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2008年6月22日 (日)

土樽駅(上越線)

本日の駅紹介は上越線・土樽駅。

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2017年4月15日記、新記事を旧記事に統合しました。

土樽駅の駅名標

新潟県南魚沼郡湯沢町に所在する無人駅で、開業は1940年(昭和15年)1月15日。
清水トンネルが完成して上越線が全通(1931年9月1日)した時点では信号場で、晴れて駅に昇格したのはその8年4ヵ月後だったのです。
新幹線の長大トンネルが続々と完成する以前は、著名なトンネルの一つであった清水トンネルを新潟県側に抜けてすぐに到着するのが当駅で、川端康成の小説「雪国の有名な一節「トンネルを抜けると~」のまさにそこがこの土樽駅。
開業当時の所在は南魚沼郡土樽村でしたが、村の中心集落は隣の越後中里駅でしたので看板に偽りありというところでしょうか。
村は昭和30年に周辺諸村と合併して町制を施行、新自治体の湯沢町の一部となって今日に至ります。

さて土樽駅のルーツは、1923年(大正12年)12月に、清水トンネル工事に伴う資材、人員輸送用に敷設された軽便鉄道の信号場がそのルーツです。
トンネル工事の最盛期には、工事関係者とその家族計1,500人がこの付近に居住し、生活物資の購買制度も完備され、また診療所や子供たちの為に分教所も開設されるなど、なかなかの賑わいを見せていたそうです。
現在の駅付近の佇まいからは想像も出来ませんが・・・。

新潟市界隈からこの駅を訪れる場合、問題になるのは列車だと現地滞在時間が極めて短くなってしまうことです。
唯一短時間で折り返し可能な朝の列車だと、駅に留まれるのは僅か10分強。
当駅への四回目の訪問になった2011年5月は、構内改装された駅の新しい姿を観察するのが目的なので、そのような短時間では目的は到底果たせません。
やはり地下ホームが改装された土合、駅舎が解体された湯檜曽両駅訪問とのスケジュール調整に無い知恵を絞った結果、南越後観光バスの土樽線で「土樽」バス停まで行き、そこから駅まで2.5km程を歩くしか道無しの結論に。
路線バスの終点「蓬橋」バス停まで行けば駅はすぐそこなのですけれど、そこまで行く本数は少なくて今回の旅程組み込みは断念。
歩く事自体は、二日で70kmを速歩で歩いても筋肉痛とも腰痛とも無縁という歳の割りには異様な脚力を備えておりますのでどうという事も無いのですが、何しろ山深き道を進むゆえ、道中野犬さんや野生動物さんと鉢合わせという事態も想定しなければならず相当に迷った末の結論でした・・・。


「土樽」バス停
そんなわけで2011年5月の某日、越後湯沢駅前から路線バスに乗って終点の「土樽」バス停で下車。
バス停前の建物は「土樽集落開発センター」。
ここまでは平日一日七往復、土休日一日五往復が走っています。
(2011年現在のダイヤです)

「土樽」バス停周辺
バス停から越後湯沢方面を見る。
周辺は山間の田圃と土樽地区南端の小集落。

「土樽」バス停から土樽駅への道その1
これから歩く方向を見定める。
思ったより民家はずっと多く人気もあります。

「土樽」バス停から土樽駅への道その2
出発して3分ほどで一枚。
この辺りが集落の終端になります。

「土樽」バス停から土樽駅への道その3
ここから先は人家も絶えた山間の細道、動物さんとの不意遭遇の可能性に気合を入れます。
気合入れの定番は「鉄也のテーマ」、お-とこどきょうだぁ!どーんといけー!

「土樽」バス停から土樽駅への道その4
途中の橋から関越自動車道とその奥の上越線の鉄橋を見る。

「土樽」バス停から土樽駅への道その5
その橋を渡り今来た道を一枚。

「土樽」バス停から土樽駅への道その6
駅に近づくと関越道もまた近づいてきて道に併走。
右隣が関越道です。

土樽駅至近の「蓬橋」バス停
幸い動物さんの影さえ見る事も無く、土樽駅至近の「蓬橋」バス停に到着。
画像中央右寄りに立っているのがバス停です。

「土樽」バス停から土樽駅への道その7
駅へのアブローチになっている坂道からバス停付近を一枚。
道中は行き交う車が予想以上に多いのに驚き。
渓流釣りか何かの人達のようです。

「土樽」バス停から土樽駅への道その8
駅へは関越道の下をくぐって行き着きます。

土樽駅前その1
こうして実に呆気なく土樽駅に到着。

土樽駅前その2
人気がまるで無い昼下がりの駅前。

土樽駅前その3
前回訪問時は雪に埋もれて謎だった高速下の小道でしたが・・・

土樽駅前その4
これまで歩いてきた県道と駅の近道になっていました。
歩いてきた時には関越道の保守用通路か何かだと思っていました。
ただそれにしては「関係者以外立ち入り禁止」の看板が見当たらないなぁと、少々不思議でしたけれど。
しかしこの近道、雑草が跋扈して通行はヤブコギとあまり変わらない有様。
いかに人が通らないかの表れであります。

土樽駅駅舎その1
土樽駅駅舎その2
土樽駅駅舎の様子、上は2004年3月、下は2011年5月撮影。
建築財産票が見当たらなかったので、現在の駅舎の完成時期は残念ながら不明だったのですが、ウィキペディアによるとかつては貨物や荷物の取り扱いが行われていた事から、駅員常駐の有人駅であったと思われます。
現駅舎内にも閉鎖された窓口がある事から、この駅舎はその当時からあった(少なくとも貨物の取り扱いが廃止された昭和36年頃には?)と推察しているのですけれど、果たして!?
駅前には車2~3台分の駐車スペースと公衆電話、登山者への注意喚起の看板。
この地域は熊の生息域!なので、私がバス停からここまで歩いてくるに当たって心配した野生動物さんとの遭遇はけして杞憂ではないということです。

土樽駅駅舎内部その1
土樽駅駅舎内部その2
駅舎内部の様子、上は2008年4月、下は2011年5月撮影。
自動券売機、乗車証明書発行機共に未設置です。
飲料の自販機が設置されていて、人跡稀な当駅訪問に当たって心強い存在と言えましょう。
ちなみに上の撮影時には床に大きなミノムシさんが朝八時だというのに二匹転がっておられて、内部の撮影を断念という実に面白くない話でした。


水は飲めませんの注意書き
トイレは非水洗で水は飲めないそうなので要注意です、2008年4月撮影。

さてここからは駅構内改装以前の当駅の姿をご紹介。
改装前の駅構内は上下の通過線を挟んだ二面四線の広々としたものでした。

土樽駅の上りホームその1
上りホーム(水上方面乗り場)の跨線橋出入り口付近の様子、2004年3月撮影。


土樽駅の上りホームその2
土樽駅の上りホームその3
上りホームの越後湯沢方から見た土樽駅構内、上は2004年3月、下は2004年10月撮影。
今日では不釣合い過ぎるほどに長いホームです。

土樽駅の上りホームその4
上りホーム中央部の様子、2008年4月撮影。

上りホームの名所案内板
上りホームの名所案内板、2004年10月撮影。
撮影時点で既に閉鎖された「土樽スキー場」が消されずに残っています。

土樽駅の上りホームその5
土樽駅の上りホームその6
上りホームの水上方から見た構内、上は2004年3月、下は2004年10月撮影。

跨線橋から見た土樽駅構内その1
跨線橋から見た土樽駅構内その2
跨線橋上から構内の越後湯沢方を見る、上は2004年3月、下は2004年10月撮影。
ホームは有効長も長く、堂々たる幹線の駅としての風格を今なお残しておりました。

跨線橋から見た土樽駅構内その3
跨線橋から見た土樽駅構内その4
同じく構内の水上方を見る、上は2004年3月、下は2004年10月撮影。
画像左上の関越自動車道が視界を遮ってしまっていて、当駅の魅力もこれで半減しています。

土樽駅の下りホームその1
下りホーム(長岡方面乗り場)の水上方から見た構内、2004年3月撮影。

土樽駅の下りホームその2
下りホームの跨線橋出入り口付近の様子、2004年3月撮影。
ベンチは薄汚れていて、いかに当駅の利用が少ないかの表れのようであります。

土樽駅の下りホームその3
下りホームの越後湯沢方から見た構内、2004年10月撮影。

下りホームから見た駅舎
下りホーム上から見た駅舎、2008年4月撮影。
駅舎正面と異なり、配色も形状も実用本位です。
国鉄時代に建てられた無人駅駅舎の多くの例同様に、今日では遊休化した空間が非常に多くなってしまっています。

土樽駅を出発する115系電車
構内改装前の上りホームを出発する115系電車水上行、2004年3月撮影。
私がこの駅に降り立っての初撮影がこれでしたなぁ。

土樽駅に到着した115系電車その1
下りホームに到着した115系電車長岡行、2004年3月撮影。

ではここからは構内改装後の土樽駅をご案内。
画像はいずれも2011年5月撮影です。
上りホームから見た駅舎その1
上りホームから見た駅舎その2
改装後の駅舎ホーム側の様子。

土樽駅の上りホームその7
新しい上りホームの水上方から構内を見る。
旧ホームに接する副本線を撤去して、通過線を本線化してホームを張り出した経緯は皆様よくご存知のところ。

土樽駅の上りホームその8
新しい上りホーム端から水上方を見る。
画像右に見えるホームは廃止された旧下りホーム。

土樽駅の上りホームその9
新しい上りホームの越後湯沢方から構内を見る。
ホームの有効長は4両で、前回紹介の土合駅下り地下新ホームのそれよりも短小。
当駅は土合駅のような秘境度も無く観光地至近でも無いので、中編成長の臨時快速等が運転されても停車の要無しなのでしょうね。

土樽駅の上りホームその10
新しい上りホーム端から越後湯沢方を見る。
こちら側の旧ホームは一部撤去されていました。

旧上りホーム
駅舎から旧上りホームを見通す。
こうして見ると施工はシビアというかやっつけ的というか・・・

土樽駅の跨線橋
跨線橋内部の様子。
跨線橋も昭和44年竣工で結構年季が入っていますし、いっそ跨線橋も改築してしまえばホームもすっきりするのに。
まぁそこまでやるカネも意味も意義も無かったのでしょうか。

跨線橋から見た土樽駅構内その5
跨線橋上から構内改装後の越後湯沢方を見る。
上越線の上越国境区間がいかに閑散化したか、改めて思い知らされる光景です。

跨線橋から見た土樽駅構内その6
同じく構内改装後の水上方を見る。

土樽駅の下りホームその4
新しい下りホームの水上方から見た構内。
上下のホーム共に上屋は一両分といったところ。


土樽駅の下りホームその5
新しい下りホームの端から水上方を見る。
こちら側は廃止された旧ホームの佇まいをよく見る事が出来ます。

土樽駅の下りホームその6
新しい下りホームの越後湯沢方から見た構内。

土樽駅の下りホームその7
新しい下りホーム端から越後湯沢方を見る。

土樽駅に到着した115系電車その2
構内改装後の上りホームに到着した115系電車水上行。

2011年5月の訪問時は時間に多少の余裕を見て行ったつもりだったのですけれど、下りホーム後背の土樽山荘などを見る時間が無く・・・と言うより山荘へのアプローチ路がわかりませんでした(泣)。
しかしこの先当駅に降り立つ事はもうないかなぁと・・・。
ホームがこんなで関越道も邪魔で列車の駅撮りにはパッとしないところですしねぇ。
次に来るとすれば駅舎改築後ですかねぇ・・・、しかし万が一上越線が単線化されたら、それに便乗して駅廃止も考えられなくもないところで。
新潟県内ではかつて米坂線の花立駅(及び新潟山形県境の玉川口駅)が「利用者減少につき」廃止されましたけれど、当駅の実態も限りなくそれに近いのではないかと・・・
なにしろ駅から2km半行かないと集落が無いんですから。
スキー場も閉鎖されて久しく山荘も二年前に閉館して、私もその末席に連なる酔狂な駅マニア以外に降り立つ人は果たしてどれほどいるのかと・・・。

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R005 上越線の駅」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。ちろです。

あそこの渡り線ですが、滅多に使われていないようでした。
定期列車で使用していたという話も聞きませんし。
(関係する信号機がそもそも無いので。)
それ故、撤去されても仕方がないのでしょうね。

ということで、リンクしていただき、
ありがとうございました。

投稿: ちろ | 2008年6月23日 (月) 23時07分

ちろさん、はじめまして。

>(関係する信号機がそもそも無いので。)
そうですね、おっしゃる通り撮って来た写真を
見ても信号機が見当たりませんでした。
という事は「列車」扱いはあの渡り線では不可能
ですので、ハイモでの除雪等、保線作業の待機場所
ぐらいの役割だったのでしょうか。

土樽駅の改良も終了したようですが、果たして
どのような姿に変わっているのやら。
ヤフのブログサーチで検索してみても、この件に
触れている方はまだいらっしゃらないようですが。

投稿: みさっち | 2008年6月29日 (日) 11時08分

みさっちさん、どうもです。

ようやく行ってきましたが、随分狭くなっていました。
ちなみに、あの渡り線を列車が渡ったことはあるようです。
しかし、それも既に過去の話となってしまいました。

また、時間をおいて観察したいと思ってますので、
よろしくどうぞ。

投稿: ちろ | 2008年7月24日 (木) 02時14分

ちろさん、こんばんわ。
ブログの記事を拝見しました、取材ご苦労様です!
輸送実態がそうなのだからと言われれば二の句も
つけないのですが、たった4両対応の新設ホームと
いうのに、あの区間の置かれた立場を改めて思い
知らされます・・・。
施工もなんだかやっつけ仕事的ですしね、それも
また寂しさを感じさせます。
不要な設備を無駄に持っていても、固定資産税が
余計にかかるだけですし、仕方がない事なんです
けどねぇ・・・。

昔の時刻表(上越新幹線大宮暫定開業直前)を引っ
張り出して調べてみたら、土樽駅での普通列車の
優等列車退避が下り3本(いずれも対特急)、上り
1本(対急行)ありました。
上越国境を越える定期昼行列車が30.5往復
(特急19往復、急行4往復、普通7.5往復)
あった時の話です。

投稿: みさっち | 2008年7月25日 (金) 21時57分

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