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2009年12月13日 (日)

入広瀬駅(只見線)

本日の駅紹介は只見線・入広瀬駅。

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2016年2月28日記、画像追加と一部加筆修正しました。

入広瀬駅の駅名標

新潟県魚沼市に所在する有人駅で、昭和17年(1942年)11月1日の開業です。
開業当時は北蒲原郡北魚沼郡入広瀬村の所在で、その後平成16年11月1日に周辺町村と合併して魚沼市の一部となり現在に至ります。

かつて只見線唯一の急行として異彩を放っていた「奥只見」も停車していた入広瀬駅ですが、その「奥只見」が昭和62年11月末に実質廃止になってしまうと、特段な華やぎもない一ローカル駅に変わってしまいました。

入広瀬駅を行き来する定期列車も当時の急行を含め一日7往復から現在は5往復の寂しさです。
資料によると、貨物取り扱い廃止は昭和51年9月(近隣の有人駅・越後広瀬越後須原両駅も同時期)、国鉄職員の配置が無くなり委託駅化されたのは昭和56年4月の事でした。
2008年度の一日平均乗車人員は31人!で、JR東日本新潟県内有人76駅中最下位。
前年度限りでそれまで最下位独走だった、同じく只見線の大白川駅が無人化された為に繰上げ?で当駅が最下位の座に着く事となってしまいました・・・。
ブービーは越後須原駅ですがその乗車人員は61人で当駅の約二倍。
周辺人口の差を考えると、当駅の最下位は残念ながら揺るがないものと思われます。
なお資料によると昭和50年代半ばの一日平均旅客は310人。
おそらく乗降の総数でしょうから、乗車人員は150~160人程でしょう。
単純計算で一列車当たり当時10人強(上下14本)、現在は3人強(上下10本)。

入広瀬村時代は村の玄関口として、確かに有人駅の意味もあったでしょう。
しかし広域合併された現在、有人駅であり続ける意義も正直・・・。
当駅最大のお得意様であろう小出以遠の高校に通学する学生の定期券は、越後須原駅で購入出来ればいいわけで。
駅と合築の「雪国観光会館」の管理の問題があるでしょうから、利用実態のみを取り上げて無人化云々は中々言えないのかもしれませんけれど。

追記
入広瀬駅はその後2010年4月1日付で、越後須原駅と共に委託解除されて無人化されました。
この2駅の無人化で、只見線・小出-只見間は両端の小出只見両駅以外全て無人駅となりました。

入広瀬駅駅舎
入広瀬駅駅舎の様子、2006年9月撮影。
駅舎は大きく立派な構えですが、それは前述した「雪国観光会館」との合築ゆえの事。
無人化された現在、会館の管理はどうなっているのでしょうか。

入広瀬駅駅舎内部その1
駅舎内部の様子、2008年4月撮影。
向かって右側が窓口です。
左側は只見線の写真や旧駅名票、特産物の展示空間です。
ここの当駅及び只見線関連展示を見ると、旧駅舎の取り壊しは昭和63年11月14日。
現駅舎竣工はその直前と思われます。

入広瀬駅駅舎内部その2
撮影した2008年4月時点で、雪国観光会館内で入広瀬駅としての設備は窓口と赤いベンチ2脚。
待合スペースには冬季はストーブが置かれていますが、ここでの長時間の滞在は少々厳しいかもしれません。
雪国観光会館としての設備は一階奥にある「作業体験ルーム」とその手前のトイレ(男女別、水洗で綺麗です)の向かいにある「土人形展示ルーム」、二階に入広瀬村の歴史展示館。
「作業体験ルーム」は昔の当地区の家屋内が再現されていて、様々な民具や農器具も展示。
「土人形展示ルーム」は昔、当地域でひな祭りに飾ったという土人形の展示。
歴史展示館はその名の通りの展示、鉄ヲタ的には旧駅舎時代の駅名板が要チェックかと。
率直に言えば、ただ並べているだけで面白味はあまり・・・。
二階の展示館などは、村や北魚沼郡に関する資料や本を復刻コピーでもして閲覧できるようにすればいいのではと。
展示されている文書をガラスケース越しに見せられてもねぇ・・・。
村について観光客により良く知ってもらおうと思ったら、そのぐらいの手間はかけてしかるべきじゃないかなぁと。

入広瀬駅の旧島式ホームその1
駅舎側から見た構内の様子、2004年7月撮影。
当駅構内は一面一線で、かつては列車交換設備を持つ島式ホームでした。
昭和55年改正ダイヤ時点で、只見線・小出-只見間の定期旅客列車交換駅は越後須原駅と大白川駅に集約されており、その改正で貨物列車が全廃されていることから、当駅の交換設備は当時健在であったとしても除雪待機やダイヤ調整のみだったのでしょう。

踏切から見た入広瀬駅構内その1
只見方の踏切から見た構内、2008年4月撮影。
後背の巨大な山塊がのしかかってくるような威圧感を見せます。

踏切から見た入広瀬駅構内その2
小出方の踏切から見た構内、2004年7月撮影。

入広瀬駅の旧島式ホームその2
旧島式ホームの小出方から見た構内、2004年7月撮影。
除雪用具置き場を兼ねたホーム上の待合室は、建築財産票によると昭和17年10月の竣工。
駅の誕生から今日まで見守り続けた古強者、豪雪に耐え抜く為の屋根の補強柱が重々しく存在感を見せています。

入広瀬駅の旧島式ホームその3
ホーム端から小出方を見る、2004年7月撮影。
右側の横取線はモーターカーの車庫と繋がっています。

路上から見た入広瀬駅構内その1
路上から見た入広瀬駅構内その2
線路と並行する道路から見た構内、2004年7月撮影。
只見線のこの界隈定番の、旅客車三両分ほどの小さなホームに比べて駅舎がいかに巨大かがよくわかります。

入広瀬駅を出発するキハ40系気動車
入広瀬駅を出発する夕刻のキハ40系気動車会津若松行、2004年7月撮影。
只見線が事実上分断された今日では最早見られない、「会津若松」の表記が。

小出保線区入広瀬休けい所
駅舎の反対側にある青い屋根の「小出保線区入広瀬休けい所」、2006年9月撮影。
冬ともなれば、除雪要員の一時の憩いの場となるのでしょうか。

さて駅を出て左に少し進むと、バス路線が設定されている県道に出ます。

入広瀬駅前
駅舎から駅前通りを見る、2008年4月撮影。

駅前から見た入広瀬村
駅前から望む旧村の風景、2008年4月中旬の風景。
四月中旬の様子ですが、田んぼにはこのように残雪が。

旧入広瀬村の中心地区
県道を左に進み破間川を渡った前後が当地区のメインストリート。
2008年4月中旬の風景。

村内を流れる破間川その1
村内を流れる破間川その2
橋から見た破間川の流れ、2008年4月撮影。

黒又ダム放流による増水注意喚起の看板
5kmほど上流の黒又ダム放流による増水注意喚起の看板。
2008年4月撮影。

県道沿いにはAコープと小さな旅館が目立つ程度です。
県道を右に300mも行くと国道252号線に出ますけれど、見通せる範囲では何もありません。

旧入広瀬村内の国道252号線
国道252号線只見方面の様子、2008年4月撮影。

県道を小出方向に少し進むと右手にあるのが「鏡ヶ池」、
駅からの距離約1km。
私が行った2008年4月中旬はまだ残雪もあり冬から春の端境期といった趣で、その風景も地味そのものに静まりかえっておりましたが・・・。

鏡ヶ池

ただ湖上レストランがあるぐらいですから、新緑の頃には風景も生き生きと様変わりして憩う人も多いのかもしれません。

入広瀬駅へのアクセスは只見線と南越後観光バス運行の路線バス小出-穴沢・大白川線です。
穴沢というのは前述したメインストリートの旧村役場の辺りで、駅への最寄バス停は一つ手前の「入広瀬駅前」になります。
バスは只見線より本数が多く、列車の走らない時間帯もフォローしていて使い勝手は中々良し。
入広瀬地区と大白川駅前経由大白川本村を結ぶ「入広瀬地域市営通学福祉バス」は、当駅を最後に訪問した2008年4月時点では2008年度ダイヤが貼られていましたけれど、大白川駅を訪問した今年(2009年)7月時点では、大白川駅前バス停の時刻表には南越後観光バスのダイヤのみでした。
バス停にダイヤが載っていない点、バス停の行き先表記が南越後観光バスのもののみという点を考え合わせると、少なくとも一般利用可能な形態での通学福祉バス運行は現在行われてはいないのではないかと。
ネットで調べても確たる情報は見当たりませんし・・・。
只見線入広瀬-柿ノ木-大白川間を公共交通機関を利用してウォッチする際は、通学福祉バスは当てにせずに計画を立てた方が吉でしょう。

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コメント

「開業当時は北蒲原郡入広瀬村の所在で・・」となっておりますが、魚沼市合弁前は、「北魚沼郡入広瀬村」かと思います。

投稿: すー | 2016年1月 4日 (月) 14時01分

すーさん、ご指摘ありがとうございました。

投稿: みさっち | 2016年1月10日 (日) 12時11分

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