、今回のゴセイピンクの配役に直情的にorzな方が多数見受けられますけ
れど、私の世代では逆に「変身後は女形」なのが当然なのでありまして・・・。

2001~2010年度作品のレギュラーヒロイン変身後の演者
♀=11
人見早苗さん 3  (ゲキイエロー、ゴーオンイエロー、シンケンピンク)
小野友紀さん 2.5(ハリケンブルー芝居、アバレイエロー、マジピンク)
野川瑞穂さん 3  (マジブルー、ゴーオンシルバー、ゴセイイエロー)
橋本恵子さん 1  (デカイエロー)
小島美穂さん 0.5(デカピンク芝居)
橋口未和さん 1  (シンケンイエロー)

♂=5
蜂須賀祐一さん 3.5(ガオホワイト、ハリケンブルーアクション、ボウケン
            イエロー、ゴセイピンク)
中川素州さん  1.5(デカピンクアクション、ボウケンピンク)

1980~89年度作品のレギュラーヒロイン変身後の演者
♀=1.5
志村忍さん  1.5(後期ゴーグルピンク、ダイナピンク)

♂=11.5
蜂須賀祐一さん 5  (チェンジフェニックス、ピンクフラッシュ、ピンクマスク、
            ブルードルフィン、ピンクターボ)
竹田道弘さん  2.5(デンジピンク、前期ゴーグルピンク、ピンクファイブ)
赤田昌人さん  3  (チェンジマーメイド、イエローフラッシュ、イエローマスク
辻井啓嗣さん  1  (イエローフォー)

このようにティーンや20代前半の若者と私のようなおっさんとでは、「女戦士の
中の人」に対する刷り込み具合がまるで違うわけです。
思春期を迎え、且つ戦隊光沢スーツフェチなどと若くして病膏肓に入る少年の
「をかず」も、今時のコは「中の人がリアルお姉さん」なヒロインの画像なのでしょう。
片や私のようなおっさん世代は、「中の人がお姉さ・・・お兄さん!?」という疑惑
疑念を抱いたまま、それでも本能的なフェチとエロスの支配拘束に抗えず、結論
として、
「中の人が男でも女でも見た目がエロおねいさんならどっちでもいいっー!」
と、腰をせわしなくがくがくと震わせてしまったのですよw

どっちが良いかは一概に言える事ではないし総論としての結論が出せる話でも
ないのですが、フェチ的に述べさせていただくならば、現代の環境はリアルその
もので妄想力はあまり育まれないのかなぁと・・・。
なにせ、「中のおねいさん」がブログで軽妙洒脱な文章を書く時代ですからね。
私の世代は「中の人」の情報などなく、OPの「ジャパンアクションクラブ」の名前
の順番を見て、この人がピンクの中の人!?と当たりをつけるような状態でした
から。
従って、萌える対象になるかどうかは演者の演技力次第。
その「女にしかみえない」仕草などで妄想を滾らせ、同じ写真でもその萌え度数を
グッと上げていったものです。
中の人の「リアルな性別」は判断基準としては、勿論皆無ではありませんが優先
順位としては下位でしたなぁ・・・。

若いうちに「妄想力」を磨くのも、それが健全?であるならば創造性の発育にも
プラスになると思いますので、「ゴセイピンク=男=orz」と安直に考え諦めるの
ではなく、「彼女」のおんなの演技を見てぜひ妄想を滾らせていただきたく存じます。
それがまた、特ヲタという狭いジャンルを越えた、新たなるめくるめく快楽の世界へ
の道標となるのです。

おっと、おっさんの繰言はこれぐらいにして閑話休題、
「天装戦隊ゴセイジャー」第一話「護星天使、降臨」。
本日の「ゴセイピンク」嬢、のっけからなかなかぐっとくるシーンがいくつか・・・。
正直、蜂須賀さんのヒロイン役は「ボウケンイエロー」が最後かなぁと寂しくも
覚悟を決めていた私のような者にとっては嬉しい限りでございました!

OPのゴセイピンク
蜂須賀さん演じるゴセイピンクの艶姿。

OPのゴセイイエロー
野川瑞穂さん演じるゴセイイエローの麗姿。

ゴセイピンクの肩に手を置くゴセイイエローゴセイピンクにキスをしたように見えるゴセイイエロー
マスクに唇があるせいもあって、ゴセイイエローがゴセイピンクに突然キスを
したような、倒錯的衝撃!

ゴセイピンクのマスクアップ画
ゴセイピンクのマスクアップ。
首筋フェチな私としては、こういうのがもう辛抱タマランのですよ。

アラタを叱責するゴセイピンク
アラタを叱責するゴセイイエロー
変身に必要なカードを落としたうっかり者の美少年レッドに激しく突っ込む
ゴセイイエローとゴセイピンク。
年上のお姉さんとお姐さんに叱られて、まさに両手に花w
私も着ぐるみのお姉さんとお姐さんに優しく叱責してもらいたいです。

アラタに呆れるゴセイピンク
うっかり者のレッド美少年に「呆れた」ポーズのゴセイピンク。
こういう何気ないポージングも蜂須賀さん鑑賞のポイントです。
まぁボウケンジャー第一話のボウケンイエローは、こんなモンじゃ無かった
ですけどね。
アレはまさに「神憑き」の状態でした・・・。

ぶっちゃけた話、ドラマには大きな関心はないので追いかけるのはただただ
一に蜂須賀ゴセイピンク、二に野川ゴセイイエロー、それ以外は無し!
いずれピンクとイエローの主役回もあるでしょうから、それに大期待ですな!
その時は単独変身(マスクオフ)も見られるでしょうし。
ドラマ内で蜂須賀ピンクの「投げキッス」がいつ炸裂するかも大期待!
どうせなら投げキッスのピンクの吐息ハートで敵が悩殺されるなんておバカを
やってもいいのにねぇ~、変身前はヘキサゴンファミリーなんだし。

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2010年2月13日 (土)

平岩駅(大糸線)

本日の駅紹介は大糸線・平岩駅。

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新潟県糸魚川市に所在する無人駅で、新潟長野県境に位置しまた大糸線北部区間沿線最大の観光スポットの一つである姫川温泉の最寄り駅です。
駅開業は昭和32年(1957年)8月15日で、平岩周辺地区は当時既に糸魚川市の一部になっていました。

さて平岩駅は新潟・富山・長野県境にある白馬岳登山の玄関駅として、開業前は当時の糸魚川市長が駅名を「白馬」とするように提案していたそうです。
「白馬駅」は現在大糸線内(長野県内)に存在しますが、当時の駅名は「信濃四ツ谷」。
新駅の「白馬」命名に何の支障も無いはずと、国鉄当局に許可を求めたものの却下されたそうです。
「信濃四ツ谷」駅はその後、昭和43年に現駅名「白馬」に改称。平岩駅が白馬駅に改称する可能性はこれで無くなってしまいました。
まぁ、向こうの白馬は所在する村名でもありますし、幾ら平岩駅が白馬岳登山口の駅と大見得を切ってみても、目的地までの距離は直線で20km近くあります。
長野県側の白馬駅から白馬岳までは直線距離で15km弱というところで、この時点で既に勝負あったの感ありですね。
駅名を変えるのであれば「姫川温泉」が良いのに・・・と部外者は感じるところでありますけれど、生憎新潟長野県境は姫川に沿っておりまして、川向こうの温泉は長野県小谷村に属しているのです。
駅は新潟県ですが温泉の大半は長野県、「姫川温泉」と改称して例え観光客が増えたとしても、その恩恵に預かるのは主に小谷村で駅を抱える糸魚川市は非常に面白くないでしょうね(笑)。

糸魚川統計要覧によると、平岩駅の平成19年度乗車人員は3,778人。
一日平均約10人です。
乗車人員の内、非定期乗車人員は2,738人で乗車人員全体の約72%を占めていて、定期客が圧倒的に多い頸城大野根知両駅とは対象的です。

参考 ()内は非定期乗車の乗車全体に占める割合
同年度の非定期乗車人員・・・姫川1,162人(56.8%)、頸城大野820人(14.2%)、根知554人(13.2%)、小滝495人(57.5%)。

大糸線北部区間唯一の優等列車、急行「白馬」が当駅に停車していた昭和55年度は、糸魚川市史昭和編資料集によると年間乗降客数は95,671人、半分が乗車として一日平均推定乗車人員は約131人。
同資料によるとJR移行後の平成元年度の一日平均推定乗車人員は約73人。
こういう数字を見ていると、
「JR経営分離後も三セクで鉄路を維持汁!」
などと無責任な事はとても言えませんね・・・。
某壷では色々と勇ましい事をおっしゃる方をままお見かけしますけれど、キハに乗ってただ景色を眺めてはしゃぐのではなく、統計資料を読み実際に各駅に降り立って見聞してからモノ申していただきたいと少々苦言を呈させていただく次第。

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平岩駅駅舎の様子、2004年3月撮影。

平岩駅舎は建築財産票によると昭和31年11月の竣工。
当地は雪深い地ゆえ、冬季の工事は困難。
ゆえに次年度夏の開業を見据えて、積雪前の時期に駅舎をとにかく造り上げてしまおうという意図だったのかもしれません。
年が明けて工事を再開出来るのは4月になってからでしょうしね。
残り工期実質三ヶ月強の為にあれこれ手配する手間は避けたいところでしょう。駅舎はこれまで辿ってきた戦前竣工の頸城大野、根知、小滝各駅のそれとは一線を画する鉄筋コンクリート製です。
塗装もクリームとブラウンというシックな色使いです。
通好みの温泉玄関口に相応しい、玄人受けしそうなその外観なのであります。

駅舎内部は吹き抜けで、かつての有人駅にしては狭いです・・・。
登山や温泉にと、当駅を利用する観光客や山男が多かったであろう昔は列車が発着する度にこの狭い駅舎内は人でごった返し、時には外へ溢れ出てしまったのではなかろうか? 
そんな事を想像しつつ、今日只今の人気の無さに寂情こみ上げる初夏の夕刻なのでありました。

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平岩駅駅舎内部の様子、2009年6月撮影。
窓口と改札跡は板で塞がれていました。
ウィキペディアによると平岩駅は2002年3月23日に無人化されたとの事です。
私が取材目的で最初に当駅を訪れた一年ちょっと前の事であります。
室内には茶色の一人掛けベンチが北側と西側(駅舎正面の壁沿い)にそれぞれ四脚ずつ、西側のベンチ横に短めのベンチ。
ワンマン運転区間ゆえに自動券売機は未設置です。
トイレは駅舎北側に別棟であります。
水洗なのは流石観光地のお膝元ですが、洗面所の水の出がすこぶる悪かったのはいただけないところ。

平岩駅構内は駅舎よりも高所にあり、改札跡から入り階段を上り、その先の構内通路を通って島式ホームへ出ます。
2004年3月に訪れた時にはホーム両横に線路が健在で、くだんの階段前には「のりば案内」が掲示されていて、実際に一番=糸魚川行、二番=南小谷行として運用されてもいました。

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のりば案内が掲示されていた頃のホームとの通路、2004年3月撮影。

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2009年6月時点では旅館の案内のみ掲示。

2009年6月の再訪時には一番線は完全に撤去されてしまっていましたけれど、糸魚川-平岩間に区間列車が設定されている関係上、構内信号が存在していて運転上の要衝としての存在感を示しております。

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小滝駅方から見た平岩駅構内、2009年6月撮影。

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同じく北小谷駅方から見た平岩駅構内、2009年6月撮影。
大糸北線の他の駅とは風格が違いますな。

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同じく小滝方鉄橋を望む、2009年6月撮影。

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平岩駅に停車中のキハ52形気動車の首都圏色糸魚川行、2009年6月撮影。

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同じくキハ52形気動車の国鉄色南小谷行、2009年6月撮影。

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同じく雨の夕刻、平岩駅で折り返し待機中のキハ52形気動車首都圏色の糸魚川行、2009年6月撮影。
乗客は私一人でした・・・。

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雨の夕刻、駅北方の鉄橋を平岩駅に向けラストスパートする首都圏色キハ52、2009年6月撮影。

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北小谷方から見た平岩駅構内、2004年3月撮影。
列車交換機能が生きていた頃です。

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同じく小滝方から見た構内、2004年3月撮影。

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平岩駅を出発するキハ52形気動車の糸魚川行、2004年3月撮影。
キハ52が往くのは現在は撤去されてしまった線路上です。

なお旧一番線横の引込線は健在で、本線糸魚川方と繋がっています。
引込線のさらに横には貨物ホーム跡らしきものがあるのも駅鑑賞のポイントの一つと言えましょうか。

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平岩駅前通りの北側を見る、2009年6月撮影。
温泉の玄関駅にも関わらず、この日はタクシー待機は無し。
駅前通り(県道)は駅前に酒屋が一軒と駅舎北隣に郵便局が目を惹く程度です。

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県道を北に進みデンカの発電所を見ながら約500mで国道148号線に行き着きます、2009年6月撮影。

この辺りからの眺めが素晴らしく、南側を見れば大糸線の鉄橋と川向こうの温泉街の情景がまるで箱庭のよう。

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2004年3月撮影。

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2009年6月撮影。

北側に目を転ずれば、荒々しく切り立った岩山と大糸線のシェルターと発電所。
現代の幽山渓谷の面持です。

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2004年3月撮影。

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2009年6月撮影。

雨に濡れ色合いの薄れた夕刻のその情景は、山水画の世界といっても過言ではありません。
個人的には最も好みのロケーションの一つなのであります!

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川向こうのささやかな温泉街には、国道に行き着く手前の右手にある橋を越えて行きます、2009年6月撮影。
ただしこの橋を通過出来る車は3.5トンまで。
橋を越え大糸線の踏切を渡った先が姫川温泉の長野側になります。

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橋の上から見た大糸線の鉄橋、2009年6月撮影。

2004年3月訪問時は時間が無くて川向こうまで足を伸ばせなかったので、2009年6月の再訪が温泉街初訪問になりました。
さぞ鄙びて小ざっぱりとしたところなのだろうと期待して行ってみたのですが・・・、梅雨時で観光の端境期ではあるものの、あまりに人気が無くてうーむ・・・と絶句。
みやげ物店らしきところも軒並み閉まっておりましたしねぇ・・・。

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温泉街を回って大糸線鉄橋をくぐりつつ姫川を再度渡って平岩駅へ戻り、今度は県道を南側に進みます。

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平岩駅前通りの南側の様子、2009年6月撮影。
南側はすぐに家並も途切れて寂しい風景。
シェルターをくぐり抜け大糸線を左に見ながら進む事数分でホテルに
行き当たりますが、こちらは駐車場に観光客のものとおぼしき車も止めてあって川
向こうよりはまだ人気がありました。

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駅前通りを少し歩くと、風景はあっという間に鄙びていきます、2009年6月撮影。
周辺で最も著名なホテルですから、当たり前といえばそうなのですが・・・。
でも宿のロケーションとしては川向こうの方がグッときますけどねぇ・・・。
どっちへ泊まるかと問われれば、川向こうの方が個人的にはいいなぁ。
姫川と大糸線を見ながら雪見酒とでも洒落込めれば望外の喜び(笑)。

なお平岩駅-南小谷駅間には「小谷村営バス」の路線が設定されていますが、2009年当時は土日休日は全便運休で旅程組込みには注意が必要でした。
身勝手な来訪者としては、土日休日もせめて半分でも運行してもらえればと感じるところではありますけれど・・・。

参考資料
昭和55年10月改正平岩駅時刻表

昭和55年10月改正ダイヤより作成
赤字は急行列車
下り
列車名 始発駅 発車時刻 終着駅 備考
141D  - 06:29 糸魚川 当駅始発
121D 南小谷 07:09 糸魚川
123D 南小谷 08:03 糸魚川
125D 信濃大町 08:45 糸魚川
127D 南小谷 10:16 糸魚川
129D 南小谷 12:35 糸魚川
131D 南小谷 14:34 糸魚川
133D 南小谷 15:49 糸魚川
白馬 松本 16:39 金沢
135D 南小谷 17:20 糸魚川
145D  - 18:31 糸魚川 当駅始発
137D 南小谷 19:40 糸魚川
139D 南小谷 20:57 糸魚川
上り
列車名 始発駅 発車時刻 終着駅 備考
120D 糸魚川 05:24 信濃大町
122D 糸魚川 06:17 南小谷
124D 糸魚川 07:11 南小谷
126D 糸魚川 08:44 南小谷
128D 糸魚川 09:23 南小谷
130D 糸魚川 11:35 南小谷
白馬 金沢 12:34 松本
132D 糸魚川 13:42 南小谷
134D 糸魚川 14:36 南小谷
136D 糸魚川 15:49 信濃大町
144D 糸魚川 17:56  - 当駅終着
138D 糸魚川 18:29 南小谷
146D 糸魚川 20:47  - 当駅終着

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2010年2月11日 (木)

小滝駅(大糸線)

本日の駅紹介は大糸線・小滝駅。

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新潟県糸魚川市に所在する無人駅で、昭和10年(1935年)12月24日の開業です。
開業時の所在は西頚城郡小滝村で、小滝村は大糸線沿線の根知村(根知駅)や大野村(頸城大野駅)同様に、戦後の昭和29年6月1日をもって糸魚川町と合併して糸魚川市の一部となり今日に至ります。
小滝駅は開業から戦後の昭和32年8月14日まで、糸魚川駅からの鉄路の終点というポジションにあって、現在では「秘境駅」の一つに挙げられておりますけれど、成る程駅舎の造りや駅構内の佇まいには単なる過疎地域の駅には無い「格」の名残も見られるのです。

昭和55年10月改正の時刻表を見ると、糸魚川>-小滝間に朝一往復の区間列車が運行されておりました。
小判の時刻表で根知駅がはしょってある為に断言は出来ませんが、その頃は当駅での列車交換も見られたのかもしれません。
何しろ、その頃は当駅通過の急行「白馬」を含めて一日上下28本の旅客列車が走っていたのですから。
(現在は上下18本で通常はキハ52のワンマン単行)

糸魚川市史昭和編資料集によると、昭和55年度の小滝駅年間乗降客数は61,239人。
半分が乗車として考えると、一日平均乗車人員は約84人になります。
糸魚川統計要覧によると、平成19年度の当駅年間乗車人員は861人。一日平均2.4人です。
昭和55年度比で実に97%減!
平成15年度はそれぞれ1,914人、5.2人。
定期利用の年間乗車は平成17年度が1,614人で年間乗車人員の約84%を占めておりました。
平成19年度のそれは366人で、年間乗車人員の約43%です。
定期利用(すなわちほぼ学生)は激減しているものの、非定期客は逆に増えているのです。
後述するように駅近くに大糸線北部区間でも著名な撮影ポイントが存在する事、また駅自体が「秘境駅」として取り上げられるある種の知名度の高さが影響しているのでしょうか?

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小滝駅駅舎の様子、2009年6月撮影。

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糸魚川側から見た駅舎側面の様子、2004年3月撮影。

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駅舎正面の様子、2009年6月撮影。

建築財産票によると、小滝駅駅舎の竣工は昭和10年11月。
屋根の青が周囲の緑に色負けせずにその存在感は抜群。
正面からの駅舎内への見通しも良く、頸城大野駅舎と同系の造りでありながら、その印象は大きく異なります。
駅前広場は相応に広く、私が二度目に訪れた2009年6月の昼下がりにはここに車を止めて休憩中の方もいらっしゃいました。
周囲に車を止めて休める場所も無いようで、当駅駅前広場は国道を行き来するドライバーにとって格好の息抜きの場、休息の場なのでしょうか。

駅舎内は頸城大野や根知よりもこじんまりしておりますけれど、その分機能的な造りにも見えます。

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小滝駅駅舎内部の様子、2009年6月撮影。

当駅は昭和60年4月に無人化されたとの事で(→こちらを参照)、事務室から人気が絶えてもう四半世紀経つものの、恐らくは内装に手を入れてあるせいなのか個人的にはあまり廃れた印象は持ちませんでした。
ただまぁ、山峡の駅だけあって虫は多いです・・・
ハチもうろちょろしているので駅舎内ではなかなか落ち着けません。
南側の壁にそって古民家の縁側風の作り付けベンチと、旧窓口横に茶色の一人掛けベンチが4つあります。
ゴミ箱は置いてありませんので、当駅に降り立って撮影や探訪がてら飲食する際はご注意ください。
また自動券売機はありません。
トイレは駅舎南側に別棟であり、昭和57年9月の竣工とまだ新しい(とは言え築28年)のが意外です。
内部は小x2つと個室が2つ、トイレットペーパーは無く非水洗です。前述のドライバーがよく使うからなのか、あまり誉められた状態では無いですな・・・(後はお察しください)。

さて駅舎から構内通路を渡って島式ホームへ出ます。

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ホームから見た小滝駅駅舎、2009年6月撮影。

小滝駅構内は一面一線で、完全に停留所化してしまっています。

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草生した線路跡と構内通路、2009年6月撮影。

私が当駅を初めて訪れた2004年3月時点では、島式ホームの両方に線路が健在で、糸魚川方面から側線が分岐していて構内信号も残存しており、かつての行き止まり駅の雰囲気をまだまだ残していたものですが・・・。

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南小谷方から見た小滝駅ホームの様子、2004年3月撮影

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同じく根知駅方から見た小滝駅構内、2004年3月撮影。

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平岩駅方から見た初夏のホームと線路、2009年6月撮影。

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同じく根知駅方から見た小滝駅構内、2009年6月撮影。

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同じくホーム根知駅方先から望む、2009年6月撮影。
かつての信号の支柱とその先のカーブした鉄橋を望見。

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2004年3月撮影、まだ構内信号が健在です。

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小滝駅を語る上で欠かせないのが、ホームと姫川の中ほどにそそり立つ謎の柱。
2009年6月撮影。

県立図書館で小滝駅について資料を漁っていると、「戦時中は木材やパルプ材の出荷で賑わう」という記述に行き当たったのですが、うーむ、あるいはそれとこの柱は関係あるのではと。
木材を貨車に積み込むクレーンかなにかの支柱とか?
柱の北側(糸魚川側)の、現在は雑草に覆われている空間も、どうも貨物引込線跡臭く見えますし・・・。
あと考えられるのは、蒸機用の給水塔などの設備跡ですかねぇ・・・?
大糸線北部区間の終点が当駅だった当時、使われていた蒸機がC12であるならば、頸城大野から始まる勾配区間を考えると給水給炭設備は必要かなぁ・・・!?
でも糸魚川-小滝間って13.6kmしかないんですよねぇ・・・。
いくら小型のタンク機で途中勾配区間を越えてくるといっても、これぐらいの距離なら無補給で往復出来そうな気もしますが?

さて、駅舎を出て上り坂の道を進むと行き当たるのが国道148号線です。
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国道方面へ歩きつつ振り返って小滝駅駅舎を一枚、2009年6月撮影。
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駅前から国道方向を見る、2009年6月撮影。

糸魚川-根知間は国道148号線に設定された路線バスのフォローがあった大糸線ですが、根知-小滝-平岩間にはそれがありません。
公共交通機関は大糸線のみになります。

前述のように「秘境駅」の一つに数えられる小滝駅ですが、国道に出てすぐに発電所の事務所が隣にあるので、人跡稀というわけではありません。
国道脇にポッカの自販機があり、当駅周辺では唯一の飲料確保場所になります。
(500mlペットボトルがスーパー並みの¥100なのにはオドロキ)

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国道の糸魚川方から見る、左側が小滝駅になります。
2009年6月撮影。

国道148号線を糸魚川方向へ少し歩くと「夏中 ヒスイ峡」方面への県道が分岐しますが、地図を見るとこの県道を500m~1km入った辺りが旧小滝村の中心集落のようです。

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2009年6月撮影。

時間があればそこまで行って、山峡の旧村の佇まいに触れてきたかったのですが残念!
「ヒスイ峡」は小滝駅から3km程南にあって、糸魚川市の主要観光スポットです。
糸魚川から定期観光バスが設定されておりますが、パッと思い立って行くとなると、駅からテクテク歩く他ありません。
途中山道になる事から、駅からの所要一時間というところでしょうか。
滞在に一時間として三時間あれば往復してこれますな・・・。
トレッキング好きな身としては、クマやスズメバチと遭遇の危険性が少ない初夏の頃にトライしてみたいところです。
国道をもう少し進むと、前述の有名撮影スポットへ。

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小滝駅周辺一帯の様子、2009年6月撮影。

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トンネル直上から鉄橋を望む、2009年6月撮影。
キハ52がこの鉄橋をゴトゴトと進む光景を見られるのも、あと一ヶ月余りです。

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キハ52形気動車南小谷行が小滝駅に到着、2004年3月撮影


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国鉄色キハ52形気動車糸魚川行が小滝駅に停車中、2009年6月撮影

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首都圏色キハ52形気動車南小谷行が小滝駅に到着、2009年6月撮影

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2010年2月 6日 (土)

根知駅(大糸線)

本日の駅紹介は大糸線・根知駅。

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新潟県糸魚川市に所在する無人駅で、昭和9年(1934年)11月14日の開業です。
駅開業時の所在は西頚城郡根知村で、根知村は北隣の大野村(頸城大野駅所在)など周辺諸村と同様に昭和29年6月1日をもって糸魚川町と合併し、糸魚川市の一部となって今日に至ります。

糸魚川駅を出発後、頸城大野駅まではローカル色を次第に増しつつもまだまだ地方都市近郊の雰囲気を長閑に残す大糸線。
しかしその先は俄かに鄙びた山間の気配が俄然増してまいります。
そうして辿り着く地方都市近郊の完全なる最終点にして完全なる山間地域への入口、その端境がこの根知駅です。
大糸線北部区間では列車交換可能駅がかつては小滝、平岩、北小谷中土と存在しておりましたけれど、合理化と列車本数の削減で次々とその機能を奪われていった結果、当駅が糸魚川-南小谷間35.3kmにおいて列車交換可能な唯一の駅となってしまいました。

糸魚川統計年鑑によると、根知駅の年間乗車人員は平成19年度が4,184人(一日平均約12人)。
乗車人員の約88%は定期客(すなわち学生)です。
平成15年度が3,790人(約10人)、同17年度が4,656人(約13人)。
大糸線の新潟県内駅(姫川・頸城大野・根知・小滝平岩)の中では最も安定した利用実績と言えます。
他の駅は近年乗車人員が急減していますので。
とは言え、例えば平成元年度の当駅乗降客数は50,754人(糸魚川市史昭和編資料集より)で、単純計算で半分が乗車とすれば25,377人(一日平均約70人)です。
それから二十年を経ずして、実に2割にまで減ってしまっているのです・・・。

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根知駅駅舎の様子、2009年6月撮影。

建築財産票によると、駅舎竣工は昭和9年12月。
頸城大野駅同様、書類上は駅開業後の竣工になります。
建物の塗装に薄緑を使っているのは頸城大野駅と同様で、今ひとつ冴えのない色使いなのですけれど、正面の見付はこざっぱりしていて駅舎内部の様子もよく伺えるのは好印象。

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駅舎出入り口の上に掲げられた「根知駅」の木製の看板が渋くいい味出してます、2009年6月撮影。

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根知駅舎内部の様子、2009年6月撮影。
資料不足で当駅の無人化が何時だったのかは残念ながらわかりませんけれど、旧改札は有人時代そのままに残り、窓口跡も掲示板になってはいるものの頸城大野駅と異なってはっきり確認できます。
窓口跡の左側に、改札と同様にカーテンで締め切られたスペースがあるのですが、これは一体何の用途だったのでしょう(荷物取扱いの窓口?)。

なお自動券売機は未設置です。
なおトイレは駅舎の南隣にあり、小x2個と個室が二つ。
非水洗でトイレットペーパーはありません。

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駅舎内は吹き抜けで待合スペースは窓口の反対側にあり、南側の壁に沿って作り付け?の、古い民家の縁側のような長ベンチとその横に一人掛けの茶色いベンチが四脚。
地元の方の心遣いなのか、座布団が二枚置かれておりました。
2009年6月撮影。

清掃も行き届いていて小奇麗なのも相まって、嗚呼大糸線も沿線の方々に完全に見捨てられたわけではないんだとホッとさせられ、また心和みますです・・・。

駅舎の嵩上げを嫌った為なのか、ホームは駅舎の床面と同一レベルではなく高所に位置します。


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根知駅駅舎ホーム側の様子、2004年3月撮影。

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駅舎とホームの位置関係、2009年6月撮影。

相対式ホーム間は構内通路で連絡、駅舎側ホームが糸魚川方面、駅舎反対側が南小谷方面乗り場になります。
ホームの有効長は気動車三両分程度でしょうか。
南小谷方面ホームには待合室があり、こちらは昭和58年1月の竣工です。

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1番ホームの小滝駅方から見た根知駅構内、2009年6月撮影。

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同じく糸魚川側から望む根知駅構内、2009年6月撮影。

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1番ホーム脇の引込線に留置された保線?車両、2004年3月撮影。

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2番ホームの小滝駅方から見た根知駅構内、2009年6月撮影。
「松本方面」が懐古趣味者にはタマランところです。

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二番ホームの頸城大野駅方から見た根知駅構内、2009年6月撮影。

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2番ホーム待合室内の様子、2009年6月撮影。

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構内通路から見た根知駅構内、2009年6月撮影。

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県道踏切から見た根知駅、2004年3月撮影。

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同じく駅のクローズアップ、2009年6月撮影。

駅前は大糸線に並行する道路に面していて、周囲は小集落になっています。
ささやかな駅前通りには派出所と美容院がある程度で、飲食物確保は清涼飲料の自販機一台のみです。
駅前通りを北に少し進むと、踏切のある県道に出ます。
踏切手前を左に少し行くと国道148号へ。


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根知駅前の様子、2009年6月撮影。


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県道方向を望む、2009年6月撮影。


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県道から駅前通りを見通す、2009年6月撮影。


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国道南小谷側を望む、2004年3月撮影。

旧根知村の中心はこの県道を東南に3km進んだところにあり、大糸線・糸魚川-根知間をフォローする糸魚川バスのバス路線はこの旧根知村中心に向かいます。

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踏切の向こうが旧根知村中心地区、2004年3月撮影
ちなみに根知駅最寄のバス停は「根知新道」になります。

南側へは山間のか細い道、北側には短い鉄橋を渡ってすぐにトンネルへ。

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上が南側、下が北側、2009年6月撮影。

どちらの方向を見ても画になるロケーションでなおかつ列車交換駅。
駅舎とホームのやや特異な関係、小奇麗で過ごし易い内部。
周辺はそれなりの人気や地域の方々の地付きの生活感が見えながらも長閑で静か。
二本のホームに並び立ったキハ52が同時に去って行ってしまった後の、言い様の無い寂寥感・・・。
乗っても降りても眺めても味のあるこの根知駅。
キハ52が鉄路の名脇役だった頃はきっとこういう駅が多かったのでしょう。
そのキハ52が根知駅で行き違う光景もまもなく終わります。
近年にない大雪となった今冬、最後の行き違いも雪の中でしょう。
かつては今年程度の雪は珍しくなかった大糸線で、かつてはこの程度の雪をものともせずに駆け抜けてきたキハ52。
最後の冬に全盛期さながらの雪の轍・・・、去り往く往年の名脇役を惜しむ、白く輝く花道のようにも思えませんか?

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キハ52形気動車糸魚川行が早春夕刻の根知駅を出発、2004年3月撮影。


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糸魚川行との列車交換を終えて出発したキハ52形気動車南小谷行、2004年3月撮影。

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根知駅に停車中の首都圏色と国鉄色のキハ52形気動車、2009年6月撮影。

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