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2008年7月11日 (金)

上越線・岩原スキー場前駅

本日の駅紹介は上越線・岩原スキー場前駅。

2016年7月10日記、画像の張替えと加筆修正を実施しました。

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新潟県南魚沼郡湯沢町に所在し、昭和8年(1933年)に仮乗降場として設けられて以来、永らく臨時/仮扱いでしたが、国鉄からJRへ移行した1987年(昭和62年)4月1日に晴れて正規の駅になっております。
駅昇格時の所在は既に湯沢町でした。

当駅は「スキー場前」と命名されてはおりますが、駅東口が即スキー場の入り口という 越後中里駅と異なり、「岩原スキー場」へは駅入り口の県道を横断して歩く事1km弱と、ドアツードアが常識の今日では立地条件はすこぶる宜しくないのです。
く(当駅とスキー場間に送迎バスが運行されるのかもしれませんが、それにしたって・・・)。
スキー客やリゾート客の利用には立地的に?な岩原スキー場前駅ですけれど、かつては駅入り口の県道を越後湯沢方面に歩く事約1kmに県立湯沢高校が所在し、この学校への最寄駅としての学生利用が多いのが部外者にとっては少々意外。
はスキー場前を名乗り周囲にリゾートホテルが建つ文教とは何の関係もないようなこの駅に、朝の上越線登り列車からは多数の学生がゾロゾロと降り立つという、少々不思議な光景が見られたのです。
しかしその湯沢高校も2007年度をもって六日町高校に統合されて廃校になり、当駅に学生が集中する事も無くなってしまいました。

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岩原スキー場前駅駅舎と駅前の様子、上は2013年6月、下は2004年3月撮影。
建築財産票を確認できなかったので゛竣工年月は不明。
上の画像の左側のコンクリート製の建造物はホームへ行き来する地下道の出入り口です。
トイレは駅舎の右奥にあります。

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岩原スキー場前駅駅舎内の様子、2013年6月撮影。
元臨時駅にしては内部は広くて凡百の無人駅を凌ぎます。
冬季限定とは言え賑わったであろう昔日の残照ですなぁ。
自動券売機が一台設置されていますが、2006年9月に訪問した時点では未設置で、置かれたのは比較的最近だと思われます。
券売機が置かれるほどの需要が、果たして今の当駅にあるのやら。
また当駅には窓口がありますけれど、私が2004年3月に初めて当駅を訪れた時には、まだスキーシーズン中だったにも関わらず閉鎖されていました。
ウィキペディアを見ると、窓口が冬季営業していたのは昭和末期までのようです。

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長岡方面乗り場から見た駅舎、2005年6月撮影。
事務空間も広く取ってあるようで、今日の目からは甚だ過剰な設備の建物です。

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水上方面乗り場の越後中里駅方から見た、岩原スキー場前駅構内の様子、2013年6月撮影。
変則配置の二つのホームは右にカーブしていて、ここからの見通しは甚だ悪し。

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同じく越後中里駅方を見る、2013年6月撮影。
ここからは左カーブしていて、後背の関越自動車道も邪魔をして見通しは甚だ悪し。

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水上方面乗り場の端から越後湯沢駅方を見る、2013年6月撮影。
越後中里駅方が全く冴えないのとは対照的に、こちら側は見通しも良く風情もあります。
後背の山々、近くの緑、大変涼やかな景色なのですよ。

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変則配置の上下ホームを連絡する地下道内部、2013年6月撮影。
この連絡地下道は昭和52年12月の完成。
この地下道完成まで、二つのホームはどうやって連絡していたのか?
構内通路があったのか?謎です・・・。
白と緑のツートンカラーは、冬の雪と春夏の盛緑というこの地方の色合いを表しているかのようです。

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長岡方面乗り場の越後中里駅方から見た岩原スキー場前駅構内、2013年6月撮影。
上下のホームは変則配置に加えて千鳥式です。

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同じくホーム端から越後湯沢駅方を見る、2013年6月撮影。
駅の裏手には魚沼南端の田圃が広がり、駅前周辺のリゾート然とした雰囲気とは好対照を成しております。

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同じく越後中里駅方を見る、2013年6月撮影。

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長岡方面乗り場から見た駅構内中央部の様子、2013年6月撮影。
水上方面乗り場のホームの基礎はご覧のように昔風のしっかりした造り。
戦前に仮乗降場として造られた時代のものなのかもしれません。
越後中里方の端以外は同じ構造なので、ホーム長は後から延伸されたものではなく、元々この長さで作られたものではないかと思うのですが。
そうだとすれば、「仮乗降場」としてはかなり力の入ったホームと言えます。
それに対して長岡方面乗り場のそれは鉄骨の支柱多数で支える形式です。
このホームが造られたのは昭和39年9月に越後湯沢-越後中里間が複線化された時だったのか?
はたまた単線時代にこのホームは既に作られていて、当駅が列車交換設備を備えた信号場の役割を果たしていたのか?
その辺が当駅に関する個人的な疑問と関心なのであります。
でも湯沢町史を見ても、そういう裏話って全然載っていないのよね。

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岩原スキー場前駅を出発した115系電車長岡行、2004年3月撮影。
雪景色はこれぐらいがちょうど良いなぁと、個人的には思うところです。

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岩原スキー場前駅に到着する115系電車、確かスキー客向けの臨時の越後中里行だったような記憶があります。
ウィキペディアによると、当駅に定期普通列車が通年停車するようになったのは昭和56年からとの事で、時刻表の昭和57年6月号を見ると当駅の普通列車通年停車は下記の通りです。
下り:725M新潟行13:25、727M長岡行16:03、729M長岡行17:54。
上り:724M上野行08:37、732M上野行18:10。
学生の流れの圧倒的多数は長岡方面からの入り込みですから、朝の通学便、土曜の帰宅の便、平日の帰宅の便としての停車になっていました。

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岩原スキー場前駅に停車中の115系電車長岡行、2013年6月撮影。
この時の訪問では、当駅で下車した際に車掌氏に「ここで降りるんですか?」と声を掛けられましたっけ。
カメラを持った明らかに非地元民のオッサンが、特に珍しい列車が通るわけでもないいたって普通の土曜の朝にこんな地味な小駅に降り立つのは珍しかったようですw
私も新潟県内ではガーラ湯沢駅以外の全ての駅で乗ったで降りたでしてますけど、下車時に「本当にここで降りるのですか!?」な顔の車掌氏に声掛けされたのは、当駅と羽越線の今川駅ぐらいですな。

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岩原スキー場前駅に進入したEH200形電気機関車牽引の貨物列車、2013年6月撮影。
私は貨物列車時刻表を購読していないので、貨物列車の撮影は全て偶然の産物です。
この時もこのホームでウロウロしていたらたまたま入ってきたので一枚。
朝の逆光なのが残念なところです。

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越後湯沢駅方の踏切から見た岩原スキー場前駅構内、2013年6月撮影。
構内は左カープしているので全体を見通すことは残念ながら出来ません。

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同じく越後湯沢方を見る、2013年6月撮影。
こちら側の景色は見通しも効いていて良いのにねぇ。
かつてはこの線路を「とき」が、「佐渡」が駆け抜けていったのですよ。

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ホーム上から遠望した岩原スキー場、2013年6月撮影。

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岩原スキー場前駅から歩くこと数分で、越後湯沢と土樽方面を結ぶ県道に出ます、2013年6月撮影。
上の画像中央を横切っているのは関越自動車道です。
駅周辺にはホテルが多いのですが、リゾート、スキーの両シーズンの狭間にある春と秋に歩いた限りでは、建物の見た目の華やかさと人気の無い寂れた雰囲気が入り混じって
独特の雰囲気を醸し出しておりました。
また付近にスーパーなどは無く、県道に出てすぐにあるリカーショップと廃校になった旧湯沢高校至近にあるコンビニがある程度でした。
なおこの県道には南越後観光バス運行の路線バス越後湯沢-土樽-蓬橋線が運行されており、当駅と越後中里駅へ行く場合の鉄道補完足りえる存在です。

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