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2008年12月 7日 (日)

越後線・礼拝駅

本日の駅紹介は越後線・礼拝駅。

2017年3月20日記、画像貼り替えと加筆修正を実施しました。

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新潟県柏崎市に所在する無人駅で、大正2年(1913年)12月16日の開業。
国鉄買収前の越後鉄道の駅としてのそれでした。
開業当時の所在は刈羽郡内郷村で、内郷村はその後昭和34年4月に周辺町村と合併して西山町となり、更に平成17年5月に柏崎市へ編入され今日に至っています。 駅名こそ当駅の地名(内郷村になる前、明治時代の村名でもあります)「礼拝」ですが、旧西山町役場は当駅が最寄(距離約300m)です。
また駅の乗降客も、何度となく観察した限りにおいては両隣の西山、石地両駅よりも当駅の方が明らかに多く、旧西山町の中心地域として成立している様子を窺い知れます。
線路沿いには古い民家が軒を連ねて集落を形成しており、路地の狭さなどから考えてかなり昔からの町並みと推察されます。

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礼拝駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
建築財産票によれば平成4年2月5日の竣工、許容積雪量は70cm。
近年のローカル線の小駅改築駅舎としては大きい建物。
隣の西山駅の、構内の広さに似合わないこじんまりとした駅舎とは対照的です。
この辺はやはり利用状況を反映しての事でしょうか。
当駅の駅名板は周辺の諸駅と同じく、2006年訪問当時の立体文字からJR東日本定番の駅名板に変わっています。
駅前にはタクシー乗り場がありますが常駐はしていないようで、必要な場合は案内板に書かれている番号に電話して来てもらうのでしょうな。

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礼拝駅前広場の様子、上は2006年10月、下は2013年6月撮影。
画像右手の線路脇に上屋付の駐輪場があります。
駅の規模に対して異様に広いのですが、かつての列車交換設備と貨物側線跡を広場に転用拡幅した故ではないかと推測するところです。
続西山町誌によると、不要の線路が全て撤去されて駅が現在の形になったのは昭和53年末の事のようです。

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越後線の線路に並行する駅前通りから駅前広場方を見る、2006年10月撮影。
この辺りの様子は2013年6月時点でも変わっていません。
昔はそれなりに人を集めたのではないかと思われる店の立ち並び方ではありますけれど・・・。

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礼拝駅付近の県道の様子、2006年10月撮影。
2013年6月に再訪した際は、他駅訪問の時間調整も兼ねてで滞在は十数分しかなく、駅および駅前の確認しか出来ず、この辺りはこの時に見たきりです。
当時は付近にスーパーもコンビニも無く、元コンビニと思われる店は日曜の早朝とあってか閉まっていて、ないないづくしの秋風に吹かれて実に侘しい気分になったものです。
しかし当駅と西山駅(駅間約2km)の中間辺り、ちょうど国道116号線と合流する辺りにはスーパーとホームセンター、コンビニが集中して出店していて、当地域の商業集積地区になっています。
国道の通行量が多いことも手伝ってなかなか賑やかで、旧西山町は断じて寂れていないという名誉の為に一言申し添えておきますです。
なお国道116号線には、越後交通運行の路線バス長岡柏崎線が経由していて、柏崎から東上して礼拝駅付近でその進路を90度変針して、内陸部の長岡に向かっています。
越後線補完では西山駅西中通駅、柏崎駅の移動に利用できます。
刈羽駅荒浜駅東柏崎駅はバス停から少々距離があるのが難点。
2017年1月時点では平日上下16本、土休日は12本が運行されています。
2006年10月時点では通年で上下18本程の運行で、過疎ダイヤの越後線南部区間の駅廻りに重宝する路線でしたなぁ。
現在、土休日はめっきり本数が減って越後線とさして変わらない利便性になってしまいました。

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礼拝駅駅舎内部の様子、2013年6月撮影。
有人体制を前提としていたようですが、今日では遊休化著しい空間です。
旧西山町誌によると、昭和53年度の当駅年間乗車人員は142,298人で、単純計算すると1日平均約390人でした。
隣の西山駅は1日平均約408人でしたけれど、昭和40年度との比較では西山駅の減少率が65%に対して当駅のそれは42%。
柏崎市統計年鑑によると平成20年度の西山駅1日平均乗車人員は約40人。
減少率の推移に変化がなく、礼拝駅の方がその率は小さいとすると、現在では西山駅よりも当駅の方が乗車人員は多いことになるのです。

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ホーム側から見た礼拝駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
トイレは建物の右手のドアがそれで、この時点では男女兼用でまだ未改装でした。
最初から水洗仕様なのは流石平成の建物と申せましょう。

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ホームの西山駅方から見た礼拝駅構内、2013年6月撮影。
現在のホーム有効長を示す黄色の太線はしっかり記されています。

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ホーム端から西山駅方を見る、2013年6月撮影。
線路はこの先カーブしていて見通し悪し。

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ホームの石地駅方から見た礼拝駅構内、2013年6月撮影。
幅広のホームが示すように、当駅はかつて島式ホームで列車交換可能でした。
続西山町誌によると、当駅は昭和48年12月に列車閉塞区間を廃止して信号関係の施設を撤去したそうで、この時に停留所されたと思われます。
その時点では現在も交換設備を持つ西山駅に加えて石地駅の交換設備も健在でしたから、その中間に位置する当駅の棒線化もやむを得ない措置であったのでしょう。

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ホーム端から石地駅方を見通す、2013年6月撮影。
この先、礼拝駅から石地駅、小木ノ城駅を経て出雲崎駅までの区間は、過疎電化路線の越後線南部区間において最も鄙びている地域を走ります。

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旧島式ホームの様子を今に留める辺り、2005年5月撮影。






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礼拝駅を出発する115系電車吉田行、2013年6月撮影。

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