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2008年7月27日 (日)

只見線・魚沼田中駅

本日の駅紹介は只見線・魚沼田中駅。

2016年2月24日記、画像を入れ替えました。

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新潟県魚沼市(2004年10月末日までは北魚沼郡広神村)に所在する無人駅で、1951年(昭和26年)10月1日の開業ですが、ウィキペディアによるとその七ヶ月前に仮乗降場として開設されていたとの事です。
出自が仮乗降場で列車交換設備も無い事から、開業当時よりずっと無人駅なのでしょう。

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魚沼田中駅駅舎(待合室)の様子、2004年7月撮影。
建築財産票が見当たらなかったので完成日時は不明ですが、開業時の建物だと思われます。

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魚沼田中駅待合室内部の様子、2013年5月撮影。
簡素な造りで文字通り座って待つだけの機能しかありません。
券売機、乗車証明発行機共になく、トイレもありません。
くず入れが置いてあるのは外来の人間にとって有難いところです。
管理されている方に感謝しなくてはなりますまい。

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ホーム側から見た待合室の様子、2013年5月撮影。

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越後須原駅方至近の踏切から見た魚沼田中駅、2013年5月撮影。
気持ちよくスッと伸びた直線上にあるのが当駅。
軌道の規格が高ければ高速運転できそうな区間であります。

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ホーム端から越後須原駅方を見通す、2013年5月撮影。
小出駅からここまで比較的平坦な道のりの只見線も、この先から勾配区間が増えていきます。

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ホームの越後広瀬駅方から見た魚沼田中駅、2013年5月撮影。
ホームの有効長は2~3両分というところで、少なくとも只見線南部区間の旅客需要は当駅の開業当時からその程度の両数で充分なレベルでしかなかった事を窺わせます。

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ホーム端から越後広瀬駅方を見通す、2013年5月撮影。

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魚沼田中駅に停車中の只見行キハ40系気動車、2013年5月撮影。


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魚沼田中駅駅舎とその周辺の様子、2013年5月撮影。

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俯瞰で見た魚沼田中駅の様子、2004年7月撮影。
このようなローカル線の棒線駅の場合、俯瞰で取れることはほとんど無いのですけれど、例外なのが当駅。
駅正面の宅地が高台にあるので、その生活道路上からこのような画が撮れるのです。

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只見線と並走する国道252号線の、魚沼田中駅入り口付近の様子、2013年5月撮影。
郵便局とスタンドと小さなスーパー、蕎麦屋(南蛮漬けが自慢の一品のようです)、理容店が固まって営業しておりました。
旧広神村の北端に位置し、隣の旧守門村との分水嶺という過疎地的なロケーションですが、実際は想像よりずっと賑やかであると言えます。
家並も越後広瀬駅周辺に比べれば明らかにまばらにはなっているものの、過疎のイメージはあまり抱かせない古き良き田舎の風情なのであります。

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当駅周辺で最も目に付く存在が、駅裏手の山腹にあるスキー場らしきもの、2006年9月撮影。

少し古い地図には「越後アクシオムスキー場」と記されておりましたが、2001年に倒産してしまったとの事。
私は雪国新潟に住んでいながらスキーはまともにやった事のない門外漢なのですが、駅前から眺めてみた限りではリフトの配置などからしてそれなりの高低差もあり、面白そうにも思えますけどねぇ・・・。
前述のブログ様によれば、利用のピークは1996年。それからたった5年で倒産とは小雪の影響があったとはいえ、バブルを経てスキー需要がいかに減少したかを示す、かつての冬レジャーの王様の末路の小典型を見る思いです。
今も残るリフトの支柱はそれを無言のうちに物語る永遠の標というところでしょうか。

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