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2008年12月 3日 (水)

米坂線・越後大島駅

本日の駅紹介は米坂線・越後大島駅。

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越後大島駅の駅名標

岩船郡関川村に所在する無人駅で、1931年(昭和6年)8月10日に米坂線・坂町-越後下関間が開通したのと同時に開業しました。
開業当時の所在は岩船郡関谷村で、同村は昭和29年に隣の女川村と合併して現在の関川村になり、今日に至ります。

私は当駅には都合3回訪問しましたが、二度目の訪問時(2004年8月)には開業以来の木造で風格ある駅舎が健在でした。
二度目の訪問でとりあえずの取材は果たせたので、この駅に降り立つ事はもうないだろうなぁと感慨を抱きながら、車上の人となったものですが・・・。
それから二年強経った2006年10月、村上から路線バスで越後下関界隈へ行ったその帰路、当駅の風景にびっくり仰天! 
その日のそれ以降の予定は全てキャンセルして再びホーム上の人となった次第。
何故びっくり仰天して脊髄反射的に降り立ったかと言うと・・・、
それは当駅のあのクラシカルな渋い駅舎が完全に撤去され、真新しいモノに変わっていたから・・・。

越後大島駅旧駅舎の様子その一
越後大島駅旧駅舎の様子その二
越後大島駅旧駅舎の様子、2003年11月撮影。

越後大島駅の新駅舎
越後大島駅の新駅舎全景、2006年10月撮影。
新駅舎はかつては有人だった旧駅舎と異なり、待合室の機能のみの完全なる無人駅スタイル。
建築財産票によれば、竣工は平成18年9月。
私が降り立った時点でまだ一ヶ月程度の出来立てホヤホヤです。
許容積雪量は100cm、当地の降雪状況からみてまずは妥当な線でしょう。

新駅舎内部の様子
新駅舎内部の様子、2006年8月撮影。
室内は流石に目立った汚れもなく綺麗でしたが、ベンチは廃物利用とおぼしき無人駅定番の見慣れたモノ。
旧駅舎時代同様、自動券売機も乗車証明発行機も未設置でした。
新しい皮袋に古い酒といった趣、定期客しか望めない立地とあっては止むを得ませんが・・・。

当駅駅舎の改築にあたり、利用者にとって最大の福音はトイレが画期的に綺麗になったという事です、これは本当に素晴らしい!
駅舎構造物内に造り付けのトイレは男女別で水洗、またお年寄りや身体の不自由な方にとって心強い捉まり棒まで付いたバリアフリー仕様です。
タイミング良くもよおしてきましたので、早速バリアフリートイレにて用足し。
綺麗な水洗式ですと、やっぱり気分は良いですなぁ~。
汚くて非水洗のトイレで用足しをした時の、「はやく済ませてここを出ねば!」という切迫感を感じなくて済むのが精神的に非常に宜しい。
旧駅舎時代は駅前広場の坂町側端に、これまた開業当時からのものでありそうな掘っ立て小屋然のトイレが、昔の字体で「便所」の看板もいかめしく屹立していたものです。
切迫感以上のナニかを感じさせずにはおかない禍々しい空気を発散していましたっけ。
内部を見学するには少々勇気のいる風体でしたので未確認に付き歴史の忘却の彼方ですけれど、まず間違いなく「重力自由落下式」であったことでしょう。
余程もよおして切羽詰まった時以外は、断じて利用したくない雰囲気プンプンでしたもんねぇ(笑)。

かつては有人だったその名残からなのか、当駅の駅前広場は広大です。
米沢寄りには屋根付きの自転車置き場があります。
駅前正面から自転車置き場横に抜けている道路はこれでも国道で、関川村中心部への路線バスが平日一日三往復走っております
(注:2006年10月現在)。
この国道290号線はこの先線路を越えて、下越地方では著名な観光スポットの胎内(スキー場やキャンプ場を有する)へ向かっています。
なおこの道路(駅前を底としたL字状になっており、場所によっては見通しが悪く突然車が現れたりします)は車がかなりトバしてきたり大型車が入ってきたりしますので、駅舎全景の撮影時はくれぐれもご注意ください。

越後大島駅前の国道290号線
国道290号線を胎内方面へ。これでも国道です。

駅前から真っ直ぐ伸びる国道沿いは集落を形成していて民家も多く寂れた印象はあまり抱きませんが、御多分に漏れずスーパーは無し。

駅前から国道119号方面を望む
駅前から国道119号方面を望む、2006年10月撮影。

越後大島駅前通り
駅前通りから駅方向を見る、2006年10月撮影。

駅前通りには第二、第四日曜は休業というヤマザキショップ(コンビニに非ず)と、旅館の看板が一軒(営業しているかどうかは定かではない)があるきりです。
駅から3~400mほど進むと国道113号線(新潟と山形内陸部を結ぶ主要国道で交通量非常に多し!)と合流し、信号を渡るとヤマザキデイリー(こちらはコンビニ)兼酒屋に到着、食料確保を確実に行えます。

駅近くの国道119号線の様子
またこちらは駐車場も広く、トラックの休憩所としてだいぶ繁盛しているようです。

駅に戻って構内を見ると、短いホーム一本の典型的ローカル駅の趣。

旧駅舎時代の越後大島駅のホームその一
旧駅舎時代のホームを坂町方から見る、2003年11月撮影。

旧駅舎時代の越後大島駅のホームその二
同じく小国方から見る、2003年11月撮影。

近年の越後大島駅構内
駅舎も駅名標も変わった近年の越後大島駅、2013年6月撮影。

踏切から見た越後大島駅構内
小国方の踏切から見た駅構内、2013年6月撮影。

旧駅舎時代はそれでも重厚な造りの駅舎が歴史の重みを加えて、その存在感を大いにアピールしていたものですけれど、改築後はそうしたモノも完全に消え去ってしまい、真新しくも大変こじんまりとした待合室と昔ながらのホームがなんともミスマッチで違和感を拭いきれません。
トイレが綺麗になった事は大変素晴らしい事なので苦言を呈するのも心苦しいのですが、もうちょっとデザインに注意を払って欲しかったなァと感じる次第です。
当駅の御得意である通学生諸君にはそんな事知るか!なんでしょうけどね。

本線の横にはもう一本の線路と短いホーム状の構造物。
今も残る貨物用ホームではさばききれない重量級の貨物(出荷米とか)はここで出し入れしていたのかもしれません。
線路は本線とは完全に切り離されており、かつての鉄路隆盛時代を今に留めるモニュメントのようになっております。

越後大島駅を出発する快速「べにばな」
キハ47形を最後部に出発する坂町行快速「べにばな」、2005年8月撮影。

越後大島駅を通過するキハ58系気動車の「なつかしの急行あさひ」その一
越後大島駅を通過するキハ58系気動車の「なつかしの急行あさひ」その二
通過するキハ58系気動車の「なつかしの急行あさひ」、2005年8月撮影。

越後大島駅を出発するキハ110系気動車
出発するキハ110系気動車を先頭とした普通列車坂町行、2013年6月撮影。

さて2006年10月、駅舎改築を目撃して脊髄反射的降車を敢行した私・・・。
列車の本数は少なく、国道119号経由で坂町と越後下関を結ぶバスも当時は土休日はたった2往復の運行で使い物にならず・・・(2016年時点では土休日全便運休)。
このままこの待合室で、次の列車(1805発坂町行)が来るまでよるべなく二時間半もじーっと待っているのもゲイがない。
ならばと思い立ったのが、坂町駅までの道程七キロ半を歩いてみよー!
私の歩行速度だと一時間二十分ってとこですかね。

幸いというかなんというか、当駅と坂町駅の間には、1995年12月まで無人駅の花立駅があったのです。
かねてからその跡地を訪れたいと思いながらも、場所が中途半端でなかなか旅程に組み込めず、後回しにしていたところです。
こんな機会ももうないだろうし、ここはこのヒマヒマな待ち時間を天祐と受け止めて、花立駅跡を見物しつつ坂町駅へ勇躍発進!と相成ったわけです。

道中、国道は荒川を右に見ながら進みます。

道中にあった警報機付き踏切
道中にあった警報機付き踏切、2006年10月撮影。
この先民家とか無いようですけど、何故警報機付き?

史跡「せばの渡し」
史跡「せばの渡し」、2006年10月撮影。
荒川を往く舟の発着場がこの辺りにあったようです。
明治十九年廃止。

約3kmを歩いて念願の花立駅跡に到着。
「花立駅跡」の駅名票が設置されていますが、道路から高台のホームへ上がる階段は埋められたそうで私にはその跡を確認出来ませんでした。

花立駅跡の様子その一
花立駅跡の様子その二
いずれも2006年10月撮影。

従って廃ホームは確認出来ず・・・米坂線列車乗車の際にはこのあたりに差しかかると目を皿のようにして廃ホームを探すのですが、その手かがりすら発見出来ません。
駅廃止十年以上を経て雑草が生い茂りすっかり朽ち果てて原型を留めていないのか、それとも撤去されてしまったのか・・・。

俯瞰で花立駅跡と思われる辺りを撮る
俯瞰で花立駅跡と思われる辺りを撮る。うーむやはりワカラン・・・、2006年10月撮影。

花立駅廃止の理由は利用者減少との事で、確かに駅周辺には土地改良区の建物以外何もありませんが、橋向こうを見れば民家も見え国道を坂町方面へ進めば矢張り民家もありますから、全くの無人地帯というわけではありません。
この程度の立地条件なら、ローカル線ではたいして珍しくもないと思いますけれど、それでも廃止に踏み切ったのは何故なんだろうと少々疑問です・・・。

荒川の上流方を望む
荒川の上流方を望む。

荒川の下流方を望む
同じく下流方を望む、いずれもこ2006年10月撮影。
この辺りを境にして川の表情がガラリと変わります。

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