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2008年2月22日 (金)

新潟交通電車線廃線跡探訪その十・板井駅跡

新潟交通電車線廃線跡探訪・第十回は板井駅跡。
板井駅は東関屋駅から10.2km、木場駅から1.3km地点に位置していて、旧西蒲原郡黒埼町(現・新潟市西区)の南端に所在していました。

板井駅は1933年(昭和8年)4月1日の東関屋-白根間開通時に設置された棒駅で、当たった資料によると開業当時は「停留場」(場内信号等の運転設備無し)ではなく「駅」だったようです。
駅廃止時の所在地は西蒲原郡黒崎町の南端で、黒埼町はその後2001年元日をもって新潟市に編入されています。
電車線起点の東関屋駅から10km強しか離れていないここ板井駅ですが、周囲は画像を見ればわかるようにローカル色の濃い風景。
至近に小学校がある以外、ランドマークになるようなものはありません。
集落を抜けて西方に数百m進むと上越新幹線の高架に行き当たりますが、一面田園の緑の海を真っ直ぐに進む頑強な鉄筋コンクリートの隊列と、堤防道路によって周囲から遮蔽され、廃線趣味以外の人間には顧みられる事もなく、ゆっくりと朽ち果てていくこの廃駅とすっかり草むした二条の鉄路のあまりに対象的な姿に、もののあわれを感じずにはおれません・・・。

この板井駅跡を最初に訪問したのは、2004年の5月。
五月晴れのこの時期にしてはやや強い陽光の下、トレッキングと洒落込んで東関屋寄り3km先の新大野駅跡からてくてく進み、途中レールを見失って右往左往しつつ、ようやくの事で辿り着いたのです。
木製の黒光りする年季の入った架線柱は未だ健在、レールもこのあたりはまだ寸断や撤去される事もなく、かつての面影を濃厚に留めていました。

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木場駅方から見た板井駅構内、2004年5月撮影。
当駅は中之口川の堤防道路の直下にあって、反対側は農村の集落。
周囲の見通しはよくありません。

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七穂駅方から見た板井駅構内、2004年5月撮影。
駅敷地のこの狭さでは、列車交換設備を置くことは無理だったでしょう。

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駅舎(待合室)はこの時点で残念ながら撤去済み、2004年5月撮影。

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駅名標の枠は残存していました、2004年5月撮影。

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七穂駅方に進みつつ、振り返って板井駅の遠景を望む、2004年5月撮影
「でんしゃにちゅうい」、この種の立て札は当駅周辺の線路沿いに散見されるものですが(電車が低速なのをいい事に、踏切まで回り道をせずに線路を渡って堤防道路と生活道路を行き来する人が多かったのでしょう)、これらの印象もまた強烈・・・もう二度と電車は来ないのにね・・・。

それから三年半後の2007年11月に再訪した板井駅跡は、線路が完全に撤去されていました。

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ホームはまだ手付かずで、駅名標の枠もまだ残っていました。

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堤防道路の木場駅方から見た板井駅跡。

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七穂駅方から見た板井駅跡。
架線柱と「でんしゃにちゅうい」もまだ残っていました。

   

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