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2006年2月21日 (火)

初鷹T-1を称えよ!

私の贔屓の一書である「世界の傑作機」(隔月刊)、その最新号は、゛富士 T-1゛。
愛称は゛初鷹゛。
航空自衛隊初の国産ジェット練習機、否、日本史上初の国産実用ジェット機なの
であります。

我が国戦後の実用航空機といいますと、一般には旅客機のYS-11が知られて
おり、某国営放送のエックスな番組でも前後編で取り扱われておりましたので、
御記憶の方も多数おられるかと存じます。
YS-11は昭和31年に計画発表、37年8月に一号機初飛行。
戦後、否日本史上初の、最初から旅客機として設計開発され実用化した機であり、
日本の航空史上、航空機の平和利用の象徴として燦然と輝く存在であります。

一方、T-1はというと・・・昭和30年に計画(機体設計命令)がスタート、33年1月
に1号機初飛行(機体の設計開発は国産、エンジンのみ外国製。後のT-1A)、
35年5月にはエンジンも国産開発のタイプ(後のT-1B)が初飛行。
YS-11の初飛行を遡る事4年半前、完全国産開発型のそれは2年強前の話に
なります。
その後T-1は試作機と量産機合わせて66機が製作され、38年7月に完納式を
迎えています。
性能もジェット機操縦の初歩を学ぶにはうってつけのものだったそうで(性能を欲
張らなかったからなのでしょうが)、40年にはオーストラリア空軍が注目して調査団
が来日、各種テストを実施しています。相当の好感触だったとの事ですが、残念
ながら採用には至らず・・・。
武器輸出三原則が生まれる2年前の話ですが、性能上の問題(着陸速度の要求値
が空自より低いので改修が必要)以外にもまぁ、色々あったんでしょうね。
軍用機を輸出となれば、反戦平和民主人権なマスゴミさんや所謂<進歩的文化人>
な方々が大騒ぎするでしょうしね・・・。
例え武器輸出三原則が生まれた後の話であっても、民主主義国家で大きな紛争に
関わっていない(厳密に言えば、インドネシアとの小競り合いやベトナム派兵が
あったりしますが)オーストラリアへの輸出には支障ないはずなんですけどね。
後にそれが三木政権下で拡大解釈され、冷戦後の今に至るまであーだこーだと
おエライさんたちの言葉遊びが・・・。
私的には、スウェーデン並みの規制(共産国・全体主義国、紛争当事国及び前科
があって今後もその恐れのある国への武器輸出を禁ずる)で、後は国益と充分
照らし合わせた上での輸出ならOKですが・・・。
そうなれば先進国間の兵器共同開発計画にも大手を振って参加できますし。
武器を実際に輸出するよりも、こちらの効用の方が高いでしょう。
我が国も限られたリソースで国の防衛を全うする為には、高度技術兵器及び諸
システムについて早晩多国間兵器開発計画に首を突っ込まざるを得ないかと・・・。
こういう事書くと、゛純情正義真っ直ぐ゛な方からのご批判を受けるかと思いますが
ね・・・。

閑話休題

パイロットとしてのイロハを学ぶ初等練習過程と、戦闘機パイロットへの入り口で
ある基本操縦過程の間で、パイロットの卵たちにジェット機の何たるかを教える
第2初等練習過程に用いられて、長年に渡り航空自衛隊、ひいては日本の防衛に
地味ながら大きく貢献してきたこのT-1も、既に平成13年3月を持って第2初等
練習機としての役目を終え、この3月を持って、終の棲家となった小牧基地の
第五術科学校からも退役。
初飛行以来半世紀近いその歴史に幕を閉じます。
恐らく退役の日を迎えても、例によって反戦平和な民主人権マスゴミさんたちが
報じる事はないのでしょうけれど(産経あたりはベタ記事で載りそうな気がしま
すが)、戦後の技術大国日本の礎の一つを確実に成した存在として、軍需民需
の垣根を越えて、YS-11と並び立つ、注目され賞賛されてしかるべき名機で
あると私は想うわけであります。

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