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2009年8月 2日 (日)

地味なFJフューリーは我が新潟の空の守護神だった!

先月30日に発売された「世界の傑作機」最新刊は、

「ノースアメリカンFJフューリー」

米海軍ジェット戦闘機の実戦部隊配備第2号(ただし空母運用資格不合格に付きCV
クルーズ参加せず)「FJ」と、朝鮮戦争で遭遇した共産軍最新鋭戦闘機MiG-15に
対抗できる戦闘機を持たず焦燥感にかられた米海軍が、恥も外聞もプライドも捨てて、
当時唯一MiGに対抗出来た米空軍主力戦闘機「F-86セイバー」を艦載戦闘機とし
て仕立て直させた「FJ-2」、そこから海軍独自の発達を遂げた「FJ-3」「FJ
-4」シリーズの二種類に大別される「フューリー」シリーズ。
それを一冊に纏めて紹介したのがこの本であります。

前々号が、その特異なスタイルからマニア受けする(フジミから1/72でプラモデル
が発売されているのが愛好者の多い証)「ヴォートF7Uカットラス」などという機体
を扱っておりますので、この「フューリー」もいずれは・・・とは思っておりましたが、
まさかこんなに早く出るとはねぇ~・・・。
まぁ、戦闘機が配備されては数年で退役してしまう(前述のカットラスはその典型)
新陳代謝の極めて激しい時代において、実に千機を越す生産数と、54年~62年と
実に9年に及ぶ実戦配備の期間(セイバーを単に空母運用可にしただけのFJ-2
と、当時の新鋭攻撃機A4Dをも一部の性能で凌ぎ戦術核爆弾運用能力まで持つ
最終生産型FJ-4Bとではほとんど別機に近いのですが)。
地味ながら50年代後半の米海軍空母航空団の屋台骨の一端を担った機には違い
無く、艦載機としてはダメ出しギリギリで無理矢理運用していた前述のカットラスと
比較すれば扱われるのに相応しいとは思います。
しかしねぇ、「フューリー」を扱う前に、いくらでも扱われるべき機は残っているでしょう
にとね、ちょっとばかし苦言も呈したくなるのであります。

戦後機に限定してみても、

ボーイングB-47ストラトジェット
(米空軍の世界初ジェット戦略爆撃機)
ノースロップF-89スコーピオン
(米空軍の世界初本格的ジェット全天候迎撃戦闘機)
ミコヤンMiG-19ファーマー
(ソ連初の超音速戦闘機)
グロスター・ミーティア
(世界で二番目、連合軍初の英国実用ジェット戦闘機)
デ・ハビランド・バンパイア/ヴェノム
(英国二番目のジェット戦闘機で、ミーティアと共に冷戦
最初期の西欧諸国空軍を支えた)
E.E・キャンベラ
(英空軍のジェット軽爆撃機。米空軍もB-57として採用)
グロスター・ジャベリン
(英空軍初の本格的全天候迎撃戦闘機)
スーパーマリン・アタッカー
(英海軍初のジェット戦闘機)
ホーカー・シーホーク
(英海軍初の完全なるジェット戦闘機)
ホーカー・シーヴィクセン
(英海軍初の本格的全天候戦闘機)
スーパーマリン・シミター
(英海軍初の戦術核攻撃機にして遷音速戦闘機)

・・・とまぁ、これらはサイダー飲んだらゲップが出るぐらい当然の事として扱われる
べき機でありますし、これらには及ばずとも、「フューリー」以上の価値がありそうな
ものに、

ダッソー・ミラージュⅣ
(冷戦期にフランスの核抑止力の一翼を担った高速爆撃機)
セスナT-37/A-37ドラゴンフライ
(米空軍の初等ジェット練習機で、不正規戦用の軽攻撃機ドラゴンフライに発達)
グラマンS2Fトラッカー/E1Fトレーサー
(艦載対潜哨戒機。海上自衛隊にも配備。早期警戒機トレーサーに発達)
ダッソー・エタンダールⅣ/シュペルエタンダール
(フランス海軍初の国産ジェット戦闘攻撃機とその発達型。フォークランドとペルシャ
湾の雄)

・・・とまぁこんな面々が控えておるわけです。
「世界の傑作機」の中の人たちが米海軍機が好きで好きでもう辛抱堪らんさ加減は
これまでのシリーズ実績からも痛い程伝わってまいりますが(若い頃、ベトナム戦争
時に厚木周辺でガルグレイに派手なマーキングのファントムやクルセイダーの撮影
追っかけをやっていらした方もいるでしょう)、仮にも「傑作機」と銘打っている以上、
もうちょっとバランス感覚を働かせては如何と思う次第なのであります。

・・・別に私が「蛇の目の花園」の妄想族(つまり英国機ヲタ)だから言っているわけ
じゃないんですよ、ないんですが・・・フルマーとかデファイアントとかボーファイター
とかスクアとかソードフィッシュなんかを出すのは世界進歩的飛行機ヲタ界喫緊に
して焦眉の課題だと強く進言する次第です、ハイ。
(特に・・・フルマーやスクアなんて出た日には、それだけでおパンツ濡らしそうw)

さて「フューリー」の本文ですが、実戦経験が無いので生産機数の多さに比べて
エピソードの方は矢張りイマイチ、地味です・・・。
しかしそんな中で目が釘付けになったのが、

「新潟に一時期フューリーが配備されていた!」

という記述。
FJ-2装備の米海兵隊戦闘飛行隊VMF-235が、1956年8月に厚木基地から
新潟基地に移動し、日本海側の防空任務についたとの事です。
当時はまだ航空自衛隊は揺籃期、F-86Fセイバー装備の戦闘機部隊建設が始ま
ったばかりで、防空アラート任務に就くのは一年半ほど先。
日本本土の防空は米軍が全面的に担っていた頃の話です。
VMF-235はその秋、新潟でFJ-4に機種改編し、翌年1月まで任務に就いて
いたとの事。
こういう話を知ると、にわかにFJに親近感が湧きいとおしさに心揺さぶられるのは
人情というもの(笑)。

さらにFJといえば、もう十年以上前にエマー社(英国)の1/72「FJ-4B」を作った
事がありますなぁ~。
同じくエマー社の1/72「F3Hデモン」と一緒に買って。
FJ-4Bは非常にチープな出来で、インテイクは開口していないしコクピット周りは
貧弱そのものだし、主翼が折りたたみ式になっていて隙間ガタガタだったり、ノーズ
に錘を入れないと尻餅付いちゃうけど、付かないように錘を入れると前脚が貧弱で
折れそうとか、もうなんだかなぁ~な内容だったのであります。
→より詳しいレビューと超絶完成写真(アレをここまで仕上げる技術と根気は凄過ぎ)
こちらのサイト様へ。

今なら徹底的な改修に乗り出すところですが、当時はまだ造型に手を染める前で
資料も皆無な事もあり、そのまま素組して修正もロクにせず筆塗りでデカールを適当
に張って棚の一番上(ロクに掃除もしない)にポイっと(笑)。
そのお陰で、もっと出来のいい作品が棚から落としたのパーツが取れ消し飛んで
修復不能となり、次々と廃棄の憂き目にあったのを尻目に今日までこうして生き
延びているわけです。
実機同様、地味こそ長寿の秘訣なりってね!

エマーの1/72「FJ-4B」と「F3H」
デモンと並ぶFJ-4B。
ピトー管は折れ埃で薄汚くデカールコートもしていないのはご愛嬌
(滝汗)

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