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2009年11月22日 (日)

岩船町駅(羽越本線)

本日の駅紹介は羽越本線・岩船町駅。

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2018年6月24日記、画像の入れ替えと加筆修正を実施しました

岩船町駅の駅名標

岩船町駅は新潟県村上市に所在する無人駅で、大正3年(1914年)11月1日の開業です。
開業当時の所在は岩船郡西神納村ですが、それなのに隣町の岩船町(現在は村上市の一部)の名を名乗っているのには、それなりの理由があります・・・。

この地域に駅を置く事は、鉄道敷設計画当初から決まっていた事でした。
海運で賑わう岩船港の最寄で、貨物輸送では相応の需要が見込めたからと推察されます。
当初計画では、駅設置は現在位置より1km強北方の岩船町八日市地区でした。
ここなら港から1km強、専用線を引く事で海運との連絡もうまくいった事でしょう。
旅客についても人口集積地の町中心部の至近で、地域の中心・城下町村上と直接結ばれる事のメリットも大きかったと思われます。
(この案が通っていたならば、羽越本線の平林駅-岩船町駅-村上駅間は現在の直線ではなく、当駅を頂点とした二等辺三角形状になっていた事でしょうね)

しかし、いざ実地測量にかかってみると、駅設置予定地区周辺は海抜ゼロメートルの沼地で地盤の状態は最悪・・・。
港(つまり海岸)まで1km強しかない町の縦深性の無さでは他に代替地が無く、町は止む無く南隣の西神納村に駅用地斡旋を依頼したそうです。
当時の各地での鉄道誘致熱を考えると、話を持ってこられた村はコレ幸いと自分たちに都合のいい場所に置くように色々と画策しても不思議ではありません。
しかし西神納村はそんなえげつない事はしませんでした、村は岩船町に少しでも近い小口川地区の土地(現在の駅)を駅設置用に準備。
鉄道側はそれを受け、恐らくは駅名を巡って町と村が揉める事が無いように、土地の名前「小口川」をそのまま駅名にしようと考えます。
ところが町と村の双方が駅名を町名にするように、当時の鉄道院総裁に直訴するまでして嘆願、結果駅名は現在の「岩船町」に落ち着いたとの由。
西神納側とすれば、この地域で村上に次ぐ力を持つ町と争うよりも、その知名度を利用した村造りが得策と考えたのかもしれません。
海運で既に潤っている岩船が、鉄道駅の名前による新たな効果をプラスしてますます発展すれば、その余禄を村が頂戴する事も有り得ます。
町は駅用地と駅名の件で村に借りがありますから、村への様々な配慮が欠かせないのも容易に想像のつく事です。
己の力量を知り、あえて名を捨てて実を取る・・・それが西神納村の生き方。
村の決算書は果たしてどのようになっていた事でしょう?
なお西神納村は昭和30年に近隣二村と合併して新村の神林村の、岩船町は昭和29年に村上町他三町村と合併して、新自治体の村上市のそれぞれ一部になり、平成20年4月に村上市と神林村他三町村が合併して現在の「新」村上市へ至ります。

さて、こうして開業した岩船町駅は、岩船の海運とうまく連携して、昭和初期までは貨物取り扱いで村上駅を凌ぎ、その後次第に衰退しつつも海運との連携は太平洋戦争直前まで続いたとの事です。
戦後は海運の衰退とモータリセーションの波を受け、駅の機能は順次削減。
ウィキによれば貨物取り扱いは、羽越本線全線電化完成と時を同じくして昭和47年(1972年)9月に廃止。
当時の国鉄新潟鉄道管理局の営業近代化施策の一環で、この時期に需要の小さい貨物取り扱いが一気に廃止されておりますけれど、当駅のそれもバッサリ斬っても構わないレベルにまで落ち込んでしまっていたのでしょうね。
一時の繁栄とその後の凋落の早さ・・・以前紹介した北陸本線・親不知駅のケースと重なります。

岩船町駅駅舎と駅前広場
岩船町駅駅舎と駅前広場の様子、2017年5月撮影。
建築財産票によれば駅舎は昭和55年12月竣工で、許容積雪量は120cm。
当駅は海岸地域に属するゆえ、近年よりも積雪量が多かった駅舎竣工当時でも積雪1m越えは滅多に無かったと考えられます。
かなり余裕を見ての設計ではないでしょうか。
画像右手は上屋付きの駐輪場で、駅開業百周年記念事業で整備されたもののようです。
以前は駐輪場に上屋は無く、自転車は野ざらしだったので利用する学生諸君には大いなる福音と言えましょう。

横から見た岩船町駅駅舎
駅舎のサイドビューはこんな感じ、2017年5月撮影。
トイレは建物の左端のドアが出入り口で、内部は昔のまま。
近年の無人駅トイレバリアフリー化の波は当駅にはまだ及んでおりません。
せっかくの百周年記念なのですから、トイレの面目も一新すればよかったのにと無責任な部外者は思うところです。
しかしその場合、地元負担はどれぐらいの比率になるのやら。
また画像右手には駐輪場が綺麗に整備されています。
以前のあの辺りは雑草の生えた砂利地で秩序の無さを強く感じさせたところです。
こうしてきっちり整備されると、駅の印象が一気に秩序立って見えて良いのです。
荒廃した駅は防犯上問題が生じかねませんしね。

駅前広場の岩船町駅開業百周年記念碑
駅前広場の駐輪場の反対側には、岩船町駅開業百周年記念碑が建立されました、2017年5月撮影。

駅前通りの様子
駅前通りの様子、2017年5月撮影。
周辺は宅地で、旧神林村役場や野球場が至近に所在しています。
駅周辺にコンビニや食堂等は無く、店の利用には後述の踏切を渡って国道7号線に出なければなりません。
駅から国道までの距離は約500mといったところ。

駅前の古びた農業倉庫
駅前通りには古びた大きな農協倉庫が目立ちます、2008年4月撮影。
前述の当駅貨物栄光の時代にはこの倉庫群もさぞやフル回転だった事でしょうね、兵どもが夢の跡。

新潟交通観光バスの「岩船駅前」バス停
駅前通りに立つ新潟交通観光バスの「岩船駅前」バス停、2017年5月撮影。
このバス停から村上営業所まで一日2本が運行されていますが、いずれの便も夕方で内1本は土休日運休。
残念ながら鉄道補完としては使えません。

岩船町駅駅舎内部の様子その1
岩船町駅駅舎内部の様子その2
岩船町駅駅舎内部の様子、2017年5月撮影。
自動券売機が新型に更新されているのが、以前との唯一大きな変更点です。
ここ二年ほどの無人駅用簡易券売機の更新に当たっては、券売機から乗車証明書発行機への格下げという事例が見られますけれど、当駅の場合はこうして無事更新されたところを見ると、定期外旅客もそれなりに存在するという事なのでしょうね。

岩船町駅駅舎と跨線橋出入り口
駅舎と跨線橋の位置関係、2017年5月撮影。
羽越本線の新潟県内区間で駅舎とホームが分離した構内配置になっているのは、当駅と月岡駅、加治駅、金塚駅、平木田駅です。

岩船町駅の跨線橋内部
跨線橋内部の様子、2013年4月撮影。
国鉄時代の無人駅仕様で、窓は左右共固定式。
私のような俯瞰マニアにとっては残念無念なのであります。

跨線橋上から構内の村上方を見る
跨線橋内部の高所の窓に目一杯腕を伸ばして、構内の村上方を見る、2013年4月撮影。

島式ホーム上から見た岩船町駅駅舎
島式ホーム上から見た岩船町駅駅舎、2013年9月撮影。
駅舎から跨線橋出入り口まで上屋を架けておけば、利用客は傘を差さずにホームと行き来できるのに。
この辺りも開業百周年記念で実施してほしかったところです。

岩船町駅構内その1
島式ホームの村上方から見た岩船町駅構内の様子、2017年5月撮影。
駅舎とホームが分離している構内配置の駅の常として、跨線橋出入り口が偏って置かれているためにホームは実際以上に長大に見えます。

岩船町駅構内その2
島式ホームの村上方からホームの端部とその先を見通す、2017年5月撮影。
以前の黄色の太線の向こう側は雑草が生い茂り、すっかり廃ホームの様相で少々見苦しい見付けでした。
随分思い切って除草したなぁと感心しましたが、放置するとまた以前のようになるのでしょうな。

岩船町駅構内その3
以前のホーム端部はこのようにかなり荒れた状態でした、2004年8月撮影。

岩船町駅構内その4
島式ホームの上屋とその向こうの跨線橋出入り口の様子、2017年5月撮影。
上屋は車両一両分のささやかなもので、ベンチは設置されていません。
したがってホーム上で列車撮影を行う私のようなマニアにとっては、身の置き所が無く疲れるところなのです。
列車が来る度にいちいち駅舎からホームに出てくるのも面倒だもんなぁ。

岩船町駅構内その5
上屋下から島式ホームの村上方を見通す、2017年5月撮影。
画像右端の線路は待機線で、少なくとも2013年4月までは貨物列車用に活用されていました。
なお国道7号線は画像右手を通っていて、当駅構内との直線距離はごく僅かです。
しかし国道側に駅出入り口は無いので、当駅から国道7号線に出るには前述のように踏切を通り大きく迂回しなければなりません。

村上方へ向かう横取線
本線の左側には村上方へ向かう横取線があります、2003年11月撮影。
当駅を取材目的で初めて訪問したこの時点では保線車両が止まっていて、この時点まだ「生きている」のがわかります。
その後はこの線路に車両が止まっているのを見ていないので、現在も生きているのかどうかは不明。
2017年5月時点では本線と繋がってはいますけれど、随分と草生していました。

岩船町駅構内その6
島式ホーム端から新発田方を見る、2013年4月撮影。

踏切から見た岩船町駅構内その1
踏切から見た岩船町駅構内その2
駅から国道7号に至る新発田方の踏切から見た岩船町駅構内の様子、上は2004年8月、下は2013年9月撮影。
後背の陸橋が出来たことによって、ここからの見通しは悪くなりました。

陸橋上から見た岩船町駅構内
岩船町駅を通過するEF510形電気機関車牽引の下り貨物列車
前述の村上方の陸橋上から俯瞰で見た岩船町駅全景、上は2015年10月、下は2017年5月撮影。
左から待機線、上下の本線、横取線の構内配置を一望できるのがこの陸橋。
2010年3月に日本海東北自動車道の神林岩船ICが駅近くに出来たので、その周辺道路整備の一環として作られたのかもしれませんが、私のような俯瞰マニアにとってはもう辛抱たまらん撮影ポイントなのであります。
下はおりしもEF510形電気機関車牽引の貨物列車が駅を通過するという幸運でした。
私は貨物列車に関しては狙って撮りに行ってはいないので、これはまさしく不意遭遇なのであります。

岩船町駅に停車中の115系電車と通過する特急「いなほ」
下り線で通過待ち合わせ中の115系電車と、上り線を通過する485系電車T編成の特急「いなほ」新潟行、2006年10月撮影。

岩船町駅を通過する485系電車R編成の特急「いなほ」その1
岩船町駅を通過する485系電車R編成の特急「いなほ」その2
上り線を通過する485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行、上は485系の引退などまだ想像の埒外だった2004年8月、下は「いなほ」のE653系への更新がいよいよ始まった2013年9月撮影。

岩船町駅を通過するE653系電車の特急「いなほ」
秋の上り線を通過するE653系電車の特急「いなほ」新潟行、2015年10月撮影。

岩船町駅を通過する快速「きらきらうえつ」
春の下り線を通過する快速「きらきらうえつ」酒田行、2017年5月撮影。
日本海に浮かぶ風光明媚な小島の粟島への玄関口の岩船港の最寄駅のはずの当駅ですが、この快速は車体をきらきらさせながら当駅を無情に通過です。

岩船町駅を出発する115系電車
秋の下りホームを出発する115系電車湘南色の村上行、2015年10月撮影。
115系電車が70系電車に代わって羽越本線に乗り入れた昭和52年当時、この電車と言えばこの色合いが当たり前でした。
子供の頃はそれが日常の光景で、これがいついつまでも続くと思っていたものですが、それはやがて希少価値となっていったのです。

岩船町駅で行き違う115系普通列車
岩船町駅で行き違う115系普通列車、左は新潟行、右は村上行、2013年9月撮影。
115系電車は2018年3月ダイヤ改正で羽越本線から撤退しました。

岩船町駅に停車中のE127系電車
羽越本線の新発田-村上間で日中見かける機会の少なかった、E127系電車普通列車新潟行が上りホームに進入、2013年9月撮影。

岩船町駅を出発するE129系電車その1
岩船町駅を出発するE129系電車その2
岩船町駅を出発するE129系電車村上行、2017年5月撮影。
115系電車とE127系電車に代わって、羽越本線唯一無比の普通電車の座に付いたのがE129系電車であります。
私としてはまだ積極的に駅撮りしようとは思わない車両ですが、他の取材で時間が空いた時はこうして撮影するように心がけるレベルにはなりました。
E129系のデビュー当時は「こんな没個性なピカピカ電車はいちいち各駅で追っかけなんて出来んわ!」が偽らざるところでしたので、人間、何事も見慣れるとおのずの愛着が湧いてくるということでしょうか。

岩船町駅を出発するキハ110系気動車
当駅には朝と夜のみ姿を見せるキハ110系気動車酒田行が晩秋の下りホームを出発、2003年11月撮影。

岩船町駅を出発するキハ40系気動車
朝の上りホームを出発するキハ40系気動車新津行、2015年10月撮影。
115系電車を70系電車時代の新潟色に塗り替えるのは悪ノリし過ぎだろうと生温かい視線をくれていた私ですが、キハ40系の国鉄急行色に関してはなかなかイケてると感じるのです。
やはりオレは気動車好きなんやなーと実感できる心境なのであります。
なお、来年(2019年)から新型気動車GV-E400系の新潟地区への導入が開始されます。
この古強者の気動車の姿を見られるのもあと僅かになりました。
撮影はお早めに。

構内の待避線に進入するEF81形電気機関車牽引の貨物列車
構内の待避線に進入するEF81形電気機関車牽引の下り貨物列車、2013年4月撮影。
これも狙って撮りに行ったわけではなく、前掲のEF510形と同様の不意遭遇。
オレはなんて幸運なんだろうと、小躍りしながら普段は信じてもいない神さまに感謝しました。

岩船町駅を通過する485系電車T編成の特急「いなほ」
上の画の貨物列車を退避させてすれ違う485系電車T編成の特急「いなほ」新潟行、2013年4月撮影。

岩船中心地区の町並み
旧岩船町中心地区の町並み、2015年10月撮影。
岩船町駅から北に2km強で旧町の中心部に到達します。
日本海の海岸に沿って伸びる国道345号線沿いに市街地が形成され、昔ながらの個人商店に加えてスーパーや銀行もあります。
生活必需品や用務はとりあえずこの界隈で済ませられるのが、村上と合併する前のかつての「町」の名残と言えましょうか。
駅から少々離れているとはいえ、凡百の幹線無人駅周辺の街並みとは格が違います。
この界隈から村上市中心部まで新潟交通観光バス運行の路線バスが走っていて、平日上下26本、土休日上下18本と村上市内のバス路線としては高頻度のダイヤになっています。
村上市を代表する観光地の「瀬波温泉」を経由するので、駅巡りをしつつ海辺の温泉にという方にお勧めの路線であります。

石船神社入り口
旧町内の石船神社入り口、2008年4月撮影。

石船神社の参道途中から見た町並み
小高い丘状の地勢にある石船神社の参道途中から見た町並み、2008年4月撮影。
草木に邪魔されて俯瞰での海辺の街並を堪能することができず残念。

岩船港の様子その1
岩船港の様子、2008年4月撮影。
画像左手の大きな建物は粟島汽船の乗り場です

岩船港の様子その2
岩船港の様子その3 
魚を食べに行くのならともかく、港ウォッチとしては少々地味な岩船港です・・・、2008年4月撮影。
春なので海の色がまだくすんでいるので余計に地味さが目立つような。盛夏に行けばまた違う表情を見せてくれるのでしょうけれど。

岩船港で待機中の粟島汽船フェリー「あわしま号」
岩船港の汽船乗り場で待機中の粟島汽船フェリー「あわしま号」、2015年10月撮影。
今年こそはこれに乗って粟島へ行ってみようと思いつつ、なかなか腰が上がらないのがここ数年の私です。

岩船港に到着した粟島汽船高速船「きらら号」
岩船港に到着した粟島汽船高速船「きらら号」、2015年10月撮影。
それにしても春と秋では空と海のブルーの色合いがまるで違いますなぁ。

フェリーと高速船が相対して停泊する汽船乗り場
フェリーと高速船が相対して停泊する粟島汽船乗り場、2015年10月撮影。
画像左側の駐車場の秋の朝はご覧のようにガラガラです。

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