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2009年11月22日 (日)

岩船町駅(羽越本線)

本日の駅紹介は羽越本線・岩船町駅。

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岩船町駅の駅名標

新潟県村上市に所在する無人駅で、大正3年(1914年)11月1日の開業です。
開業当時の所在は岩船郡西神納村ですが、それなのに隣町の岩船町(現在は村上市の一部)の名を名乗っているのには、それなりの理由があります・・・。

この地域に駅を置く事は、鉄道敷設計画当初から決まっていた事でした。
海運で賑わう岩船港の最寄で、貨物輸送では相応の需要が見込めたからと推察されます。
当初計画では、駅設置は現在位置より1km強北方の岩船町八日市地区でした。
ここなら港から1km強、専用線を引く事で海運との連絡もうまくいった事でしょう。
旅客についても人口集積地の町中心部の至近で、地域の中心・城下町村上と直接結ばれる事のメリットも大きかったと思われます。
(この案が通っていたならば、羽越本線の平林駅-岩船町駅-村上駅間は現在の直線ではなく、当駅を頂点とした二等辺三角形状になっていた事でしょうね)

しかし、いざ実地測量にかかってみると、駅設置予定地区周辺は海抜ゼロメートルの沼地で地盤の状態は最悪・・・。
港(つまり海岸)まで1km強しかない町の縦深性の無さでは他に代替地が無く、町は止む無く南隣の西神納村に駅用地斡旋を依頼したそうです。
当時の各地での鉄道誘致熱を考えると、話を持ってこられた村はコレ幸いと自分たちに都合のいい場所に置くように色々と画策しても不思議ではありません。
しかし西神納村はそんなえげつない事はしませんでした、村は岩船町に少しでも近い小口川地区の土地(現在の駅)を駅設置用に準備。
鉄道側はそれを受け、恐らくは駅名を巡って町と村が揉める事が無いように、土地の名前「小口川」をそのまま駅名にしようと考えます。
ところが町と村の双方が駅名を町名にするように、当時の鉄道院総裁に直訴するまでして嘆願、結果駅名は現在の「岩船町」に落ち着いたとの由。
西神納側とすれば、この地域で村上に次ぐ力を持つ町と争うよりも、その知名度を利用した村造りが得策と考えたのかもしれません。
海運で既に潤っている岩船が、鉄道駅の名前による新たな効果をプラスしてますます発展すれば、その余禄を村が頂戴する事も有り得ます。
町は駅用地と駅名の件で村に借りがありますから、村への様々な配慮が欠かせないのも容易に想像のつく事です。
己の力量を知り、あえて名を捨てて実を取る・・・それが西神納村の生き方。
村の決算書は果たしてどのようになっていた事でしょう?
なお西神納村は昭和30年に近隣二村と合併して新村の神林村の、岩船町は昭和29年に村上町他三町村と合併して、新自治体の村上市のそれぞれ一部になり、平成20年4月に村上市と神林村他三町村が合併して現在の「新」村上市へ至ります。

さて、こうして開業した岩船町駅は、岩船の海運とうまく連携して、昭和初期までは貨物取り扱いで村上駅を凌ぎ、その後次第に衰退しつつも海運との連携は太平洋戦争直前まで続いたとの事です。
戦後は海運の衰退とモータリセーションの波を受け、駅の機能は順次削減。
ウィキによれば貨物取り扱いは、羽越本線全線電化完成と時を同じくして昭和47年(1972年)9月に廃止。
当時の国鉄新潟鉄道管理局の営業近代化施策の一環で、この時期に需要の小さい貨物取り扱いが一気に廃止されておりますけれど、当駅のそれもバッサリ斬っても構わないレベルにまで落ち込んでしまっていたのでしょうね。
一時の繁栄とその後の凋落の早さ・・・以前紹介した北陸本線・親不知駅のケースと重なります。

さて岩船町駅は単線上にあり、構内は一面三線。
ホームは島式で幅広なのが特徴です。
駅舎とホームは線路を隔てていて、跨線橋で連絡しております。
跨線橋のホーム側出入り口は平林方に偏って置かれており、ゆえに学生の登下校時には乗降の偏りが起こりそう。
ホーム上は跨線橋出入り口から村上方にわずかな上屋がかかっている以外、待合室もベンチも無い素っ気無い風情。
こののっぺり感は北陸本線・市振駅と相似。

岩船町駅構内の駅舎と跨線橋の位置関係
構内の駅舎と跨線橋・ホームの位置関係、2004年8月撮影。

岩船町駅跨線橋
跨線橋内部の様子、2013年4月撮影。
窓は左右共固定式なので俯瞰マニアにとっては残念無念。

跨線橋上から村上方面を見る
跨線橋内部の高所の窓に目一杯腕を伸ばして、構内の村上方を見る、2013年4月撮影。


跨線橋出入り口
跨線橋出入り口とホーム上屋付近の様子、2004年8月撮影。

岩船町駅の島式ホームその一
島式ホームの村上方から見た構内、2004年8月撮影。
列車が入らない場所はご覧のように雑草だらけで廃ホームの様相です。


岩船町駅の島式ホームその二
島式ホームの新発田方から見た構内、2004年8月撮影。

踏切から見た岩船町駅構内
新発田方の踏切から見た構内、2004年8月撮影。

陸橋上から見た岩船町駅構内
村上方の陸橋上から俯瞰で見た構内、2015年10月撮影。

村上方へ向かって左側にある側線
村上方へ向かって左側にある側線、2003年11月撮影。
当駅を取材目的で初めて訪問したこの時点では保線車両が止まっていて、この時点まだ「生きている」のがわかります。(本線村上方と繋がっています)
その後はこの側線に車両が止まっているのを見ていないので、現在も生きているのかどうかは不明・・・。

直線区間上にある駅なので、特に村上方への展望は開けているはずなのですが、そこは長編成の蒸機全盛時代に作られたホームゆえ、現在では遊休化が歴然。
遊休化した部分には雑草が生い茂り、近年村上方に出来た白い自動車跨線橋と相まって、本来なら直線区間をカッ飛ばす列車を眺められるはずのロケーションも残念色一色。
構内南側の線路は待避用で、ここにはホームはありません。
この区間は昔から何度と無く通っておりますけれど、この待避線に停車する列車を見た事が一度も無く、待避線剥がしに御執心の当局がよく手を付けないものだと呆れつつ関心しておった次第でした。
しかし長年のこの生温かい思いも昨年(2008年4月)氷解!
旧岩船町中心部を見て回った帰り、電車待ちをしていたら貨物列車が待避線に進入停車、村上行き普通列車を待避していました。

岩船町駅に停車中の115系電車と通過する特急「いなほ」
島式ホームで通過待ち合わせ中の115系電車の普通列車と通過する485系電車T編成の特急「いなほ」新潟行、2006年10月撮影。

岩船町駅を通過する485系電車特急「いなほ」
盛夏の上り線を通過する485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行、2004年8月撮影。

岩船町駅を通過するE653系電車の特急「いなほ」
秋の上り線を通過するE653系電車の特急「いなほ」新潟行、2015年10月撮影。

岩船町駅を出発する115系電車
秋の下りホームを出発する115系電車普通列車村上行、2015年10月撮影。

岩船町駅で行き違う115系普通列車
岩船町駅で行き違う115系普通列車、左は新潟行、右は村上行、2013年9月撮影。

岩船町駅に停車中のE127系電車
羽越本線の新発田-村上間で日中見かける機会の少なかった、E127系電車普通列車新潟行が上りホームに進入、2013年9月撮影。


岩船町駅を出発するキハ110系気動車
当駅には朝夜に姿を見せるキハ110系気動車普通列車酒田行が晩秋の下りホームを出発、2003年11月撮影。

岩船町駅を出発するキハ40系気動車
朝の上りホームを出発するキハ40系気動車普通列車新津行、2015年10月撮影。

構内の待避線に進入するEF81形電気機関車牽引の貨物列車
構内の待避線に進入するEF81形電気機関車牽引の下り貨物列車、2013年4月撮影。

岩船町駅に停車中の貨物列車
待避線に停車中の貨物列車、2008年8月撮影

岩船町駅駅舎の様子
窓口跡が今も残る、元有人駅にしてはこじんまりとした岩船町駅舎は、建築財産票によれば昭和55年12月竣工で、許容積雪量は120cm。
海岸地域ゆえ、駅舎竣工当時でも積雪1m越えは滅多に無かったと考えられます。
かなり余裕を見ての設計ではないでしょうか。
2008年4月撮影。

岩船町駅駅舎内部の様子
駅舎内部には自動券売機一台とベンチが一脚。
ベンチは2006年10月時点では無人駅定番の色落ちがかったいつもの冴えない朱色のモノ。
それが2008年4月訪問時には一人掛けX5人一列の垢抜けた新しいモノに交換されておりました。
トイレは駅舎ホーム側にありますが、内部は生憎未確認。
駅舎出入り口横に清涼飲料水自販機が一台あります。
駅前広場は広いものの、駐輪場に上屋が無く、駐車スペースは未舗装。
後者はともかく、前者の状態はあまり誉められる事ではありませんね。

駅前通りは古びた大きな農協倉庫が目立ちます。

駅前の古びた農業倉庫

前述の貨物栄光の時代にはさぞフル回転だった事でしょうね、兵どもが夢の跡。
村上と当地域を結ぶバス路線が設定されており、駅前至近にバス停があります。
しかし運行は一日二往復で、ダイヤパターンは通学流動と逆の特異なモノ。
部外者にはあまり意味の無い路線設定ではと疑問が残るところです・・・。
なお後述する旧町中心部と村上市中心部を結ぶ路線バスは相応の本数が確保されており、病院の前も通る事からお年寄りの使い勝手は良さそうです。

駅周辺は農協倉庫群の他は大半が民家で、駅前通りを左に進むと駅裏(南側)の国道7号線へ至る踏切があります。

岩船町駅前通りの様子
駅前通りの様子、2008年4月撮影。

その周辺は旧神林村の行政・レクリエーション中心地区になっていて、旧村役場、野球場を含む総合運動公園と体育館があります。
駅前周辺には旅館兼結婚式場以外にこれといった店が無いのですが、この国道に出れば道沿いにラーメン店とコンビニがあって、一応の腹ごしらえや食料補充が行えます。
ただし踏切経由で距離はそれなりにあり、往復で1km強というところでしょうか。
駅ホームのすぐ南側に国道が通っているのに、そこへは直接出る事が出来ないのです。
前述の待避線にホームがあれば、そこに南口を作って国道にすぐ出れるのに・・・と部外者は思う事しきりなのでありますが、実際にはそんなもの作っても費用対効果が悪過ぎて無駄なのでしょうね。

前述のように、駅から北に2km強で旧岩船町中心部。
海岸に沿って伸びる国道345号線沿いに市街地が形成され、昔ながらの個人商店に加えてスーパーや銀行もあります。
生活必需品や用務はとりあえずこの界隈で済ませられるのが、かつての「町」の名残と言えましょう、駅から少々離れているとはいえ、凡百の幹線無人駅周辺の風景とは格が違います。
旧町中心部の見所としては、石船神社と岩船港があります。

岩船中心地区の町並み
旧町中心地区の町並み、2015年10月撮影。

石船神社入り口
石船神社入り口、2008年4月撮影。

石船神社の参道途中から見た町並み
小高い丘状の地勢にある石船神社の参道途中から見た町並み、2008年4月撮影。

岩船港の様子
岩船港の様子、大きな建物は粟島汽船の乗り場。
2008年4月撮影。

港内の様子その一
港内の様子その二 
魚を食べに行くのならともかく、港ウォッチとしては少々地味な港です・・・
春なので海の色がまだくすんでいるので余計に地味さが目立つような。盛夏に行けばまた違う表情を見せてくれるのでしょうけれど。2008年4月撮影。

岩船港で待機中の粟島汽船フェリー「あわしま号」
港で待機中の粟島汽船フェリー「あわしま号」、2015年10月撮影。

岩船港に到着した粟島汽船高速船「きらら号」
港に到着した粟島汽船高速船「きらら号」、2015年10月撮影。

フェリーと高速船が相対して停泊する汽船乗り場
フェリーと高速船が相対して停泊する汽船乗り場、2015年10月撮影。

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