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2006年8月の記事

2006年8月26日 (土)

越後石山駅(信越本線)

本日の駅紹介は信越本線・越後石山駅。

新潟駅はこちらへ← →亀田駅はこちらへ

2016年3月5日記、大幅リニューアルを実施しました。

越後石山駅の駅名標

新潟県新潟市東区に所在する有人駅で、その前身は昭和32年10月に開設された「石山信号場」です。
信越本線の新潟-亀田間は6.5kmあり、列車増発にはこの間に信号場を設けるのが必要不可欠だったのですが、信号場設置の翌年にはこの区間が複線化されているので、これって二重投資じゃないの?と思ってしまうところ。
駅としての開業は信号場設置から四年後の1960年(昭和35年)11月1日です。
その間、旅客利用が便宜的に認められていたかどうかは一切資料が無く不明です。
なお開業時の所在は既に新潟市でしたが、当駅周辺地域は昭和18年まで石山村であり、それなりの人口集積があったこの地域に高度経済成長期まで駅が存在しなかったのも、今の視点で見ればいささか不思議に感じるのです。
これは当駅から2kmほど東に位置する、当駅と同じく旧村内の白新線・東新潟駅も同様で、この駅も昭和33年以来永らく仮乗降場扱いで、晴れて駅に昇格したのは昭和53年です。
戦後に誕生した田舎の新駅は新潟県内でも数多くあるのに、この扱いも非常に奇異。
国鉄時代の駅設置要件は、よくわからない部分があるのですよ。

さてこのように駅としては比較的後発の越後石山駅ではありますが、周辺は旧村以来の古い住宅地と新興のそれが交じり合った、どことなくまだ村の長閑な雰囲気を留めた街並みです。
当駅の2014年度一日平均乗車人員は1,977人で、JR東日本新潟支社管内新潟県内有人67駅中21位。
当駅周辺に高校は無いので外部からの大きな入り込みは無いと思われ、当駅周辺住民の対新潟をメインとした通勤通学需要による数字です。
前述の東新潟駅も23位で、共に市の中心駅である信越本線・柏崎駅や羽越本線・村上駅を凌ぐ数字で、かつては駅として中々認めてもらえなかったのがウソのような繁盛ぶりと申せましょう。

一見して何の変哲もない対面式ホームと思われるこの駅の最大の特徴は、一度駅構内に入ったら、隣のホームへ移動不可能だという点です。
上下線で、別の駅のような状態になってしまっています。
新潟方面ホームと新津方面ホームそれぞれに自動改札機があり、駅構内には跨線橋も地下道もありません。
従いまして、例えば新潟に行きたい方が誤って新津方面ホームの自動改札から入ってしまったら、構内連絡手段が無い以上隣の亀田駅まで行き、そこから折り返す以外に方法はありません。
幸いにして当駅は複線上にあるので、同じ状態でかつ単線上にある白新線・早通駅よりは行き先別に乗り場が固定されている分まだマシと言えますけれど、それでもとても褒められた話ではありません。
上下ホーム間の連絡地下道は双方の構外を結んでおりますので、初めてこの駅から乗車する方は、自分の行くべきホームをしっかり確認して進む
必要があります。
加えてトイレは下りホームにしかなく、上りホームの待合室は極めて狭く、利用実態を考えると貧弱そのもの。

この辺の利便性の悪さは以前より指摘されていたようで、近年当駅西口の整備事業が着手されたのが追い風となったのか、署名活動の成功に基づく越後石山駅橋上駅舎化の要望が地元から新潟市に提出されています。
バリアフリーもへったくれもないような現状を見るに、駅橋上化は喫緊の課題だと私も思う次第です。
これまでは駅西口至近の園芸センターが邪魔で、着手は到底不可能だったのですが、センターが移転し駅前広場が整備された以上、橋上化実現のハードルはかなり低くなったと言えます。
ただ問題は駅東口の状況。
小さな駅前広場直前まで民家が建て込んでいて、改築工事なんて出来るのだろうかと。

かつての越後石山駅駅西口
新潟市園芸センター(画面左側)が移転する前の越後石山駅西口の様子。
2010年3月撮影。

駅前広場整備以前の西口前の様子
駅前広場整備以前の西口前の様子、2006年8月撮影。

現在の越後石山駅西口その一

現在の越後石山駅西口その二

現在の越後石山駅西口その三
駅前広場の整備を完了した越後石山駅西口、2015年12月撮影。
あの狭苦しい駅前が、よくぞここまで変身したものだと感嘆するしかありませんマジで。
ロータリーは路線バスも進入に充分な広さで、タクシー乗り場もあります。

越後石山駅西口駅舎内部その一
越後石山駅西口駅舎内部その二
こじんまりとした西口駅舎内部の様子、2009年7月撮影。
この時点ではみどりの窓口も営業していました。
しかし撮影から約半年後の2010年2月に、指定券自動券売機導入により営業を終了しています。
この時期には東新潟駅と越後線・新潟大学前駅が同じ扱いになっていて、今後はこの方式が順次導入されるのだろうと思いきや、この三駅で打ち止めの模様。
やはり苦情が多いんですかね、お年寄りはまごつきそうですしね。
私も初めて使った時はちょっとドキドキしたw
新津駅で早朝に使おうとした時は、稼働時間に入っていたにも関わらず、まだ使えませんとかこのきっぷは購入できませんという警告メッセージが人気の少ない日曜の構内に大音響で響き渡って、非常に恥ずかしい思いをしたものですw

越後石山駅東口
越後石山駅東口の様子、2010年3月撮影。
こちらは駅舎でもなく待合室でもなく、自動券売機付きの上りホームへの単なる入り口です。
整備されて面目を一新した西口と異なり、こちらは車もロクに入れない極めて狭苦しいところです。
建物のすぐ左手にあるのが構外連絡地下道の出入り口です。
通勤通学の駅だけあって、画像左側の駐輪場は自転車が鈴なり。

東口建物内部
東口建物内部の様子、2010年3月撮影。

越後石山駅の上りホームその1
新潟方から見た越後石山駅構内、2012年3月撮影。
このホームは上り(新津方面乗り場)用です。
設備は反対側の新潟方面乗り場よりも遥かに貧弱。

越後石山駅の上りホームその2
上りホーム端から新潟方面を見通す、2012年3月撮影。
右手至近にJR東日本新潟支社の新潟車両センターがあり、様々な車両の姿を望見できます。

越後石山駅の上りホームその3
上りホームの新津方から見た構内、2012年3月撮影。
直複線上の対面式ホームである当駅構内は、さしたる見所はありません。

越後石山駅の上りホームその4
上りホーム端から新津方を見通す、2012年3月撮影。
この先少し進むと、左手には昔ながらの亀田郷の田圃の海が広がります。
政令指定都市ではありますけれど、中心街から僅か6~7kmでそんな風景に様変わりするのが我が街新潟の良くも悪くも大きな特徴です。

早朝の越後石山駅構内
早朝の越後石山駅構内、2009年5月撮影。
まだ始発電車が来る前の午前五時過ぎです。
早朝から地域の方々が清掃にいらしていて、その取り組みには頭が下がりますです。

駅構内は全く見所のない、地味色一色実用一点張りの当駅ですが、磐越西線直通列車も通るので目にする車両はバラエティに富んでいます。

越後石山駅に停車する115系電車その一
越後石山駅に停車する115系電車その二
越後石山駅に停車する115系電車その三
間もなく姿を消すのがまだ信じがたい115系電車、一番上は2012年3月、下二枚は2014年8月撮影。

越後石山駅に停車するE127系電車その一
越後石山駅に停車するE127系電車その二
信越線では既に過去帳入りとなったE127系電車。
上は夕方の長岡行六連で2014年7月撮影、下は新潟行で同年8月撮影。

越後石山駅で顔を合わせたキハ110系気動車とE127系電車
越後石山駅で顔を合わせた磐越西線直通新潟行キハ110系気動車と、新津行E127系電車、2005年3月撮影。

越後石山駅を通過するキハE120とキハ110系気動車
キハE120とキハ110系の朝の快速気動車列車が下り線を通過、2014年8月撮影。

越後石山駅に停車するキハ40系気動車その一
越後石山駅に停車するキハ40系気動車その二
古強者のキハ40系気動車も信越本線の新潟-新津間では未だ健在、しかしE129系電車の新製投入が終了したら、次に着手されるのはこの車両の後継気動車です。
夕方の磐越西線直通馬下行、2014年8月撮影。

越後石山駅に停車するE129系電車その一
越後石山駅に停車するE129系電車その二
日増しにその数を増やしつつある新鋭E129系電車、2015年12月撮影。
上越線直通越後中里行の運用にこの電車が入っているのを見た時は、かなりの衝撃を受けたものです。
子供の頃から慣れ親しんだ電車がいなくなってしまう現実を思い知らされたのですよ。
大げさに言うと「日常性の崩壊」というヤツ。

越後石山駅を通過する485系電車特急「北越」
下り線を通過する485系電車R編成の特急「北越」新潟行、2014年9月撮影。

越後石山駅を通過する485系電車快速「くびき野」
今では過去帳入りの485系電車国鉄色の快速「くびき野」新潟行が下り線を通過、2014年8月撮影。

越後石山駅を通過する「SLばんえつ物語号」の回送列車
新津駅から新潟駅への、「SLばんえつ物語号」の回送運転、2014年8月撮影。
この駅には蒸機は残念ながら不似合い。
お盆の真っ最中でしたが、写真撮ってるのは私だけ。

越後石山駅を通過する「磐西・只見ぐるり一周号」その一
越後石山駅を通過する「磐西・只見ぐるり一周号」その二
2006年11月撮影。
新津駅から始発駅の新潟駅に回送中の「磐西・只見ぐるり一周号」。
キハ52・国鉄色キハ40・キハ58系二連の気動車四両編成、現在では実現不可能な
編成です・・・。

駅付近の路線パスが通る市道
さて越後石山駅は県道と市道に挟まれた立地ですけれど、この画は市道。
県道は道幅が狭く、旧村以来の住宅密集地で店舗の新規出店にも向いておらず、発展のウエイトは東口側の市道沿いに大きく偏っています。
近年は路線バスもこの市道経由がメインになっています。
駅至近にはスーパーとドラッグストアが一軒ずつ。
以前はコンビニもありましたけれど、閉店して久しい状況。
立地は良いと思うのですがねぇ。

当駅と新潟駅間は5kmあって、その間も住宅街は切れ目なく続いています。
以前より両駅間の中間地点の沼垂貨物駅付近に新駅「紫竹駅」をとの動きがあり、新潟市でも越後線の「上所駅」(新潟-白山間)と並んで都市交通政策上の課題の一つとなっています。
しかし例によって地方の施設関係投資には非常にシブい会社相手の所為か、具体化には到っておりません。
あの周辺は信越本線・白新線・車両基地の線路が錯綜していて、新駅開設となると配線をいじる必要があると思われ、それも会社がシブる要因の一つだと思いますが・・・。
また新潟交通にとっては、駅空白地域の公共交通輸送を一手に引き受けていて中々美味しいところであろうというのは想像に難くなく、BRTの件を見てもやたらバス会社に肩入れするエラいさんのままでは、「紫竹駅」設置の目は無いのだろうなと達観しつつ見ておるところです。
新駅を作ってバスの食い扶持が減ったら困るんでしょうしねw

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2006年8月23日 (水)

ゴッドシグマのエンディングテーマにピーが入りそうなのぉ

去る8月17日、宇宙好きの私にとって聞き逃せないニュースがっ!
それはチェコのプラハで開催中の国際天文学連合(IAU)総会で
16日、新たな惑星の定義の原案が示されたというもの。
→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060817-00000000-san-soci

この惑星新定義原案がそのまま通れば、太陽系惑星の数は現在の9個
から12個へ(太陽系最大の小惑星ケレス・冥王星の衛星カロン・
海王星以遠天体の2003UB313が新たに惑星の仲間入り)拡大し、
太陽系辺境のカイパー・ベルト天体にも惑星候補が幾つか・・・だそう
ですが、コレは私のような天文の素人にとってもはなはだ???な事でして・・・。

私的には、「惑星」の定義として重要なのは「球形を成し且つ一定以上の
直径=a」と「一定範囲の軌道離心率(公転軌道の描く楕円の大小の目安と
なる数字、数字が大きければ近日点と遠日点の差がそれだけ大きい事・・・
軌道がいびつ)=b」と密かに思っておる次第ですが、今回の惑星候補の
それはというと・・・
ケレス→a=959.2km b=0.08
カロン→a=1186km b=不明(二重惑星系と言われる片割れの
冥王星のそれは0.2488
2003UB313→a=2400km? b=0.4416

一応の目安としての月の赤道直径は3474.8kmですので、今回の
3候補のそれは月の約3~7割。
軌道離心率は地球のそれが0.0167である事を踏まえて見てみると、
ケレス、カロンはギリギリ許容範囲かなぁ(水星のそれは0.2056と
いう事を考えると、離心率だけをとって見れば、ケレス・カロン(冥王星も)
が惑星として認められないなら水星はどーなんだい?と暴論がw)と思います
が・・・。
私的にはケレス・・・a=x b=△? カロン・・・a=X 
b=X? 2003UB313・・・a=X b=Xという事でしょうか。

月よりずっと小さな星が「惑星」で、いびつな軌道の星も「惑星」・・・
正直、冥王星だってちょっと調べれば、惑星と呼ぶにはちょっと抵抗あるか
なぁ~(以前のエントリーで書いた感傷的な面はありますが)と思って
いるのに、それをさらに上回る不自然さ全開の今回の3候補を、「これからは
惑星と呼べ!」と言われても、違和感バリバリなのが実際のところ。
聞きかじったところでは、これまでに発見した惑星が冥王星のみのヤンキーさん
たちが、これから新発見されていくであろうカイパー・ベルト天体の大型種を
惑星認定される素地を作っておきたいからとかなんとか・・・。
宇宙開発、とりわけ深宇宙探査において一人勝ちの合衆国国民の発見した
惑星が冥王星一個っきりっていうのが気に喰わないからとかどーのこーのと・・・。
なんでも一等賞でないと気がすまないあの国のお国柄からすれば、そんな目論見
もアリなのかなぁ?

・・・とまぁ、こんな事を考えてエントリーしようかと準備を始めた矢先、
新たな展開がっ・・・惑星の数を増やすどころか、逆に冥王星を切って8個に
するという案が有力になったというニュース
→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060823-00000004-yom-soci
ヤンキーさんたちにはとんだ藪蛇の顛末になりそうです(苦笑)。
しかし、もし冥王星を惑星から格下げすると、これからの無人探査機による
深宇宙探査にとって深刻な打撃になるのでは・・・?とちょっと心配。
惑星あるいは惑星候補を探査するのと、太陽系辺境の小惑星群探査とでは、
議会や世論の理解がまるで違ってくるでしょうし。
「惑星」という金看板を失ってしまっては、予算要求のインパクトも激落、
学術的な点から言えば非常に重要かつエキサイティングなイベントであっても、
「ない袖は振れない」と一蹴されちゃいそう・・・。
冥王星探査も、現在飛行中のニュー・ホライズンが最初で最後になるかも
しれないなぁ、星々の神秘に思いを馳せる私にはなんとも寂しい未来予測です。

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2006年8月 5日 (土)

眠れる街にて~恐怖劇場アンバランス~

来る8月19日、真夏の眠れぬ夜に聞くのにうってつけの、
極め付きの激恐な音楽CD
「恐怖劇場アンバランス~オリジナルBGM集」が発売されます。
「アンバランス」作品解説はこちらのサイト様へ

10年程前に、vapからミュージックファイルシリーズ(昔の特撮や懐かし
ドラマのサントラ)の一作としてリリースされたものの、数年で廃盤となり、
長らく買い忘れた&遅れて来たコアなマニアの方々垂涎の一品となって
おりましたが。
いつ再販されるのかとイライラしまた渇望した日々も、もうすぐ終わりです。
誠に慶賀の至り!
・・・小耳に挟んだところでは、某メーカーとのトラブルが遠因で、冨田先生が
再販をOKしないなんていう話もありました。
そういった事もクリアされたんですかねぇ、まずは何よりでございました。

私はミュージックファイルを持っておりますので、今回はパスかなぁ
と思っておりますが・・・。
「オリジナルBGM集」と銘打っているからには、純粋に
「恐怖劇場アンバランス」の為に作曲された楽曲オンリーなのでしょうし、
それならミュージックファイルで、劇中未使用曲も含めた全曲が収録されて
いますしね。
唯一収録されておらず、残念に思っていたのが、あの気味の悪いアイキャッチ
の曲(髪の毛が絡み付いた血まみれの女の手が壁を左から右に動くと、
「恐怖劇場アンバランス」の文字が出ているというヤツ)ですが、アレは
Mナンバーが振られていない、オープニングテーマのワンフレーズを加工した
もののようです。
それと「マイティジャック」からの流用曲もカバーしてもらえれば(「死骸を呼ぶ
女」のクライマックスシーンの、主人公とゾンビの対決のバックに流れていた
曲とか)即ゲットなんですけどね。

また、ホラーTVで放送があったばかりのこの時期のリリース、コレは待望の
DVD発売の吉兆か!?と大いなる期待をば。
なにしろ「恐怖劇場アンバランス」のソフト化は、十数年前に発売された全話
(13話)収録のLD-BOXと、80年代後半にビデオソフトでリリースされた
「墓場から呪いの手」「死体置場の殺人者」
「蜘蛛の女」「死骸を呼ぶ女」「仮面の墓場」(脚本・市川森一)
「木乃伊の恋」ぐらい。(他にもあったかもしれませんが)
私は、地元のレンタル店に置いてあった「死体置場の殺人者」
「死骸を呼ぶ女」「木乃伊の恋」を見まして、前2作はダビングして現在も保有
しておりますが(そろそろDVD化しないとなぁ)、残りの10本は未だ未見です
からねぇ・・・。
「アンバランス」は製作前半(製作1~7話)と後半(製作8~13話)では
作品カラーが異なりますが、
(前者は科学で解明できない超自然現象を扱った現代版怪談、後者は土曜
ワイド劇場などの一時間バージョンと言うべき推理・サスペンス)、
特に前者は見たいなぁ・・・、「墓場から呪いの手」「吸血鬼の絶叫」
「蜘蛛の女」は是非とも見たいっ!
でもこういう好事家好みの作品は、一巻2話収録のバラ売りとかはせずに、
DVD-BOXとして出すだろうしなぁ・・・。
レンタルされないのなら迷わず買うと思いますけどね、結局。

さらに今回のCDリリース、廃盤になっているかつてのミュージック
ファイル化作品も再販されるきっかけになるのでは・・・と非常に期待して
おります。
中でも私が待望してやまないのが、「アンバランス」と同じく冨田勲先生の
作品である「マイティジャック」。
「マイティジャック」は昭和43年春に、主演・三谷英明の一時間枠
での特撮スパイアクションとして、フジテレビの土曜夜8時に鳴り物入り
でスタートした作品(本邦初の、一本当たりの制作費一千万円ドラマ
なんだとか)でしたが、大人にも子供にも見放されて(大人にとっては
話が退屈だったり、子供にとっては巨大ヒーローも怪獣も一切出ない
ので面白くなかったり)、視聴率一桁の無残な結果にワンクール
(13話)しか持たなかったといういわく付きの作品。
しかしその劇伴はメロディアスにして雄渾っ!
聞く者を禁断の魔界に誘う禍々しい「アンバランス」とは対象的で、
特に第一話冒頭でのMJ号(主役メカである万能戦闘艦)緊急出動
訓練に流れた、挿入歌「進めマイティジャック」のアレンジ曲には
血が騒ぎますなぁ~!
他にも主題歌とそのアレンジ曲のカッコ良さと来たら、一日中聞いて
いても飽きない諸作です。
私の中では、故宮川泰先生のヤマト諸作と双璧でございます。

「マイティジャック」もかつてミュージックファイルシリーズの一作
としてリリースされたのですが、
「まぁ急がずともそのうち・・・」
と思っているうちに、気がつけばたった数年のうちに廃盤・・・。
それを知った時には、あぁ、「アンバランス」を買った時に、何で
一緒に買っておかなかったんだろぅと激しく後悔orz。
レコードは持っているんですよ、ヤフオクにでも出せば高値で
売れそうなモノが。
でもレコードプレーヤーが数年前に壊れてしまって以来、ノイズ交じり
の一部楽曲をテープで聞けるのみのトホホな状態に・・・。
レコードプレーヤーを買ってPCに取り込もうか、いや、このノイズは
シロウトレベルでは除去不能だろうし、業者に頼んだほうが利口
かなぁ・・・などなど。
去年、サウンドカードを新調して外部音源もPCに無制限に取り込める
ようにしたけれど、テープ音源はやっぱり音が歪み気味でちょっと
いただけないんだよねぇ・・・。
テープでこんな状態じゃあ、レコードはもっとアレなんだろうなぁと、
いつもの事ながら実行する前から後ろ向きの考えに没入して
しまって(笑)。
そんなこんなの状態ですので、「マイティジャック」のハイクォリティな
音での再販を激しく希望している次第です。

せっかくの「恐怖劇場アンバランス」に関するエントリーですので、
ここであまり人口にのぼっていない幻の未製作作品
「恐ろしき手毬歌」について。
私が大事に持っている「24年目の復讐」(1985年刊)と
いう、脚本家上原正三先生のシナリオ傑作集に収録されている
この作品、執筆された昭和44年当時においてでさえ憚られる
(現在は勿論の事)題材を扱っておりまして、
監督まで決まっておりながらお蔵入りというのも無理はないお話・・・。

主人公・日野良子(26歳・夫とは2年前に死別)の一人娘・直美
(5歳)は何者かに殺され、林の中に埋められていたのを発見される。
娘の復讐を決意した良子は、通夜の夜、直美の遺体の一部を
食べて娘と一体化し、娘の身に起きた忌まわしい出来事を追体験
しながら、犯人の高木浩一郎(49歳・商事会社総務部長)に
行き当たる。
高木は戦時中に中国戦線で子供(女の子)を射殺した過去があり、
それ以来、射殺した女の子と同じ年頃の子に対して・・・。
良子は直美が自分の子である事を隠して高木と肉体関係を持ちつつ、
彼の息子も誘惑。
さらに高木に少しずつ毒を盛って・・・。
良子の策謀で高木家は家庭崩壊(息子は家出をして行方知れず、
娘は飛び込み自殺)。
妻と義父(専務で高木の後ろ盾)に見捨てられ、盛られた毒によって
廃人同様になり、もはや良子なしでは生きていけなくなった高木に、
良子は復讐の最後の一手を・・・。

「娘の遺体を食べる」というシチュエーション、映像化は流石にまずいで
しょうね・・・。
しかし、そうせざるを得なかった良子の、一人娘への深い愛情と悲しみ。
この点がよく描かれておりますので、いわゆる「カニバリズム」の
異常性は感じられません。
愛深きゆえに、娘の遺体を食さずにはおれなかった母の心情、
誰が咎め立て出来るでしょうか・・・?
家族への深い愛情、そして幸福な日々を理不尽にも奪った者に
対する凄惨な復讐劇。
「死体置場の殺人者」でも見られたテーマですが、あちらは復讐者
がゾンビ。
人間でなくなってしまった被害者の会社員(娘の誕生日プレゼント
のオルゴールを持って帰宅途中、教え子との不倫デート中の
医大DQN助教授の車に撥ねられて即死、証拠隠滅の為、遺体は
大学病院の死体プールに)が、最愛の家族に最後の別れを告げる
べく、つぶれた顔半分を包帯でぐるぐる巻きにして帰ってくるシーンは
涙なしでは見れず・・・、そういう描写があるので、その後の展開の
凄まじさに説得力を与えるんですが、こちらはゾンビのような絵空事
ではない分、一層の生々しさと現実感を持たせます・・・。
娘と一身同体となり、復讐を遂げるために禁忌を犯し、ラスト、復讐を
完遂すると老婆に変貌してしまった(人間の一生分のエネルギーの
ほとんどを、復讐の為に使い切った為)良子・・・。
そんな彼女は鉄格子の向こうで、全ての呪縛から解き放たれ、
自由で幸福な日々を送っているそうです・・・。

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