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2010年1月30日 (土)

頸城大野駅(大糸線)

本日の駅紹介は大糸線・頸城大野駅。

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新潟県糸魚川市に所在する無人駅で、開業は昭和9年(1934年)11月14日。
開業当時の所在は西頚城郡大野村で、大野村は昭和29年(1954年)6月1日をもって糸魚川町及び周辺村と合併し、糸魚川市となって現在に至ります。

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頸城大野駅駅舎とその周辺の様子、2009年6月撮影。

建築財産票によると、駅舎の竣工は昭和9年12月。
駅開業時は残部工事中だったという事でしょうか?
駅事務室も未だ残っている、しっかりした木造の駅舎はローカルムード満点ですが、外壁や屋根の色合いが薄過ぎて周囲のコントラストの効いた色彩にすっかり喰われてしまっているのが難点といえましょうか。
画像は初夏のものですが、背景の緑に完全に色負けて周辺の建物にも色負けで・・・。
冬に訪れた事は無いのですけれど、薄緑と白の駅舎は周囲の白一色に同化してしまって、何も知らない一般の訪問者には駅とは容易に認識されないんじゃないかと。
ごく一部の層のみの利用に限られ、輸送人員が下げ止まらない大糸線北部区間を象徴するような当駅の外観なのであります。

「糸魚川統計要覧」によると、平成19年度の頸城大野駅年間乗車人員は5,762人(一日平均約16人)。
平成17年度のそれは18,531人、約51人。
二年で七割近く減少してしまっています。
そもそも17年度の数字は糸魚川市内の大糸線駅(姫川根知小滝平岩)に比べて突出して多いので、そもそもこの数字が誤りなのでは?と勘ぐってしまうほどの減少です。
しかし17年度の数字がどうあれ、19年度の乗車人員数で当駅が糸魚川市内の大糸線駅中最多なのもまた事実です。
一日平均約16人の乗車人員で「最多」なのですから、沿線住民にとって大糸北線はその役割を終えているといっても過言ではないでしょう。
厳冬期でも、大糸線が運休していても道路はきちんと除雪され通行可能なのですから。

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さて駅舎内部は壁の南北方向にそれぞれ壁作り付け?の長椅子とJR西日本定番の一人掛け茶色ベンチ。
2009年6月撮影。

頸城大野駅を訪問したのは初夏ですが、出入り口が開けっ放しなので虫がうじゃうじゃ入り込んでイマイチ落ち着けません。
内部自体の清掃は行き届いていて綺麗に保たれているのですが・・・。
なお自動券売機は未設置です。
また資料によると昭和49年10月に無人化されたそうで、有人時代の窓口跡は只見線・越後広瀬駅同様に完全に塞がれ、駅舎内部に有人時代の面影を見出す事は出来ません。
駅出入り口は恐らく雪対策で上越線・塩沢駅のようなシェルター?状になっておりますけれど、駅舎内部の様子を外から見る事が出来ないので、建てた当時はともかく日本中が何かと物騒な今日では防犯対策上あまり宜しく無いのではと・・・。

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頸城大野駅駅舎の様子、2009年6月撮影。
塩沢駅のように相応に人がいる街中の立地で日中有人であればともかく、完全な無人で利用客も少なく周辺人口も少ない当駅の場合は・・・。

駅前広場はかつて有人で貨物取扱いをしていただけのある相応の広さ。
車数台分の駐車スペースがあります。
広場の根知方にはトイレと屋根付きの駐輪場。
トイレは男女共用で個室は二つ、トイレットペーパーは無く非水洗です。
内部はまぁ・・・こんなところでしょう(ご想像におまかせします)。
幸いな事に手洗いの水はちゃんと出ました。

駅周辺は半農半住の静かな佇まい。

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頸城大野駅の駅前広場から駅前通りを見る、2009年6月撮影。

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駅前通りの様子、2009年6月撮影。

糸魚川駅-根知駅間をフォローする糸魚川バスのバス路線が設定されている国道148号線から当駅まではやや距離がある上に一本道では無い為、初訪問の方は少々まごつくかもしれません。
同路線の頸城大野界隈は二つのルートに分かれていて、今では頸城大野駅前に立ち寄るルートが大半ですが、立ち寄らずに国道を直進するルートでは国道上の「大野駅入口」バス停が駅最寄です。

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頸城大野駅近くの国道148号線の様子、画像右側のバス停は糸魚川方面「大野駅入口」バス停、2009年6月撮影。

国道から駅へ向かう道の入口に昔ながらの雑貨店があり、私が見たところ当駅付近で口に入れるものが入手できるのはこのお店ぐらいしかありません。
飲料自販機が設置されており、またクッキーなどお菓子類が置いてありました。
姫川駅近くのセブンイレブンまで2km程ですが、そんなに歩きたくないという方はこのお店で当座のエネルギー補給を行うのが良いでしょう。

頸城大野駅構内は気動車3両分ほどのホームが一本のみ。
糸魚川寄りに旧貨物引込み線跡とおぼしきものがありました。
私が当駅を初訪問した2004年3月時点ではレールが本線と繋がっていて、保線車両らしきものが置かれていました。

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上が2004年3月、下が2009年6月の旧貨物引込線跡。

二度目に訪れた2005年6月にはレールは本線と繋がっているものの雑草で覆われ、三度目の2009年6月にはレールは完全に撤去されておりました。
今では残存する貨物ホームのみが、頸城大野駅華やかりし頃の記憶を辛うじてとどめております。

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国道から真っ直ぐ進んで行き当たる根知方の踏切から頸城大野駅を望む。
2009年6月撮影。
ご覧のように駅裏は田圃です。

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同じく踏切から根知方を見る、勾配区間の始まりを実感出来ます。
2009年6月撮影。

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根知駅方から見た頸城大野駅構内、2009年6月撮影。

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同じく姫川駅方から見た頸城大野駅構内、2009年6月撮影。

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2005年6月撮影、風格ある駅舎。上屋の造りにグッときます。

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2004年3月撮影、頸城大野駅に進入するキハ52形気動車南小谷行。

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2005年6月撮影、キハ52+キハ58系2連の臨時列車が頸城大野駅に進入。

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頸城大野駅に停車中の臨時列車。

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糸魚川へ向け出発する臨時列車。


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2009年6月撮影、頸城大野駅に停車中の首都圏色キハ52形気動車。

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