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2007年12月 8日 (土)

新潟交通電車線跡探訪その一(東関屋駅跡)

新潟交通電車線跡探訪その一は、東関屋駅界隈です。

まずは起点の旧東関屋駅跡。
東関屋駅は昭和8年(1933年)4月1日に開業した列車交換設備と車庫を併設した、電鉄線の中枢駅の一つでした。
1992年(平成4年)に白山前-東関屋間が廃止され、当駅は電鉄線の起点としてその重要性は更に増したのですが、それから7年後の1999年4月に電車線は全線廃止されました。
やはりここが起点ではあまりにも不便。
路線バスとの乗り継ぎを円滑化するといっても、乗り換えを嫌う層はバスに逃げてしまうので効果が薄いのは素人目にも明らか。
起点の立地は実に重要なのを思い知らされる、そんな駅でした。

東関屋駅跡その一
東関屋駅構内は既に立ち入り禁止でしたので、全て路上からの撮影になりました、2004年5月撮影。

東関屋駅跡その二
東関屋駅跡その三
東関屋駅跡その四
構内の車庫は既に解体されていました、2004年5月撮影。
ホームと架線柱、レールは健在でしたが構内を更地にし始めるまであと僅かです。

東関屋駅跡その五
前回訪問から3年五ヵ月後、駅敷地は売却されて東関屋駅の痕跡は全く残っていません、2007年10月撮影。

東関屋駅跡その六
関屋分水に架かる関屋大橋の歩道、2007年10月撮影。
この歩道はかつての電鉄線の鉄橋を流用したものです。

東関屋駅跡その七
東関屋駅跡その八
関屋分水を越えた先の県道との立体交差部、上は2004年5月、下は2007年10月撮影。
ここから東関屋駅方に少し行った先にあった東青山駅は、2004年5月時点で撤去されていました。
線路敷地については有償譲渡を求める新潟交通側と、無償譲渡を求める新潟市側で廃止から八年以上経っているというのに未だ決着がついていない状態でしたから、この橋を撤去するとなると費用負担の主体は新潟交通だったのでしょう。
赤字に悩む会社としては中々踏み切れないところでしょう。
この後もしばらく放置されていましたが、2014年夏の時点では綺麗に整備されて遊歩道として有効に活用されています。
東関屋駅界隈から平島駅界隈まで、往時を偲びつつ歩いてみるのもまた一興。

東関屋駅跡その九
東関屋駅跡その十
県道との立体交差の後、平島駅跡に向かう線路跡、2007年10月撮影。
それまで色んなしがらみで手付かずだった廃線跡に大きく手が入り始めた時期でしたが、この辺りは線路もまだまだ残っていました。

東関屋駅跡その十一
このような小さな陸橋は全くの手付かず、2007年10月撮影。
すぐ隣を走る県道の交通量の多さと鉄路の廃墟とのこの落差・・・。
この地域にお住まいの方々も、こんな廃墟が近所にあったのでは何かと落ち着かない向きもあるでしょう。
早急に自転車道にでも整備して旧駅跡は公園や休憩所にでもして、有用な再活用の道を採っていだきたいと強く感じながら進む秋の道行きなのでした。

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