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2007年7月の記事

2007年7月28日 (土)

信越本線・青海川駅(中越沖地震以前)


前回エントリー
で書いた青海川駅ですが、復旧作業の為に駅舎は解体されたとの事。
予定では青海川駅の紹介エントリーはだいぶ先だったのですが、駅舎解体及び復旧作業により駅の雰囲気もだいぶ変わってしまうと思われますので、今回の駅紹介は信越本線・青海川駅。旧駅舎や駅構内を偲びつつ、一日も早い復旧を願う次第でございます・・・。
切り立った野趣に富む味わい深い崖の壁面、枯れる事なく水の流れるちっぽけな滝、蒸時代の名残の廃墟然とした遊休ホーム、そして四季それぞれに違った表情を見せる日本海の大海原、特に春と秋の澄み渡る蒼い空と海、そのキャンバスにアクセントをもたらす白き波間・・・。
ひがな一日ぼ~っと海と空を眺めているだけで、至高の精神的沐浴になるこの青海川駅。
復旧工事後は駅とその周辺の光景も随分変ってしまい、また被災というマイナスイメージもあって、かつてのような穏やかな雰囲気を取り戻すには相当の時間を要するのだろうと残念でなりませんが、例え駅の姿が変ってもあの下りホームから見る海と空の美しさは不変のものであります。
新しい駅の姿と空と海が馴染み、集落の方々の不安も無事解消されて、青海川駅を笑顔で利用できる日が一日も早く訪れる事を願ってやみません。
なお、中越沖地震被災復旧後の青海川駅についてはこちらをご覧ください

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さて青海川駅は明治32年(1899年)7月28日開業の、新潟県柏崎市に所在する無人駅。
「日本で一番海に近い駅」として有名です。
開業当時の所在は中頚城郡米山村で、同村は昭和31年に柏崎市に編入されて今日に至ります。
秘境駅の一つに挙げられる事もありますが、訪問に関しては毎時一本程度の電車本数が確保されておりますし、柏崎駅と青海川集落を結ぶ路線バスも設定されていますので比較的容易です。

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青海川駅旧駅舎の様子、2005年10月撮影。
今回解体された旧駅舎は昭和28年12月の完成で、建築財産票によると面積は96.4㎡、許容積雪量は100cm。
券売機、乗車証明発行機共に無し、トイレは駅舎内にあり非水洗式。
待合室内にはベンチx2脚が置かれ、空き缶用ゴミ箱が置いてありました。

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青海川駅旧駅舎内部の様子、2006年11月撮影。
待合室内もトイレも総じて綺麗で居心地も良しでしたが、掲示スペースには下の画像の張り紙が・・・。

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「トイレの便器にナイロンシートを貼って」とか「落書き」とか「線路横断」とか、なんだかなぁ~(呆)・・・。
「線路横断」は蒸機撮影時に私も目撃しましたが、絵に書いたような鉄ヲタの典型(ブザマに太って眼鏡かけた)のごとき御仁が三脚片手にホーム米山寄り端から複線の線路を堂々と横断・・・、警備員氏が血相変えて走っていって、その後だいぶ揉めていたよう。
いやはやなんとも・・・呆れ果てて言うべき言葉もございません。

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上りホーム(直江津方面乗り場)の笠島駅方から見た、地震被災前の青海川駅構内、2005年10月撮影。

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上りホーム端から笠島駅方を見る、2005年10月撮影。
古い時代の駅の常としてホームの配置は千鳥型。
画像右側の上りホームは落石避けの内部までホームが延びていましたが、遊休化して久しいようで半ば遺構化の様相。

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旧駅舎の上りホーム側の様子、2005年10月撮影。

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上りホームの鯨波駅方から見た青海川駅の旧構内、2005年10月撮影。

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跨線橋上から見た被災前の青海川構内笠島駅方、2005年10月撮影。

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同じく鯨波駅方の様子、2006年11月撮影。

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下りホーム(長岡方面乗り場)の笠島駅方から見た、被災前の青海川駅構内。
上は2005年10月、下は2004年10月撮影。

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下りホームから見た秋晴れと日本海の景観、2005年10月撮影。
「日本で一番海に近い駅」の面目躍如な景色であります。

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下りホーム端の笠島駅方、すっかり遊休化した辺りです、2005年10月撮影。

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下りホームから見た青海川駅旧構内の中心部、2004年10月撮影。

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上の画と同じ位置から笠島駅方を振り返る、2006年11月撮影。

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被災前の青海川駅を出発する115系電車直江津行、2005年10月撮影。

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線路下をくぐって海岸に出て、遊歩道を柏崎方に向かって歩いて振り返り一枚、2006年11月撮影。

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天高く天狗の赤鼻の如く雄渾に屹立する国道8号線米山大橋の威容、2006年11月撮影。

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海岸の遊歩道から人道をせっせと登って、米山大橋の鯨波駅側にたどり着いて見た、被災前の青海川駅全景、2006年11月撮影。

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一方、こちらは米山大橋の笠島側に至る急峻な人道、2006年11月撮影。
下は一応コンクリート敷きになっていますが、雑草や枯れ草の塊がいたるところに生え転がっておりますので、足をとられぬようよくよく注意が必要でした。

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行きはともかく、帰りは気をつけないと崖下に真っ逆さまの危険を伴うのです、2006年11月撮影。
お年寄りはあんな道を行くのはとても無理だよなぁ・・・。
国道沿いに住んでおられるお年寄りは、柏崎の病院に通院する時などは電車じゃなくてバスを利用されるんだろうなぁ、きっと。

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人道から485系T編成の快速「くびき野」新潟行の通過を俯瞰で見る、2006年11月撮影。

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笠島側の人道から見上げた米山大橋、2006年11月撮影。

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国道8号線まてせあとわずかのところから、被災前の青海川駅を俯瞰で見る、2006年11月撮影。
立ち木や背の高い雑草に邪魔されて、見晴らしは良好とは言いかねるのが残念。

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国道8号線にたどり着き、米山大橋を見る、2006年11月撮影

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2007年7月22日 (日)

青海川駅土砂崩落

衝撃的だった中越沖地震からまもなく一週間が過ぎようとしております。
地震で犠牲になった方は二桁を数え、またことごとく御年寄りであった事に
何ともやるせない気持ちの不肖みさっちでございます。
災悪の兇悪な顎に噛み砕かれるのは常に弱者。
私もここを見にこられる皆様方も、ウン十年経てば否応無くそうした
立場に置かれるわけで、決して他人事として見てはいけない、明日は我が身
の事でもあるのだと常日頃からよくよく考えておかなければと痛切に感じます。
亡くなられた方々のご冥福を、心よりお祈りいたします。

さてこの地震における物的被害で、マスコミの耳目を大いにひいていたのが
信越本線・青海川駅の土砂崩落。
私は都合4回青海川駅を訪問しておりまして、昨年11月に行った際は
崖上に続く歩行者専用の急坂(というよりちょっとした登山道と言った方が
適切のような急峻ぶり)を上って周囲を見聞しておりましたのであの
土砂崩落がかなりヤバいモノだというのを実感させられます・・・。

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左の画像は青海川駅周辺の全体像
崖の高さがどれほどのモノか、周囲の建物との比較でよく理解できるかと思
います。

真ん中の画像は崩落土砂に埋め尽くされたあたりのモノ。
このアングルで見ても、崖の峻険さが窺い知れます。

右の画像が急坂を概ね上がりきったあたりからはるか下の駅を見たモノ。
この位置から少し左に寄ったあたりから崩落したと思われます。

復旧は夏休み明けいやいや年末までかかると諸説プンプンですが、青海川駅
を含む鯨波駅米山駅間はこのような地形をトンネルで縫いながら走っており
、地震によるそれらトンネル構造へのダメージ、数多い崖斜面の危険度調査も
行わなければならないでしょうからね・・・復旧までどのぐらいかかるのか、素人
の私には見等もつきません。
青海川駅の駅舎も復旧工事の為取り壊すなどという話もあるようですが、鉄ヲ
タ的には残念であるものの一刻も早い復旧を考えればやむを得ないとも思い
ますし、ちょっと複雑な心境ではあります。

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I’m Here・小比類巻かほるさん

人間、相応の歳になってまいりますととかく昔の事を懐かしむ心境に入って
まいるものですが、私も御多聞に漏れずそのような境地にしばし入っては
嘆息のここ最近にございます。

私のソレは、KOHHYこと小比類巻かほるさんの歌声。
(一般的にはCITY HUNTERの初代主題歌や沢口靖子さん主演ドラマの
主題歌゛Hold On Me゛や゛TONIGHT゛が知られているかと)
ずーっとCDラックの奥に眠っていた彼女のアルバム、ふと気が向いてよっこら
しょっと引っぱり出し、久々に聞いて見た事。
「SO REAL」「小比類巻かほるBEST」「DISTANCE」
「Silent」「Silent(ライブ版)」・・・私所有の彼女のアルバムはこの5枚なんで
すが、なんかもう聞き惚れてしまって、私の小虫のごとく感受性も潤いもない
ささくれ立った魂も追憶の青く深い水底にふーっと静かに漂い落ちていくような
感覚にしばし浸っておりました。
彼女の歌を聴き始めた頃の色んな出来事や思い出を、彼女のあの頃そのまま
の歌声と共に想起してはノスタルジーが止まらない・・・。

小比類巻かほるさんは、私が初めて自発的に聞き始めたシンガーでありまして、
学生の頃に悪友の家で゛I’m Here゛という曲を聴いて圧倒されてしまったのが
その馴れ初め。
ちょうど周囲で色々不幸が続いて凹んでいた時期でしたので、あの曲の

いつかは今日もあの日になって 笑える日がくるよ

愛してるよ 今、素直に言える

ここにいるよ 思い出は消えない

・・・この辺の詩と彼女のソウルフルな歌声が見事にシンクロして私の心を
優しく癒してくれましたね・・・。

また私の家は結構スパルタ&硬派で、いわゆるアイドル総出演の番組や
「ザ・ベストテン」などは「くだらない」と一切見せてもらえずに育ちました故、
一般の歌謡曲や流行歌には全く興味が無く、歌と言えば「特撮ソング」
「アニメソング」もしくは「軍歌」(高校生の時既に゛海~の漢だ艦隊勤務゛
とか唄ってたしw)という極端な振幅ぶりを見せて周囲を思いっきり引かせて
いたものですが、この゛I’m Here゛を聞いて世界観がコペルニクス的大転換
を遂げましたね、やっとフツーの若者になれたと言えましょうか・・・
その後渡辺美里さん、HOUND DOG、尾崎豊さん、浜田省吾さんと続けて
自発的に聞き始めましたからねぇ、カラオケ行ってもチョイスは今なお概ね
このメンバーからだし。
そういう点でも私の人生において、一つの転機を与えてくれたのが小比類巻
かほる
さんなのであります。
゛I’m Here゛を聞いてなかったら、多分あの極端な振幅のままでカラオケに
行ってもバカにされるかドン引きされるかのどちらかだったのは請け合いw。

事程左様に、私の世界観に多大な影響を与えた小比類巻かほるさんですが、
だいぶ前からそのお姿、歌声をテレビやラジオで見聞する事がなくなりました。
それで私の中では彼女が「思い出のひと」になっているのが、前述の「懐か
しさ」を強く感じさせる要因になっているんですけどね。
「渡辺美里」「HOUND DOG」(色々モメてアレだけど)という作品はまだ完結して
いないけど、「小比類巻かほる」という作品は、私の中では既に完結した
作品に思えるんですよ(勿論御本人は今も健在で活動しておられますけど)。
美里嬢はじめ小比類巻かほるショックの後で聞き始めたシンガーは、亡くなった
尾崎さん以外はいまだパリバリの現役ですから、彼女、彼らを聴き始めた頃の
曲を聴いてもそれほどノスタルジックな想いは抱かないんですよね。
御本人たちは現在進行形でメジャーに活動されているので、過去の曲も例えて
言えば長期連載中の小説の第一巻を読んでいる感覚に近いかなぁ・・・。

今回再び彼女の世界に浸ったのも何かの啓示なのだろうと、まだ聴いた事の
ないアルパムを求めて中古CDショップを覗いて、得意の目ざといアンテナを
びんびんに働かせてキャッチに成功! その数2!!
(つーか、たった二枚と言った方が正しいが)
1988年リリースの「HEARTS ON PARADE」と94年リリースの
「KOHHY-1」の二枚を目出度くゲットしましたが、投資額は僅か金250円ナリ。
「HEARTS ON PARADE」はたったの50円でしたよ・・・いくらなんでも
安過ぎorz。
盤に傷も少ないし経年を考えれば非常にコンデション良なんだけど、彼女の
一般的な知名度の低さが起因しているんだろうなぁ、この安さは。
(余談ですがモー娘やミニモニ、プッチモニが二束三文で売り飛ばされていた
のには笑ってしまったw。渡辺美里さんのアルバムが数年前の作品で
¥1600とか結構な値が付いていたのと対照的。オリジナルの世界観を持た
ないビジュアル重視の流行モンは飽きられるのも早し)

価格のあまりの安さに色々複雑な思いを抱きつつ帰宅して早速鑑賞。
~っ・・・やっぱりKOHHYは良いなぁ!
切々と謳いあげるバラードも、硬派でワイルドなロックも。
特に「KOHHY-1」の゛MISTER~今なら素直に言える~゛は聴かせてくれる
ぜまったく・・・(惚)。

例えば渡辺美里さんだとアルバムの曲の好みがはっきり分かれちゃったり
するんだけど(気に入った曲はマイベストに焼いて繰り返し聴くんだけど、
そうでない曲は一度聴いたっきり二度と聴かない)、小比類巻かほるさんの
アルバムの場合は美里さんと比べて何度も繰り返して聴く曲の数は少ない
ながら、反面二度と聴く気にならない曲も非常に少ないので、
アルバムとしてのトータルなリスニング率は高いって事を「KOHHY-1」に
接して今更ながら認識したところです。
来週の日曜は選挙行った後でKOHHYの未聴アルバムを求めて市内の
中古ショップ行脚というのに決定っすねっ!

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2007年7月16日 (月)

なぜ中越地方ばかり・・・

・・・しばらく地震がなく、中越地震以前には小さな地震がよくあったのと比べて
どうも変だなぁ、大きいヤツがいきなりドカンとこなけりゃいいが・・・と思って
いたここ最近でしたが、本日AM10:13、ついにきちゃいました・・・。
NHK教育の「忍玉乱太郎スペシャル」を見ながら遅い朝食を摂っていたらまず
軽い眩暈のような感覚、アレッ?と思い上を見た途端、照明が大揺れし始めて・・・。
周期の長い横揺れで、報道では40秒程と言っていましたがみさっちの感覚では
二分程度揺れが続いててたような。

我が街の震度は5強だったとの事。
前回中越地震の時よりも揺れ自体は強かったのですが、今回は前回の揺れと
余震があまりにも衝撃的だったのに比べれば、今までのところ大きな余震もなく
切迫した恐怖感は感じておりません・・・が、揺れ方が特異だったので現在船酔い
のような状態です、昼飯はこの分じゃ食べられそうにないっす。

震源は柏崎市沖、柏崎市の震度は6強!
中越地震の惨禍からようやく立ち直ってきた矢先に、そこからいくらも離れていない
ところでまた・・・。
何故天はあの地方にこうも試練を与えるのか、神様がもしいるとしたら、何故なんだ
と抗議の声を強くあげたい気持ちです、本当にやるせない・・・。
倒壊家屋や怪我人の情報が少しずつ報道され始めておりますが、どうか大きな被害
が生じておりませんように、心から願うばかりです。

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