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2008年4月14日 (月)

新潟交通電車線廃線跡探訪その十五・味方駅跡~月潟駅跡間

新潟交通電車線廃線跡探訪・第十五回は味方駅跡~月潟駅跡間の点描です。

私が電鉄線廃線跡を最初に訪れた2004年5月時点において、味方駅跡~月潟駅跡間に存在した白根駅、千日駅、曲駅は完全にその姿を消していました。
レールや架線柱も、白根駅跡前後を挟んで千日駅跡近くまで残っていただけで、千日駅付近~月潟駅跡間は一部が遊歩道に、それ以外は廃路盤も半ば雑草に覆われて、現役当時の面影は既に失われつつありました。
聞くところによると、廃止後も長い間現役当時の面影を色濃く残していた東関屋-味方間とは対照的に、当該区間は電鉄線廃止後程なくしてレールや架線柱の撤去が行われたそうです。

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中之口川の堤防道路を味方から歩いて、白根駅跡に造られた公園に近づきます。
2007年11月撮影。

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旧白根駅跡に造られた公園の様子、2007年11月撮影。
旧白根駅は東関屋駅から17.4km、味方駅から1.9km地点に所在していました。
地域の方々以外には白根市の駅と認識されていた当駅(私もそのうちの一人)ですが、白根駅の住所は「西蒲原郡味方村白根」。
至近の橋で中之口川を渡ればそこは白根市の中心市街地で、その距離は500mもありません。
ゆえに感覚的には白根市の玄関駅と言って一向に差し支えないのですが・・・。
味方村としては村の外れにある駅が沿線きっての大駅で、外部の人には白根市の駅だと間違われて、色々と面白くなかったのでは?と思います。
この公園で白根駅に触れたモニュメント等は一回りしてみたところ、発見できませんでしたが、この扱いの冷たさが味方村流の意趣返しだと考えるとなかなか面白いですw。
代わりに「味方音頭」の立派な歌碑が置いてあるのが、村の面目躍如と言えなくもないw。

さて白根駅は電鉄線開業当時の終着駅で、東関屋駅と並ぶ電鉄線の要衝だったのですが、公園をこうして見る限り、そのスペースは案外狭かった事に驚かされます。
現役当時には、このスペースにそこそこの大きさの駅舎とホームが二面、貨物用の側線もあったといいますからね。
Nゲージのレイアウトでリアルに再現できそうなコンパクトさであります。

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旧白根駅跡の公園を出て、月潟方面に進みます、2007年11月撮影。

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旧白根駅跡の公園を出て少し進むと、線路と架線柱が姿を現します。
上は2004年5月、下は2007年11月撮影。
画像奥の架線柱の右側に信号機が併設されているのに注目。
ここから月潟駅方に少し進んだあたりが、2004年5月時点でレールや架線柱が残存していた終端になります。
そのあたりに存在した千日駅跡は背の高い雑草に覆われて、ホームが残っているのか撤去されたのかも確認できませんでした。
なお、千日駅は東関屋駅から18.2km、白根駅から0.8kmの地点にあって、味方村と月潟村の境界付近にに所在していました。
開業は1985年(昭和60年)12月で、電鉄線ではときめき駅の次に新しい駅です。
至近に病院がありますから、そこへの通院の便を図って新設されたのでしょう。

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千日駅跡付近から少し歩いて国道の下をくぐり、振り返っての風景。
2004年5月の撮影ですが、既に現役当時の面影はありません。
なおこの先も同じ日の撮影になります。

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電鉄線跡を活用した遊歩道の休憩所。
ここが曲駅跡のようです。
曲駅は東関屋駅から19.1km、千日駅から0.9kmの地点に位置していて、曲駅と月潟駅が旧西蒲原郡月潟村(現・新潟市南区)の所在になります。

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曲駅跡と思われる休憩所から少し進むと存在する、レールと架線柱が消えてしまった月潟駅跡への道のりで唯一残る電鉄線の形ある遺構がこのミニ鉄橋。

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曲駅と月潟駅の間は距離2.5km、電鉄線の東関屋駅-月潟駅間の駅間距離としては最長になります。
バラストが敷かれている事が、電鉄線がここにあった唯一の証。

   

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