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2009年8月 1日 (土)

鯨波駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・鯨波駅。

2017年2月24日記、リニューアルを実施しました。

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新潟県柏崎市に所在する無人駅で、1904年(明治37年)4月1日の開業です。
開業当時は刈羽郡鯨波村の所在であり、その後1940年(昭和15年)4月1日に柏崎市(当時は柏崎町)と合併し、今日に至ります。
当駅の所在する信越本線(当時は北越鉄道)・鉢崎(現・米山駅)-柏崎間が開通した1897年(明治30年)からしばらく経っての開業です。
ウィキペディアを見ると、正式に駅として開業する前に臨時停車場→廃止→仮停車場として復活という履歴があり、一応は村の玄関駅に当たりながら何故そのような扱いを受けていたのか興味のあるところです。
周辺人口が当地区より少ないであろう青海川駅の後塵を拝しているのは一体???

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鯨波駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
建築財産票によれば、駅舎竣工は昭和44年10月。
ホームが地平面よりも高い為、駅舎は二階建てになっていて二階部分が出入り口になっています。
「日本の渚百選」にも入っている有名な鯨波海水浴場と日本海にちなんだと思われるスカイブルーがよく映える建物と言えましょう。
長い階段も良いアクセントになっていますな。
ちなみにトイレは駅舎一階部分にあります。

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鯨波駅駅舎内部の様子、2013年6月撮影。
青の映える涼やかな印象の駅舎の外観とは異なり、内部は「斜陽」の二文字が真っ先に頭に浮かぶ寂しさ。
無人化されて久しいと思われる駅舎内部は、今日では遊休化が著しいのです。
下の画右側にはカーテンに閉ざされた窓口が残っています。
かつて海水浴シーズンには、きっぷを求めるお客で繁盛していていたのでしょう。
現在は当駅全盛時代の墓標のような姿です。
築半世紀を間もなく迎えようというこの駅舎、近い将来には改築の話も出るでしょう。
その時は震災復旧後の青海川駅待合室のような、利用実態に見合ったこじんまりとした建物に換えられてしまうのでしょうね。

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2006年10月当時の駅舎内部。
この時点では自動券売機は未設置で、代わりに乗車証明書発行機が置かれていました。

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上りホーム(直江津方面乗り場)の青海川駅方から見た鯨波駅構内、2013年6月撮影。

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上りホーム端から青海川駅方を望む、2013年6月撮影。
画像右手にチラリと映っているのが日本海。
柏崎駅を出発した上り列車がトンネルをくぐると、そこはもう日本海海岸。
ここから米山駅までは進行方向右側に陣取って海をほげーと眺めながら、脱日常のゆとりの一時を過ごすわけであります。

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上りホーム側の鯨波駅駅舎と上屋周りの様子、2013年6月撮影。
上屋は短めで、駅舎全幅と跨線橋出入り口をカバーする程度です。

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上りホームの柏崎駅方から見た鯨波駅構内、2013年6月撮影。
古い時代の駅の常として、当駅のホーム配置も千鳥式。

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鯨波駅跨線橋内部の様子、2013年6月撮影。
このクラスの駅としては場違いに思える広い通路が目を引きます。
至近に著名な海水浴場を抱える谷浜駅(えちごトキめき鉄道)の跨線橋と同様に、夏の海水浴客対応なのでしょう。
今日では列車で海水浴場を訪れるのは、自動車免許を持たない高校生以下のグループと県外からのお客だけでしょうなぁ。

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跨線橋上から直江津方を望む、2013年6月撮影。

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同じく柏崎方を望む、2013年6月撮影。
こちら側はホームを出てすぐに左にカーブしていて見通し悪し。
画像左手が海なので、この先日本海に一層近づくのではと錯覚してしまいますが、実際は急速に海から離れて柏崎駅に至ります。
また画像左の下りホームの駅名標から先のあたりの草生した空間が少々気になるところ。
前述のように幅広の跨線橋をホーム上に納めるためのバルジなのかはたまた?

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下りホーム(長岡方面乗り場)の跨線橋と上屋の位置関係、2013年6月撮影。
こちらの上屋は短く、車両一両分ほどです。
またベンチが無いので、駅撮り待機の際は身の置き所が無く困るのが泣き所。
画像左下のあたりもなんとなく臭うところで、かつては盛夏の海水浴客用の臨時改札が置かれていたのでは?と妄想を逞しくするところであります。
ここから外に出られれば、鯨波海水浴場はすぐそこなのですよ。

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下りホームの柏崎駅方から見た鯨波駅構内、2013年6月撮影。

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下りホームの跨線橋付近から柏崎駅方を見通す、2013年6月撮影。
画像左の黄色い設置物はなんなのか、見当が付きませんです。
駅名が表記されているのですが、何かの基礎っぽい感じもしますな。

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下りホームの青海川駅方から見た鯨波駅構内、2013年6月撮影。
ホームのこのあたりは遊休していて、活用されている黄色い線からは随分と距離があります。

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鯨波駅下りホームを出発する115系電車長岡行、2013年6月撮影。

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鯨波駅上りホームに停車中の115系電車直江津行、2013年6月撮影。

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鯨波駅を出発した115系電車長野色の直江津行、2013年6月撮影。

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鯨波駅に進入する485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2014年7月撮影。

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鯨波駅を通過する485系電車T編成の快速「くびき野」新潟行、2013年6月撮影。

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四両編成時代の快速「くびき野」が鯨波駅を通過中、2005年10月撮影。

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鯨波駅に進入中のEF510形電気機関車牽引の貨物列車、2014年7月撮影。

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鯨波駅を通過中のEF81形電気機関車牽引の貨物列車、2005年10月撮影。

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鯨波駅前の様子、2013年6月撮影。
上の画の駅舎側面には鯨のイラスト。
駅前はL字の通りの底に位置しています。
北越後観光バス運行の路線バス柏崎駅前-谷根線はこの通りを経由していますが、駅前にはバス停は無く、鯨波駅前と鯨波一丁目の両バス停にはいずれも少々歩くことになります。
2017年1月現在では、平日上下18本、土休日上下11本を運行しています。

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鯨波駅付近の国道8号線の様子、2013年6月撮影。

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信越本線をガードでくぐるとそこは鯨波の海岸です、2013年6月撮影。

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海水浴場の営業開始に向けて準備の始まった、初夏の鯨波の砂浜の明朗な風情、2013年6月撮影。

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取材目的で初めて訪れた秋の夕日の鯨波海岸、2006年10月撮影。
海に沈む夕陽に照らされ、こちらからは黒々とした逆光のシルエットで思い思いに散歩している人影。
昔の金曜ロードショーで流れていた、夕陽を背にした物悲しいトランペットの音色が聞こえてくるようです。
寂寥感溢れて実に感極まる情景だったのです。

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鯨波海岸の名所「鯨波鬼岩」、2013年6月撮影。
その昔、この洞穴には村の娘たちをさらって食べる凶悪な赤鬼が棲んでいたそうですよ。

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鯨波海岸の展望台、2013年6月撮影。
残念ながら中越沖地震に被災して以降、立ち入り禁止でした。
とっくの昔に直したのだろうと思い込み、俯瞰で海岸の景色を楽しめると期待に胸躍らせて行った私にとっては大ショックでしたなぁ。
地震が発生したのはこの撮影の6年前です。
その間ずっとたな晒しなのは、もう直す気が無いんでしょうな。
柏崎刈羽原発が運転停止して、街の金回りも調子悪いですからね。
その後どうなっているのやら。

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展望台に登れなかったので、代わりにトンネルの上の小山に登って海水浴場を見てみました、2013年6月撮影。
一帯が入り江になっているのがわかります。
かつては首都圏から海水浴場への直通アクセスとして、「くじらなみ」を愛称に冠した快速列車が国鉄時代から近年に至るまで運行されていました。
子供の頃は夏の時刻表を見て、臨時列車の項の「くじらなみ」の五文字に夏の訪れを実感したものでした。

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コメント

現在駅舎は山側ですが電化以前は海側にあり、ホーム上の黄色い石辺りに駅舎があったそうです。
また現駅舎1階に多客時の臨時出札窓口跡が残ってます。

投稿: 加藤 | 2017年2月25日 (土) 04時50分

なるほど、あの黄色い基礎っぽいのは旧駅舎跡でしたか。
下りホームの上屋と跨線橋の辺りの幅の不自然な広さはなんとなく臭うなぁと、以前から思っていたところだったのです。

投稿: みさっち | 2017年3月11日 (土) 21時03分

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