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2006年6月10日 (土)

五十島駅(磐越西線)

本日の駅紹介は磐越西線・五十島駅。

2017年4月15日記、新記事を旧記事に統合し加筆修正しました。

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新潟県東蒲原郡阿賀町に所在する無人駅で、開業は開業は大正2年6月1日。
隣の東下条駅とは異なり、磐越西線馬下-津川間延伸開通時と同時に開業した由緒あり歴史ある駅です。
開業当時の所在は東蒲原郡下条村で、同村唯一の駅でした。
本来の村中心地区である東下条界隈ではなく当地に駅設置の白羽の矢が立ったのは、前回で触れたように近隣に存在したという「持倉鉱山」の存在と、産出される銅輸送の為でした。
村の中心集落といっても山間の小村のそれだけに人口はけして多くはなかったでしょうし、貨物需要も多くを望めない東下条よりは五十島に駅を求めたのは当時の判断としては充分理にかなっている事だったでしょう。
しかしその為に永らく取り残された形の地域(熊渡、釣浜、石間の諸集落)にとっては不満もあったのでは?と推察する次第。
持倉鉱山が村に大いなる財をもたらし続けたのならまだしも、同鉱山は大正9年に閉山してしまったのですから尚更でしょう・・・。
なお下条村は昭和30年(1955年)1月にに周辺諸村と合併して新自治体の三川村になり、平成17年(2005年)4月に東蒲原郡下の諸町村が大合併して誕生した阿賀町になって今日に至ります。

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五十島駅前の様子、上は2013年6月、下は2010年5月撮影。
駅前広場はご覧のように広く、この辺りはかつての貨物で隆盛を極めた名残かもしれません。
上の画像の右側の白い建物がトイレです。
駅入口上屋は建築財産票によれば平成5年12月24日竣工。
この上屋は単に駅構内への入口で、列車を待つのはホーム上の待合室になります。

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五十島駅前通りの様子、2010年5月撮影。
周辺に商店は無く、目立つ建物は、「防災コミニュティセンター」(避難所&資材置き場のようです)と郵便局ぐらいの静かな小集落の佇まいです。

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駅入口の上屋とホームを連絡する五十島駅跨線橋内部の様子、2013年6月撮影。
通路は狭く、ローカルな小駅の標準形です。

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跨線橋上から見た五十島駅構内の三川駅方、2013年6月撮影。
画像左奥に見える道路は国道49号線へ向かう道です。

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同じく駅構内の東下条駅方を見る、2013年6月撮影。
深い山峡に分け入るような雰囲気満点の風景です。
画像左側の駅前通りはこの先で途切れていて、五泉方面には進めません。

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ホーム上の待合室内部の様子、2010年5月撮影。
建築財産票が無かった為に竣工時期は不明。
以前は無人駅定番朱色ベンチだったものが、この時点で新定番の茶色一人掛け型に変えられていました。
室内には券売機一台とゴミ箱一個が置かれています。

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東下条駅方から見た五十島駅構内の様子、2013年6月撮影。
五十島駅は磐越西線・馬下-津川間20.4kmで唯一の列車交換可能駅です。

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ホームの東下条駅方端から先を見通す。
手前の分岐は側線と本線のものです。
本線二本の合流はまだ先で、有効長がかなり長いのに注目。
貨物の通らない今となっては、せっかくの長さも完全に遊休化してしまっていますけれど。

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ホームの上屋と跨線橋、待合室の様子、2013年6月撮影。
ローカル線の小駅を象徴する上屋の短さです。

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上屋下から構内島式ホームの三川駅方を見通す、2013年6月撮影。
幅広で構造物の少ない島式ホームはのっぺりとして、構内の眺めは個人的にはイマイチ。

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三川駅方から見た五十島駅構内、2013年6月撮影。
構内の見所としては山峡を後背にした、ゆるやかに曲線を描くこのポイントでしょう。
画像左の側線は、本線の東下条駅方とのみ繋がっています。

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ホームの三川駅端から先を見通す、2013年6月撮影。
こちら側を見ると有効長の長さが歴然。
往時の長編成貨物列車も余裕で列車交換出来そうです。

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五十島駅に停車中のキハ40系気動車三両編成津川行、2013年6月撮影。
昼下がりの区間列車の三連は輸送力過剰に見えますが、津川で折り返しの新潟行は平日だと帰宅部の学生たちが北五泉駅から乗り込んできて、相応の輸送力になるのです。

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五十島駅を出発してエンジンの音も高らかに遠ざかる、キハ40系気動車津川行、2013年6月撮影。

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キハ40系気動車新潟行を退避させて轟然と五十島駅を通過するC57形蒸気機関車牽引の「SLばんえつ物語号」、2004年10月撮影。
前述したように五十島駅は列車交換駅で、2017年3月改正ダイヤでは定期列車は1日1回、「SLばんえつ物語号」運転日は1日2回の交換が設定されています。
しかしこれだけ交換が少ないと、いずれは馬下駅と津川駅に交換機能を集約して棒線化されてしまうのではないかと危惧するところです。

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駅前通りを三川駅方に進み、踏切から五十島駅方を見る、2010年5月撮影。
左側の道が駅から歩いてきた道、右側の道がこれから国道に向かう道です。

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踏切を越えてなおも進むと現れるバス停。
スクールバス用のようですが、バス停の形状は昔の新潟交通のそれ。

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五十島橋の手前から見た五十島駅、2010年5月撮影。
駅、そして集落が阿賀野川と山々に挟まれた狭隘な立地条件にある事を良く体感できます。

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五十島橋のたもとにあるJRの代行バス用の停留所(左側の小屋)、2010年5月撮影。
代行バスは駅まで入らないようです。
ここから駅までは私の足で七分程(大体時速6km強)。

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五十島集落と国道49号線を結ぶ五十島橋の様子、2010年5月撮影。
画像奥手が国道です。

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五十島橋上から見た蛇行して流れる阿賀野川、2010年5月撮影。

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橋を渡って国道49号線に出ると、至近には国道の五十島トンネル。
トンネルの左側には川際の旧道があります。

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国道49号線上の「石間」行バス停、2010年5月撮影。
東下条駅エントリーで触れたように、この時点では三川駅前-石間間には無料送迎バス(福祉バス)が一日一往復しているだけのようです。
なお三川駅-五泉駅間の公共交通機関は事実上磐越西線のみになっているので駅歩きの際はそれを念頭に計画してください。
(馬下駅-猿和田駅-五泉駅間に運行されていた路線バスは2010年9月30日をもって廃止されました)

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国道49号線の様子、2010年5月撮影。
画像右側が「道の駅みかわ」でトイレと自販機有り。
左側が食堂です。
五十島駅からここまでおよそ1.2kmというところ。

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コメント

昭和63年まで五十島に住んでいました。小学1年生から6年間、隣の東下条まで汽車通学をしていたので懐かしく拝見しました。

五十島まで公共交通として路線バスがきたことはないはずです。新交のバス停は余所からお古をもらってきたものと思います。昭和54年に五十島橋が完成し対岸の岩谷とつながるまでは、自動車はR49から揚川ダムを渡り谷沢からまわって入れるような陸の孤島でしたから。でもそれも懐かしいです。

投稿: ごる | 2017年2月 2日 (木) 22時14分

ごろさん、はじめまして
国道から五十島駅に向かう道中にスクールバスか何かのバス停がありましたが、古い地図にはあの道のバス路線は無いので、あれが廃物利用なのでしょうね。
古い道路地図を見ると、国道49号線経由と阿賀野川対岸の岩津地区経由で三川へ至る二つのバス路線が設定されていますが、五十島橋が無ければそれも使えず不便この上無かったでしょうねぇ。

投稿: みさっち | 2017年3月11日 (土) 21時17分

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