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2009年11月20日 (金)

北長岡駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・北長岡駅。

2017年2月18日記、駅舎改築関連記事を加筆しました。

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新潟県長岡市に所在する無人駅で、大正4年(1915年)11月1日の開業です。
当駅の所属する信越本線・長岡駅-一ノ木戸駅(現・東三条駅)間は明治31年(1898年)に開通しており、それから17年後、隣の押切駅に遅れる事14年でのようやくの開業でした。

鉄道がこの地に通った時、当駅一帯は一面の田畑で需要を見込めず、停車場の設置は検討さえされなかったそうです。
その後明治の末になって付近に鉄工所や製紙工場が進出、その従業員向けに宅地化も進められてようやく停車場設置の機運が高まり、駅設置にこぎつけたとの話。
まず工業地帯化、それに伴う人口増をテコに鉄道を呼び込む方式は、貨物の占める割合や重要度が今日とは比較にならない程高かった当時の鉄道にとって、さぞ駅設置請願の「殺し文句」だったのだろうと推察する次第。
隣の押切駅は駅誘致に当たって地域が色々と努力しておりますけれど、当駅に関してはそのような話には行き当たりませんでした。
貨物需要の爆発的増大で、自治体や住民主体ではなく鉄道主体で話が進んだのでしょう。
実体経済が強いと、足元を見られる事無く美味しい話が舞い込んでくるという訳です。

なお当駅開業当初の名称は「城岡駅」で、当駅周辺の地名から取っております。
戦後の昭和26年に現在の駅名に改称しましたけれど、個人的には「城岡」の方が情緒が感じられて良いんですけどねぇ。
長岡駅の威勢にあやかろうと改称したのかもしれませんけれど、外部から見ると、当駅のような立地の駅名に中心駅の名前プラス東西南北が付くと、それだけで付属物臭漂うというか市街地外れの寂しさ漂うというか・・・個人的にはあまり好ましい印象を持たないのは確かです。
北長岡駅はその後、昭和45年10月に当駅設置の主因となった製紙工場への専用線以外の貨物取り扱いを貨物専用の南長岡駅(長岡宮内間に所在)に移しております。
その後国鉄貨物輸送の合理化に伴い、専用線取り扱いは昭和60年3月に廃止、翌年11月には委託駅化、時期は不明ですが平成に入って無人化され、今日に至ります。
平成20年度の長岡市統計年鑑によると、平成19年度の北長岡駅年間乗車人員は167,400人で単純計算すると一日当たりは460人。
近年まで有人駅だった隣の押切駅よりも多く、現在も有人でかつての急行停車駅の来迎寺駅と同じ数字です。
新潟県高校野球の強豪校・中越高校の最寄り駅なのが大きくプラスしていると思われますね。

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北長岡駅駅舎の様子、2015年12月撮影。
建築財産票によると平成26年10月4日の完成。
近年の県内改築駅舎に共通したデザインです。
実用本位の建物ですが、およそ観光には縁の無い日常の営みと地続きの当駅ゆえ、妙に気張ったモノよりもこの方が周囲の雰囲気に合っていると思います。
許容積雪量は250cmで、近年の小雪傾向からすると過剰なのではと感じるところですが、異常気象の今日、いつお天道様が牙を剥くかわかりませんしねぇ。
また駅舎の向こうに見える跨線橋の外装にも手が入れられていて、色も鮮やかに塗り直されています。

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北長岡駅駅前通りの様子、2015年12月撮影。
駅舎は新しくなっても周囲は以前のままの工場と宅地が混在する風景。
駅前広場は広く、月極駐車場にもなっていてます。
タクシーが一台待機しておりました。
広場はなんとはなしにルーズな感じで、広大さゆえのとりとめの無さがあるのです。
駅舎改築と同時に広場をロータリーに改良すれば、もっと秩序立った印象になって見栄えもすると思うのですよ。
この通りをざっと300mも進めば、そこは国道352号線。
国道には、越後交通運行の長岡駅前-分水小島谷各駅前、寺泊駅経由寺泊中心街間のバス路線が設定されております。
新潟方面から鉄道で来てこれらバスに乗り換えの場合、在来線は北長岡駅下車、北長岡駅角バス停乗車の方が乗り換えの時間的余裕があったりするのはちょっとした豆知識です。
越後線南部区間は日中は過疎ダイヤで、正攻法で訪問するのはなかなか難しく、分水駅や寺泊駅訪問にはバス利用の方が利便性が高いのです。

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北長岡駅駅舎内通路の様子、2015年12月撮影。
ご覧のように自動券売機と簡易suica改札機が鎮座。
画像奥が跨線橋出入り口、待合室は画像右側、男女別のトイレは画像左側です。

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待合室内はベンチが15脚、2015年12月撮影。
今や無人駅でも、利用の多い駅はこういうモダンな待合室の時代なのですよ。
これを見ると、改築で待合室が無くなってしまった湯檜曽駅って、どんだけ利用が少ないねんと考え込んでしまいますなぁ

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待合室の反対側の奥まったところがトイレと飲料自販機の空間です、2015年12月撮影。
旧駅舎時代は飲料とお菓子の自販機が三台置いてありましたけれど、今日では目立たない位置に飲料用が一台きり。

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北長岡駅の旧駅舎、2012年5月撮影。
三角屋根と上屋がなかなかいい感じの建物でした。
建築財産票によると昭和21年3月完成でしたが、この駅舎は建築財産票がもう一つあるのが面妖でした。
二つ目のそれによると、竣工は昭和42年3月。
増築した部分があってそれの事を指しているのかはたまた・・・?
なお許容積雪量はどちらも80cm、こちらは非常に控え目で、現在はともかく開業当時の厳冬期は大丈夫だったのかと心配になるほどです。
戦後まもなくの竣工という事で、無駄を極力省いた節約設計の産物だったのでしょうか?
色々と謎の多い建物でした。
下の画の右側に建っている石碑は、駅開業記念碑です。
改築後の駅前からは撤去されてしまいました。
せっかく先達の建てた碑なのですから、そのままにしておけばいいのに。

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北長岡駅旧駅舎内部の様子、上は2006年10月、下は2012年5月撮影。
広大な内部はガランとしていて少々荒れた感じ。
下の画の時点ではベンチも撤去されてしまって、いよいよ末期的だなぁと寂寥感が湧き上がりましたっけ。
当時、周辺にコンビニが無かった当駅、駅舎内のお菓子の自販機が女子諸君の御用達であったことは容易に想像できるところです。

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旧駅舎末期の内部の様子、2014年5月撮影。
2006年10月訪問時には陶芸屋(陶芸教室と注文及び展示販売)が入っていた旧事務室が撤去されて新駅舎の工事が行われています。
間もなくここも解体という時期に、ようやくベンチが置かれていました。

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旧駅舎の跨線橋出入り口側の様子、2005年9月撮影。
画像左側にトイレの出入り口が見えます。
水洗式で綺麗なトイレでした。
利用する学生諸君には、大便器をわざと詰まらせて茶色い水で床を水浸しにするような悪童はいなかったようですな。

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駅舎と島式ホームを連絡する跨線橋内部の様子、上は2014年5月、下は2015年12月撮影。
駅舎改築に合わせてなのか、通路の駅舎側の壁のみがリニューアルされています。
今でもこの中途半端さのままなのか、それとも全面リニューアルをしたのか。
どうせなら当駅も橋上駅舎化してしまえば、駅舎とこの跨線橋の更新が一度に出来るのにと素人の私はく思うところです。
駅の反対側は宅地になっていますけれど、あの辺から駅まで来るには大回りで踏切を渡ってこなければならないのです。
まぁそうしなかったのは駅裏を流れる川の存在がネックになったのだろうとは思いますけれど。
橋上化すると線路と川を跨がなければならなくなって、その分おカネが要りますしね。

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跨線橋上から見た北長岡駅構内の押切駅方、2015年12月撮影。
画像左側は上越新幹線の高架。
新幹線は長岡駅を出発後、当駅の少し先まで信越本線と並走しています。

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同じく長岡駅方の様子、2012年5月撮影。

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ホームから見た北長岡駅の駅舎、上は2005年9月、下は2015年12月撮影。
改築駅舎のコンパクトさがよくわかります。

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島式ホームの跨線橋出入り口付近の様子、2012年5月撮影。
出入り口は長岡駅方に偏った配置なので、ホームの押切駅方の端までは200mほど歩かねばなりません。
新幹線高架の間からにょきっと突き出している、味のある昔ながらの跨線橋。
これが当駅構内最大の見所と言えましょうか。

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跨線橋出入り口からホームを見通す、2012年5月撮影。

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島式ホームの長岡駅方から見た北長岡駅構内、2012年5月撮影。
このホームは前後非対称になっていて、下り側(押切駅方面)は上り側(画像右側)が突き出している形です。

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ホーム端から長岡駅方を見通す、2012年5月撮影。

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ホームの上屋は長大で、ざっと列車五両分はあります、2012年5月撮影。
しかしその長さと新幹線の高架の為にコントラストがきつく、駅撮りに適しているとは申せません。

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島式ホーム上の待合室内部の様子、2015年12月撮影。
建築財産票によると昭和48年11月の完成。
内部は広いものの、ご覧のようにベンチが少ないのは旧駅舎内と同じ。
学生諸君は若者らしく立って待ちなさいという教育的見地からでしょうかね。

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島式ホームの押切駅方から見た北長岡駅構内、2012年5月撮影。
当駅の場合、駅撮りはこちら側でするのが望ましいでしょう。

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同じく押切駅方を見通す、2012年5月撮影。

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北長岡駅2番線に停車中の115系電車長岡行、2012年5月撮影。

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北長岡駅2番線を通過する485系電車国鉄特急色の快速「くびき野」新井行、2014年5月撮影。
このような島式ホームで通過列車を撮影するのは少々危険で宜しくないのです。
運転士の方にも余計な気を使わせてしまいますしね。

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