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2009年12月20日 (日)

西山駅(越後線)

本日の駅紹介は越後線・西山駅。

2017年3月20日記、画像貼り替えと加筆修正を実施しました。

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新潟県柏崎市に所在する無人駅で、大正元年(1912年)11月11日の開業です。
駅開業時の所在自治体については明記された資料を発見出来なかったのですが、かつて旧西山町と刈羽村に跨って二田村が存在した事(西山駅は刈羽村との境界近くにあります)と、駅至近に「二田小学校」が存在する事などを考え合わせると、刈羽郡二田村の所在ではなかったかと推測しているのですけれど、実際は如何に?
その後の合併で昭和34年に西山町が誕生、平成17年5月1日をもって柏崎市に編入されて今日に至ります。
なお田中角栄元首相の出身地が西山町(二田村)なのは皆様ご存知の通り。 さて西山と言えば触れずにはおけないのが油田の存在。
このエントリーを書くに当たり、県立図書館で西山町誌などを少し勉強してきました。
かいつまんで述べさせていただくと・・・
旧西山町域はかつて日本屈指の大油田地帯で、それは概ね五つの地域に分かれます。(中央、長嶺鎌田、宮川後谷、別山、石地)
この中で最大規模の油田だったのが長嶺鎌田で、越後線西山-礼拝石地間の北方(海岸側)に、線路に沿う形で存在していました。
西山駅に最も近い長嶺では明治29年に最初の油井から噴油、その後長嶺から東の地域でも相次いで噴油し、それらを総称して長嶺鎌田油田と呼ばれるようになります。
明治33年には柏崎の製油所とこの油田を結ぶパイプラインが完成。
明治38年には早くも油脈の枯渇が起こるのですが、深層堀りに着手して最初の油脈(地下200m前後)から80m前後下に二つ目の油脈を発見、さらに明治40年頃にはさらに下の三つ目の油脈(地下450m前後)に到達、再び勢いを取り戻します。
しかしこれも明治43年頃に油量減の兆しが見え始め、45年に日本石油がロータリー式掘削技術(今日最も一般的な油田掘削技術)導入で再度復活。
その華麗なる再復活の最中に開業したのが西山駅だったのです。
長嶺鎌田油田の産出量ピークは大正4年の年産55万石(およそ5500KL)で、西山駅は産出された原油の輸送で活況を呈し、各油田との専用線やパイプラインが引かれまた皇族や有名人、外国人技術者の往来も盛んな為に、駅舎にはそれらの人々用に一等待合室が設けられるほどだったといいます。
この時期はこの地域が日本を代表する大油田としてまさに輝いていたのです。
しかしその活況も長くは続かず、大正末期にはピーク時の半分弱まで産出量が低下してしまっています。
石油会社も新田開発の軸足を当地域より西方の高町油田(越後線刈羽荒浜間に並行)へ移してしまいました。
長嶺鎌田油田のその後については触れられていなかったので、どのような終焉を迎えたかは残念ながら定かではないのですけれど、新たな高町油田も地層がロータリー掘削に向いていた為乱掘状態に陥り、昭和5年の年間58万石をピークに以後急速に枯渇、昭和30年代末に事実上の終焉を迎えたとの事です・・・。
このような、かつては短いながらも燦然と輝く栄光の中にあった西山駅ですけれど、貨物輸送は昭和51年9月に廃止。
広々とした駅前広場と場違いなまでに広大な貨物線跡に当時の面影を残すのみです。
続西山町誌によると、当駅の昭和53年度乗車人員は一日平均約407人、
柏崎市統計年鑑によると平成20年度のそれは約40人。
油田が消え貨物も去り無人化され、29年間で8割以上の旅客が当駅から消えているのです。

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西山駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
建築財産票によると、駅舎竣工は平成4年12月25日。
小造りながらなかなか味のある、木の多用で温かみも感じられる建物です。

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西山駅駅前通りの様子、2013年6月撮影。
駅前広場に派出所があるので、治安面では上々の通りです。
ここから踏切まで建ち並ぶ民家の中には旅館を思わせる造りもあります。
西山町誌を見ると、昭和40年代初めまでは当駅の貨物取り扱いは活発で、旅客人員も現在の20倍以上でした。
その時期には旅館を営んでいた方がいるのかもしれません。

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西山駅を出て踏切を渡り、車が忙しく行き交う国道116号線に出ます、2012年6月撮影。
この界隈にはコンビニと第四銀行の支店が出店していて、隣の礼拝駅周辺に比べると利便性ははるかに上と言えます。
現在の駅利用者はおそらく礼拝駅の方が多いと思われますが、クルマでとなると話はまた別なのです。
またこの国道には越後交通運行の路線バス長岡柏崎線が通っていて、長岡、柏崎両駅に直接行ける他に越後線内の礼拝、西中通各駅への移動に使えます。
ただし駅前に直接乗りつけるわけではないので注意が必要。
刈羽、荒浜、東柏崎両駅に関してはバス停から少々遠いのが難点です。

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西山駅前広場の旧貨物線側を見る、2013年6月撮影。
この時点では跡地の活用はほとんど行われておらず、廃線跡の寂寥感が漂っています。
駅前広場が大きいだけに、その感は他駅のそれよりも強いのです。

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西山駅駅舎内部の様子、2012年6月撮影。
ベンチが退色した朱色の長物ベンチからJR東日本定番型に更新された以外は、前回訪問の2006年10月時と変化無し。
この時点では自動券売機、乗車証明書発行機共に未設置です。

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1番ホームの礼拝駅方から見た西山駅構内、2012年6月撮影。
6月上旬の夕方5時過ぎの西日で画像はまっくろけなのが極めて遺憾。
駅舎や駅前広場を撮るのは午後、駅構内を撮るのは午前が順光なので、次の訪問は午前中じゃないとあきませんなぁ。

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1番ホーム端から礼拝駅方を見る、2012年6月撮影。
古い時代に作られた駅の常として、西山駅構内のホーム配置もやはり千鳥型。
画像左側がかつての貨物線跡です。

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かつての貨物線跡の様子、2005年5月撮影。
2012年6月訪問時には雑草に埋もれかかっていましたが、この当時はまだしっかりと残っていました。
線路保守の待機にでも活用されていたのかも。

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西山駅1番ホームの駅舎と跨線橋の位置関係、2012年6月撮影。
トイレは建物の左手にあり、この時点では男女兼用で妙法寺駅のような洋式化による簡易バリアフリー化は行われていませんでした。
上屋は駅舎の庇部分だけで、その趣はローカル線の駅そのもの。
石油の出荷で賑わい、また越後線唯一の急行列車「ひめかわ」の停車駅であった栄光の時代も遠い昔の話です。
なお当駅は列車交換駅ですが、交換の無い場合の列車発着は1番ホームになります。

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駅舎前から振り返って、構内の礼拝駅方を見通す、2012年6月撮影。
この時点では現在のホームの有効長を示す黄色の太線はまだ引かれていません。

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1番ホームの刈羽駅方から見た西山駅構内、2012年6月撮影。
1番ホームの跨線橋出入り口はホームの丁度中程に置かれています。

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1番ホーム端から刈羽駅方を見通す、2012年6月撮影。

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西山駅跨線橋内部の様子、2012年6月撮影。
国鉄時代の小駅の跨線橋として標準仕様です。

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跨線橋上から西山駅構内礼拝駅方を見る、2012年6月撮影。
画像左上の空き地がかつての貨物線跡です。
現在の2本の線路の間には中線が2本ぐらい引かれていたような空間が。

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同じく刈羽駅方を見る、2013年9月撮影。
画像左側の2番線は雑草がはびこり廃線のような様相ですが、しっかり生きていますので念の為。
2017年3月改正ダイヤでは1日五回の列車交換が行われていて、越後線南部区間の列車交換駅4駅(寺泊小島谷出雲崎、そして当駅)の中では最も交換回数が多いのです。

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西山駅2番ホームの跨線橋出入り口廻りの様子、2012年6月撮影。
ホームの中程にある1番とは異なり、刈羽駅方の端に置かれています。

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跨線橋手前から見た西山駅2番ホームの様子、2012年6月撮影。
こちらには上屋は無く、小さな待合室があるだけです。

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西山駅2番ホーム待合室内部の様子、2012年6月撮影。
建築財産票によると昭和47年9月の完成。
列車が入ってくるのは1日五回のホームですが、待合室内のベンチはしっかりJR東日本定番型に更新済みなのは律儀な事と言えましょうか。

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2番ホームの礼拝駅方から見た西山駅構内、2012年6月撮影。
画像左側のすぐ向こうには国道116号線が通っているので、この2番ホーム側に出入り口を設ければ、これまで踏切を渡って大きく迂回して駅にやって来る利用者には大いなる福音になると思うのですよ。

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刈羽駅方の踏切から見た西山駅構内、2012年6月撮影。
画像両側の出発信号、これこそが当駅が寂れた停留所ではなく今もなお停車場である何よりの証なのです。

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115系電車柏崎行が秋風爽やかな西山駅2番線に到着、2013年9月撮影。
この後1番線に入る吉田行との列車交換です。

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西山駅1番線に進入する115系電車吉田行、2013年9月撮影。
前述したように当駅構内を撮影するのは午前中がベストなのですけれど、この時は列車交換の様子だけ撮影して吉田行に乗車して移動というスケジュール。
今考えれば、しばらくここに居て構内撮影をすればよかったなぁと少々反省。
その時はベストな判断と思っても、後々後悔するのはよくあることです。
特に越後線南部区間のような過疎路線では。

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