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2008年1月14日 (月)

新潟交通電車線跡探訪その六・越後大野駅跡

新潟交通電車線跡探訪・第六回は越後大野駅跡。
当駅も前回ご紹介した焼鮒駅同様、東関屋-白根間開業時(1933年4月1日)の開設駅の一つで、有人駅且つ列車交換可能駅というのも共通の特徴です。
越後大野駅は東関屋駅から6.0km、焼鮒駅から1.8kmの地点にあり、当駅と焼鮒駅間は東関屋-月潟間(駅間18区間)では曲-月潟間2.5km、板井-七穂間2.1km、新大野-木場間、味方-白根間各1.9kmに次ぐ1.8kmと比較的離れていて、切れ目のない新旧入り混じった住宅街の中を通っている事を考えると、この区間内にもう一駅あっても全く不思議ではないのですが・・・。
西新潟地区では最大手と思われるボウリング場「グランドボウル」の裏を線路が通っていた事ですし(焼鮒駅から約1km地点)、この辺りに停留所を一つ設けたら遊興目的の利用がそこそこあったのではないかなぁなんて、実際に廃線に沿って歩いて見て感じた次第。
なお、越後大野駅はかつては西蒲原郡黒埼町(現・新潟市西区)に所在していて、旧黒埼町の中心街はちょうど当駅辺りから広がっています。
駅至近にはコンビニが一軒あり、これは東関屋駅を除く電鉄線各駅にはなかった利便性の高さでした。

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旧越後大野駅駅舎の様子、2004年5月撮影。
この時点では隣の焼鮒駅同様に、古びた駅舎がしっかり残っていました。
中に入れなかったのは当然の事なれど、やはり残念也。

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黒埼中学前駅方から見た旧越後大野駅構内の様子、2004年5月撮影。
焼鮒駅に比べてこちらは側線も無くこじんまりとしてはいますが、駅構内前後の風景の広がりはこちらの方が断然勝っており、開放感に溢れた好ましい明るい印象を強く受けました。
なお画像右側の白い小屋はトイレです。

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焼鮒駅方から見た越後大野駅遠景、2004年5月撮影。

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副本線?のホームから見た越後大野駅駅舎と黒埼中学駅方の様子、2004年5月撮影。
焼鮒駅同様に駅舎は老朽化が進んでいます。
建物は使っていないと劣化が進むと言いますがまさにそれですな
電鉄線が営業していたら、こんな状態には至っていないことでしょう。

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焼鮒駅方から見た旧越後大野駅構内、2004年5月撮影。
右側のホームの待合室の大きさは相当なものです。
内部にはすっかり色あせたベンチが2脚放置されていましたっけ。

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ホーム端から焼鮒駅方を見通す、2004年5月撮影。

このように往時の姿を濃厚に留めていた旧越後大野駅でしたけれど、3年五ヵ月ぶりの再訪となった2007年10月にはその変わりように愕然。

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線路は完全に撤去されていました。
架線柱は辛うじて残存。

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駅舎もホーム上の待合室も撤去されて、駅舎跡には雑草がびっしり。
廃駅の悲哀です。
ホームが重機により介錯を受ける日も遠くない事でしょう。
駅前は綺麗に整地されていて、転用にはっきりとした目処が立っていたのかどうか。

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