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2008年10月 9日 (木)

磐越西線・新関駅

本日の駅紹介は磐越西線・新関駅。

2016年7月31日記、画像入れ替えと記事の加筆修正を実施しました。

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新潟市秋葉区と五泉市の境界に所在する無人駅で、1954年(昭和29年)4月5日の開業です。
開業当時の所在は中蒲原郡新関村で、明治43年に磐越西線の新津-馬下間が開通して実に44年経って待望の村の駅誕生となったのです。
しかし新関村は駅開業から三年後の昭和32年に、村域を新津市と五泉市に分割編入されて消滅。
当駅の所在する大関地区は新津市の一部となり、当駅は新津市と五泉市が境を接する駅となったのです。
なお新津市は2005年3月の平成の大合併によって新潟市に合併編入されて同市秋葉区となり今日に至ります。

前述したように、旧新関村にとって待望久しかった駅誕生のはずなのですけれど、新関駅開業は旅客ではなく運転上の要請からでした。
戦後、所謂「ガスカー」導入によって磐越西線・新津-馬下間に列車を増発するに当たり、ネックになったのが新津-五泉間に列車交換設備を持つ駅が存在しなかった事です。
当時開業済みの東新津北五泉両駅は新津、五泉両駅に近過ぎて設備追加には適当ではありません。
そこで新津-五泉間の中間地点に当たるこの地に信号場的な意味合いで新関駅が設置されたのです。
駅開業後も駅員は運転業務専任で、窓口業務は行われなかったそうです。
そうした当駅の性格は現在もあまり変化が無く、列車交換は頻繁に行われて運転上に占める役割は大きいものの、周辺が宅地化され、駅前に温泉施設も出来た東新津駅や、宅地化に加えて近隣の高校への通学生で賑わう北五泉駅に比べると乗降客は明らかに少ないレベルに留まっています。
新潟市統計書によると、平成20年度(2008年)における新関駅の年間乗車人員は61,000人で、単純計算すると一日平均167人。
大合併後の新潟市に所在するJRの28駅の中で最も低い数字なのです。
ちなみに両隣の駅はというと、同年度の東新津駅は一日平均219人、北五泉駅は661人です。

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新関駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
建築財産票によると昭和29年2月の完成。
横長の建物なのですが、右側の木々が邪魔で建物全体を撮ることが出来ません。
この木のせいか昼間でも薄暗い印象で、建物の古さもあって防犯上は少々不安になるのです。

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新関駅駅舎内の様子、2013年6月撮影。
吹き抜けで広い室内は自動券売機と飲料の自販機、そしてこんな駅でもsuicaの簡易改札機がにょきりと屹立しています。

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2013年6月に、7年ぶりに当駅に降り立って驚愕したのがコレ。
トイレが新しくなっているぅ!
当然の事ながら男女別水洗で綺麗なトイレが!
当駅のかつてのトイレは駅舎の別棟にあって、非水洗式で芳しきにほい漂うそれはお見事なモノだったのです。
小用を足すのにも勇気を有するレベルの。
近年はバリアフリー対策も兼ねてなのか、ローカル駅でもトイレ事情の改善が進んでいて実に喜ばしい話です。

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1番ホームの東新津駅方から見た新関駅構内の様子、2013年6月撮影。
列車交換が行われない場合は、上下ともこのホームの発着になります。

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同じくホーム端から東新津駅方を見る。
比較的後発の駅だからなのか、構内有効長の大きさに対してホーム長はそれ程長くなく、画像の「6」からホーム端までは車両一両分というところ。
客車列車が主体だった頃の普通列車がちょうど収まる感じですな。
なお、現在当駅に停車する列車は、私の把握している限りで最大5両編成です。

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1番ホーム上の小さな通路、2013年6月撮影。
かつての職員用かもしれません。

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1番ホームの北五泉駅方から見た新関駅構内、2013年6月撮影。
両ホーム共に上屋はありません。
この辺も当駅の利用実態を表しているよう。

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同じくホーム端から北五泉駅方を見る、2013年6月撮影。

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新関駅跨線橋内部の様子、2013年6月撮影。
通路は狭く無人駅仕様ですが、窓が大きく比較的低い位置にあるので採光的には上々です。

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跨線橋上から構内の東新津駅方を見る、2013年6月撮影。
画像右手にあるのはパークアンドライド用の駐車場。
こうやって広域からの集客で利用を増やす努力をするのが、これからの地方の鉄道には必要なのです。
ただ当駅の属する新津-五泉間の場合、クルマから鉄道への橋渡しをするには本数がまだまだ不足だと思いますなぁ。

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同じく構内の北五泉駅方を見る、2013年6月撮影。
後背には阿賀の山々が待ち構えています。

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2番ホームの北五泉駅方から見た新関駅構内、2013年6月撮影。

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同じく東新津駅方から見た構内、2013年6月撮影。
横長の駅舎の全景は構内からのみ確認できます。
今日では遊休空間が多く、改築となれば白新線・黒山駅のような駅舎になるのでしょうな。
ただトイレを新調した事を考えると、ゴジラと同い年のこの駅舎は当分使われるのでしょう。

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2番ホーム上から見た新関駅駅舎、2013年6月撮影。

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2番ホーム端から東新津駅方を見る、2013年6月撮影。
2番ホームからは前述の駐車場に直接行き来できます。
画像右側の上屋がその出入り口。
こちら側には自動券売機や乗車証明書発行機は無く、suicaの簡易改札機のみ置かれています。

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パークアンドライドの駐車場側から見た2番ホーム出入り口、2013年6月撮影。

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北五泉駅方の踏切から見た新関駅構内の様子、2013年6月撮影。

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新関駅で列車交換する新津行キハ110系気動車と津川行キハ40系気動車、2014年8月撮影。

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2番線に停車中のキハ40系気動車会津若松行、2014年8月撮影。

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新関駅を出発して加速し遠ざかるキハ110系+キハE120形気動車の新津行、2014年8月撮影。

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新関駅1番線を通過するキハ110系気動車の快速「あがの」会津若松行、2006年5月撮影。
2番線にはキハ110系気動車の下り普通列車が待機中です。

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新関駅1番線を通過するキハ52+キハ40+キハ58系の「磐西只見ぐるり一周号」、2006年11月撮影。

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ディーゼル機関車大好きな私が萌えまくった、DD51形ディーゼル機関車牽引の「DD51ばんえつ物語号」、2006年10月撮影。
正直、蒸気機関車にはそれほど興味は無く、客車がアレなのもあって「SLばんえつ物語号」は乗ったことも積極的に撮影に行ったことも無い私ですが、もしDD51とオリジナルの12系客車のコンビで定期運行されたならば、何度でも乗り撮るのは確実と断言できます。
私の世代だと現役時代の蒸機はほぼ記憶にない(しかも幼少の頃住んでいたのは電化幹線沿い)ので、蒸機よりは義務教育の頃に磐越西線の列車で見慣れたDD51の方に郷愁を覚えるのですよ。

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DD53形ディーゼル機関車牽引の「DD53ばんえつ物語号」が新関駅一番線を通過、2006年11月撮影。
2006年秋は、気動車の磐西只見ぐるり一周号とDD51ばんえつ物語号、そして真打というべきDD53ばんえつ物語号が運転されて、私のようなディーゼルマンセーな人間にとってまさに夢のような数日間でした。

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磐越西線と並行する県道の新関駅付近の様子、2013年6月撮影。
県道には新潟交通観光バス運行の路線バス五泉-新津線が走っています。
2016年3月改正ダイヤでは平日11往復、土休日8往復です。
この県道の交通量は多く、信号以外の場所で横断するのには少々時間を要します。
付近にスーパーは無く、五泉方面に少し歩くとコンビニ(セーブオン)がありました。
県道沿いには民家が続いておりますが、道一本外れると田圃の中に農家が点在するという昔ながらの農村の風景が広がります。
周辺の新興宅地化は未だで、駅の利用客が今イチに思われるのもこの辺が原因でしょうか。

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