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2009年7月の記事

2009年7月26日 (日)

北吉田駅(越後線)

本日の駅紹介は、越後線・北吉田駅。

2017年4月15日記、画像の貼り替えと加筆修正を実施しました。

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新潟県燕市に所在する無人駅で、開業は1984年(1984)4月8日。
越後線内では内野西が丘駅青山駅に次いで新しい駅です。
開業から2006年3月20日までは西蒲原郡吉田町の所在で、燕市との合併編入時に人口2万5千人弱を数えた旧吉田町市街地の北端に位置しています。

北吉田駅は開業時からいわゆる「停留所」で、国鉄末期に誕生した駅らしく、その造りも実にドライです。

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北吉田駅出入り口の様子、上は2004年6月、下は2013年9月撮影。
待合室はホーム出入り口左側の建物で、そのさらに左側にある建物はトイレです。

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北吉田駅待合室内部の様子、2013年9月撮影。
この時点ではベンチは昔のまま。
画像中央奥がトイレの出入り口です。

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吉田駅方から見た北吉田駅構内の様子、2013年9月撮影。
後発の駅なので貨物関係の遺構等も無く、あまり面白味は無い風情。

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北吉田駅の上屋下の様子、2013年9月撮影。
自動券売機やsuicakの簡易改札機は待合室ではなくこちらに設置されています。
また上屋下にはベンチが相応に設置されていますので、冬や天候不良時以外は待合室よりもこちらの方が居心地が良いかも。

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岩室駅方から見た北吉田駅構内、2013年9月撮影。

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ホーム端から岩室駅方を見通す、2013年9月撮影。

北吉田駅から線路を渡って国道116号線方面に出るには、吉田方にある連絡跨線橋を利用します。

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連絡跨線橋上から見た北吉田駅全景、2013年9月撮影。
駅の左側は住宅街になっています。
コンビニ一軒ぐらいはあってもおかしくはないのですが、この時点では無し。
もっとも連絡跨線橋を進んで3、400mも行けばそこは越後線と並行する国道116号線。
北吉田-吉田間約2kmは郊外型のロードサイドショップが続き、旧吉田町の中心商圏を形成していますから、北吉田駅前の素っ気無さもあぁなるほどと思うわけであります。

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同じく吉田方を俯瞰で見る、2013年9月撮影。
画像右側は燕市(吉田町)総合スポーツセンターで、北吉田駅はここへの最寄り駅になっています。

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北吉田駅に停車中の115系電車吉田行、2013年9月撮影。

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北吉田駅を出発するE127系電車吉田行、2013年9月撮影。

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2009年7月25日 (土)

茨目駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・茨目駅。

2017年2月24日記、リニューアルを実施しました。

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新潟県柏崎市に所在する無人駅で、開業は1964年(昭和39年)12月8日と信越本線新潟県内駅の中では比較的新しいものです。
開業当時から既に柏崎市の所在でした。
もっともそれ以前の1963年9月には信号場として開設されていたという事で、信号場時代臨時の客扱いが行われていたのか興味のあるところです。

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茨目駅北口駅舎の様子、2013年6月撮影。
建築財産票を確認出来なかったので、竣工年月は不明。
建物のデザインや作りから見て、駅開業当時からのものではないかと思いますが果たして。
2006年10月時点では駅舎出入り口上に「いばらめ」とひらがな表記してあって、昭和の駅の懐かしいにほいがぷんぷんだったものですが、それから六年半後の再訪ではご覧のようにJR東日本定番型の駅名表示に。
当駅は南側にも出入り口があって、画像左側のライトグリーンの跨線橋で行き来できます。
この北口から北に数百m進むと国道252号線と北陸自動車道の柏崎ICに行きつけます。
国道には北越後観光バス運行の路線バス・宮平北線と岡野町車庫線(いずれも柏崎駅前発着)が走っていて、合計で平日21本、土休日19本。
宮平北線は安田駅へのアクセスにも使えます。
また柏崎ICには高速バス新潟-柏崎線と新潟-直江津・高田線のバス停が設置されています。
ただし両バス停の位置は異なり、当然ですが前者の柏崎バス停-柏崎駅間の利用は出来ません。
ちなみに当駅のいけずなところは、この北口付近にセブンイレブンの物流センターがあること。
物流センターはあるのに店は無し。
何やら餌の前でおあずけをくらった駄犬のような心境になるのです。

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柏崎駅方の踏切から茨目駅を遠望、2014年5月撮影。
駅周辺は半農半住の昔ながらの佇まいです。
柏崎市旧市街地に近く、また北陸自動車道のICも至近なので、もっと発展してもよさそうな地域だと部外者は思うのですけれど、取材目的で当駅を初めて訪れた2005年当時と比べてもあまり変化が無いのです。

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かつての北口駅舎内部の様子、2006年10月撮影。
このクラスの駅としては待合室は広めです。

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2014年5月当時の北口駅舎内の様子。
ベンチがJR定番型に置き換わっていたのはいたって当然の事なのでありますが、何より瞠目したのはトイレが待合室内に作りこまれていたことです。
それまでは駅舎とは別棟の建物にトイレがありましたけれど、古い時代のモノなので内部はお察しくださいというレベルだったのです。
当駅のような小駅の、しかも昔からの建物にわざわざ大きく手を入れてこのようなトイレを付ける辺り、近年の駅トイレ事情は変わったものだなぁとつくづく感じるところなのであります。

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下りホーム(長岡方面乗り場)の柏崎駅方から見た茨目駅構内、2013年6月撮影。
構内は対面式ホーム2本配置のごく平凡なものです。
歴史の古い周辺の諸駅と比べて新興の駅(といっても開業から半世紀ですけれど)で、旧貨物ホームや貨物側線といった遺構は無く、懐古趣味の無い実にあっけらかんとした風情。

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下りホーム端から柏崎駅方を見る、2014年5月撮影。

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下りホームの安田駅方から見た茨目駅構内、2014年5月撮影。

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下りホーム駅舎方から安田駅方を見る、2013年6月撮影。

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茨目駅跨線橋の様子、2013年6月撮影。
ご覧のように通路は狭く屋根も無し。
歩道橋と呼称した方が適当でしょうか。
背の高い風除けの透明なアクリル板がきっちり付けられているので、直接の俯瞰撮影は困難なのが私のようなマニアには泣き所なのですよ。

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茨目駅南口待合室の様子、2014年5月撮影。
南口の駅前広場は広くて、駐車は北口よりこちら側の方が良いでしょう。
下の画の奥は県道で、北越後観光バス運行の路線バスが走っています。
柏崎南口発着のフロンティアパーク線と新潟産業大学線、柏崎駅前バスターミナル発着の杉平線がそれで、茨目駅へのアクセスに使えます。
本数は三路線合計で平日39本、土休日15本。
土休日に本数が激減するのは病院と学校が休みな為で仕方ないですな。
なお杉平線は安田、北条越後広田各駅との行き来にも利用でき、少し歩く気があればその先の長鳥駅訪問にも使えます。

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茨目駅南口待合室内部の様子、上は2006年10月、下は2014年5月撮影。
1999年に作られた最近の建物で、純粋に待合室としての機能のみ。
接するホームは上り(直江津方面)なので、圧倒的に対柏崎駅指向であろう当駅の場合、利用客が列車を待つのは主にこちら側ということでしょう。

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上りホームの安田駅方から見た茨目駅構内、2014年5月撮影。

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上りホーム端から安田駅方を見通す、2013年6月撮影。
ホーム直後の高架は北陸自動車道です。
圧迫感と遮蔽感が大きく、ここからの列車撮影は宜しくありませんな。
ここから先は一気に田舎めいてきて、列車は旧安田町の中心部まで田圃の海の中を進みます。

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上りホームから見た茨目駅構内中心部の様子、2013年6月撮影。

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上りホームの柏崎駅方から見た茨目駅構内、2013年6月撮影。
ホーム上にアクセントが無く、幅も狭いためにとりとめのない長大さがより強調されてしまうのです。

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上りホーム端から柏崎駅方を見る、2013年6月撮影。
ここから少し進むと旧柏崎市の市街地に入ります。

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茨目駅に停車中の115系電車長岡行、2013年6月撮影。

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茨目駅で行き交う115系電車長岡行と直江津行、2014年5月撮影。

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茨目駅を通過する485系電車R編成の快速「くびき野」新潟行、2014年5月撮影。
私が駅撮りでR編成の「くびき野」を見たのは、これが唯一でした。
羽越線の特急「いなほ」がE653系に更新され始めてからは、「くびき野」にR編成が入ることが間々あったと話に聞きます。

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茨目駅を通過する485系電車T編成の特急「北越」金沢行、2013年6月撮影。

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「くびき野」撮影待機中にやって来た快速「越乃Shu*Kura」、2014年5月撮影。
私はこの手のイベント列車は好みではないので、狙って撮りに行こうとは思いません。
これを撮るために停車駅にいちいち出向くのはめんどくさいのですよ。

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2009年7月19日 (日)

羽越本線・中浦駅

本日の駅紹介は羽越本線・中浦駅。

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新潟県新発田市に所在する無人駅で、2003年(平成15年)7月7日以前は北蒲原郡豊浦町の所在でした。
当駅から新発田方向へ500m程進むとに豊浦町役場があり、また駅裏手には新発田南高校分校と豊浦中学があり、豊浦町の行政文教の中心が当駅周辺です。
ただ一般には隣の月岡駅の方が著名な月岡温泉の存在ゆえに有名で、下越地方の重要駅新発田と月岡駅の間に挟まれた当駅は非常に地味な存在と言えます。

さて当駅は神山駅同様、まず太平洋戦争下の決戦輸送に備えた信号場として昭和19年4月1日に開業し、戦後の昭和28年(1953年)7月1日に正式に駅として再出発しました。

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中浦駅駅舎の様子、2007年3月撮影。
建築財産票によると平成10年(1998年)10月25日の竣工。
純粋に待合室のみの機能で狭く、うまく撮影できないほどです。
室内は窓側に作り付けの木製ベンチと自動券売機が一台。
私が中浦駅を最後に訪れた2007年3月時点ではゴミ箱は無く、その点御注意ください。
券売機の稼動時間は05:50~23:20。
トイレはホーム側に出入り口があり水洗です。
室内の美観は可もなく不可もなくという感じ。

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中浦駅前広場は車が数台駐車できるスペースを有しており、駐輪場も設置。
2003年7月撮影。


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駅前広場から国道方向を望む、2007年3月撮影。

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駅前通りを進むと国道460号線に出ます、2006年11月撮影。
私が最後に訪問した2007年3月時点では、国道を新発田方面に少し行くとセブンイレブンがありました。

旧町役場は新発田市役所の分所として引き続き機能しており、その辺での一定の需要はありますから現存しているものと推察します
けれど、最近はあちこちでコンビニの撤退が多くて油断できません・・・。
私の住まいの近所の某駅最寄のコンビニも、そこそこ客が入っていたにもかかわらず突然閉店、数ヶ月経った今でも空き店舗のままですからねぇ。
なお国道には新発田-月岡温泉間の路線バスが運行されておりますが、本数は少なく駅歩きの使い勝手は宜しくありません。

新発田方面には家並みが続きますが、水原方面に少し進めば一面北蒲原の田圃の海!

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水原方陸橋から見た中浦駅とその周辺、2006年11月撮影。

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同じく水原方面を望む、2007年3月撮影。

駅水原側の陸橋から望めば、遮るもののない田圃の海の中を真っ直ぐ推し進む単編成の列車を捉える事が出来るでしょう。
羽越本線新津-新発田間においてこの展望は私的にベストなもので、これに匹敵するのは京ヶ瀬駅跨線橋からの見渡しぐらいです。

中浦駅構内は現在一面一線のみの使用ですが、駅出自である信号場以来の二面二線時代の面影は未だ色濃く残っております。

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ホーム神山駅方から見た中浦駅構内、2006年10月撮影。

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旧二番ホームから神山駅方面を望む、2006年10月撮影。

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自由通路化していた中浦駅跨線橋の様子、2006年10月撮影。

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中浦駅跨線橋から新発田方面を望む、2007年3月撮影。

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同じく水原方面を望む、2006年10月撮影。

旧二番線は線路こそ撤去されておりますが、ホームは完全な形で残存しています。
旧二番線にも駅への出入り口があり、古びた跨線橋を通って一番線にまた国道方面に抜けられるという自由通路としてうまく再利用されています。

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中浦駅を出発するキハ52を先頭にした普通列車米沢行、2005年5月撮影。

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羽越線・新発田-新津間には朝夕のみ姿を見せていた115系電車新津駅が中浦駅を出発、2005年5月撮影。

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中浦駅を通過するD51形蒸気機関車牽引のイベント列車新津行、2007年3月撮影。
客車はオリジナル塗装の12系です。

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2009年7月 9日 (木)

巻駅(越後線)

本日の駅紹介は越後線・巻駅。

2017年4月15日記、画像の貼り替えと加筆修正を実施しました。

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新潟県新潟市西蒲区に所在する有人駅で、開業は1912年(大正元年)8月25日。
西蒲区役所最寄の地域拠点駅です。
開業当時の所在は西蒲原郡巻町でしたが、当時の「町」は今日の「市」に相当するレベルであったので、当時からこの地域は西蒲原の郡役所が置かれるなど、中核として重きを成していたのです。
巻町は平成の大合併以前は新潟県下において、亀田町、中条町、六日町と並んで人口の多い「町」でしたけれど、大合併の号令下で新潟市に編入され、同市西蒲区の中枢地区に転じて今日に至ります。

JR東日本によると、2015年度の巻駅1日平均乗車人員は2,471人で、同社新潟県内有人67駅中14位。
越後線の頻発運転区間内に所在する小針駅と同規模の数字で、データイム毎時一本の運行頻度を考えると、一列車当たりの乗車人数は相当なものです。
しかし観光需要は特に無いところですので、その数字の大きさに反して地味な印象の駅であります。
上越新幹線大宮暫定開業時まで新潟-青海間に運行されていた気動車急行「ひめかわ」の停車駅だったのが、当駅唯一の華やかな履歴でしょうか。

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巻駅駅舎の様子、2012年6月撮影。
国鉄時代のこのクラスの駅の標準的デザインである平屋の駅舎は、建築財産票によると昭和43年10月の竣工。
駅前にはタクシーが概ね待機しています。
新潟市の「JR越後線の利便性と運行頻度工場に向けた取組み」によると、当駅は白山駅や内野駅と共に「多核連携型の都市構造を支える地域拠点駅」に指定されていて、バリアフリー化や自由通路の整備が唄われています。
白山駅と内野駅はこの方針に沿った改築が終わっているので、次はいよいよ巻駅の改築になるのでしょう。
現在、駅へのアクセスが悪くて利便性の低い国道116号線側との連絡を円滑にするためにも、近い将来の橋上駅舎化はほぼ確実と思われます。

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巻駅前通りの様子、2012年6月撮影。
駅前にはファミリーマートが出店しています。
この通りを進むと旧巻町の中心街に出ます。
西蒲区役所(旧巻町役場)に銀行、農協、後は昔ながらの食堂や寿司屋、美容店という風情。
路地も多く、昔からの町並みが続きます。

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巻駅駅舎内部の様子、上は2008年4月、下は2014年7月撮影。
自動券売機は2台設置されていて、当駅の利用の多さを反映しているよう。

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巻駅駅舎内待合室の様子、2012年6月撮影。
待合室内にはかつてキオスクがあって、私が巻駅を最初に訪問した2005年3月時点ではまだ営業していました。
しかし翌年11月の再訪時には撤退していて、その代わりのように駅前にコンビニのファミリーマートが出店していました。
現在、キオスクの面影は床の色が店舗の部分だけ他と違う事でしか見る事はできません。

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巻駅駅舎の構内側の様子、2014年7月撮影。
画像奥が跨線橋出入り口です。

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1番線の越後曽根駅方から見た巻駅構内の様子、2012年6月撮影。
当駅は列車交換駅で、交換が無い場合の列車発着は1番線になります。

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ホーム端から越後曽根駅方を見通す、2012年6月撮影。

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1番線の岩室駅方から見た巻駅構内、2012年6月撮影。
ホームの上屋はこの時、改修工事中でした。

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巻駅跨線橋内部の様子、2012年6月撮影。
昔からの利用の多さを物語る幅広の通路です。

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跨線橋上から見た巻駅構内の新潟方の様子、2005年3月撮影。
周辺の建物の多さが人口密度の高さを物語ります。

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同じく吉田方の様子、2005年3月撮影。
この時点で旧3番線が本線と接続していないのがわかります。

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2番線の越後曽根駅方から見た巻駅構内、2012年6月撮影。
2017年3月改正ダイヤでは、当駅での列車交換は1日十二回あります。
2012~14年度に実施された内野-吉田間の増発社会実験時には、列車交換が隣の越後曽根駅に多く割り当てられたことで1日七回に減少していました。
社会実験が失敗に終わり、データイム毎時一本の運行体制に戻ってからは、列車交換の重心は再び当駅に移っています。

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ホーム端から旧3番線と副本線の分岐を見る、2012年6月撮影。

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越後曽根駅方から見た旧3番線の様子、2012年6月撮影。

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旧島式ホーム上屋下の様子、2014年7月撮影。
こちらには待合室もありません。

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旧島式ホームの岩室駅方を見る、2012年6月撮影。
旧3番線のこちら側は副本線との接続が既に切られています。
私のようなシロウトは、この3番線を復旧させて、新潟-巻間の区間列車発着用に・・・なぞと妄想に耽ってしまうところなのですけれど、近年の増発社会実験失敗を考えると、その可能性はゼロと断言せざるを得ません。
前述の橋上駅舎化が実施されれば、撤去されてしまう可能性が高いと思います。

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巻駅1番線から出発するE127系電車新潟行、2014年7月撮影。

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巻駅1番線に到着して列車交換待機中の115系電車新潟行、2014年7月撮影。

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巻駅2番線に到着した115系電車吉田行、2014年7月撮影。

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駅至近の吉田方踏切から見た巻駅構内の様子、2012年6月撮影。

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構外跨線橋から見た巻駅構内と周辺の様子、2012年6月撮影。

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構外跨線橋上から吉田方を俯瞰で見通す、2012年6月撮影。
巻駅構内の有効長が大きいのがわかります。
巻駅のそもそもの出自はローカル私鉄の越後鉄道の停車場なのですが、何事も切り詰めて設計するローカル私鉄の駅としてはかなり広く見えるのです。
国有化以降に有効長の延長があったのかどうか。

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構外跨線橋もしくは踏切を渡って少し進むと行き当たるのが国道116号線、2012年6月撮影。
旧巻町の商圏の重心はこちら側に移っています。

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2009年7月 5日 (日)

刈羽駅(越後線)

本日の駅紹介は越後線・刈羽駅。

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新潟県刈羽郡刈羽村に所在する無人駅で、開業は越後鉄道時代の大正元年(1912年)11月11日です。
刈羽村は柏崎市と西山町に挟まれた位置にありますが、西山町は2005年(平成17年)5月1日をもって柏崎市に編入、また同じく刈羽郡の高柳町も同時に柏崎市に編入された為、刈羽村は刈羽郡唯一の自治体にして周囲を柏崎市に囲まれた飛び地のような形になりました。

交通流動・商圏共柏崎志向であり、柏崎市に合併編入されるのが自然の流れではあるのですけれど、それが成されずにいる最大の理由は、当村に所在する柏崎刈羽原発の存在と思われます(原発は当駅から西方へ約1.5km)。
原発の存在によってもたらされる税収その他による財政的安定は、柏崎市と合併する以上のメリットを当地にもたらしているのでしょう。
原発は2007年に起きた新潟県中越沖地震で運転を停止、原発付近の海底に新たな活断層が発見され、また原発自体も運転停止後、それが原子炉とは直接関係していないものの火災発生等の不手際が目立ちました。
2011年3月の福島第一原発事故後は新潟県の原発再稼動反対の世論の前に再稼動の目処が立たない状況です。
もし原発の再稼動が認められず廃炉となれば(原発の発電力の大きさを考えると、東京電力がそうする可能性は低いと思いますけれど)、刈羽村の財政にも大きな影響を及ぼし、柏崎市への合併編入が俎上に上るのかもしれません。

さて難しい話はこれぐらいにして、本題へ移ります。

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刈羽駅駅舎の様子、2006年10月撮影。
建築財産票によると昭和59年(1984)3月31日の竣工。
駅舎竣工は越後線全線電化開業の8日前に当たります。
トイレは駅舎内に設置されていますが、出入り口は駅前広場側です。
男女兼用で非水洗式、内部はお察しください・・・。
特筆すべきは当駅の許容積雪量で、170cmという数字は近隣の駅のそれの2倍弱!
中越沖地震でも大きなダメージは受けなかったようですし、強度の高さは相当なもので
しょう。
地盤の良し悪しも関係しているのでしょうが、隣の荒浜駅は大ダメージを受けて駅舎改築のやむなきに至ったというのに。
駅舎建設の出資者がどこなのかはわかりませんが、刈羽村だとすればこれも原発マネーの威力でしょうか。
しかしハコモノ作りには気合を入れてもその後の維持管理はねぇ・・・。
その象徴的な当駅トイレの有様だと感じた次第。

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刈羽駅前広場はこのような広さ、2006年10月撮影。
ホーム脇はベンチのある小さな公園になっています。
駅前広場にはコミニュティバスのバス停とその待合所が置かれています。

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刈羽駅駅舎内部の様子、2006年10月撮影。
駅舎内はかつて有人だった事を思わせる、カーテンで閉ざされた窓口があります。
待合室内は元有人駅?とは思えない手狭さで、JR東日本新潟支社管内無人駅の
定番である朱塗りのベンチが一つと自動券売機が一台。
自動券売機の稼働時間は5:30~21:20で、稼動終了時刻の速さに一瞬早っ!
と思います。
しかしよくよく時刻表を眺めてみれば、当駅の最終柏崎行は20:46。
列車運行の実態に合わせた何の不思議もない当然の措置なのでした。
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刈羽駅前通りの様子、2006年10月撮影。
駅前すぐに酒屋が一軒、その他は長閑な小集落の家並み。
宅地は駅裏のほうがやや多めでしょうか。
国道116号線から300m程入ったところにある為、車の往来もわずかで静かなもの
です。
なおこの駅前通りを直進して出る県道には「刈羽駅入口」バス停があって、北越後観光バス運行の路線バス柏崎出雲崎車庫線が停車します。
駅から近いので便利な存在なのですけれど、土休日は本数が非常に少なく使い辛いのが難点。

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荒浜駅方から見た刈羽駅構内の様子、2004年5月撮影。
かつては2面2線だったそうで、跨線橋の建ち方や線路と並行する道の距離から、線路右側の草生した空間がレールとホームの撤去跡であろうかと推察されるところです。
架線柱の位置から見て、電化工事に着手した時点で既に撤去されていたのでしょう。

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刈羽駅構内中央部の様子、2006年10月撮影。
上屋は車両一両分です。

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西山駅方から見た刈羽駅構内、2004年5月撮影。

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構外跨線橋上から見た刈羽駅の西山駅方、2004年5月撮影。
ホーム上ではあまり見るべきところのない当駅において、見所はなんといってもここからの風景です。

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同じく荒浜駅方を見る、2004年5月撮影。
この歩道橋も恐らく原発マネーの賜物なのでしょうね。
駅前後には踏切があり、このクラスの無人駅では線路横断はそれだけなのが普通なのですから。

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刈羽駅に到着した115系電車柏崎行、2006年10月撮影。

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越後線と並走する国道116号線の刈羽駅付近の様子。
鉄道補完のバス路線として、越後交通運行の柏崎長岡線がこの道を走っていて、刈羽駅最寄は「メーソンネーラン前」です。
ただし最寄といっても駅からバス停までは500m以上ありますので、利用の際は時間に余裕を持っておいた方が吉でしょう
各駅前に直接乗り入れてはいませんが、礼拝、西山、西中通東柏崎各駅へのアクセスに使えます。
荒浜駅の場合はバス停まで距離があるので、補完とはいい難いかも。

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2009年7月 2日 (木)

神山駅(羽越本線)

本日の駅紹介は羽越本線・神山駅。

2017年3月12日記、画像貼り替えと加筆修正を実施しました。

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新潟県阿賀野市に所在する無人駅で、2004年3月末日までは北蒲原郡笹神村の玄関駅でした。
・・・とは言え、村役場のある旧笹神村の中心集落は当駅から3.5km南にあり、旧村内唯一の鉄道駅という位置付けながら、玄関駅としての役割は希薄です。

神山駅は昭和19年9月に戦時下輸送増強施策としてまず信号場として開業。
戦後の1955年(昭和30年)1月20日に正式な駅として装いを新たにしました。

戦時下、白新線は未だ開通しておらず、日本海沿岸の陸運は単線の羽越本線がその重要な一翼を一手に担っており、当駅の属する新津-新発田間においても決戦輸送体制の中激増する輸送量に対応する為に既存の水原月岡両駅に加えて、列車交換の為の信号場が必要とされたのです。
近隣の京ヶ瀬中浦両駅もやはり信号場としてこの時期に開業し、戦後正式な駅として再出発して今日に至っております。

さて現在の神山駅は一日上下合わせて23本の普通列車が発着する、北蒲原の穀倉地帯の緑の大海にポツンと浮かぶ、駅裏手に小集落がある長閑な小島という風情です。
ちなみにこの上下23本という数字は、昭和55年10月改正ダイヤと同じなのです。
まぁ当時の普通列車はや中編成の客車列車8本と気動車列車15本、現在は朝夕の中編成の電車列車、残りは2両編成の気動車列車で、乗車定員は大きな差があるのですけれど。

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神山駅駅舎の様子、2013年10月撮影。
建築財産票によると平成8年2月25日の竣工。
着ぐるみ改造前の双頭怪獣パンドンを思わせる正面上部の造りが印象的な建物です。

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神山駅駅舎内部の様子、2013年10月撮影。
待合室のみの機能で内部は平成に入って改築された無人駅に散見される、採光重視?の天井のやたら高いタイプです。
この手の建物に付き物なのが、高すぎる天井故に清掃が行き届かないという事。
当駅もご多聞に漏れず、蜘蛛の巣と虫の死骸が目立ってうーむ・・・。
またデカいハエが数匹ブンブンと飛び回っていて鬱陶しい事この上無し。
出入り口が開放されっぱなしなので、虫は入り放題。
利用者は閉口し、喜ぶのは獲物に事欠かない天井の蜘蛛という寸法です。、
トイレは駅舎のホーム側にあり、2006年10月に確認した時は一応水洗でしたが、いわゆる「簡易水洗」というモノ。
内部はまぁ、ご想像にお任せします・・・。
しかし近年のバリアフリー化に伴うトイレ改装の波に乗って、当駅のトイレ事情もその後変化しているかもしれません。
また現在はこのようなローカルな駅にも、suicaの簡易改札機がこのように当たり前のようにニョキリと屹立しているのです

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神山駅前広場から国道460号線に向かう駅前通りを見る、2013年10月撮影。

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神山駅前通りの様子、2013年10月撮影。
周辺は北蒲原の田圃の海。
秋の土曜日の早朝、朝陽を浴びながらこの道すじをフラフラと徘徊するのは大変に爽やかなのであります。
なお神山駅界隈と阿賀野市役所間には阿賀野市営バスの神山線が運行されていますが、平日のみの運行で一日上下8本。
土休日の駅廻りには残念ながら使えません。

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駅から徒歩五分で国道460号線に到達、2013年10月撮影。
この七年前に見た時と変わりなく、GSが目立つだけの長閑な道です。

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棒ホームの月岡駅方から見た神山駅構内、2013年10月撮影。
複線規格の架線柱が示すように、当駅はかつて列車交換可能な構造でした。
古い時刻表を見ると、昭和60年3月ダイヤ改正では当駅で普通列車の交換が1日2回実施されていました。
神山駅は新津-新発田間の丁度中間に位置するので、本来列車交換に適した立地なのですが、交換設備は両隣の水原駅と月岡駅が維持されて、当駅はその割を食った感じ。
なお御他聞に漏れず、当駅のホームも2/3は完全に遊休化してしまっています。

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ホーム端から月岡駅方を見る、2013年10月撮影。
かつての本線と副本線の合流部を示す少し曲がった線路の位置を見ると、画像に写っている踏切もかつては駅構内だったことになりますな。
ホームも10両編成がギリギリ収まりそうな長さなので、かつての構内の広さは相当なもの。
流石は戦時決戦輸送用に、長編成の貨物列車の交換が可能なように作られた元信号場の事だけはあります。

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神山駅ホームの月岡駅方の現在有効長はこの辺までです、2013年10月撮影。
この当時は朝晩の115系電車6両編成が定期列車の最長編成でした。

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黄色い太線の終端が6両編成の月岡駅方終端になります、2013年10月撮影。

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神山駅ホームの中央部を見る、2013年10月撮影。

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ホームの水原駅方の現在有効長はこの辺まで、2013年10月撮影。

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黄色い太線の終端が6両編成の水原駅方終端になります、2013年10月撮影。

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棒ホームの水原駅方から見た神山駅構内、2013年10月撮影。

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ホーム端から水原駅方を見通す、2013年10月撮影。

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神山駅を出発するキハ110系気動車2連の新津行、2005年5月撮影。

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神山駅に到着したキハ40系気動車の新津行、2013年10月撮影。

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神山駅に停車中の115系電車新津行、2013年10月撮影。
羽越本線の新津-新発田間で、寝台特急「トワイライトエクスプレス」「あけぼの」を除けば、当時最大編成長の定期旅客列車がこれでした。

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キハ52形が先頭の気動車3両編成坂町行が神山駅に到着、2005年5月撮影。

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秋の朝、轟音と共に神山駅を通過するEF510形電気機関車牽引の下り貨物列車、2013年5月撮影。

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EF81形電気機関車牽引の上り貨物列車が神山駅に進入、2005年5月撮影。
かつては普通客車列車を牽引して当駅に出入りしていたこの機関車も、間もなく過去帳入りです。

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神山駅を通過するジョイフルトレイン「NO.DO.KA」、2005年5月撮影。
この時の当駅滞在時間は一時間20分程でしたが、行き帰りの列車は別にしてもこの間、普通列車と団体列車と貨物列車が各一本ずつ出入りしていて、なかなかに列車密度は高かったのです。

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