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2008年2月16日 (土)

新潟交通電車線跡探訪その九・木場駅跡

新潟交通電車線跡探訪・第九回は木場駅跡。
新大野駅跡で市街地に別れを告げ、右手に電鉄線の廃線を見ながら中之口川の堤防道路を歩く事三十分弱で到着です。
木場駅は東関屋駅から8.9km、新大野駅から1.9kmの地点にあって、西蒲原郡黒埼町(現・新潟市西区)に所在していました。
当駅は電鉄線・東関屋-白根間が開通した1933年(昭和8年)4月1日に開業した有人駅。
列車交換設備を有し、かつては貨物の取り扱いも行っていて、また当駅と東関屋駅(県庁前-東関屋間営業時は県庁前駅)間には区間列車が数往復設定されていて、貨物輸送と旅客・貨物・運転の三点いずれにおいても電鉄線内の要衝駅の一つなのです。
駅前には農協があって巨大な倉庫も軒を連ねており、かつては周辺の豊饒な土地から取れる米や野菜をこの駅から電鉄線で出荷していたのでしょう。
秋の収穫時期にはさぞ賑わった事だろうと、駅跡で感慨に耽る事しばしなのであります。

余談ですが木場駅は某K高校の最寄り駅。
このK高、私が中~高校生の頃にはキョーフの伝説に彩られた絶対に近づきたくない、命が幾つあっても足りない学校としてつとに有名でございまして・・・。
アカシャツに短ランボンタンは当たり前、ファッションと武器を兼ね備えたチェーンをガラガラヘビの威嚇のようにジャラジャラ音を立てながら周りを睥睨(ごく一部の生徒がそうなのではないとか)とか、他にも色々とまるでリアル「熱笑花沢高校」の如きトンデモ話がまことしやかに時には面白おかしく語られたものです。
従いましてこの木場駅、思春期の私にとっては地獄の一丁目同然の、
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブルな駅だったのであります・・・。

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新大野駅方から見た木場駅遠景、2004年5月撮影。

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板井駅方から見た木場駅構内の様子、2004年5月撮影。

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副本線?の廃ホーム上から見た木場駅構内の板井駅方の様子、2004年5月撮影。

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副本線?の廃ホーム上から見た木場駅構内の新大野駅方の様子、2004年5月撮影。
画像左側の木造の大きな駅舎はすっかりあばら屋然となっていましたが、その姿をなお
も留めていました。

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廃線跡に立って板井駅方を見通す、2004年5月撮影。

ホーム、レール、架線柱全て健在な木場駅のその様子は、遠目から見れば営業中の田舎駅と錯覚を起こしても不思議ではない堂々たるものでした。
ホームに立ってみれば新緑の清々しく若い芳香と、駅舎や架線柱から立ち昇る古い木のやや日向臭げな渋い匂いが鼻腔にすうっと・・・。
天気も良くて暑からず寒からずのお日様を浴びながら、ホームに座り込んでペットボトルのお茶をすすりつつ、鳥の囀りを耳にしながらしばらくボ~ッと過ごした春のお昼時。
こういうのが駅周りの最大のエツラクなんであります。

それから三年半後の2007年11月ではこのような末期的様相に。

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新大野駅方から見た木場駅跡遠景。

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構内の線路も全て剥がされて、ホーム解体と架線柱撤去を待つばかりの木場駅跡。

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あの大きな駅舎も撤去されていました。
駅舎敷地には工事事務所とおぼしきプレハブの建物と背の高い雑草の群れ。
終末の時はいよいよ迫れり。
陰鬱な冬の到来をすぐそこに控えた一年でもっとも物悲しい時期、秋の名残の最後の陽を浴びながら、悄然と佇む私の長い影なのでありました。

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2007年11月時点では、新大野駅以南の廃線各所にこのように撤去されたレール、また枕木が積まれて搬出の時、死出の旅立ちを静かに待っていました・・・。

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木場駅跡から板井駅跡方向に少し進み、振りかえって木場駅跡方面を撮影。
上は2004年5月、下が2007年11月。
レールと枕木がないと、こうも印象が異なります。

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