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2008年6月29日 (日)

越後中里駅(上越線)

本日の駅紹介は上越線・越後中里駅。

2016年7月10日記、画像の貼り替えと加筆修正を実施しました。
2017年4月15日記、画像の再貼り替え及び及び追加を実施しました。

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新潟県南魚沼郡湯沢町に所在する無人駅で、開業は開業は1931年(昭和6年)9月1日。
清水トンネルが開通して上越線が開通したその日であります。
開業当時の所在は南魚沼郡土樽村で、同村は昭和30年(1955年)に周辺諸村と合併して町制を施行し、新自治体の湯沢町となって今日に至ります。
旧土樽村の中心地区は当駅周辺で、本来なら当駅が「土樽」と命名されるところなのですが、清水トンネル工事の基地として機能していた土樽信号場が上越線全通後も残る事になった事から、当初駅設置を予定していた土樽小学校周辺の地名「中里」と命名されました。
・・・ここで問題なのは、何故「中里駅」とストレートに名乗らせなかったという事。
ウィキペディアで検索しても、「中里」の付く駅は皆当駅よりも国有線として後発ですから、
当駅が「中里駅」を名乗っても何ら問題は無かったと思うのですが・・・。
当時「中里駅」を名乗っていて、その後改名された駅があるのならばそれが真相なのでしょうけれど。

越後中里駅は前述のように当初、現在位置から長岡寄り約1km地点にある土樽小学校の裏手への建設を予定して、実際に測量も実施されたそうです。
しかしそこは勾配が急で列車の停車が難しい為、現位置に変更された経緯があります。
当駅を含む上越線石打-水上間は開業当初より電気運転が行われており、蒸機よりは勾配に対する制限も緩和されていそうなものですが、それでも見送られたほどの急勾配だったのでしょう。
現代の電車の性能をもってすればどうという事もないのでしょうが。
昔の鉄道建設に付き纏う様々な障害や制限を物語る小エピソードではあります。

さて開業からしばらくの間は、幹線の一ローカル駅として地味に存在していた越後中里駅ですが、昭和34年12月に本格的なスキー場(湯沢中里スキー場)が駅裏手に開発されると、冬季はスキー客で賑わうようになり、昭和39年には会社の請願により跨線橋を駅裏手に延長して駅東口を開設しています(スキー場営業期間のみ通行可)。
スキーが冬季の国民的レジャーとして盛んだったふた昔前までは、当駅を含む魚沼地方一帯と東京を結ぶスキー専用列車が多数設定され、新幹線開通前の上越線の名脇役であった急行「佐渡」「よねやま」も臨時停車していました。
今ではレジャーの多様化でスキーの地盤沈下が急速に進み、また輸送手段も格安のバスへ流れた結果、冬季のスキー客輸送列車も越後湯沢で新幹線に接続する臨時の普通列車が設定される程度で、当時の活況と比べるべくもありませんが・・・。

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越後中里駅駅舎の様子、上はまだ冬の装いの2008年4月、下はまだ夏を抜けきっていない2016年9月撮影。
画一的な旧国鉄標準型を脱した、冬季レジャーの拠点駅としてのイメージを全面に押し出したようなモダンなデザインです。
豪雪地帯の建物としては窓も大きく、解放感があって真夏でも暑苦しさを感じさせませんな。
建築財産票によれば竣工は昭和55年(1980年)12月3日、屋根の許容積雪量は実に320cm!
これだけの規模のスキー場があるのですから当然な話なのでありますが、冬季降雪のレベルのとてつもなさがよく理解できます。
幼少の頃にこの地方に住んでいたことがあるのですが、真冬は二階から出入りする状態でしたからね。

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越後中里駅駅前の様子、2016年9月撮影。
スキーのオフシーズン真っ只中で閑散としています。

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越後中里駅駅舎内部の様子、上は2008年4月、下は2016年9月撮影。
上の画を撮影したのは4月中旬で、スキー場は既に営業を終了していました。
カーテンで閉じられた窓口には「本日の営業は終了しました」の表示。
スキーシーズン終了と共に冬季の窓口営業を終了してそのままなのでしょう。
駅舎内は広々として非常に清潔に保たれており、ゴミは全く目に付きません。
自動券売機が一台設置され、飲料の自販機が2台置かれています。
トイレは改札内外にそれぞれあり、スキー場を抱えるレジャー駅とあって両方共水洗でこちらも綺麗です(但しトイレットペーパーは無し)。

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越後中里駅駅舎内部の様子その2、上は2008年4月、下は2016年9月撮影。
ベンチがJR東日本定番型に更新され、ベンチの設置位置が変わったのが八年半で唯一変化のあった内部です。

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1番ホーム(長岡方面乗り場)に面した駅舎部分の様子、上は2008年4月、下f2016年9月撮影。
駅長事務室と精算所を有していて、優等列車の定期停車駅や大きな町の玄関駅に引けを取らない立派な施設です。

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1番ホームの土樽駅方から見た越後中里駅構内、2016年9月撮影。
構内は千鳥配置の2面3線の堂々たるものです。
他ホームとの視覚的比較が働いて、その為に自分の立っているホームが非常に長大に感じられるのは国鉄型駅構内の特徴と言えましょう。

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1番ホームの岩原スキー場前駅方から見た越後中里駅構内、2016年9月撮影。
跨線橋と連結している画像左側の大きな建物は湯沢中里スキー場の「中里スキーセンター」。
前述したように、当駅が幹線の地味なローカル駅から冬季レジャーの拠点駅に発展したのは、このスキー場があっての話なのです。
画像右横はモーターカーの車庫ですが、線路は本線と繋がっているものの車庫周りは草生していました。
秋が深まった時期に見てもそんな感じでしたし、除雪シーズン本番の真冬以外はそんな扱いなんですかね、

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1番ホーム端から岩原スキー場前駅方を見通す、2016年9月撮影。
画像右手に湯沢中里スキー場の休憩施設になっている旧型客車群がチラリと見えます。

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越後中里駅跨線橋内部の様子、2016年9月撮影。
往時はスキーを担いで大勢の老若男女が行き来していたであろう幅広の通路。
画像中央が中里スキーセンターの出入り口ですが、冬季営業終了で閉鎖されています。

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跨線橋上から岩原スキー場前駅方を見る、2016年9月撮影。

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同じく土樽駅方面を見る、2006年11月撮影。
撮影は11月下旬で、上越国境の後背の山々は既に冠雪しています。
画像中央のひときわ大きな建物はホテルの「エンゼルグランディア越後中里」。

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島式ホームの岩原スキー場前駅方から見た越後中里駅構内、2016年9月撮影。

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中越地震発生一週間前の越後中里駅構内の様子、2004年10月撮影。
2番線中央に保線車両が停車中。
この12年間の変化は待合室のベンチが更新された事ぐらいです。
画像右側の1番ホーム延長部の無骨さが個人的には好みなのですよ。

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島式ホーム上の待合室とその内部、2016年9月撮影。
スキーレジャー全盛の頃は、首都圏に帰るスキー客で賑わったのでしょうね。
収容人数を増やしたいからなのか、通路を広く取った千鳥配置のベンチです。

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車中から見た島式ホーム上の待合室と跨線橋出入り口の位置関係、2005年6月撮影。
上屋は跨線橋出入り口と待合室を繋ぐ一両分ほどの短いもの。
駅構内の構えは中々な立派ですが、この辺はやはり当駅が定期優等列車通過駅である事を示していますな。

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島式ホームの三番(水上方面乗り場)土樽駅方から見た、越後中里駅構内と中里スキーセンターに延びる跨線橋、2016年9月撮影。

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島式ホーム端から土樽駅方を見る、2016年9月撮影。
ホーム端から線路が一本中線に延びているのがわかります。
昔は機関車の待機にでも使われていたのでしょうか。

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岩原スキー場前駅方の踏切から見た越後中里駅構内、2016年9月撮影。
この踏切への道が少々入りくんでいて、踏切まで行き着くのに相当の時間を要してしまい汗だくに。
9月も下旬に差し掛かっているのに、真夏のような暑い日でしたっけ。

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越後中里駅1番ホームに停車中の115系電車長岡行、2004年3月撮影。
取材目的で最初に当駅を訪れたのがこの時で、まだ当ブログを始める前。
駅紹介とか出来れば良いなぁぐらいの漠然とした動機であちこちに出没し始めた頃です。
この時は3月中旬でスキー場は営業中でしたけれど、雪は少なくスキー客も少なめ。

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2番線で折り返し待機中の115系電車、2004年3月撮影。

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2番線で折り返し待機中の115系電車と、3番線に停車中の115系電車水上行、2004年3月撮影。

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越後中里駅3番線から出発するE129系電車水上行、2016年9月撮影。
2016年3月ダイヤ改正で、上越線・長岡-水上間の普通列車は全てE129系電車に更新されました。

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越後中里駅2番線に進入するE129系電車長岡行、2016年9月撮影。
当駅は基本的に1番線と3番線を使用しますが、このように当駅折り返し以外でも2番線に入ってくる列車も存在します。

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上越線と並走する県道の様子、2016年9月撮影。
この道を2km進むと岩原スキー場前駅に行き着きます。
鉄道の営業キロでは越後中里-岩原スキー場前間は約4kmありますけれど、上越線は前述したように急勾配を避けるために迂回している為、直線の道路の方が距離は短いのです。
この県道には南越後観光バス運行の越後湯沢-土樽線が運行していて、過疎区間の越後湯沢-越後中里間の鉄道補完として使えます。
最寄バス停は「中里駅角」です。
県道経由だと当駅と越後湯沢駅間は5km強なので、徒歩でも一時間程度で越後湯沢駅に辿り着けます。
メタボな方の運動にはうってつけの区間と言えましょう。
私のように歩く気があるなら、バスは土樽駅へのアクセスにも使えますが、野生動物さんとの不意遭遇に警戒が必要な道のりなのであります。

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前述の踏切を越えると、越後中里スキー場に設置されている旧型客車転用の休憩所に着きます、2016年9月撮影。
シーズンオフで周囲に人影無し。
立ち入り禁止なので路上からしばし見物。
こうして見ると駅に留置中のように見えて、現役時代を彷彿とさせる味わいがあるのです。
ここは冬よりはこの時期の見物がお勧めですな。

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土樽駅方の陸橋上から見た越後中里駅構内、2016年9月撮影。
2008年4月に撮影した時は、曇りで残雪が多く霧も出て残念な結果でした。
今回はしっかり観察できて何より。

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魚野川を渡る橋と、その向こうの上越線の下り線、上は2008年4月、下は2016年9月撮影。
この先が上越線の有名な「松川ループ」になります。
先般発刊された鉄道ピクトリアル・アーカイブセレクション「国鉄幹線の記録 上越・信越線」によると、上越線の清水トンネル完成まで越後湯沢-土樽間で運転されていた軽便線には中間に唯一の停留所として「松川」が置かれていたとの事です。
軽便線は魚野川に架橋しなかったので、越後湯沢駅を出て現在の上越線のルートをそのまま進み、現在の岩原スキー場前駅の手前から上越線のルートを外れて魚野川沿いに進み、画像奥の松川地区にくだんの停留所が置かれていたものと推察されます。
清水トンネルの開通によって上越線が全通したのは昭和6年9月1日。
軽便線はその三ヶ月前から撤去が始まったとの事。
もう85年も前の話です。

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4月も半ばに差し掛かるというのに、モノトーンで荒涼とした魚野川とその岸辺、2008年4月撮影。

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魚野川を渡る早春と晩夏の上越線の下り線、上は2008年4月、下は2016年9月撮影。
昭和39年に越後中里-土樽間複線化に伴い供用を開始した、新松川トンネルと繋がっています。

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頑健な上越線の橋脚、2016年9月撮影。

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