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2008年10月の記事

2008年10月12日 (日)

平木田駅(羽越本線)

本日の駅紹介は羽越本線・平木田駅。

2017年2月12日記、大幅リニューアルを実施しました。

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新潟県胎内市に所在する無人駅で、開業は大正13年(1924年)7月30日。
開業当時の所在は北蒲原郡乙村で、同村の玄関駅でした。
しかし乙村の中心地区は当駅から北に約3kmの海岸沿いにあり、村にとって利便性が高いとは言いかねる立地でありました。
まぁ中条駅から坂町駅へ至る最短の直線区間の中間に駅を作ったらここ平木田であったので、最初から村の利便性云々は考慮の外だったのかもしれません。
一方、当駅の南方にある黒川村中心地区への距離は約2km半。
黒川村の方が、まだしも利便性は高いと言えましょうか。
なお、乙村は昭和31年に中条町と合併、そして平成の大合併の号令下で平成17年(2005年)10月に中条町と黒川村は合併して市制を施行し、新自治体の胎内市に生まれ変わって、平木田駅とその周辺は大合併で市域を大きく拡大した村上市と境を接する地域になったのです。

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平木田駅駅舎の様子、2013年4月撮影。
建築財産票によると、昭和58年(1983年)2月8日の竣工です。
通路を挟んで待合室とトイレというレイアウトは、越後線・西中通駅と共通のデザイン。

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平木田駅駅舎内の様子、2013年4月撮影。
室内は実に狭く、ベンチはこの四人掛け一脚のみ。
この狭い室内に自動券売機が押し込まれています。
ここの他に、風雨を凌いで置ける場所は無いので仕方ないのですが。
下の画像左側は掲示板になっていますが、外から見るとこの向こうの空間はカーテンで閉ざされています。
従って駅舎改築時は有人駅ではなかったかと推理するところです。
なおトイレは通路の反対側にありますけれど、この時点ではうむ・・・と言う他なしの酷い有様。
話に聞く中国の田舎のソレっぽい感じですな、ヨゴレ方が尋常ではありませんでした。

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駅舎からホームへ至る通路、2013年4月撮影。
平木田駅の駅舎はホームと接しておらず、対面と島式の二面三線駅としては例外的な構造です。
乙村の玄関駅なのですから、村の中心地区側の下りホーム側に駅舎を建てるのが本来あるべき姿でしょう。
しかし下りホーム側にある鉄道防風林が当駅開業時からのものであったとしたら、向こう側に駅舎を建てるのは無理だったかもしれませんな。

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平木田駅跨線橋内部の様子。
昭和40年(1965年)10月5日の完成で、優等列車停車駅のような、幅広の通路です。
現在はそれほど汚れていませんけれど、かつて駅付近に某N工高があった時は酷かったですな・・・。
取材目的で当駅を最初に訪れたのは2003年の晩秋、土曜の午前9時前。
跨線橋の通路では今どきあんなのがいるのか!?というようないでたち(短ランとボンタンに赤シャツ、アフロみたいなパーマにひげを生やしている者もいて、どおくまん先生のマンガから抜け出してきたような・・・)の学生が5~6人がたむろ。
地べたに座り込んで朝っぱらからジュースは飲み散らかし(酒じゃないからまだマシか・・・ってそんな問題じゃないかw)、パンや菓子も食べ散らかし。
彼らが捨てたものではなかったようですが、通路にはペットボトルやコンビニ弁当の容器、さらにはタバコの吸殻が散乱。
壁面には訳のわからん落書き多数、もう絶句してしまいましたよ。
9時を回ると面倒臭そうに立ち上がり、学校の方向へ足をひきずりひきずりだらしなく歩いていきましたが(勿論飲み食いした後のゴミはその場に全部ポイ捨て)、ちょっと酷過ぎる光景に、こちらはしばし呆然。
一年後に他駅取材のインターバルを利用してごくわずかな時間再訪した時は、日曜の夕方ということもあり学生の姿は見かけませんでしたが、通路がゴミだらけなのは相変わらず。
前述のように駅舎の待合室が狭すぎるために、跨線橋内がDQN学生のたむろする空間になっていたようです。
そんな学生たちの通う某N工高も2008年3月に廃校になって、当駅跨線橋が大量のゴミで汚れることも無くなりました。

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跨線橋上から見た、平木田駅構内坂町駅方面、2013年4月撮影。

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同じく駅構内中条駅方面を見る、2013年4月撮影。

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跨線橋上から見た駅舎と上屋、跨線橋出入り口の位置関係。
個人的にはNゲージのレイアウトで作ってみたくなる配置であります。

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幅広の旧島式ホームの中条駅方から見た平木田駅構内、2013年4月撮影。
現在使用されているのは画像右側で、新潟方面乗り場になっています。
左側の廃止された旧中線は相当以前から遊休化していたようで、昭和55年10月ダイヤで当駅での優等列車退避はすでになくなっています。
貨物列車の旅客列車退避は、もしかしたら現在の岩船町駅のようにあったのかもしれませんが。

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同じくホーム端から中条駅方を見る、2013年4月撮影。

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平木田駅旧島式ホームの駅名標と上屋とその先の跨線橋出入り口の配置、2013年4月撮影。

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旧島式ホーム端から坂町駅方面を見る、2013年4月撮影。
こちら側は旧二番線と機関車待機線?が未だ残存。
画像左側の下り線のホームは坂町駅方に向かって大きく張り出していて、新潟県内の駅構内では最も極端な千鳥配置と言えましょうか。

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旧中線はホーム中程にとって付けたような車止めがあって、そこから坂町方に伸びています。
右側の対面ホームの基礎部分を見ると、旧島式ホームの作りとは明らかに違います。
コンクリート製のドライな作りですし、戦後のモノではないかと思うのです。
うーむ、このホームの出自の経緯が実に気になるのですよ。
開業時は島式ホーム一面で、その後当駅で列車交換や列車退避が出来るように対面式ホームを作ったのか、それとも昭和47年の坂町-当駅間複線化に伴って作られたものなのか?

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下りホーム(村上方面乗り場)の坂町駅方から見た平木田駅構内、2013年4月撮影。
前述の構内千鳥配置は、ここから見ると更に強調されて見えます。
何度か述べているように、対面ホーム上に上屋が僅かしか架かっていない為に、視線の焦点がどうしても画像の奥にいってしまって、目の錯覚を引き起こして相対的にホーム長が長く見えてしまうからでしょう。

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同じくホーム端近くから坂町駅方を見る、2013年4月撮影。
中線が撤去されて上下線の間がスカスカな中条方と比べて、こちら側は線路が合計4本。
あるべきところに線路が敷かれていると、たといそれが残骸めいたものであっても見た目が良いのですよ。

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下りホームの上屋とその先の幅広の跨線橋出入り口、2013年4月撮影。
平木田駅のホームの上屋は上下共に跨線橋出入り口に接する車両一両分ほどの短いものです。

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当駅で気になるのはこの辺りも。
かつて線路が敷かれていたような気配もしますけれど。
昭和38年に当駅の貨物取扱は廃止されていますけれど、ここに貨物側線が敷かれていたのか?

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下りホームの中条駅方から見た平木田駅構内、2013年4月撮影。
画像右側の旧中線に接するホームの嵩上げ?はホーム半ばで終わっています。

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同じくホーム端から中条駅方を見る、2013年4月撮影。
画像右側の旧中線に接するホームの基礎部分の古さに注目。

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中条駅方の踏切から見た平木田駅構内、2013年4月撮影。
広い構内ですけれどレールは二本きりで、こちら側から見た構内はひどく廃れた印象です。

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平木田駅の旧島式ホームに停車中の115系電車新潟行、2013年4月撮影。

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春の夕暮れ、平木田駅の旧島式ホームに到着した湘南色115系電車の新潟行、2013年4月撮影。

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平木田駅の対面ホームに停車中の115系電車村上行、2013年4月撮影。

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平木田駅の対面ホームを出発して加速する115系電車村上行、2013年6月撮影。

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平木田駅の対面ホームから出発するE127系電車村上行、2013年6月撮影。
この界隈では少数派で、日中の撮影機会は1往復のみだったこの電車も羽越・白新線では過去帳入りです。

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出発して加速するE127系電車、2013年6月撮影。

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平木田駅の旧島式ホームに停車中のキハ40系気動車新津行、2013年4月撮影。
普通列車の大半が村上駅で系統分断されている今日、この界隈ではキハ40系気動車も少数派と言ってよく、撮影機会は朝と夕方のみです。
115系電車がE129系電車に置き換えられて引退した後は、この気動車の置き換えが始まるのです。

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平木田駅の対面ホームを出発する夕刻のキハ110系気動車坂町行、2013年4月撮影。
現在、この列車は米沢行に変わっています。
新津駅から米坂線に乗り入れる唯一の列車です。

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平木田駅の旧島式ホームを通過する485系電車R編成の特急「いなほ」新潟行、2013年6月撮影。
幅広の島式ホームを通過する列車は、どうも疾走感に欠けていてイマイチですなぁ。

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平木田駅の対面ホームを通過する国鉄特急色485系電車の特急「いなほ」酒田行、2013年6月撮影。

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平木田駅の対面ホームを通過する485系電車R編成の特急「いなほ」秋田行、2013年4月撮影。

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平木田駅前の様子、2013年4月撮影。
駅前広場は駐車場になっていて、自家用車十数台分のスペースが確保されており、日曜の午前中でも十台ほど置かれておりました。
周りに集客力のある店や施設はないので、利用者は当駅から列車で目的地に向かうパーク&ライドでしょうか、そうであるならば中々使い出のある駐車場です。

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駅前から国道7号方面を見る、2013年4月撮影。
画像中央の道を約1.5km進むと国道7号線に出ます。

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羽越線と並行する駅前通り(と言ってよいものやら)、2013年4月撮影。
平木田駅周辺は民家は多いものの、スーパーやコンビニは皆無です。
なお現在、平木田駅周辺及び国道7号線に路線バスは運行されておりません。
20年近く前の道路地図を見ても、当駅周辺にバス路線は無く、相当以前からバス空白地帯だったようです。
近年は胎内市運行のコミュニティバスが運行されていた時期があって、「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」第七弾では、一行が奇跡的に夕方の当駅前から中条までの便に乗車していましたけれど、現在はその路線は廃止されています。
あのルートを今やったら、どう頑張っても坂町-中条間の歩きは必須になってしまうのです。

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坂町駅方の道路陸橋上から平木田駅方を望む、2013年6月撮影。
画像奥が平木田駅、右側が鉄道防風林の「平木田1号林」です。
平地でここまで鬱蒼としている鉄道林は珍しい存在かもしれませんな。
羽越線のこのあたりは幼少の頃より数え切れないほど通っておりますが、幼い目からはこの緑の森が大変神秘的に思われ、この中に迷い込んでしまったら二度と出てこれないんじゃないかとか、奥にはお菓子の家があって邪悪な魔女が棲んでいるんじゃないかとか、色々と妄想をめぐらせたものです(笑)。
今だと中に踏み込んだら、スズメバチの大群に襲われるんじゃないかなんてリアルな恐怖心を抱いていますがね。

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2008年10月 9日 (木)

磐越西線・新関駅

本日の駅紹介は磐越西線・新関駅。

2016年7月31日記、画像入れ替えと記事の加筆修正を実施しました。

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新潟市秋葉区と五泉市の境界に所在する無人駅で、1954年(昭和29年)4月5日の開業です。
開業当時の所在は中蒲原郡新関村で、明治43年に磐越西線の新津-馬下間が開通して実に44年経って待望の村の駅誕生となったのです。
しかし新関村は駅開業から三年後の昭和32年に、村域を新津市と五泉市に分割編入されて消滅。
当駅の所在する大関地区は新津市の一部となり、当駅は新津市と五泉市が境を接する駅となったのです。
なお新津市は2005年3月の平成の大合併によって新潟市に合併編入されて同市秋葉区となり今日に至ります。

前述したように、旧新関村にとって待望久しかった駅誕生のはずなのですけれど、新関駅開業は旅客ではなく運転上の要請からでした。
戦後、所謂「ガスカー」導入によって磐越西線・新津-馬下間に列車を増発するに当たり、ネックになったのが新津-五泉間に列車交換設備を持つ駅が存在しなかった事です。
当時開業済みの東新津北五泉両駅は新津、五泉両駅に近過ぎて設備追加には適当ではありません。
そこで新津-五泉間の中間地点に当たるこの地に信号場的な意味合いで新関駅が設置されたのです。
駅開業後も駅員は運転業務専任で、窓口業務は行われなかったそうです。
そうした当駅の性格は現在もあまり変化が無く、列車交換は頻繁に行われて運転上に占める役割は大きいものの、周辺が宅地化され、駅前に温泉施設も出来た東新津駅や、宅地化に加えて近隣の高校への通学生で賑わう北五泉駅に比べると乗降客は明らかに少ないレベルに留まっています。
新潟市統計書によると、平成20年度(2008年)における新関駅の年間乗車人員は61,000人で、単純計算すると一日平均167人。
大合併後の新潟市に所在するJRの28駅の中で最も低い数字なのです。
ちなみに両隣の駅はというと、同年度の東新津駅は一日平均219人、北五泉駅は661人です。

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新関駅駅舎の様子、2013年6月撮影。
建築財産票によると昭和29年2月の完成。
横長の建物なのですが、右側の木々が邪魔で建物全体を撮ることが出来ません。
この木のせいか昼間でも薄暗い印象で、建物の古さもあって防犯上は少々不安になるのです。

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新関駅駅舎内の様子、2013年6月撮影。
吹き抜けで広い室内は自動券売機と飲料の自販機、そしてこんな駅でもsuicaの簡易改札機がにょきりと屹立しています。

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2013年6月に、7年ぶりに当駅に降り立って驚愕したのがコレ。
トイレが新しくなっているぅ!
当然の事ながら男女別水洗で綺麗なトイレが!
当駅のかつてのトイレは駅舎の別棟にあって、非水洗式で芳しきにほい漂うそれはお見事なモノだったのです。
小用を足すのにも勇気を有するレベルの。
近年はバリアフリー対策も兼ねてなのか、ローカル駅でもトイレ事情の改善が進んでいて実に喜ばしい話です。

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1番ホームの東新津駅方から見た新関駅構内の様子、2013年6月撮影。
列車交換が行われない場合は、上下ともこのホームの発着になります。

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同じくホーム端から東新津駅方を見る。
比較的後発の駅だからなのか、構内有効長の大きさに対してホーム長はそれ程長くなく、画像の「6」からホーム端までは車両一両分というところ。
客車列車が主体だった頃の普通列車がちょうど収まる感じですな。
なお、現在当駅に停車する列車は、私の把握している限りで最大5両編成です。

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1番ホーム上の小さな通路、2013年6月撮影。
かつての職員用かもしれません。

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1番ホームの北五泉駅方から見た新関駅構内、2013年6月撮影。
両ホーム共に上屋はありません。
この辺も当駅の利用実態を表しているよう。

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同じくホーム端から北五泉駅方を見る、2013年6月撮影。

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新関駅跨線橋内部の様子、2013年6月撮影。
通路は狭く無人駅仕様ですが、窓が大きく比較的低い位置にあるので採光的には上々です。

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跨線橋上から構内の東新津駅方を見る、2013年6月撮影。
画像右手にあるのはパークアンドライド用の駐車場。
こうやって広域からの集客で利用を増やす努力をするのが、これからの地方の鉄道には必要なのです。
ただ当駅の属する新津-五泉間の場合、クルマから鉄道への橋渡しをするには本数がまだまだ不足だと思いますなぁ。

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同じく構内の北五泉駅方を見る、2013年6月撮影。
後背には阿賀の山々が待ち構えています。

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2番ホームの北五泉駅方から見た新関駅構内、2013年6月撮影。

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同じく東新津駅方から見た構内、2013年6月撮影。
横長の駅舎の全景は構内からのみ確認できます。
今日では遊休空間が多く、改築となれば白新線・黒山駅のような駅舎になるのでしょうな。
ただトイレを新調した事を考えると、ゴジラと同い年のこの駅舎は当分使われるのでしょう。

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2番ホーム上から見た新関駅駅舎、2013年6月撮影。

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2番ホーム端から東新津駅方を見る、2013年6月撮影。
2番ホームからは前述の駐車場に直接行き来できます。
画像右側の上屋がその出入り口。
こちら側には自動券売機や乗車証明書発行機は無く、suicaの簡易改札機のみ置かれています。

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パークアンドライドの駐車場側から見た2番ホーム出入り口、2013年6月撮影。

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北五泉駅方の踏切から見た新関駅構内の様子、2013年6月撮影。

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新関駅で列車交換する新津行キハ110系気動車と津川行キハ40系気動車、2014年8月撮影。

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2番線に停車中のキハ40系気動車会津若松行、2014年8月撮影。

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新関駅を出発して加速し遠ざかるキハ110系+キハE120形気動車の新津行、2014年8月撮影。

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新関駅1番線を通過するキハ110系気動車の快速「あがの」会津若松行、2006年5月撮影。
2番線にはキハ110系気動車の下り普通列車が待機中です。

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新関駅1番線を通過するキハ52+キハ40+キハ58系の「磐西只見ぐるり一周号」、2006年11月撮影。

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ディーゼル機関車大好きな私が萌えまくった、DD51形ディーゼル機関車牽引の「DD51ばんえつ物語号」、2006年10月撮影。
正直、蒸気機関車にはそれほど興味は無く、客車がアレなのもあって「SLばんえつ物語号」は乗ったことも積極的に撮影に行ったことも無い私ですが、もしDD51とオリジナルの12系客車のコンビで定期運行されたならば、何度でも乗り撮るのは確実と断言できます。
私の世代だと現役時代の蒸機はほぼ記憶にない(しかも幼少の頃住んでいたのは電化幹線沿い)ので、蒸機よりは義務教育の頃に磐越西線の列車で見慣れたDD51の方に郷愁を覚えるのですよ。

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DD53形ディーゼル機関車牽引の「DD53ばんえつ物語号」が新関駅一番線を通過、2006年11月撮影。
2006年秋は、気動車の磐西只見ぐるり一周号とDD51ばんえつ物語号、そして真打というべきDD53ばんえつ物語号が運転されて、私のようなディーゼルマンセーな人間にとってまさに夢のような数日間でした。

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磐越西線と並行する県道の新関駅付近の様子、2013年6月撮影。
県道には新潟交通観光バス運行の路線バス五泉-新津線が走っています。
2016年3月改正ダイヤでは平日11往復、土休日8往復です。
この県道の交通量は多く、信号以外の場所で横断するのには少々時間を要します。
付近にスーパーは無く、五泉方面に少し歩くとコンビニ(セーブオン)がありました。
県道沿いには民家が続いておりますが、道一本外れると田圃の中に農家が点在するという昔ながらの農村の風景が広がります。
周辺の新興宅地化は未だで、駅の利用客が今イチに思われるのもこの辺が原因でしょうか。

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