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2008年7月17日 (木)

越後湯沢駅(上越線/上越新幹線)

本日の駅紹介は上越線/上越新幹線・越後湯沢駅。

2016年7月10日記、画像の画像の貼り替えと加筆修正を実施しました。
2017年4月15日記、画像の再張り替え及び追加を実施しました。

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新潟県南魚沼郡湯沢町に所在する有人駅で、開業は1925年(大正14年)11月1日。
上越線長岡側の塩沢-当駅間の延長開通によって開業しました。
開業当時の所在は南魚沼郡湯沢村で、同村は昭和30年(1955年)に周辺諸村と合併して町制を施行し、新自治体の湯沢町に生まれ変わって今日に至ります。
なお、平成の大合併の嵐の中で南魚沼郡下の六日町、大和町、塩沢町は合併して南魚沼市になっており、湯沢町だけが郡唯一の自治体として孤高の地位を保っているのです。
ちなみに新潟県では大合併によって町村は大幅に減り、現在、大合併に加わらずに単独で存続している町村は湯沢町の他に岩船郡の関川村と粟島浦村、北蒲原郡の聖篭町、南蒲原郡の田上町、西蒲原郡の弥彦村、三島郡の出雲崎町、刈羽郡の刈羽村、中魚沼郡の津南町の5町4村だけになっています。

ここ湯沢の地は越後と関東を結ぶ三国街道の、越後口における平場最後の宿場町で、
ここから先は上野国に抜けるまでの40km弱の山道を進む事になります。
往時は旅人がこの町の旅籠で、明日からの山越えにそなえて英気を養っていたのでしょう。
戦前から温泉や冬季レジャーの開発が進み、首都圏から上越国境を越えた最初の観光拠点である湯沢村/湯沢町の玄関駅・越後湯沢駅にはかつての上越線全盛時代には多くの優等列車が停車していました。
人口一万人弱の町の駅でありながら、「佐渡」「越路」といった急行列車は電気機関車牽引の客車列車の時代から停車。
特急「とき」も、上越線新潟県内区間の大駅である六日町駅や小出駅に先駆けて、昭和40年3月改正から停車するようになりました。
上越新幹線開業前最後の昭和55年10月改正時点では、特急「とき」9往復、急行「佐渡」「よねやま」が計5往復停車しています。
さらに冬季は季節特急「新雪」と水上止まりの急行「ゆけむり」が当駅まで延長運転。
「とき」は小出駅に5往復、六日町駅と小千谷駅に各4往復停車でしたから、小出町、六日町、小千谷市に比べて人口規模が格段に落ちる湯沢町の玄関駅にそれらの倍の特急が停車するのは、いかに越後湯沢駅の観光面での存在感が圧倒的であったかの表れと言えます。
上越線隆盛時代は当駅以上の存在感であった水上駅と異なり、当駅は上越新幹線の駅になった事でその存在感は更に増して、上越線の優等列車全廃でローカル線の拠点駅に格下げされた感の強い六日町、小出、小千谷駅との差は大きく開いています。
観光に加えて別荘地としての新たな顔も加わり、バブル期にはリゾートマンションが次々に建てられて「東京都湯沢町」などと言われていたのは皆様もご存知の通りです。

JR東日本によると、越後湯沢駅の2015年度一日平均乗車人員は2,905人で同社新潟県内有人67駅中第9位。
上越新幹線と特急「はくたか」の乗り継ぎ客が入っていると思われる前年度が3,108人なので、減少率は7%に過ぎません。
となると、新幹線と「はくたか」の乗り継ぎに関しては乗車人員に含めていないということなのでしょうね。

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越後湯沢駅東口駅舎の様子、上は2008年5月、下は2011年5月撮影。
在来線の駅として元々規模の大きい駅ですが、上越新幹線の高架駅として更にボリュームアップされたことで視覚的には新潟、長岡両駅に次ぐ大駅の風格です。
駅前広場にはタクシーが多数待機、南越後観光バス運行の路線バスのターミナルにもなっています。
ただしバスの運行本数は残念ながらさほどではありません。
鉄道補完関係では上越線の岩原スキー場前、越後中里、土樽(但し本数僅少)方面及び石打、塩沢、六日町方面への二路線と、飯山線の越後田沢津南、森宮野原方面への路線が発着しています。

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駅舎自由通路から俯瞰で見た越後湯沢駅東口駅前広場の様子、2011年5月撮影。

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日曜夕刻の越後湯沢駅東口駅前通りの様子、2008年5月撮影。
人口一万人に満たない町のメインストリートで、人影は無し。
町の人口規模に比べると、アーケードの街並みは大きく見えます。

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越後湯沢駅駅舎西口の様子、2008年5月撮影。
こちら側はどことなく浮ついた感じの東口に比べて落ち着いた印象です。

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越後湯沢駅西口駅前通りの様子、2008年5月撮影。
西口からガーラ湯沢駅への道すがらには昔ながらの温泉旅館や冬季スキー客対象の民宿やロッヂがあって実にノスタルジック。
クルマも人もゆったりと動いているようで非常に好感が持てました。
温泉地のこういう佇まいはホント好きだなぁ~。

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越後湯沢駅駅舎内の様子、上は2008年5月、下は2016年9月撮影。
「はくたか」が去った後も内部は商業施設が入っていて賑やかでした。
駅そのものが集客力を持っているのです。
しかし私的にはこういうノリが好きではないので・・・。
スキー場やリゾート周辺の商店街の延長線上のイメージで、駅らしさは感じられませんからねぇ、駅の立地、乗降客の目的を考えれば仕方の無い事なんですが・・・。

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越後湯沢駅在来線構内の様子、上は2011年5月、下は2016年9月撮影。
上越新幹線と「はくたか」の接続時間帯は人また人の盛況ぶりでしたけれど、「はくたか」が飛び去った後の下の画の時には閑散としていました。

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かつて「はくたか」が発着していた1番線出入り口の様子、2016年9月撮影。
2015年3月改正までは新幹線との乗り継ぎ客で賑やかだったところです。
この撮影時、1番線に定期列車の発着は無くひっそりとしていました。

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「はくたか」が飛び去った後の越後湯沢駅1番線、2016年9月撮影。
かつては日中、常に「はくたか」が停車している感じで、早朝以外はこのような画がなかなか撮れなかったものでした。
今ではいつでも好きなように撮れます。

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越後湯沢駅1番線で折り返し待機中の特急「はくたか」、2014年5月撮影。

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1番ホームの跨線橋出入り口付近から岩原スキー場前駅を見る、2014年5月撮影。
「はくたか」入線直前で、自由席車前には既に行列が出来ています。

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1番ホーム端から石打駅方を見る、2014年5月撮影。
冬季の降雪対策からか、かつて長編成の「とき」や「佐渡」が停車していたホームの上屋が長大なのが越後湯沢駅在来線構内の特徴です。
それゆえに現在の短編成列車撮影の場合は上屋に編成全体が完全にかかってしまうので、明暗のコントラストが大きすぎて画的にはイマイチ。

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ほくほく線乗り入れ列車以外の上越線の定期列車が発着する2番3番の島式ホーム中央部の様子、2004年3月撮影。
画像右の四番線には現在定期列車の発着は無く閉鎖されていますが、この当時は少ないながらも定期列車が出入りしていました。

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島式ホームの岩原スキー場前駅方から見た越後湯沢駅構内、2016年9月撮影。
現在、構内で機能している乗り場は5つ中3つ。
島式ホームの両隣は定期列車の発着がありません。

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島式ホーム端から水上方を見通す、2016年9月撮影。

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越後湯沢駅3番線を出発した115系電車水上行、2014年5月撮影。

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2番ホーム石打駅方から見た、1番で待機中の特急「はくたか」と零番のほくほく線HK100形電車、上は2014年5月、下は2008年5月撮影。

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島式ホームの石打駅方から見た越後湯沢駅構内、2016年9月撮影。
旧型の駅名標が何故かここに健在。

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島式ホーム端から石打駅方を見る、2016年9月撮影。

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越後湯沢駅3番線で客待ち顔の115系電車長岡行、2014年5月撮影。

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越後湯沢駅2番線で出発を待つ115系電車長岡行、2014年5月撮影。
この当時は上下別で特定のホームが指定されてはおらず、融通無碍に振り分けられていました。

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越後湯沢駅2番線に停車中のE129系電車長岡行、2016年9月撮影。
上越線・長岡-水上間の普通列車は2016年3月ダイヤ改正で115系電車からE129系電車にバトンタッチされました。

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現在は閉鎖中の越後湯沢駅4番ホームに停車中の115系電車水上行、2004年3月撮影。

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越後湯沢駅4番ホーム端から岩原スキー場前駅方を見る、2005年6月撮影。
4番ホームに足を踏み入れたのはこの時が最後でしたっけ。

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俯瞰で見た越後湯沢駅水上方構内の様子、2011年5月撮影。

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同じく長岡方構内の様子、2006年9月撮影。

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水上方の踏切から見た越後湯沢駅構内、2016年9月撮影。

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越後湯沢駅の上越新幹線自動改札口、2016年9月撮影。

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上越新幹線・越後湯沢駅構内の様子、上二枚は2008年5月、一番下は2016年9月撮影。
島式二面と通過線付きの大規模な構造です。
新幹線駅構内の常として、造りは画一的で面白味にはすこぶる欠けますが・・・。
2016年3月改正では、東京-新潟間の「とき」上下43本に加えて東京-当駅間の「たにがわ」9往復と当駅-新潟間の「とき」1往復が停車しています。

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上越国境を抜ける全長約22.2kmの大清水トンネルは、越後湯沢駅至近にぽっかりと口を開けています、2008年3月撮影。

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2012年9月に営業運転を終了した、初代MAXのE1系新幹線電車、2008年5月撮影。

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2013年6月に営業運転を終了した200系新幹線電車、2008年5月撮影。

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越後湯沢駅に到着した当駅終着のE2系電車「たにがわ」、2016年9月撮影。
ガラガラで到着し、大丈夫かこれで!?と心配してしまうレベルでした。
まぁ高崎までは満員御礼なのでしょうけれど。

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折り返し待機中の「たにかわ」と停車中の新潟行「とき」、2016年9月撮影。
E2系電車の横並びで構内に花を添えます。

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E2系電車「とき」に続いてE4系電車「MAXとき」新潟行が越後湯沢駅に到着、2016年9月撮影。
先日、E4系電車の引退と後継としてE7系電車の上越新幹線への投入が発表されたのは皆様ご存知の通り。

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越後湯沢駅西口からフラフラ歩いて25分でガーラ湯沢駅に到着、2008年3月撮影。
平成2年(1990年)12月20日に開業した、スキー場「ガーラ湯沢」に隣接した冬季限定の臨時駅です。
新潟県内の鉄道駅で、2016年6月現在私が降り立ったことのない唯一の駅が当駅です。
JR東日本によるとガーラ湯沢駅の2014年度一日平均乗車人員は1,440人で、同社新潟支社新潟県内有人67駅中、浦佐駅と同じく第29位。
四ヶ月強の営業期間でこの数字ですから、斜陽とはいえスキーレジャーの集客力は以前として侮りがたしですな。

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訪れたのは5月中旬ですが、ガーラ湯沢の施設冬季営業はGWまで。
この日は周りに人影は全く無く、まるで廃墟のように静まりかえっいましたなぁ。
夕方の魚沼に吹きわたる風もなにやら侘し気で、そんな寂寥感溢れる情景の中、ひとり写真を撮る我ここにありなのでした。
独り身の影も伸びゆくアスファルトかな。

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コメント

町の規模の割に大きい駅ですが、浦佐駅とは異なり周囲の光景にうまく溶け込んでいるように見えます。新幹線開業前から特急停車駅であったことも影響しているのかもしれません。

投稿: 旭川の自称美女 | 2010年6月24日 (木) 10時25分

越後湯沢駅は昭和40年春のダイヤ改正で、
魚沼地方の主要駅六日町や小出、小千谷に
先駆けていち早く「とき」が停車した駅で、
浦佐辺りとは格の点で全く違います。
在来線駅としての格付けを今流行りwの
相撲に例えれば、

横綱=越後湯沢
大関=六日町
三役その他=小出、小千谷
幕内上位=越後川口
幕内下位=石打
十両=浦佐
幕下=越後中里、塩沢、五日町、越後堀之内
序二段=岩原スキー場前、大沢、北堀之内、越後滝谷
序の口=土樽、上越国際スキー場前、八色

といったところでしょう。

投稿: みさっち | 2010年7月 4日 (日) 19時02分

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