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2009年8月29日 (土)

青海駅(北陸本線)

本日の駅紹介は、北陸本線・青海駅。

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青海駅の駅名標

新潟県糸魚川市に所在する有人駅で、駅開業は1912年(大正元年)10月15日。
2015年3月の北陸新幹線開業によって、第三セクターのえちごトキめき鉄道・日本海ひすいラインに移管されています。
開業当時は西頸城郡青海村の玄関駅で、その後同村は1927年に町制を施行、2005年(平成17年)3月に糸魚川市と合併して今日に至ります。

隣の親不知駅周辺同様、当地も日本有数の石灰石の産地で、天保年間から早くも農業に石灰を利用していたそうです。
1892年(明治15年)には青海石灰組合が設立。この頃から産業としての石灰利用が行われ始めたのでしょう。
青海駅設置に当たっても、石灰石を鉄道輸送する利便性の見地からその位置は石灰石業者の山元に近いところとする意見が強く反映され、結果村の中心部を南北に分断する形で駅が造られました。
町の市街地分断というデメリットは生じたものの、1921年(大正10年)に電気化学工業(株)(通称デンカ)が当地に進出すると、青海村は急速に発展してついには町制への移行も成し遂げます。
当駅の貨物輸送も石灰石の恩恵を大きく受けて、国鉄金沢鉄道管理局のドル箱となり、一時当駅に並び隆盛を誇ったものの短期間で沈んでしまった親不知駅に対し、青海駅の石灰石輸送はその後も堅調で1979年度(昭和59年)の当駅貨物輸送量は220万トンで全国第8位の規模。
金額ベースで39億円強、その大半は石灰石と、それを原料としたセメントです。
この頃、当駅の一日当たり乗客は900人台でその収入は30万円台との事。
それに対し貨物収入の一日平均は一千万円以上、いかに貨物(石灰関連)に特化した駅であったかがよくご理解いただけるかと思います。
その後、1984年(昭和59年)ダイヤ改正ではデンカ専用線発着以外の貨物取り扱いを廃止(これは他の大多数のローカル有人駅と同様)。
その後はトラック輸送に押され、ついに2008年(平成20年)3月15日、定期貨物列車の設定を廃止して「青海オフレールステーション」を開設し、貨物輸送を全面的にトラックへ切り換えました。
デンカ青海工場と当駅を結ぶ専用線も、この2日前に運行を終了しています。


青海駅に到着したEF510形電気機関車牽引の貨物列車
EF510形電気機関車牽引の貨物列車が貨物線に到着、2006年10月撮影

青海駅構内で入れ替え作業中のEF510形電気機関車
JR貨物青海駅構内で入れ替え作業中のEF510形電気機関車、2006年10月撮影。

青海駅橋上駅舎
さて青海駅は新潟県内初の橋上駅で、その竣工は1968年8月です。
2005年6月撮影。

前述のように駅設置により町中心部が南北に分断されてしまい、永らく不便をかこっていた為、駅舎改築に当たっては地域住民の意見を反映して自由通路付きの橋上駅舎としました。
駅舎内は0720~1820営業の窓口と自動券売機が一台。
2006年当時、窓口営業時間内は券売機は使用停止で、窓口できっぷを買うようになっていました。

青海駅橋上駅舎内部その1
青海駅橋上駅舎内部その2
青海駅橋上駅舎内部その3
橋上駅舎内部の様子、上二枚は2009年6月、下は2004年3月撮影。

通路は広く数台ある改札口が印象的。
その分、土日日中の人気の無さが一層強調されています・・・。
この改札群、駅改築当時の朝夕にデンカ関連への通勤客で賑わった証なのでしょうか。
窓口の反対側にある待合室は横長で、JR西日本定番のこげ茶の一人掛けベンチが壁際にズラリと並んでおります。
こちらも現在の当駅推定利用客に対して明らかに過大です。
また飲料自販機とトイレは駅正面(北口)にあります。

青海駅北口駅前通り
駅北口通りの様子、2006年10月撮影。
駅北口から駅前通りを五分も歩けばそこは日本海の大海原。
しかし海岸からの見通しはいたって地味です・・・。
海岸手前には国道8号が通っておりますが、信号がそこここにあるせいか、浦本駅梶屋敷駅、親不知駅周辺のように信号が無い為に切れ目無く車が行き交う光景はありません。
駅前周辺は官公庁と銀行以外目立つものはなく、旅館の看板を二軒確認、また営業中の菓子店が一軒という程度。
街中をぐるりと歩いた2006年10月時点では、少なくとも駅北口至近にスーパーやコンビニは無く、土曜の夕方なのに人気が全くありませんでした・・・。
南口は線路に沿ってさらりと歩いただけなので、デンカ工場のある南方へは行きませんでしたがそちらには何かしらあるのでしょうか。

青海駅南口
駅南口の様子、2009年6月撮影。
駅南口は民家が密集しており、細い路地が多いことからかなり昔からのものと思われます。

駅南側の街並み
駅南側の町並み、2006年10月撮影。
デンカのうすら高い煙突がランドマークと言えましょうか。

線路沿いを糸魚川方面に歩けば旧貨物線を至近に見、親不知方面に歩けばデンカ専用線の踏切を通れます。
構内から左カーブしてデンカ工場へ通じる、今や物言わぬ二条のレールを望見するのもまた一興かと。

デンカ専用線その1
南口至近の専用線踏切から青海駅側を望む、2009年6月撮影。

デンカ専用線その2
同じくデンカ工場側を望む。

陸橋上から見た青海駅構内
糸魚川方の陸橋上から広い駅構内方向を望む。

青海駅構内は旅客用の島式ホームと、その隣(南側)にある貨物用ホーム。
貨物用ホームは現在は使用されておらず、またホームへの出入りも禁止されているので仔細に検分する事は出来ません。

青海駅の島式ホームその1
島式ホームの糸魚川方から見た青海駅構内、2005年6月撮影。

青海駅の島式ホームその2
島式ホームの富山方から見た構内、2005年6月撮影。

自由通路から見た構内その1
橋上駅舎自由通路から構内の糸魚川方を望む、2008年5月撮影。

自由通路から見た構内その2
同じく構内の富山方を望む。
手前の貨物列車はデンカ専用線のものです、2004年3月撮影。

当駅の駅舎とホームは富山方終端で連絡されており、当駅利用客は必然的に富山方面行きの場合は電車先頭車両に、直江津行の場合は電車最後部に固まる事になります。
なお他の北陸本線の諸駅同様に、ホーム上に接近警告機が置かれております。

青海駅を出発する419系電車
419系電車富山行が上り線を出発、2004年3月撮影。


青海駅に停車中の475系電車
上りホームに停車中の475系電車富山行、2005年6月撮影。


青海駅を出発する475系電車
475系電車国鉄交直流急行色の富山行が夕刻の上りホームを出発、2009年6月撮影。

かつて、昭和57年11月ダイヤ改正までは当駅と新潟駅を越後線経由で結ぶ気動車急行「ひめかわ」が運行され(早朝当駅を立ち、夜戻ってくるパターン)、「ひめかわ」廃止後は県都新潟との出張往来を考えて、特急「北越」に能生駅共々、朝の新潟行と夜の金沢行を停車させていました。
しかし余程需要が無かったのか、あまり時を経ずして通過となってしまい、その後特急列車の停車は一切無いまま第三セクター化されて今日に至ります。

2015年11月3日追加

デンカ専用線跡その1
デンカ専用線跡その2
デンカ専用線運行終了から約五年半後の様子、2013年5月撮影。
ご覧のように、レールは完全に撤去されていました。

青海駅を通過する特急「はくたか」その1
青海駅を通過する特急「はくたか」その2
上り線を通過する金沢行特急「はくたか」、上は2013年10月、下は2014年5月撮影。

青海駅を通過する485系電車特急「北越」
糸魚川方の跨線橋上から撮影した、上り線を通過する金沢行特急「北越」、2014年5月撮影。
交流区間は電気設備が物々しくて、こういう画はあまり見栄えがしませんな。

青海駅を出発する413系電車その1
青海駅を出発する413系電車その2
JR時代末期になって、この界隈でもそれまでの朝晩のみから日中でも目にするようになった413系電車。
上は2013年10月、下は2014年5月撮影。

青海駅を出発する413系電車その3
やはり違和感バリバリの、青一色413系電車、2014年5月撮影。

青海駅を通過するEF510形電気機関車牽引の貨物列車
重量感たっぷりで上り線を通過するEF510形電気機関車牽引の貨物列車、2013年10月撮影。

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